黒の転生騎士

sierra

文字の大きさ
上 下
105 / 287
第十章

私を呼んで 4  抱きしめられて

しおりを挟む
 翌日の朝は小鳥の鳴き声で目が覚めた。メイド用の服に着替えて、グリセルダと一緒に一階へと下りていくと、使用人達は各々おのおのの仕事に取り掛かるところだった。
「ポーレット」
 呼ばれて振り返ると、ベイジルが手招きをしている。小走りで駆け寄った。
「おはようございます。ベイジルさん」
「おはよう、ポーレット。今日は取り敢えずグリセルダに付いて掃除をしてくれ」
「分かりました」

 グリセルダがほうきをポーレットの分も渡してくれた。
「奥様がまだ寝ていらっしゃるから、外の掃き掃除から始めましょう」
「分かりました」
「いやねぇ、同い年なんだしタメ口でいいわよ」
「分かり・・・分かったわ」
 姫君にタメ口は難しそうである。


「リリアーナは掃除なんてできるのか? した事なんてあるのか?」
 ビジョンを見ていたカエレスが顔をしかめてフランチェスカに問いかけた。
「大丈夫です。姫様は、掃除と洗濯ならほぼ完璧にできます」
「掃除と洗濯なら?」

「以前、お付きの騎士にさらわれて、アデレード皇太后のお城で静養していた時です。リリアーナ様が女子修道院にお入りになりたいと言い出しまして」
「ふんふん」

「私達が何を言ってもお聞きにならず『男性が、特に若い男性がいない所で暮らしたい 』 の一点張りで、困り果てたアデレード様が『試しに入れて、厳しさを分かってもらいましょう。きっとすぐに根を上げるわ』と懇意こんいにしている修道院長のいる女子修道院に見習いという形で入れて頂いたんです」
「それで、どうなったんだ?」

「それが、一向に根を上げる気配が無くて・・・。最初は慣れずに自分の事を全部やるのも大変だったようなのですが、慣れてくると『毎日が清々すがすがしい、神に祈りを捧げながら、心穏やかに過ごせて充実している』と仰って、もうどうしたものかと困り果てました」
「面白い姫様だな。何で女子修道院の入会を諦めたんだ?」

「修道院長様が色々と上手く言って下さったんです。中でも一番効いたのが『もし、戦争が始まったり、疫病えきびょうが広まったら、教会や女子修道院でも病院の役割を果たします。若い男性もたくさん収容されるし`男性の看病は無理です ‘ という願いは聞き届けられません』って」
「まあ、正論だな」

「はい。それで諦めて戻っていらっしゃったのです。暫くはなんでもご自分でやろうとなさるので、私の仕事がなくなってしまい困りました。修道院長も掃除と洗濯についてはとても褒めておいでで、料理については何も仰っていませんでしたが・・・」
 カエレスがクスッと笑った。
「取り敢えずは大丈夫そうで良かった」


「私はこちら側から掃くわ。ポーレットはそちら側からお願い」
 二人で玄関の掃き掃除を始める。女子修道院の時を思い出して、手早く丁寧に掃いていく。集中していたので声を掛けられるまで気付かなかった。
「おはようグリセルダ、ポーレット」
「おはようございます旦那様」

 グリセルダに続いてリリアーナも慌てて挨拶をする。カイトは朝のランニングから帰ってきたところのようだ。夢の中でもきちんとランニングしているなんてカイトらしい。カイトから声を掛けられた。
「どう? やっていけそう? まだ聞くには早いかな」
 少し大人なカイトも素敵だ――
そんな事を考えている場合ではないのに、と頬が紅くなったのを隠そうと下を向いて答える。

「はい、皆さんいい方ばかりです」
 カイトは一瞬のの後に、ポーレットをじっと見て質問しようとした。
「君は昨日私を見て・・・」
「カイト!」
 頭の上から声がする。見上げるとリディスがナイトウェアの上にガウンをまとい、二階の窓から顔を出していた。
「走っていらしたの?」
「そうだ! 今行くから。それじゃあ、邪魔したね」
 カイトはそのまま扉を開けて入って行った。グリセルダが耳打ちをする。
「気を付けて、旦那様はあんなにいい方なのに、奥様は嫉妬深いの。怒るととっても怖いのよ!」

 次には書斎の掃除に取り掛かった。カイトとリディスが朝食を取っている間に素早く綺麗に済ませなければいけない。本棚にはぎっしりと本が詰まっている。そういえばカイトは読書家だった。彼の夢の中だからか、そこかしこにカイトを感じられる。

 リリアーナは気を取り直すと、まずはハタキをかけ始めた。手早く綺麗に、細かい所まで手を抜かずに掃除をする。
 ふと見ると薔薇の入った花瓶が机から遠い位置のローテーブルの上に置いてある。グリセルダには新しい薔薇に生けかえて、机の上に置くように言われた。取り敢えず言われた通りに生けかえて机の上に置く。寝室の掃除が終わっていないようなので、グリセルダの手伝いに行った。

「もう終わったの!? 早いわね、大丈夫? ちゃんと出来ていないと、あとで女中頭のガートルードさんからお小言をもらうわよ」
「多分大丈夫だと思うわ」
 二人で協力して、寝室の掃除を終わらせる。その後に従業員用の食堂に行き、朝食を取った。お昼からはつくろい物をする。刺繍と違って、美しさを気にしなくていいので助かった。あっという間に一日が過ぎ、夜にベッドの中で頭を悩ませる。カイトと全然接触を持てない状態で、どうやって思い出させればいいのだろうかと。

 次の日もその次の日も同じような日常が過ぎていった。ポーレットが手早く綺麗に掃除ができるとガートルードのお墨付きをもらい、書斎担当になっていた。終わった後に寝室の掃除も手伝うのだが、ここでカイトとリディスが寝ていると思うと、心穏やかではいられない。
 あの時にカイトはリディスの誘いを断っていたけど、今はどうなのだろう? 
夫婦なのだ。まさか、もう一緒の夜を・・・

 その事を考えると、胸が締め付けられそうになる――

 4日目に掃除で書斎に入ると、また薔薇の花瓶がローテーブルに置いてあった。
さすがに4日連続移動していると、この薔薇は机の上にないほうがいいのだろう。大きい花瓶だし、仕事をするのに邪魔なのだろうか?カイトの性格を考えてみる。

 リリアーナは5日目に、小さめの花瓶にマーガレットを生けた。これだったら邪魔にならないし、匂いもきつくない。午後に、また繕い物をしていると、ガートルードに名前を呼ばれた。

「ポーレット。貴方、書斎の花を勝手にマーガレットに生けかえたでしょう? 旦那様が書斎でお呼びよ、すぐにお行きなさい」

(まずかった! せめてガートルードに確認を取るべきだった)
 リリアーナは慌てて書斎に向かい扉をノックした。
「どうぞ」
 中に入るとカイトは机の前に立ち、広げた資料を覗き込んでいる。すぐに謝りの言葉を口にした。
「旦那様。出すぎた真似をして申し訳ありませんでした。すぐに薔薇に生けかえますし、もう二度とこんな真似はいたしません」

 緊張して叱責しっせきの言葉を待っていると、カイトの驚いたような声が返ってきた。
「どういう事だい? 私はお礼を言いたくて呼んだのだが・・・また、ガートルードが勘違いしたな」
「はい・・・?」
 顔を上げると、カイトが優しい瞳でこちらを見ている。
「たまにならいいが、仕事中にずっと薔薇の香りはきついし、大きい花瓶で場所も取るしでいつもローテーブルにけていたんだ。妻の好きな花だから、かえさせないでいたのだが・・・」

 そこで、カイトはリリアーナが生けたマーガレットを見た。
「これはいい。匂いがきつくなく場所も取らない、何よりも見ていていやされる。だから、生けてくれた本人にお礼が言いたかったんだ。ありがとう。掃除も君に代わったんだね、前よりも隅々まできちんと行き届いている」

「もったいないお言葉です旦那様。ありがとうございます」
 リリアーナは嬉しそうな笑顔を浮かべて返事をした。カイトはその笑顔を暫く見ていたが、近づいてきて最初に会った日の事を切り出した。
「初めて会った日に、私を見て泣きそうになっていたね? 何でだい?」
 思いがけない質問にリリアーナの心臓がねた。本当の事を言いたいが、それでは夢魔の術が破れない。

「旦那様が・・・亡くなった兄に似ていたもので、思い出してしまったんです」
 ベイジルにした言い訳と同じ話をする。兄のアレクセイに心の中で謝った。
「そうか、辛い目にあったんだね」
 カイトは親しみを持って頭を右手でポン、ポン、と撫でた。
 
 それは、リリアーナであった時にカイトがよくしてくれた行為だ。思わず涙がにじみ出てきた。
「またお兄さんを思い出した?」
 カイトはハンカチを取り出すと、リリアーナに差し出した。
 それもいつもしてくれた事だ。リリアーナの涙は後から後からあふれ出てくる。ハンカチを目に当てて、落ち着こうとするが一向に落ち着かない。

カイトが優しくハグしてくれた。腕を肩に回して、ポン、ポンと叩いてくれている。その腕の中を懐かしく感じて大人しく収まっていると、カイトの腕が背中と腰に回された。軽く戸惑とまどい、顔を上げるといきなりきつく抱きしめられた。

「あ、あの旦那様」  
 驚いて声を掛けたが、腕の力は強まるばかりだ。自分のものだとでもいうように隙間すきまがないほどに抱きしめられ、引き締まった身体を感じて自然と顔が紅くなる。早鐘のように打つ胸の鼓動はもうどちらのものかさえ分からない。リリアーナは混乱した。思い出してくれたのだろうか? 震えながらもう一度声を掛ける。                       
「旦那様・・・?」
 一瞬はっとした動きが伝わってきた。少しずつ力をゆるめ、近い位置でリリアーナを見つめる。その顔は驚きに満ちていた。両腕の拘束こうそくを解き、静かに身体を離された。
「すまない・・・本当に申し訳なかった・・・こんなつもりではなかったのだが」

 その時ノックの音がして、ベイジルの声が聞こえた。
「旦那様。明日のスケジュールの確認をしたいのですが」

「失礼致します――」
 リリアーナは頭を下げるとカイトが呼び止める声も聞かず、ベイジルと入れ替わりに出ていった。


#この作品における表現、文章、言葉、またそれらが持つ雰囲気の転用はご遠慮下さい。 
しおりを挟む
感想 479

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

氷の姫は戦場の悪魔に恋をする。

米田薫
恋愛
皇女エマはその美しさと誰にもなびかない性格で「氷の姫」として恐れられていた。そんなエマに異母兄のニカはある命令を下す。それは戦場の悪魔として恐れられる天才将軍ゼンの世話係をしろというものである。そしてエマとゼンは互いの生き方に共感し次第に恋に落ちていくのだった。 孤高だが実は激情を秘めているエマと圧倒的な才能の裏に繊細さを隠すゼンとの甘々な恋物語です。一日2章ずつ更新していく予定です。

漆黒の万能メイド

化野 雫
ファンタジー
 初代女帝が英雄だった実の姉を大悪人として処刑する事で成立した血塗られた歴史を持つ最強にして偉大なるクレサレス帝国。そこを行商しながら旅する若き商人と珍しい黒髪を持つ仮面の国家公認万能メイド。世間知らずのボンボンとそれをフォローするしっかり者の年上メイドと言う風体の二人。彼らはゆく先々では起こる様々な難事件を華麗に解決してゆく。そう、二人にはその見かけとは違うもう一つの隠された顔があったのだ。  感想、メッセージ等は気楽な気持ちで送って頂けると嬉しいです。  気にいって頂けたら、『お気に入り』への登録も是非お願いします。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...