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第十章
私を呼んで 29 素晴らしい私の婚約者
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馬車の中で、ジェイミーは宝物を広げて見せてくれた。古ぼけたお菓子の缶から、髪留めやリボン、母親の姿絵を大事そうに取り出し、リリアーナは涙がまた溢れ出てくるのを止めることができなかった。
一つ一つを説明するジェイミーにリリアーナは耳を傾ける。ふと疑問に思い聞いてみた。
「何故これが庭の小屋にあったの・・・?」
その時のことを思い出したのか、ジェイミーが悲しそうに声を落とす。
「お祖母様に見つかって、捨てられそうになったの・・・」
リリアーナがジェイミーの頭を撫でた。
「小屋に隠すなんてよく思いついたわね」
「うん、家庭教師の先生が、お祖母様に『私が処分しておきます』って言って、後で小屋に隠したことを教えてくれたんだ」
「そうだったの、いい人ね」
「うん! カイトの紹介で入ったんだよ! 僕が泣きそうになると、ずっと傍にいてくれて優しいんだ。よくカイトと二人で喋ってるよ!」
カイトから聞いた色々な話は、その先生からの情報らしい。
馬車が停まり、カイトに叔父のバーナードの家に着いた旨を告げられる。屋敷というほどの大きさではないが、きちんと綺麗に管理されている家だ。
玄関に入ると、内装もあたたかみがあり、バーナード自身も大変感じが良く、これならジェイミーを任せても大丈夫であろう事が察せられた。何よりもジェイミーが彼によく懐いている。
「ジェイミーは貴方によく懐いているのね。それに貴方もジェイミーを本当に可愛がっている」
リリアーナが声を掛けると、バーナードからは意外な答えが返ってきた。
「はい、これは私の罪滅ぼしでもあるのです」
「罪滅ぼし?」
「もちろんそれだけではなく、とても可愛い甥っ子ですが・・・」
バーナードが目を細めて、語り始めた。
「カミラが兄のマクシミリアンの元に嫁いできた時には、その美しさに驚かされました。どこか悲しげな印象が今でも記憶に残っています。後から聞いた話しですが兄と結婚させる為に、カミラの両親が恋人を金で追い払ったそうです」
バーナードが顔を曇らせた。
「すぐに兄の悪癖・・・無類の女好きが顔を覗かせ始め、カミラは散々泣かされた後に、生まれるのを楽しみにしていた子供までを取り上げられてしまいました。憔悴しきって魂が抜けたような状態は、見ていて本当に可哀想でした」
彼が目尻に涙を滲ませる。
「私が守ってあげれば良かったのですが、私が庇うと母と兄の虐めがエスカレートするのです。私自身も、次男であるという立場から、跡取りである兄や母に強く言う事ができずに、ただ見ているだけの日々が過ぎていきました。兄は亡くなりましたが、母の態度は相変わらずで・・・」
バーナードの顔が苦しそうに歪んだ。
「そして事件が起きました。カミラは罰せられ、還らぬ人となったのです。だから、ジェイミーだけでもと、なるべく屋敷を尋ねるようにしていました。ここ最近は引き取る事も考えておりましたが、母がヒステリックに泣き叫んで`私から孫を取り上げる気か!!‘ と騒ぐので、話しにならずに困り果てていたところに、サー・カイトから声を掛けて頂いたのです」
「カイトから・・・?」
「はい。`君が引き取れるように手を打つから ‘ と言って下さり、自分はカミラから被害を被った身であるのに、ジェイミーの事を大変気に掛けて下さって・・・本当に素晴らしいお方です」
帰りジェイミーはバーナードに抱っこをされ、馬車が見えなくなるまで二人で手を振ってくれた。
今度、バーナードも一緒に四人であの丘に、夢の中と風景がそっくりなあの丘に、ピクニックに行く約束をしよう。いいや、そっと連れて行って驚かすのだ。その時にジェイミーの顔に浮かぶ満面の笑顔は、きっとカミラの元まで届くに違いない。
長い一日が終わり、城に帰った後、リリアーナの部屋で二人は向かい合った。
「話しがある(の)・・・」
期せずして二人の声が重なった。カイトが`どうぞ ‘ と右手を差し出す。
「リリアーナから先に」
「何故、ジェイミーの事を話してくれなかったの?」
カイトが `ん・・・? ‘ という表情をする。
「今日、行くことは話したよね?」
「違う。随分と前から――夢の世界に囚われる前から、ジェイミーの事を知っていて、色々と動いていたんでしょう? 私に少しくらい話してくれてもよかったのに」
「それは・・・君がカミラに酷い目に合わされたから、あまりいい気はしないと思ったんだ。ある程度話しが進んでから、打ち明けようと思っていた」
「でも今回も話してくれなかったわ。現地で私は全てを知ったのよ・・・?」
「うーん、それについては悪かった。何も言わなくても君は正しい判断をしてくれると思ったし、あの川辺で帽子を拾ってくれた子がジェイミーだと、ちょっと驚かせてみたかったんだ」
カイトがリリアーナに近付いて、腕の中に抱き寄せた。
「ごめん。元々俺はあまり多くを話さないから。これからは気をつけるよ」
「ううん、いい。分かってくれたから」
リリアーナがカイトの胸に顔を埋めた。
ジェイミーが石を投げられた時も、その養育をバーナードに移した時も、本当に見事な手腕だった。こんなに素晴らしい人が私の婚約者だなんて――
暫くは髪を撫でられながらそのままでいたが、ふと思い出す。
「ところで、カイトが話したいことは?」
彼女が見上げると、カイトの身体がぎくりとした。
「え・・・と。明日から、居間ではなく、自分の部屋、騎士宿舎で寝ようと思うんだ」
そっとリリアーナを見下ろすと、驚きと、悲しさと、怒りが混ざったような顔をしていた。
一つ一つを説明するジェイミーにリリアーナは耳を傾ける。ふと疑問に思い聞いてみた。
「何故これが庭の小屋にあったの・・・?」
その時のことを思い出したのか、ジェイミーが悲しそうに声を落とす。
「お祖母様に見つかって、捨てられそうになったの・・・」
リリアーナがジェイミーの頭を撫でた。
「小屋に隠すなんてよく思いついたわね」
「うん、家庭教師の先生が、お祖母様に『私が処分しておきます』って言って、後で小屋に隠したことを教えてくれたんだ」
「そうだったの、いい人ね」
「うん! カイトの紹介で入ったんだよ! 僕が泣きそうになると、ずっと傍にいてくれて優しいんだ。よくカイトと二人で喋ってるよ!」
カイトから聞いた色々な話は、その先生からの情報らしい。
馬車が停まり、カイトに叔父のバーナードの家に着いた旨を告げられる。屋敷というほどの大きさではないが、きちんと綺麗に管理されている家だ。
玄関に入ると、内装もあたたかみがあり、バーナード自身も大変感じが良く、これならジェイミーを任せても大丈夫であろう事が察せられた。何よりもジェイミーが彼によく懐いている。
「ジェイミーは貴方によく懐いているのね。それに貴方もジェイミーを本当に可愛がっている」
リリアーナが声を掛けると、バーナードからは意外な答えが返ってきた。
「はい、これは私の罪滅ぼしでもあるのです」
「罪滅ぼし?」
「もちろんそれだけではなく、とても可愛い甥っ子ですが・・・」
バーナードが目を細めて、語り始めた。
「カミラが兄のマクシミリアンの元に嫁いできた時には、その美しさに驚かされました。どこか悲しげな印象が今でも記憶に残っています。後から聞いた話しですが兄と結婚させる為に、カミラの両親が恋人を金で追い払ったそうです」
バーナードが顔を曇らせた。
「すぐに兄の悪癖・・・無類の女好きが顔を覗かせ始め、カミラは散々泣かされた後に、生まれるのを楽しみにしていた子供までを取り上げられてしまいました。憔悴しきって魂が抜けたような状態は、見ていて本当に可哀想でした」
彼が目尻に涙を滲ませる。
「私が守ってあげれば良かったのですが、私が庇うと母と兄の虐めがエスカレートするのです。私自身も、次男であるという立場から、跡取りである兄や母に強く言う事ができずに、ただ見ているだけの日々が過ぎていきました。兄は亡くなりましたが、母の態度は相変わらずで・・・」
バーナードの顔が苦しそうに歪んだ。
「そして事件が起きました。カミラは罰せられ、還らぬ人となったのです。だから、ジェイミーだけでもと、なるべく屋敷を尋ねるようにしていました。ここ最近は引き取る事も考えておりましたが、母がヒステリックに泣き叫んで`私から孫を取り上げる気か!!‘ と騒ぐので、話しにならずに困り果てていたところに、サー・カイトから声を掛けて頂いたのです」
「カイトから・・・?」
「はい。`君が引き取れるように手を打つから ‘ と言って下さり、自分はカミラから被害を被った身であるのに、ジェイミーの事を大変気に掛けて下さって・・・本当に素晴らしいお方です」
帰りジェイミーはバーナードに抱っこをされ、馬車が見えなくなるまで二人で手を振ってくれた。
今度、バーナードも一緒に四人であの丘に、夢の中と風景がそっくりなあの丘に、ピクニックに行く約束をしよう。いいや、そっと連れて行って驚かすのだ。その時にジェイミーの顔に浮かぶ満面の笑顔は、きっとカミラの元まで届くに違いない。
長い一日が終わり、城に帰った後、リリアーナの部屋で二人は向かい合った。
「話しがある(の)・・・」
期せずして二人の声が重なった。カイトが`どうぞ ‘ と右手を差し出す。
「リリアーナから先に」
「何故、ジェイミーの事を話してくれなかったの?」
カイトが `ん・・・? ‘ という表情をする。
「今日、行くことは話したよね?」
「違う。随分と前から――夢の世界に囚われる前から、ジェイミーの事を知っていて、色々と動いていたんでしょう? 私に少しくらい話してくれてもよかったのに」
「それは・・・君がカミラに酷い目に合わされたから、あまりいい気はしないと思ったんだ。ある程度話しが進んでから、打ち明けようと思っていた」
「でも今回も話してくれなかったわ。現地で私は全てを知ったのよ・・・?」
「うーん、それについては悪かった。何も言わなくても君は正しい判断をしてくれると思ったし、あの川辺で帽子を拾ってくれた子がジェイミーだと、ちょっと驚かせてみたかったんだ」
カイトがリリアーナに近付いて、腕の中に抱き寄せた。
「ごめん。元々俺はあまり多くを話さないから。これからは気をつけるよ」
「ううん、いい。分かってくれたから」
リリアーナがカイトの胸に顔を埋めた。
ジェイミーが石を投げられた時も、その養育をバーナードに移した時も、本当に見事な手腕だった。こんなに素晴らしい人が私の婚約者だなんて――
暫くは髪を撫でられながらそのままでいたが、ふと思い出す。
「ところで、カイトが話したいことは?」
彼女が見上げると、カイトの身体がぎくりとした。
「え・・・と。明日から、居間ではなく、自分の部屋、騎士宿舎で寝ようと思うんだ」
そっとリリアーナを見下ろすと、驚きと、悲しさと、怒りが混ざったような顔をしていた。
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