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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 97
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「リリアーナ」
カイトの視線がリリアーナに絡みついた。
リリアーナは身を竦ませて、彼から目を逸らせなくなる。
「ここに来るんだ」
「い…や……」
カイトはおもむろに顔を右に向け、テラスのガラス戸越しに外の景色を眺めた。
「ラトヴィッジの高官達に会いたかったのですか……?」
「違うわ!」
「嬉しそうだったと、聞きましたが?」
「分かるでしょう? それはリップサービスよ……! いきなり”行かない”なんて言い出したら感じが悪いから、クリスティアナ姉様が気を使ったんだわ!」
「私に抱いて運ばれるのも、嫌だったようですね」
「それ…は……」
「リリアーナ、おいで」
彼はリリアーナに視線を戻し、右手を差し伸べた。彼女は足に根が生えたように、その場から動けないでいる。
カイトはすっと目を細めて扉から背を浮かせ、リリアーナに向かって歩き始めた。リリアーナの怯える様子にイラつきながらも、もっと追い詰めたいという衝動に駆られる。
目の前で足を止めて彼女を見下ろし、身を屈めてゆっくりと……顔を近づけた。
「カイト……お願い、もうこんな事はやめて……」
「――私に死んでほしいのですか?」
「あ、……」
リリアーナは大粒の涙をこぼしながら、苦しそうにカイトへ向かって首を横に振る。優しく、そして残酷に、カイトは彼女の顎を掴むと、顔を傾けて唇を重ねようとした。
ノックの音が部屋に響く――
「リリアーナ様、ご気分が悪いと伺いましたが大丈夫ですか? カイト、そこにいるのか? なぜ廊下で警護をしていない。何かあったのか?」
「イフリート……!」
その声に縋り付くように、リリアーナは扉に向かって駆け出そうとした。すかさずカイトが腕を伸ばし、ウエストを掴んで引き寄せると、顔を近づけて耳元で囁く。
「話したらどうなるか、分かりますよね?」
ぶるっ、と身を震わせて、リリアーナはカイトの腕の中で大人しくなった。どうなるかなんて、今も言われたばかりで骨身に沁みている。
涙を湛えた瞳で、打ちひしがれたリリアーナが、力なくカイトを見上げた。カイトは微笑んで、リリアーナのこめかみにくちづける。
「いい子だ。リリアーナ――」
「カイト、どうして返事をしないんだ。開けるぞ!」
ガチャリッとドアノブを回し、勢い良くイフリートが入ってきた。二人が抱き合っている姿を見て一瞬躊躇したが、リリアーナの瞳に涙が光るのを目にし、すぐ思い直して距離を詰めた。
「リリアーナ様、大丈夫ですか?」
リリアーナがコクンと頷く。イフリートが若かりし頃、騎士としてお仕えしたリリアーナ。森の中で迷子になり途方に暮れて泣いている姿と、いま目の前で泣いている姿が、妙に重なった。
「カイト、なぜ返事をしなかった?」
「申し訳ありません。リリアーナ様の具合が悪かったもので」
「………まあいい、交代の時間だ。もう女性騎士が来ているから、お前は休憩に入れ」
「分かりました」
カイトは腕の中のリリアーナに話しかける。
「リリアーナ様、寝室までお運びしますか?」
「……大丈夫。わたし、お茶を飲みたいわ」
「後は俺が引き受けるから、お前はもう行け。しっかり身体を休めないと、いざという時に動けないぞ」
イフリートの言葉に、カイトが騎士の礼を取り、退室をした。
「すぐに、フランチェスカを呼びましょう」
イフリートは暖炉の傍にある、呼び鈴の紐を引っ張る。リリアーナの身体を支えてソファに座らせると、自分は跪き、落ち着きのある低い声で話しかけてきた。
「何かあるのではないですか? クリスティアナが心配をしています。カイトに……洩れないよう、細心の注意を払いますので、どうか安心してお話し下さい」
息を呑んで、イフリートを見つめるリリアーナ。
まさかイフリートに、そんな事を言われるとは思ってもいなかった。クリスティアナが異変に気付き、相談してくれたのだろうか……?
リリアーナは苦しい胸の内を、話してしまいたい気持ちに駆られた。イフリートなら、もしかしたら助けてくれるかもしれない。
でも、もしも、……もしも、話した事がカイトに知れたら……。
様子を見ていたイフリートが、リリアーナの白くて華奢な手を、掌に包んだ。
「焦らなくても、いつでもいいのですよ。リリアーナ様」
安心させるように微笑むイフリートに、リリアーナは思わず涙を流し抱きついた。幼い頃、守ってもらったように……。
カイトは宿舎に戻る途中で、庭園の回廊から眩しそうに、リリアーナの部屋を見上げる。多分自分は怪しまれているのだろう。そればかりでなく18才のカイトが身体の中で、力を増しているのが分かる。
もっと先だと考えていたが、近い内に目を覚まし、彼の力を抑えることが敵わなくなるかもしれない。
「行動に移すべきか――」
カイトは顔を険しくさせ、宿舎に向かって踵を返した。
カイトの視線がリリアーナに絡みついた。
リリアーナは身を竦ませて、彼から目を逸らせなくなる。
「ここに来るんだ」
「い…や……」
カイトはおもむろに顔を右に向け、テラスのガラス戸越しに外の景色を眺めた。
「ラトヴィッジの高官達に会いたかったのですか……?」
「違うわ!」
「嬉しそうだったと、聞きましたが?」
「分かるでしょう? それはリップサービスよ……! いきなり”行かない”なんて言い出したら感じが悪いから、クリスティアナ姉様が気を使ったんだわ!」
「私に抱いて運ばれるのも、嫌だったようですね」
「それ…は……」
「リリアーナ、おいで」
彼はリリアーナに視線を戻し、右手を差し伸べた。彼女は足に根が生えたように、その場から動けないでいる。
カイトはすっと目を細めて扉から背を浮かせ、リリアーナに向かって歩き始めた。リリアーナの怯える様子にイラつきながらも、もっと追い詰めたいという衝動に駆られる。
目の前で足を止めて彼女を見下ろし、身を屈めてゆっくりと……顔を近づけた。
「カイト……お願い、もうこんな事はやめて……」
「――私に死んでほしいのですか?」
「あ、……」
リリアーナは大粒の涙をこぼしながら、苦しそうにカイトへ向かって首を横に振る。優しく、そして残酷に、カイトは彼女の顎を掴むと、顔を傾けて唇を重ねようとした。
ノックの音が部屋に響く――
「リリアーナ様、ご気分が悪いと伺いましたが大丈夫ですか? カイト、そこにいるのか? なぜ廊下で警護をしていない。何かあったのか?」
「イフリート……!」
その声に縋り付くように、リリアーナは扉に向かって駆け出そうとした。すかさずカイトが腕を伸ばし、ウエストを掴んで引き寄せると、顔を近づけて耳元で囁く。
「話したらどうなるか、分かりますよね?」
ぶるっ、と身を震わせて、リリアーナはカイトの腕の中で大人しくなった。どうなるかなんて、今も言われたばかりで骨身に沁みている。
涙を湛えた瞳で、打ちひしがれたリリアーナが、力なくカイトを見上げた。カイトは微笑んで、リリアーナのこめかみにくちづける。
「いい子だ。リリアーナ――」
「カイト、どうして返事をしないんだ。開けるぞ!」
ガチャリッとドアノブを回し、勢い良くイフリートが入ってきた。二人が抱き合っている姿を見て一瞬躊躇したが、リリアーナの瞳に涙が光るのを目にし、すぐ思い直して距離を詰めた。
「リリアーナ様、大丈夫ですか?」
リリアーナがコクンと頷く。イフリートが若かりし頃、騎士としてお仕えしたリリアーナ。森の中で迷子になり途方に暮れて泣いている姿と、いま目の前で泣いている姿が、妙に重なった。
「カイト、なぜ返事をしなかった?」
「申し訳ありません。リリアーナ様の具合が悪かったもので」
「………まあいい、交代の時間だ。もう女性騎士が来ているから、お前は休憩に入れ」
「分かりました」
カイトは腕の中のリリアーナに話しかける。
「リリアーナ様、寝室までお運びしますか?」
「……大丈夫。わたし、お茶を飲みたいわ」
「後は俺が引き受けるから、お前はもう行け。しっかり身体を休めないと、いざという時に動けないぞ」
イフリートの言葉に、カイトが騎士の礼を取り、退室をした。
「すぐに、フランチェスカを呼びましょう」
イフリートは暖炉の傍にある、呼び鈴の紐を引っ張る。リリアーナの身体を支えてソファに座らせると、自分は跪き、落ち着きのある低い声で話しかけてきた。
「何かあるのではないですか? クリスティアナが心配をしています。カイトに……洩れないよう、細心の注意を払いますので、どうか安心してお話し下さい」
息を呑んで、イフリートを見つめるリリアーナ。
まさかイフリートに、そんな事を言われるとは思ってもいなかった。クリスティアナが異変に気付き、相談してくれたのだろうか……?
リリアーナは苦しい胸の内を、話してしまいたい気持ちに駆られた。イフリートなら、もしかしたら助けてくれるかもしれない。
でも、もしも、……もしも、話した事がカイトに知れたら……。
様子を見ていたイフリートが、リリアーナの白くて華奢な手を、掌に包んだ。
「焦らなくても、いつでもいいのですよ。リリアーナ様」
安心させるように微笑むイフリートに、リリアーナは思わず涙を流し抱きついた。幼い頃、守ってもらったように……。
カイトは宿舎に戻る途中で、庭園の回廊から眩しそうに、リリアーナの部屋を見上げる。多分自分は怪しまれているのだろう。そればかりでなく18才のカイトが身体の中で、力を増しているのが分かる。
もっと先だと考えていたが、近い内に目を覚まし、彼の力を抑えることが敵わなくなるかもしれない。
「行動に移すべきか――」
カイトは顔を険しくさせ、宿舎に向かって踵を返した。
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