黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 106

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「これ……普通の腫れ方じゃないっすよ」
「骨まで達してるんじゃないですか?」

 心配をする二人に向かって、イフリートが肘を曲げたり伸ばしたりしてみせる。

「骨折もしていないし、ひびも入っていない。ただ、暫く痛むだろうな」
「痛むってレベルではないです」
「俺達だったらボコられてたな」
「もう、ボコられかけてたじゃないか」

 そうこうしている内に人の姿がちらほらと見え始め、イフリートが素早く袖を元に戻した。アルフレッドが不思議そうに周囲を見回す。

「今まで人がいなかったのが、奇跡でしたね」
「ああ、確かに……」

 首を傾げながらイフリートも思う。サイラスと共に、王位継承者であるアレクセイが無事であるのを見届けてから、こちらに向かった。もうあれでしまいだと思っていたのに、まだ何かあったのだろうか?

 小間使いの女の子達がくすくすと笑いながら、やってきた。

「ルイス王子、ほっぺたが見事に赤く腫れてたわね」
「嫌がるサファイア様を押し倒したりするからよ」
「急ぎましょう、遅刻しちゃうわ!」

 イフリート達に気付くと頭を下げ、急ぎ足で駆けてゆく。

「………ルイス王子に感謝だな」
「本当ですね」←珍しく意見の合う二人。

 医務室に入ると、じいやの目に留まるなり、イフリートは指図された。

「さっさとシャツを脱いで、そこに座れぃ」
「凄いなじいや、シャツの上から見ただけで分かるのか?」
「わしを誰だと思っておる」

 イフリートがボタンを外してシャツを脱ぐ。見事に鍛え抜かれた身体が現れると同時に、アルフレッドとグスタフは呻き声を洩らした。腕はおろか、防ぎきれなかったカイトの攻撃で、ところどころの皮膚が紫色に変色していたからである。グスタフが思い切り顔を顰めた。

「ひでぇ……よく、あんな余裕の顔でいられたもんすね」
「受けたダメージに気付かれたら、戦いが不利になる。付け入る隙を与えてはいけない」
「お前さんは無理のしすぎじゃ。どうせ相手はカイトじゃろう?」

 どろっどろした緑色の青臭~い湿布薬を油紙に塗りつけて、イフリートの身体にぺたぺたと貼っていく。

「分かるか?」
「カイト以外に、こんな痛手をお前さんに与える奴はおらん。きゃつは一体どうしたんじゃ? こんな真似をしよるとは」
「追い詰められているんだ。子供だから、18歳のカイトと違って余裕がない」
「団長、私達に話したい事とは何ですか?」
「そうだったな」

 アルフレッドの問いにイフリートは顔を上げ、昨日のリリアーナとの会話を思い起こした。


***


 昨日、サイラスにクリスティアナを呼びに行かせ、自分は真っ直ぐリリアーナの部屋へ向かった。部屋の前では女性騎士のジャネットと侍女のフランチェスカが、扉越しに中の様子を窺っている。

「なぜフランチェスカがここにいる?」
「リリアーナ様が”一人になりたい”と仰ったんです」
「そうか……」

 フランチェスカは退室したものの心配で、部屋の前から立ち去ることができずにいた。イフリートが来た旨を告げようとジャネットがノックをするも、中から返事は返ってこない。
 心配する二人を押しとどめ、イフリートは自分でノックをして、返事を待たずに部屋へ入る。
 リリアーナは窓際でチッペンデールチェアーに座り、刺繍しかけの白い布を膝に広げていた。もう日もほぼ暮れて手元も見えないであろうに、刺繍針を持ったまま、ぼんやりと外を眺めている。イフリートが近付くと、やっと気付いてこちらを向いた。

「イフリート……」
「リリアーナ様、お返事がなかったので入室させて頂きました。無礼をお許し下さい」
「構わないわ」

 微笑むリリアーナはとても儚く見えた。

「どんな要件かしら?」
「……カイトを、地下牢に収容します」

 リリアーナは目を見開き、耳にした言葉が信じられないというように、呆然とイフリートを見返した。
イフリートは繰り返す。

「カイトを、地下牢に収容します」
「それはだめ、それだけは許しません!!」
「私はリリアーナ様に申し上げました。”胸の内を語るのはいつでもいい”と、しかしカイトはいま危険な状態にあるのです。理由を言って下さらない中で、これが最善の方法です。収容されている間に彼の頭も冷めると思いますが」
「だめ、絶対にだめ! だってそんな事をしたら、カイトが……」
「カイトがどうかしたの……?」

 部屋に入ってきたクリスティアナが、尋常ならぬリリアーナの様子に、驚きながら近づいてくる。

「あっ、……」
(お姉様までなぜ? このままだと秘密が守れなくなってしまう――)

 狼狽えて立ち上がり、布や針、色とりどりの糸などが、膝から滑り落ちていった。ぱらぱらと、それらが足元に散らばるのも気付かずに、リリアーナはどう言い繕うか必死に考える。
 心配そうに顔を覗き込むクリスティアナの目の前で、堪え切れずに涙が溢れてきた。所詮いい考えなど思いつきはしないのだ。

「い、言えないの……」
「リリアーナ……」

 クリスティアナがリリアーナを優しく抱き締めると、限界がきたのか、リリアーナは激しく泣きじゃくり始める。
 お茶の用意をしたサイラスがトレーを片手に入って来た。

「気が利いているな」
「長くなりそうだと思ったから、フランチェスカに用意をしてもらったんだ」
「リリアーナ、ソファに座ってお茶を頂きましょう? きっと落ち着くわ」

 クリスティアナに寄り添われ、リリアーナは大人しくソファに座った。サイラスが入れた紅茶を一口飲んで、俯き加減で話し始める。

「言えないの。私はすぐ顔に出てしまうし、言った事がカイトに分かってしまうわ。そうしたら大変な事に……」
「大丈夫です。牢屋に入れたら顔を会わせなくて済みます」
「入れる事によって、私が話したと考えるわ」
「ただリリアーナ様が、怖がっているとだけ伝えます」
「彼は勘がいいの。イフリートやサイラスの様子から、きっと私が話したと感じ取る…」
「お聞き下さい」

 遮るようにイフリートが言う。

「サイラスは騎士団の宰相のような役割をしていて、腹黒い奴相手でもポーカーフェイスで立ち回れます。私は始終仏頂面で、これまた表情が変わりません。万が一カイトがクリスティアナに会ったとしても、第一王女で、幼い頃から社交という表舞台に立っていた彼女は、嫌な奴でも顔色一つ変えずに相手ができます」
「……?」
「全員カイトや、他の者達の前で、リリアーナ様から聞いた話を知らない振りが、自然な態度でできるのです――」

 自信を持って宣言するイフリートに、一瞬みな黙りこむ。
プッ、とサイラスが吹き出した。

「何だよ、”名案がある”ってその事か?」
「他に何がある?」
「イフリートったら……」

 クリスティアナに続きリリアーナも笑みを浮かべるのを見て、イフリートが表情を和ませた。

「やっと笑いましたね。リリアーナ様」

 クリスティアナが怪訝な表情を浮かべる。

「今日、カイトに呼び止められた時は様子が変だったけど、それまでは普通にしていたわよね? よく笑ってもいたし……」
「リリアーナ様は、辛い事がある時ほど我慢をしてしまうんだ。周囲に迷惑を掛けないように、普通であり続けようとする……そういったところは、君と似ているな、クリスティアナ」

 クリスティアナは自分に当てはまるところを思い、口を噤む。

「多分、幼い頃に護衛騎士だった俺だから分かるんだろう。最近のリリアーナ様は笑ってはいても、その笑顔に泣き顔が重なって見えた」

 リリアーナが小さく溜息を吐く。

「何でもお見通しなのね。イフリート……」
「さっ、話して下さいますね」

 意を決したようにリリアーナは口を開いた。

***

「そうですか……カイトの魔法が解けつつあり、”自分の言う事を聞かなかったら自死する”と脅されて……」
「ええ、彼が死んだら、私のカイトも死んでしまうし、ただ言う事を聞くしかなかったの。それに、薄情な話だけどあと2ヶ月我慢をしたら…」

 黙っていたサイラスが、口を挟む。

「元のカイトに戻る訳ですね。それにしても彼らしくない。そんな事をしてもリリアーナ様に嫌われるだけなのに……」

 考え込むサイラスに、リリアーナも頷いた。

「そうなの。私も何か、得体の知れない不安を感じて。あと二ヶ月しかないのに焦った様子も見せないし……」

 クリスティアナが、不安を和らげるように言う。

「何といっても子供なのだし、自暴自棄になっただけでは?」
「それならいいのだけど……」 

 イフリートが結論を出した。

「地下牢に2ヶ月間、閉じ込めましょう。本人には”頭を冷やすまで”とだけ伝え、監視をつけて、自害に使えそうな物は全て取り上げればいい」
「上手くいくかしら……?」

 心配そうなリリアーナをイフリートが元気付ける。

「大丈夫です、リリアーナ様。監視は腕の立つ者をつけますし、常に二人体制で目を離しません。二ヵ月後には18才のカイトに会えますよ」

 リリアーナの表情が明るくなり、嬉しそうに微笑んだ。”もう二度と、リリアーナ様を悲しませない”と、イフリートは気を引き締める。
 

***

「うっ……うぅ……」 

 冷気が身体に纏わりつき、カイトはぶるっと身を震わて目を覚ました。気付いたサイラスに声を掛けられる。

「目を覚ましたか?」

 辺りは仄暗く、空気は冷たく澱んでいた。
 
 


10連休が目前な上に、お休みもしたので、仕事が山盛りで小説遅れております。許してね (´;ω;`)
  
前回のイフリートとカイトの戦いは、以前にコメントでクリボー様が”イフリートとカイトの模擬戦的なのが見たいなぁ、”と仰って、ここにきてやっと書けた物です。私の記憶の中では”二人の戦い”だったのですが、確認したら”模擬戦”でした。お許しを^^;
なかなか話しに織り込めず、一年掛かってしまいました。クリボー様も、もうお読みになってないかもしれませんが、ずっと書きたいと思っていたので。

あと、  Felice様リクエストの(これも一年前のリクエスト(汗))、”スティーブやフランチェスカの視点でカイトとの出会いのことなどを見たいなと思いました”は、実はもう、書けているのですが、果てしなく本筋から逸脱した為に、公開に至らないでいます。
そのうち折を見て、修正して公開したいと思います。

 
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