黒の転生騎士

sierra

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第四章

誰が俺を止めるんだ――!?   

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「リリアーナ様、暴れると落ちます」
「カイトは私を落としたりしないもの」
 しかし考え直したようで、何故か急におとなしくなってカイトを見上げた。

「カイトは・・・もしお兄様に命令されたら、あの女性のところで働くの?」
「・・・・・・」

『もしかしたらいい機会かもしれない・・・』
カイトがすぐに答えずに逡巡していると、リリアーナが詰め寄るように質問してきた。

「何故答えないの!? カイトは私の騎士でしょう!? 最近・・・私を避ける時があるけど何か関係しているの?」
 見るとリリアーナの瞳から涙が今にも零れそうだ。

「リリアーナ様――」
 カイトはリリアーナを片手だけで器用に横抱きにしたまま、ポケットからハンカチを取り出すと渡した。

『やはり警護から身を引くべきだ。主であるリリアーナ様に最近の自分の変化を悟られていて、不安を与えているようでは騎士として失格だ』

「アレクセイ様に明日お話しをして、カミラの話を受けようと思います」

 リリアーナの瞳から涙が溢れ出た。カイトのハンカチではもう間に合いそうにない。

「何故!? 私が嫌いなの? 男性が駄目なんて面倒だから、もう私の騎士でいるのが嫌になったの?」
「いえ、そういう事ではなくて・・・」
「じゃあ、カミラがいいの? ああいう女性がカイトはいいの? 私も今は無理だけど、でも・・・努力するから! 二十歳過ぎたらああなれるように!」
「いいえ、リリアーナ様は今のままがいいのです」

 カイトはほとほと困り果てた。リリアーナが涙を流している姿は胸が痛む上に抱きしめたくなるので非常に困る。
 話しは妙な方向に進み始めてるし、やはり疲れているのと、とっくに過ぎてる就寝時間のせいで感情が高ぶって暴走気味であるのだろう。誰だって人に去られるのは嫌なものだ。それが自分の騎士であれば尚更だと思う。

「それなら何故!?」
「リリアーナ様落ち着いて下さい。今のリリアーナ様は普通の状態ではありません」
「私は理由を知りたいの。知る権利が私にはあると思う」

カイトは溜息をつくと覚悟を決めた。

「こうなるからです」

 リリアーナの顔が自分の肩の位置までくるよう高めに抱き上げると、その唇にくちづけた。
一瞬ではあったが、リリアーナが黙るのには充分だった。カイトは碧い瞳を見つめたまま言葉を続けた。

「お分かりになりましたか? 私が最近リリアーナ様に必要以上に近付かないのは、こういう理由からです。リリアーナ様に惹かれる自分を戒めないといけないからです。明日アレクセイ様にカミラのところへ行く事を伝えます。リリアーナ様がお望みなら、辞職して騎士団を去るつもりです」

 リリアーナの涙は今はもう止まっていた。大きな瞳でただただカイトを見つめている。
カイトが再び部屋に向かって歩き始めようとすると、リリアーナが腕の中で猫のように伸びをして、両手でカイトの顔を挟みその唇にくちづけた。

 これも一瞬の事ではあるがカイトの歩みを止めるのには充分だった。信じられない思いで腕の中に居るリリアーナを見下ろすと、両手を祈るように組んでこちらを見上げている瞳と目が合った。

「リリアーナ様・・・?」
「カイト、私はカイトが好き・・・。他の人なんて考えられない。カイトは? カイトも私を好き?」

 およそ予想外であった答えに思考が完全に停止した。本当だったらここでリリアーナに拒絶され、騎士を辞任する事になる筈だった。カミラの話も当然流れるであろうと予想していたし。

 先ほどの自分の行為は告白も同じである。`好き?‘と聞かれなくても、答えは言ったのと同じ事だ。

『というか、拒絶してくれないと誰が俺を止めるんだ――!?』


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