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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 99
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「それではここに、”サファイア様を穏便に奪取・迅速に連れ去、……連れ帰る” 作戦会議を執り行います」
「バーナード議長、”穏便に奪取”では、意味が通らないのでは?」
一人の高官が意見をする。
「気持ちの問題です。友好国であり、これからは縁戚関係も結ぶリーフシュタイン国とは、良好な間柄でなくてはいけません。しかしながら相手は、切れ者のアレクセイ王子! 奪取、いや略奪する位の気持ちで挑まないと願いは叶えられないのです!」
「おお――!!」
確かにその通りだと拍手が沸く中、会議室にノックの音が響く。
「しっ――、」
バーナードが唇の前に指を立てた。廊下はラトヴィッジの兵士で固めているが、万が一にでも情報が漏れたら大事になる。
アーロンが息せき切って入ってくるのを見て、皆、肩の力を抜いた。
「アーロン、ご苦労だった。首尾は?」
「はい。ルイス王子はサファイア様と、沈みゆく夕日を眺めながら、庭園の散策を楽しんでおられます。”明日の分の仕事も少し終わらせることができた”とサファイア様に仰られたところ、サファイア様はいたく感激されて、”明日は今日より、もっと長く一緒に居られるわね” と、そっと爪先立って王子の頬に、恥かしそうにくちづけを……」
そのロマンチックな光景を思い出したのか、アーロンが…ボーッ、とした顔つきになる。
「アーロン、続きを早く!!」
周囲に急き立てられ、アーロンは慌てて話を続けた。
「ルイス様は望外の喜びであったようで、こう、サファイア様を抱き締められて『明日の午前中には仕事を全て終わらせる』と宣言なされました――」
「何と!!」
「あの仕事嫌いのルイス様が……」
「一日がかりの仕事を半日で仕上げると!?」
驚愕の声が上がる中、ドンッ! とバーナードが机を叩いて、皆の注意を引く。
「皆さん! 今日の会議室での出来事を覚えていらっしゃいますか!?」
それは、サファイアとクリスティアナが退室しようとした時に起こった。会議室の入り口近くに居た高官達が、今では廃れてしまった神殿について、存続か、取り潰しかで激論を交わしていた。
「だから、もうこれ以上予算を使う訳にはいかない! 神官は城で何か仕事をさせて、巫女は親許に帰せばいい!」
「我が国の歴史ある神殿を取り潰すのですか!?」
「じゃあ、どこから費用を捻出すればいいんだ!? 我が国の経済状態が上向いているとはいえ、何もしない彼らの面倒に加え、すっかり古くなった神殿の修復費は膨大になるのですぞ!」
サファイアがふと足を止めて、声を掛ける。
「話し合いの途中でごめんなさい。それって……先見(予見する力)や占いで、神託を受ける事ができる巫女達のいる神殿よね? 我が国も一昔前はお世話になっていた」
一人の高官がすぐに答えた。
「そうです。当時は国家を揺るがすような神託を受ける巫女もおりましたが、今ではその力も衰え、せいぜい失せ物(紛失物)を探し当てる位で……」
「それ、いいのではないかしら?」
「はい……?」
「見料を取って、失せ物や、他にも恋の行く末などを見てあげるの」
「それは……」
「神殿も一部を見学が出来るように解放して、入場料を徴収するのはどう? 歴史ある建物なのだから、このまま廃墟にしてしまうのは惜しいわ」
「しかし、神聖な神殿をそのような……」
「なぜ? 教会だって、寄付を集めるし、拝観料を取るところもあるじゃない? それと同じよ」
「しかし、先見の力を恋占いなどに……」
「それ、いいっす!!」
近くで書類整理をしていた事務官の青年が、椅子を蹴って立ち上がった。
「占い館のクソババァ! 高い見料ふんだくりやがって、10個の内の半分も当たりゃしねえ!!」
拳を握り締めてワナワナと、悔しそうに震える青年。
ここで簡単に説明をすると、高官は政治を司り、事務官はその名の通り事務仕事を担当する。高官は貴族出身者と決まっているが、事務官は出自に関係なく取り立てられるために、優秀な平民出身者が多い。そう、普段気をつけてはいるが、事務官は平民出身である為、言葉遣いの荒い若者が多いのである。
「落ち着け、サファイア様の御前だ。控えろ」
「あっ、……も、申し訳ありません!」
頭を下げて、青年はあたふたと座りなおそうとした。
「ぜひ、続きを聞きたいわ」
「へっ、……」
戸惑い気味に、高官へ視線を向けた青年は、彼が頷くのを見て話を続ける。
「隣国に、自分を魔女だと称しているクソバッ、……お…ばあさんがいて、占いをしてくれるんです。それこそ、サファイア様が仰ったように、失せ物を探したり、恋占いや、とにかく何でも見てくれるのですが、見料が高い上に、当たらない事も多くて」
そこで、またふんだくられた事を思い出したのか、ぎりぎりと歯軋りをした。
「でも、いくつかは当たるし、他に見てもらったり相談する当てもないから、皆そこに行くんです」
サファイアが真剣に聞いているのを感じて、青年の口も滑らかになる。
「当たらないのに金は返してくれないし、渋々諦めて帰ってきたところ、偶然巫女様に会いました。俺が肩を落としているのを見て、どうしたの?って聞いてくれて…」
「お前、まさか見てもらったんじゃあるまいな?」
「すんません、同情してくれて特別にって……」
高官に頭をぺしっ、と叩かれる。
「神託を受ける巫女に、見てもらうとは……」
「でもそれが百発百中で! 絶対にサファイア様の提案はいいっす! 皆が殺到しますって!」
「しかし……」
「あのインチキババァ、儲かるから2号店出すそうですよ!」
「神殿は2号店出さないし、儲かる儲からないなどと……」
「いいんじゃないか?」
「え、……」
全員で声がしたほうに視線を向けると、ルイスがいつの間にかこちらに注意を向けていた。
「いいじゃないか。取り潰しを考えているなら、いっその事やってみれば」
「しかしルイス様。歴史ある我が国の神殿をそのような、低俗な占いなどで……」
「低俗か? 私はそうは思わないぞ。恋占いによって多くの男女が結ばれて上手くいけば、それが子孫繁栄に繋がる。素晴らしい事じゃないか。観光の目玉にするのもいいかもしれないな。我が国を潤してくれる」
「あの、俺…、じゃなくて私が一番言いたいのは、」
青年が真剣に訴える。
「巫女様が、嬉しそうに仰ったんです。”お役に立てて良かったわ。最近は神殿に来る人もいなくなってしまって、ただ時間が過ぎていくだけなの。だから今日は嬉しかった”って……最後は淋しそうに……」
ルイスが顔を上げて、青年と視線を合わせる。
「話してくれてありがとう」
「い、いえ、……恐縮です」
「君はどう思う?」
高官に視線を移すと、彼は穏やかに頭を下げた。
「はい。私も……試しにやってみるべきかと――」
「うむ……そうだな」
ルイスがサファイアに目をやった時には、彼女は退室した後だった。
***
「そういえばサファイア様は、なぜ、話しの途中で退室してしまわれたのですか?」
一人の事務官の言葉に周囲がざわめくと、アーロンが声を上げた。
「あっ、俺、聞きました!」
以下、アーロン目撃の場面。
***
「なぜ、話の途中で出て行ってしまったんだい?」
「後は貴方が、良い方向に話を持って行ってくれると分かっていたから」
ルイスはその言葉に、嬉しく思いながらも話を続ける。
「でも、君の発案だったのに」
「私は部外者なんだもの。出しゃばらないほうがいいわ。それよりもあの時……貴方が味方をしてくれて、嬉しかった」
「いや、……事実を言ったまでだ……」
頬を微かに紅潮させて、コホンとルイスが恥かしげに咳をする。
「それでも、仕事をしながら私を気にしていてくれたのでしょう? 見守ってくれているのね」
サファイアが優しい眼差しで、心から嬉しそうに笑みを浮かべる。ルイスは魅入られたように顔を寄せ………
***
「………王子のお帰りは遅くなりそうだな」
「ラザファム殿は苦労しますね」
「話しがそれたが、そうだったのか……実に奥ゆかしい姫君だ」←アレクセイに”身の引きどころを考えろ”と散々言われて学んだサファイア。
「我らのように神殿を神聖視していない……部外者であるから容易に思いついたのでは?」
「いや、それを差し引いても良いアイデアだ」
「我が国に、新風を吹き込んでくれそうですね」
「それにしても、今日の王子の仕事ぶりは凄かった。あれだけの量を夕方までに終わらせてしまうのは、初めて見たぞ」
「だから怖いのだ。サファイア様と離れた日には、仕事をする原動力がなくなってしまう――」
全員でゴクリと唾を飲みこんだ。バーナードが重々しい声を出す。
「明日決行しようと……思うのだが……」
***
ノックの音にイフリートが反応をする。
「カイトか? 入れ」
「はい」
団長室に入ったカイトが胸に手を当て、騎士の礼を取った。
「お呼びでしょうか」
「早速だが――単刀直入に言う。お前をリリアーナ様の騎士の任から外すことにした」
カイトの顔が一瞬強張り、ぎゅっ、と手を握り締めた。爪が手の平に突き刺さるほどに――
「バーナード議長、”穏便に奪取”では、意味が通らないのでは?」
一人の高官が意見をする。
「気持ちの問題です。友好国であり、これからは縁戚関係も結ぶリーフシュタイン国とは、良好な間柄でなくてはいけません。しかしながら相手は、切れ者のアレクセイ王子! 奪取、いや略奪する位の気持ちで挑まないと願いは叶えられないのです!」
「おお――!!」
確かにその通りだと拍手が沸く中、会議室にノックの音が響く。
「しっ――、」
バーナードが唇の前に指を立てた。廊下はラトヴィッジの兵士で固めているが、万が一にでも情報が漏れたら大事になる。
アーロンが息せき切って入ってくるのを見て、皆、肩の力を抜いた。
「アーロン、ご苦労だった。首尾は?」
「はい。ルイス王子はサファイア様と、沈みゆく夕日を眺めながら、庭園の散策を楽しんでおられます。”明日の分の仕事も少し終わらせることができた”とサファイア様に仰られたところ、サファイア様はいたく感激されて、”明日は今日より、もっと長く一緒に居られるわね” と、そっと爪先立って王子の頬に、恥かしそうにくちづけを……」
そのロマンチックな光景を思い出したのか、アーロンが…ボーッ、とした顔つきになる。
「アーロン、続きを早く!!」
周囲に急き立てられ、アーロンは慌てて話を続けた。
「ルイス様は望外の喜びであったようで、こう、サファイア様を抱き締められて『明日の午前中には仕事を全て終わらせる』と宣言なされました――」
「何と!!」
「あの仕事嫌いのルイス様が……」
「一日がかりの仕事を半日で仕上げると!?」
驚愕の声が上がる中、ドンッ! とバーナードが机を叩いて、皆の注意を引く。
「皆さん! 今日の会議室での出来事を覚えていらっしゃいますか!?」
それは、サファイアとクリスティアナが退室しようとした時に起こった。会議室の入り口近くに居た高官達が、今では廃れてしまった神殿について、存続か、取り潰しかで激論を交わしていた。
「だから、もうこれ以上予算を使う訳にはいかない! 神官は城で何か仕事をさせて、巫女は親許に帰せばいい!」
「我が国の歴史ある神殿を取り潰すのですか!?」
「じゃあ、どこから費用を捻出すればいいんだ!? 我が国の経済状態が上向いているとはいえ、何もしない彼らの面倒に加え、すっかり古くなった神殿の修復費は膨大になるのですぞ!」
サファイアがふと足を止めて、声を掛ける。
「話し合いの途中でごめんなさい。それって……先見(予見する力)や占いで、神託を受ける事ができる巫女達のいる神殿よね? 我が国も一昔前はお世話になっていた」
一人の高官がすぐに答えた。
「そうです。当時は国家を揺るがすような神託を受ける巫女もおりましたが、今ではその力も衰え、せいぜい失せ物(紛失物)を探し当てる位で……」
「それ、いいのではないかしら?」
「はい……?」
「見料を取って、失せ物や、他にも恋の行く末などを見てあげるの」
「それは……」
「神殿も一部を見学が出来るように解放して、入場料を徴収するのはどう? 歴史ある建物なのだから、このまま廃墟にしてしまうのは惜しいわ」
「しかし、神聖な神殿をそのような……」
「なぜ? 教会だって、寄付を集めるし、拝観料を取るところもあるじゃない? それと同じよ」
「しかし、先見の力を恋占いなどに……」
「それ、いいっす!!」
近くで書類整理をしていた事務官の青年が、椅子を蹴って立ち上がった。
「占い館のクソババァ! 高い見料ふんだくりやがって、10個の内の半分も当たりゃしねえ!!」
拳を握り締めてワナワナと、悔しそうに震える青年。
ここで簡単に説明をすると、高官は政治を司り、事務官はその名の通り事務仕事を担当する。高官は貴族出身者と決まっているが、事務官は出自に関係なく取り立てられるために、優秀な平民出身者が多い。そう、普段気をつけてはいるが、事務官は平民出身である為、言葉遣いの荒い若者が多いのである。
「落ち着け、サファイア様の御前だ。控えろ」
「あっ、……も、申し訳ありません!」
頭を下げて、青年はあたふたと座りなおそうとした。
「ぜひ、続きを聞きたいわ」
「へっ、……」
戸惑い気味に、高官へ視線を向けた青年は、彼が頷くのを見て話を続ける。
「隣国に、自分を魔女だと称しているクソバッ、……お…ばあさんがいて、占いをしてくれるんです。それこそ、サファイア様が仰ったように、失せ物を探したり、恋占いや、とにかく何でも見てくれるのですが、見料が高い上に、当たらない事も多くて」
そこで、またふんだくられた事を思い出したのか、ぎりぎりと歯軋りをした。
「でも、いくつかは当たるし、他に見てもらったり相談する当てもないから、皆そこに行くんです」
サファイアが真剣に聞いているのを感じて、青年の口も滑らかになる。
「当たらないのに金は返してくれないし、渋々諦めて帰ってきたところ、偶然巫女様に会いました。俺が肩を落としているのを見て、どうしたの?って聞いてくれて…」
「お前、まさか見てもらったんじゃあるまいな?」
「すんません、同情してくれて特別にって……」
高官に頭をぺしっ、と叩かれる。
「神託を受ける巫女に、見てもらうとは……」
「でもそれが百発百中で! 絶対にサファイア様の提案はいいっす! 皆が殺到しますって!」
「しかし……」
「あのインチキババァ、儲かるから2号店出すそうですよ!」
「神殿は2号店出さないし、儲かる儲からないなどと……」
「いいんじゃないか?」
「え、……」
全員で声がしたほうに視線を向けると、ルイスがいつの間にかこちらに注意を向けていた。
「いいじゃないか。取り潰しを考えているなら、いっその事やってみれば」
「しかしルイス様。歴史ある我が国の神殿をそのような、低俗な占いなどで……」
「低俗か? 私はそうは思わないぞ。恋占いによって多くの男女が結ばれて上手くいけば、それが子孫繁栄に繋がる。素晴らしい事じゃないか。観光の目玉にするのもいいかもしれないな。我が国を潤してくれる」
「あの、俺…、じゃなくて私が一番言いたいのは、」
青年が真剣に訴える。
「巫女様が、嬉しそうに仰ったんです。”お役に立てて良かったわ。最近は神殿に来る人もいなくなってしまって、ただ時間が過ぎていくだけなの。だから今日は嬉しかった”って……最後は淋しそうに……」
ルイスが顔を上げて、青年と視線を合わせる。
「話してくれてありがとう」
「い、いえ、……恐縮です」
「君はどう思う?」
高官に視線を移すと、彼は穏やかに頭を下げた。
「はい。私も……試しにやってみるべきかと――」
「うむ……そうだな」
ルイスがサファイアに目をやった時には、彼女は退室した後だった。
***
「そういえばサファイア様は、なぜ、話しの途中で退室してしまわれたのですか?」
一人の事務官の言葉に周囲がざわめくと、アーロンが声を上げた。
「あっ、俺、聞きました!」
以下、アーロン目撃の場面。
***
「なぜ、話の途中で出て行ってしまったんだい?」
「後は貴方が、良い方向に話を持って行ってくれると分かっていたから」
ルイスはその言葉に、嬉しく思いながらも話を続ける。
「でも、君の発案だったのに」
「私は部外者なんだもの。出しゃばらないほうがいいわ。それよりもあの時……貴方が味方をしてくれて、嬉しかった」
「いや、……事実を言ったまでだ……」
頬を微かに紅潮させて、コホンとルイスが恥かしげに咳をする。
「それでも、仕事をしながら私を気にしていてくれたのでしょう? 見守ってくれているのね」
サファイアが優しい眼差しで、心から嬉しそうに笑みを浮かべる。ルイスは魅入られたように顔を寄せ………
***
「………王子のお帰りは遅くなりそうだな」
「ラザファム殿は苦労しますね」
「話しがそれたが、そうだったのか……実に奥ゆかしい姫君だ」←アレクセイに”身の引きどころを考えろ”と散々言われて学んだサファイア。
「我らのように神殿を神聖視していない……部外者であるから容易に思いついたのでは?」
「いや、それを差し引いても良いアイデアだ」
「我が国に、新風を吹き込んでくれそうですね」
「それにしても、今日の王子の仕事ぶりは凄かった。あれだけの量を夕方までに終わらせてしまうのは、初めて見たぞ」
「だから怖いのだ。サファイア様と離れた日には、仕事をする原動力がなくなってしまう――」
全員でゴクリと唾を飲みこんだ。バーナードが重々しい声を出す。
「明日決行しようと……思うのだが……」
***
ノックの音にイフリートが反応をする。
「カイトか? 入れ」
「はい」
団長室に入ったカイトが胸に手を当て、騎士の礼を取った。
「お呼びでしょうか」
「早速だが――単刀直入に言う。お前をリリアーナ様の騎士の任から外すことにした」
カイトの顔が一瞬強張り、ぎゅっ、と手を握り締めた。爪が手の平に突き刺さるほどに――
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