黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 95

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  サファイアは霞がかった頭で、首を傾げる。少しずつ理性が戻り、頭は覚醒しつつあった。胸元のクラヴァットを緩めるルイスを見て、慌てて起き上がろうとする。

「わたし……」

 ルイスがその上に覆い被さり、動きを阻んだ。

「いやっ、ルイス」
「お願いだ。探しに来た兵士に、少し目撃させるだけだから」
「でも、…」

 サファイアの言葉はルイスの唇によって封じられた。サファイアがまたぼうっとするまでキスを施し、首元の感じやすい部分に下を這わせて軽く噛む。

「ぁ、やぁ……」

 首から背筋にかけて、ぞくぞくしたものが下りていく。サファイアは慣れない感覚に、涙を滲ませた。

「可愛い、サファイア。声を殺さないで、そのほうが目撃されやすい」
「いや、見られたら恥かしい」
「私の身体で隠すから、心配ない」
「何が”心配ない”だっ!!」

 いきなりルイスの頭に鉄拳が落ちた――。

「いってぇえ……」
「一体何をしている!!!」

 アレクセイが仁王立ちで拳を握り締めたまま、わなわなと怒りで震えていた。 

「くっ、よりによってアレクセイか――」

 ちなみにラザファムもいる。

「”よりによって”じゃない!! サファイアを醜聞まみれにする気か!?」
「ちゃんと責任は取るから問題ない。すぐ国にも連れて帰る!」
「それが目的だろう!! 問題大ありだ! 婚約もまだなんだぞ!!」 
「サファイアがまた危ない奴に襲われたらどうする!? 俺が連れ帰るのが一番安全だ!」
「お前がぶっちぎりで危険なんだよ!!」 
「にい……さま……?」

 今では座っているルイスの陰で、サファイアが身を起こす。ドレスは乱れ、瞳には涙を浮かべていた。

「サファイア! 可哀想に!!」

 すぐに駆け寄り跪くと、どんっとルイスを押し退けて、サファイアを腕の中に抱き寄せた。

「俺が来たからにはもう大丈夫だ。怖かったろう? さあ、部屋に帰ろう」
「ちょっと待て! 俺は怖がらせてなんかはいないぞ! 部屋までは俺が送る!」
「なに言ってんだ! クラヴァットは緩んでるし、シャツまではだけて、やる気満々じゃないか!」
「これは演出だ!」
「演出でサファイアの肩もはだけるのか!?」
「アレクセイ様、サファイア様の醜聞になります! 言い争いはお止めください……!」

 ラザファムに言われてハッと我に返るアレクセイ。周囲を見渡すと、二人の言い争う声を聞いて、騎士や兵士が集まってくるところだった。
 アレクセイは上着を脱いでサファイアの肩に掛け、立ち上がりながら横に抱き上げる。ルイスもすぐに服装を整え、上着を羽織って横に立った。

「みんなご苦労だった! サファイアは無事に見つかった。解散してくれ! 騒がせた詫びに食堂でエールを振舞おう!」

 喜びの声が沸き上がり、”見つかって良かった”、”早く食堂へ行こうぜ”などと一人一人の声が聞こえてくる。アレクセイがサファイアを抱いて歩き始めた。 
 
「俺に寄こせ。俺が抱いて連れて行く」
「黙れ変態! 誰が渡すか」
「あの~、声を落としてください……」

 アレクセイにルイスが纏わりつき、ラザファムが心配そうについてくる。城へと続く回廊に入ったところで、ルイスがアレクセイの腕の中にいるサファイアへ手を広げた。

「サファイア、俺のところへ」
「………」

 一瞬ルイスを見つめた後にプイッと横を向いて、アレクセイの胸に顔を伏せるサファイア。ガーンとルイスはショックを受ける。

「変態はイヤだとさ」 
「サファイア、違うぞ! 俺は人に見せたり、外でするような趣味はない。ただ君を連れ帰りたくて…」
「三日後に帰るなんて聞いてなかった……」 
「え、……」

 サファイアの囁き声に、三人で足を止める。アレクセイがルイスに目を向けた。

「一週間後じゃなかったのか? というか、朝一で話せって言ったろう。まだ話してなかったのか?」
「その”朝一”にいきなり高官達が押しかけてきて、一週間後とは言わずにすぐ帰れって騒ぎ立てたんだ。父上一人だと仕事が回らないらしい。ヴィルヘルム国王陛下に、帰国の日にちが早まった事も伝えないといけなかったし、話しに行く時間が取れなかったんだ」

 サファイアはまだ疑いの目で見ている。

「……屋敷も手放すって聞いたわ」 
「ああ、でも先の話しだ。君が気に入っている街道沿いの丘があるだろう? エルナウ川と街が見渡せて、大きな木が一本生えている」
「ええ」
「あの丘を丸ごと買い取ったんだ」
「……え?」
「あそこに、新たに屋敷を建てようと思って。君がプロポーズを受けてくれたら、プレゼントするつもりだったんだ。あそこなら、結婚しても気兼ねせずに帰ってこれるだろう? 内緒にしておきたかったのに……デトレフかローマイヤが洩らしたな。くそっ、」
「わたし……」

 サファイアが自信なげに言う。

「ステファニー王女みたいに若くないし、可憐じゃないし、可愛くない……」
「げっ、」

 ルイスとアレクセイが同時に声を上げた。

「なに?」

 きょとんとするサファイアにアレクセイが目をすがめてみせる。

「女豹だぞ。ステファニー王女は」
「女豹?」
「アレクセイの言う通りだ。陰で爪を研ぎ、虎視眈々と大国の王妃の座を狙っている」
「でも、あんな愛らしくて……リリアーナのように天使みたいで」
「愛らしさは演技で……後は容姿に恵まれたんだな。それにお前も可愛さなら負けていないぞ」

 アレクセイの言葉に、ルイスが深く頷く。ルイスがまたサファイアに向かって両手を広げた。

「君だって言っていたじゃないか。”ルイスは私に首ったけ”って」
「ルイス――」

 サファイアはアレクセイの腕の中から、ルイスの胸に飛び込んだ。ルイスはサファイアを抱きとめて、その場でくるくると回り、最後にぎゅっと抱き締めると、顔じゅうにキスの雨を降らせる。
 サファイアがくすくすと笑った。 

「ルイス、くすぐったいわ」

 腕の中のサファイアを、じっと見つめてルイスが言う。
「……ごめん。君が嫌がるようなことをして」
 
 上から覗き込んでくるルイスに、サファイアは躊躇いがちに視線を合わせた。

「……それを言うなら私も、二回も殴ってごめんなさい。あと……ありがとう」
「?……何に対してのありがとうだい」
「ファーストキスの嘘に対して」
「やっぱりばれてたか……」
「やっぱりって……?」
「蝶と唇では、触れる感触が全然違うから見え透いているかな、と思ってはいたんだ」
「それもあるけど。一番は……貴方の目がとても優しかったから……」
「……え?」
「真剣で、とても優しかったの……」

 頬を染めて、嬉しそうに……天使のような笑顔を見せるサファイアに、ルイスはぼーっと見惚れた。

「サファイア……」

 ルイスが顔を近づけ、サファイアは柔らかく目を閉じる。

「あー……俺達はもう行くから……」
「聞いていませんね」

 アレクセイとラザファムは、回廊を歩き出した。

「ラザファム、人払いは俺がしておくから、お前は少し離れて警護につけ」
「げっ、……いや、すいません。城の敷地内は安全です。ルイス王子もついていますし、警護は必要ないのではないでしょうか。お邪魔虫でもありますし……」
「正確には”監視”だ。ルイスが突っ走りそうになったら、命がけで止めろ」
「うへぇ……」

 思わずサファイアの口癖が出てしまった彼女いない歴二十うん年のラザファムは、サファイアを自分の部屋に連れ帰ろうとするルイスを、このあと必死に止めることとなる。


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