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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 115
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カチッ、と鍵の開く音がして扉が開く。
「リリアーナ――」
カイトは一歩入ると寝室を見渡し、窓際にいるリリアーナを認めて微笑んだ。
「会いたかった」
「フ、……フランチェスカや、ビアンカ達は…!」
両手の拳を握り締めて、恐怖で身体を戦慄かせながら尋ねると、扉と…鍵も閉めながらカイトが答えた。
「気絶させただけだから大丈夫。なるべく痛くないように加減もした」
リリアーナが安堵の表情を浮かべた後に、カイトが近付こうとした。すかさずスカートからナイフを取り出し、両手で掴んで身構える。
「近付かないで!」
足を止めてカイトが首を傾げた。
「リリアーナ。俺を刺す気か? そんな事をしたら、君のカイトは…」
「分かっているわ。だからこうするの」
リリアーナは刃を自分に向ける。
「ばか! やめろ!!」
カイトが一瞬で近付き、険しい顔つきで手首を掴む。グッと力を入れると、リリアーナの手からナイフがこぼれ落ちた。
「放して!!」
「だめだよ。苦労して……やっと会えたのに」
両手を難なく彼女の後ろ手に回して拘束し、そのまま抱き締め、嬉しそうに表情を和ませた。
「死ぬつもりだったのか? 君のカイトに会えなくなるのに?」
「だって、……」
リリアーナがカイトの腕の中でもがきながら、ちらりとベッドに視線を向ける。
「ああ、そうか。君を陵辱するとでも思った? その考えも、実にそそられるけど――」
震える彼女の耳元で、カイトがそっと囁く。
「なぜ震えてる……? 口止めしていたのに話してしまったから? 魔法が解けかけている事を」
びくっと身体を揺らして、リリアーナは恐ろしさで目を見開き、カイトを見つめた。
「そう、知っているよ。リリアーナが話したと分かった時は、目の前で死ぬ事も考えたけど……やめにしたんだ。君をそんな風に苦しめたくはないし、俺が憎んでいるのは君ではないから」
言っている意味がよく分からず、リリアーナは怪訝な顔をする。
「俺が憎いのは、君の愛を独り占めにして、皆からも愛されている――18才のあいつ、カイト・フォン・デア・ゴルツだ」
「でも、彼は貴方自身でもあるのよ」
「なら何故、君は俺を愛さない」
「それは……」
確かに彼とは違うのかもしれない。リリアーナが愛したのは、自分を救ってくれたカイト。
護衛騎士に誘拐され、”男を惑わす厄祭の姫君”というレッテルを貼られ、誰かに相談しようにも、”早く忘れろ”と蓋をされた。胸の思いを吐き出す事ができず、闇に沈んでいた時にまた攫われ、自分に原因があるのかと絶望した。
18才のカイトは、攫われた自分を助け出してくれただけでなく、リリアーナの嘆きを受け止め、リリアーナのせいではないと真っ直ぐに答えてくれた。リリアーナの全てを、思いやりに満ちた暖かさで包んでくれた――。
「18才のカイトは…」
説明しようとするリリアーナをカイトは押しとどめる。
「でもそんな事はどうでもいいんだ。決めたから」
「え?」
「俺には時間がない。君を手に入れるには、もうこれしか方法がないんだ」
カイトは、戸惑った様子のリリアーナの首に、優しく指先で触れる。
「カイ…ト……?」
「君を殺して、俺だけのものにする」
リリアーナは息を呑み、覗き込んでくるカイトの瞳を見つめ返した。カイトがリリアーナの首を掴み、徐々に力を込めていく。
「なら、なぜ……」
「さっきナイフを取り上げたかって? 考える前に、咄嗟に動いてしまったのもあるけど、愛する君を自分のこの手で殺めたかったから」
「………」
「あいつは、……俺の中で目覚めている」
瞠目したリリアーナが、身を震わせた。首を絞める力が一段と強くなる。
「でも、まだ力が弱くて何もできない」
「……やめ…て……」
「君が苦しむ姿を、ただ見ることしかできやしない……」
リリアーナは懸命にカイトの手を外そうとするが、びくともしない。
「た、助けて……」
苦しそうに喘ぎながら、黒い瞳を見つめるリリアーナ。
「助けて、…カイト……!」
「君は! こんな時でも俺ではなく、あいつに助けを求めるのか!!」
カイトは腹立たしそうに声を荒げた。愛しているが故なのか、リリアーナが誰に助けを求めているのかを、敏感に感じ取る。
「あいつは目を覚ましたばかりだ! 君を助けることなどできやしない!!」
言い募るカイトに、息絶え絶えのか細い声で、涙を滲ませてリリアーナが言う。
「ほんと…は…わた……しが……にく…い……?」
「憎いわけないじゃないか……なぜ分からない? 愛している! 愛しているんだリリアーナ……!!」
リリアーナの首を絞めながら、カイトは切なそうに顔を歪めた。
「これで終わりだ……俺もすぐに後を追う。今ここで死ぬのはあいつではなく俺だ。君とあの世で結ばれるのはこの俺なんだ」
「……… 」
もう声も出ないリリアーナに、カイトはくちづけようとした。
「このガキ!!」
いきなり横っ面を張り倒され、カイトは部屋の隅まで吹っ飛んだ。
助けてくれた相手は、くずおれかけたリリアーナの身体を抱きとめ、自分の身体に凭せ掛ける。線の細い少年とは違い、がっしりとした男らしい体躯。
「大丈夫か、リリアーナ」
彼はリリアーナの頭を自分の胸に優しく押し当てると、鋭い視線でカイトを睨みつけた。急に気管に空気が入り咳き込みながらも、リリアーナは信じられない思いで、凭れた胸からその人物を見上げた。
「カイ…ト………」
「リリアーナ――」
カイトは一歩入ると寝室を見渡し、窓際にいるリリアーナを認めて微笑んだ。
「会いたかった」
「フ、……フランチェスカや、ビアンカ達は…!」
両手の拳を握り締めて、恐怖で身体を戦慄かせながら尋ねると、扉と…鍵も閉めながらカイトが答えた。
「気絶させただけだから大丈夫。なるべく痛くないように加減もした」
リリアーナが安堵の表情を浮かべた後に、カイトが近付こうとした。すかさずスカートからナイフを取り出し、両手で掴んで身構える。
「近付かないで!」
足を止めてカイトが首を傾げた。
「リリアーナ。俺を刺す気か? そんな事をしたら、君のカイトは…」
「分かっているわ。だからこうするの」
リリアーナは刃を自分に向ける。
「ばか! やめろ!!」
カイトが一瞬で近付き、険しい顔つきで手首を掴む。グッと力を入れると、リリアーナの手からナイフがこぼれ落ちた。
「放して!!」
「だめだよ。苦労して……やっと会えたのに」
両手を難なく彼女の後ろ手に回して拘束し、そのまま抱き締め、嬉しそうに表情を和ませた。
「死ぬつもりだったのか? 君のカイトに会えなくなるのに?」
「だって、……」
リリアーナがカイトの腕の中でもがきながら、ちらりとベッドに視線を向ける。
「ああ、そうか。君を陵辱するとでも思った? その考えも、実にそそられるけど――」
震える彼女の耳元で、カイトがそっと囁く。
「なぜ震えてる……? 口止めしていたのに話してしまったから? 魔法が解けかけている事を」
びくっと身体を揺らして、リリアーナは恐ろしさで目を見開き、カイトを見つめた。
「そう、知っているよ。リリアーナが話したと分かった時は、目の前で死ぬ事も考えたけど……やめにしたんだ。君をそんな風に苦しめたくはないし、俺が憎んでいるのは君ではないから」
言っている意味がよく分からず、リリアーナは怪訝な顔をする。
「俺が憎いのは、君の愛を独り占めにして、皆からも愛されている――18才のあいつ、カイト・フォン・デア・ゴルツだ」
「でも、彼は貴方自身でもあるのよ」
「なら何故、君は俺を愛さない」
「それは……」
確かに彼とは違うのかもしれない。リリアーナが愛したのは、自分を救ってくれたカイト。
護衛騎士に誘拐され、”男を惑わす厄祭の姫君”というレッテルを貼られ、誰かに相談しようにも、”早く忘れろ”と蓋をされた。胸の思いを吐き出す事ができず、闇に沈んでいた時にまた攫われ、自分に原因があるのかと絶望した。
18才のカイトは、攫われた自分を助け出してくれただけでなく、リリアーナの嘆きを受け止め、リリアーナのせいではないと真っ直ぐに答えてくれた。リリアーナの全てを、思いやりに満ちた暖かさで包んでくれた――。
「18才のカイトは…」
説明しようとするリリアーナをカイトは押しとどめる。
「でもそんな事はどうでもいいんだ。決めたから」
「え?」
「俺には時間がない。君を手に入れるには、もうこれしか方法がないんだ」
カイトは、戸惑った様子のリリアーナの首に、優しく指先で触れる。
「カイ…ト……?」
「君を殺して、俺だけのものにする」
リリアーナは息を呑み、覗き込んでくるカイトの瞳を見つめ返した。カイトがリリアーナの首を掴み、徐々に力を込めていく。
「なら、なぜ……」
「さっきナイフを取り上げたかって? 考える前に、咄嗟に動いてしまったのもあるけど、愛する君を自分のこの手で殺めたかったから」
「………」
「あいつは、……俺の中で目覚めている」
瞠目したリリアーナが、身を震わせた。首を絞める力が一段と強くなる。
「でも、まだ力が弱くて何もできない」
「……やめ…て……」
「君が苦しむ姿を、ただ見ることしかできやしない……」
リリアーナは懸命にカイトの手を外そうとするが、びくともしない。
「た、助けて……」
苦しそうに喘ぎながら、黒い瞳を見つめるリリアーナ。
「助けて、…カイト……!」
「君は! こんな時でも俺ではなく、あいつに助けを求めるのか!!」
カイトは腹立たしそうに声を荒げた。愛しているが故なのか、リリアーナが誰に助けを求めているのかを、敏感に感じ取る。
「あいつは目を覚ましたばかりだ! 君を助けることなどできやしない!!」
言い募るカイトに、息絶え絶えのか細い声で、涙を滲ませてリリアーナが言う。
「ほんと…は…わた……しが……にく…い……?」
「憎いわけないじゃないか……なぜ分からない? 愛している! 愛しているんだリリアーナ……!!」
リリアーナの首を絞めながら、カイトは切なそうに顔を歪めた。
「これで終わりだ……俺もすぐに後を追う。今ここで死ぬのはあいつではなく俺だ。君とあの世で結ばれるのはこの俺なんだ」
「……… 」
もう声も出ないリリアーナに、カイトはくちづけようとした。
「このガキ!!」
いきなり横っ面を張り倒され、カイトは部屋の隅まで吹っ飛んだ。
助けてくれた相手は、くずおれかけたリリアーナの身体を抱きとめ、自分の身体に凭せ掛ける。線の細い少年とは違い、がっしりとした男らしい体躯。
「大丈夫か、リリアーナ」
彼はリリアーナの頭を自分の胸に優しく押し当てると、鋭い視線でカイトを睨みつけた。急に気管に空気が入り咳き込みながらも、リリアーナは信じられない思いで、凭れた胸からその人物を見上げた。
「カイ…ト………」
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