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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 89
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ザシュッ――
右脇腹に受ける鋭い痛み。上着が赤く染まっていくのを、ブレンダンは信じられない面持ちで凝視していた。
顔を歪めて刺した相手を睨みつける。
「アロイス、……貴様ぁ……!」
アロイスは足元をふらつかせながら、ブレンダンをせせら笑い、ナイフの切っ先で自分の心臓の上を指して見せた。
「ブレンダン、胸を狙うならここ、心臓を狙わなきゃあ、……刺し方も浅いし、使いっ走り相手に油断したねぇ」
「こいつ……引導を渡してやる……!」
互いにナイフを固く持ち、徐々に間合いを詰め、牽制しながらナイフでの刺し合いが始まる。
ルイスがサファイアに囁いた。
「今の内に逃げるんだ」
「分かったわ。私が肩を貸すから…」
「君一人で」
「……え?」
戸惑うサファイアを、ルイスは身体の下から出そうとする。
「さあ、早く」
「嫌よ! 一緒でなきゃ逃げないわ!」
「私はもう殆ど歩けない。一緒に逃げたらすぐに捕まってしまう」
「貴方を置いてなんていけない……!」
「ここに一緒にいても、私は刺されるだけだ。でも、君が助けを呼んできてくれれば…」
「………」
「お願いだ。私を助けると思って」
サファイアは渋々頷いた。
にわかに信じ難い理由ではあるが、ルイスの言うことは最もであったから。
彼の身体の下から這い出て立ち上がると、蛇に絡み付かれるような視線を感じ、ぞくりと身を震わせた。
折悪しく、アロイスを刺したブレンダンが、逃げ出そうとしているサファイアに目を止めたのである。
「刺された傷も深くはなかったし、俺はなんて運がいいんだろう」
ブレンダンは舌なめずりをしながら近付いてくる。顔色を変えたサファイアは、身を翻して駆け出した。
後を追おうとしたブレンダンの足に、すかさずルイスが飛びつく。ブレンダンが忌々しそうにルイスを睨んで、怒鳴り付けた。
「放せ!!死に損ない!!」
サファイアは気付いて足を止めようとしたが、瞬時にルイスが叫んだ。
「止まるな! 逃げろ!!」
「ルイス王子、放さないと本当に死にますよ?」
あざ笑いながらナイフを左右に振って見せるブレンダンに、ルイスは眼差しを強くして告げた。
「私は放さない、絶対に……!!」
その言葉を、ルイスの覚悟を聞いて、サファイアはまた走り出す。
眦から涙が滲み出てきた。
彼の気持ちを知ってしまったから――
我が身を省みずに、サファイアを助けたいというルイスの気持ちを。
「じゃあ、死ねばいい!」
耳に届いたブレンダンの言葉に息を呑み、思わず足を止めたサファイアの前を、黒い影が一陣の風のように通り過ぎた。
サファイアが振り返り目にしたものは、破壊的な力を込めた一撃。ブレンダンは蹴られた衝撃で身体が歪に曲がり、地面に叩きつけられ、ヒーヒーのたうち回っていた。
それを冷ややかな目で見下ろしていた黒髪の騎士は、鳩尾に淡々と突きを入れる。瞬く間にブレンダンは意識をなくし、辺りは静かになった――
「カイト、ルイスが……!」
サファイアの一言で、カイトは振り向きざまに屈み込み、すぐさまルイスの身体を調べ始めた。
走り寄ってきたサファイアも共に傍で屈む。カイトはルイスの上着を脱がせ、身体をそっとうつ伏せに寝かせた。
「止血用の布を……」
呟きながら、着ているシャツを裂こうと手を掛けたが、先にサファイアが自身のスカートを切り裂いていた。
「これでいい?」
「上等です」
カイトはサファイアに感嘆の目を向けて布を受け取ると、背中の傷口に強く押し当て説明をする。
「じいやを呼んでくるのでそれまで止血をお願いします。傷口に強く押し当てたままでいて下さい」
「分かったわ」
カイトは立ち上がると、デニスに先輩騎士として命令を下す。
「後の二人に応急処置を――」
「え、……何故ですか!? そんなの、納得できません!! こいつらなんか放っておけばいい! 死んでも自業自得です!!」
「――お前の言いたい事は痛いほど分かる。しかし働いた数々の悪事を白状させ、全ての罪を白日の下に晒け出さなければ」
「だけど、……」
依然として、納得できない様子のデニスに、カイトは続ける。
「こんなところで楽に死なせていいのか? 彼らに与えられる罰は、俺達が考えている以上に重いだろう。それに彼等の生死を決めるのはアレクセイ様であって、俺達ではない」
「……分かりました」
カイトの言う事は理解できるのだが、感情が納得しかね、デニスは不服顔になった。カイトはデニスの肩に手を置く。
「お前の気持ちはよく分かる。本当は俺も止めを刺してやりたいくらいだ。ただ、感情を先走らせて取り返しのつかない失敗をしないよう、気をつけなければならない。俺達騎士は特にだ――」
軽く肩を叩いて立ち去ろうとするカイトに、デニスは恥かしくなった。カイトの言った通りであるのに、自分はふてくされてしまい、あまつさえフォローを入れられて……。
「カイト先輩! あ、あの、……すいませんでした!」
カイトは足を止め、デニスに顔を向けると頷いた。
「頼んだぞ」
「はい!」
デニスは張り切り顔で、作業に取り掛かる。
踵を返し、サファイアの傍らで心配そうにしているリリアーナに、カイトは声をかけた。
「すぐに戻る。他の騎士もすぐに顔を出す筈だ。このままサファイア様の傍にいてくれ」
カイトと視線を合わせたリリアーナは、心配気な顔から一変して、ほんの僅かな間ではあるが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「分かったわ……カイト」
意味がありそうなリリアーナの表情を不思議に思いながら、カイトはその場を後にした。
「ルイス、やめて、じっとしていて……!」
「姉様、どうしたの?」
サファイアの声にリリアーナが振り返ると、うつ伏せになっていたルイスが身体を動かそうとしている。二人がかりで押さえつけようとしたが、彼は強引に横向きになってしまった。
ルイスがサファイアの顔を見上げて、安らぎを得たように言う。
「これ…で……君の顔…が…見れる……」
「話しては駄目。カイトがじいやをすぐに連れてくるから、それまでは大人しくしていて」
サファイアは横向きになったルイスの前に座り、背中に手を回して止血をしている。
「私は……幼い頃…愛されなかった」
「……?」
「両親からは愛されていたが…二人共公務で忙し…く、いつも一人ぼっちだった。愛情を持って近付いてくる人間がいても……それは邪な種類の愛情で…子供ながらに周りの大人が全員汚ならしく……見えたものだ」
「ねえ、ルイス。話しなら後で…」
「初めは君のことを、何てうるさい女だと思った」
「――でしょうね」
ルイスは吹き出して、痛さに呻く。
「ほら、黙らないと」
「君は、リリアーナ姫の為に一生懸命で、彼女の為に私を寄せ付けまいと必死で……いつも自分のことは二の次なんだ」
ルイスはサファイアを見つめる。
「段々と私は君と話すのが楽しくなっていった。やり取りの面白さはもちろん、私を言い負かそうと懸命な君が可愛くて、リリアーナ姫を守ろうとする姿が眩しくて……そして、そこまで守って貰えるリリアーナ姫が羨ましかった」
「え……」
「そうだ…私はリリアーナ姫が羨ましかった」
ルイスはまた咳き込んだ。
「黙って、後でいくらでも聞くから」
「今、話さないと……後悔をする」
「何を言って、…」
「最近思うんだ。子供の頃……君の、ような女性が…傍にいてくれたなら、私は真っ当に……育っていたんではないかと」
「ルイス……」
「正義感が強…くて……私を守って…味方になってくれる……そんな、人間が傍にいてくれたなら……きっと……」
「もう、黙って。お願い――」
彼の境遇と気持ちを思って、サファイアは胸が締め付けられた。そしてそれ以上に、息をするのも辛そうなルイスの様子が心配であった。
「過去は変えられないけれど……」
ルイスは真剣な眼差しをサファイアに注ぐ。
「愛している。こんな気持ちは初めてなんだ。プロポーズを……受けて…くれないか?」
苦しい中、途切れ途切れの言葉でサファイアにプロポーズをした。
「お、お断りします……!」
「ねえさま……?」
リリアーナは驚いた。まさかこの場で、尚もリリアーナを守ろうとしてくれているのだろうか。
肩を落とすルイスに向かって、サファイアは言い放つ。
「だから貴方は良くならなければ! 私に何回もプロポーズをするのでしょう!? 回復して、またプロポーズをしなければ!!」
一瞬呆けたルイスが、笑った。しかしそれはすぐ苦しそうな咳に変わる。
「ほら、もう、喋らないで……!」
やっと咳が治まると、ルイスはサファイアの顔を愛おしそうに見つめた。力の入らない右手を、震わせながらやっと上げ……滑らかな頬にそっと触れる。サファイアの頬に、彼の血が赤く付いた。
「やっと……やっと君に触れられた……」
嬉しそうに笑みをこぼし、緩やかに……音もなく右手が落ちる。
「え、……」
ルイスは安らかな表情で、その瞳を閉じていた。
「ルイス……?」
ただならぬ状況に、デニスが走ってきて手首の脈を確認する。顔色を変え、俯いて……やがて静かに首を振った。
「嘘よ……」
縋るようにデニスを見たが、彼は辛そうに唇を噛むだけだった。
「だって、……何度もプロポーズするって――」
溢れ出た涙は頬を伝い、ルイスの上にぽとりと落ちた。
「プロポーズするって言ったじゃない……!」
サファイアはルイスの身体に縋りつき、リリアーナやデニス、駆けつけた騎士達を見回して、同意を求めようとする。
「温かいもの! まだ、……まだ生きている! 死んでなんていない!!」
全員が押し黙る中、サファイアは悲痛な声で訴え続ける。
「死んでなんて、……いない!!」
深い哀しみに満ちた泣き声は、何時までもローズガーデンに響いていた。
***
明けましておめでとうございます! 何とも悲しいところで終わってしまい、新年のご挨拶と不釣合いですが……^_^;
今後はカイトの12章を終わらせて、ふたなりを完結させて、ふたなりの後日談(二話程の短編)を書いて、この二つとは関係ない新しいお話(短編)を書きたいと思っております。
去年は不運オンパレードで、厄年か!!(違います)と思ったほどだったので、今年は良いことがあるといいなぁ(握りこぶし)( *• ̀ω•́ )b グッ
今年もどうぞよろしくお願いいたします。m(__)m
右脇腹に受ける鋭い痛み。上着が赤く染まっていくのを、ブレンダンは信じられない面持ちで凝視していた。
顔を歪めて刺した相手を睨みつける。
「アロイス、……貴様ぁ……!」
アロイスは足元をふらつかせながら、ブレンダンをせせら笑い、ナイフの切っ先で自分の心臓の上を指して見せた。
「ブレンダン、胸を狙うならここ、心臓を狙わなきゃあ、……刺し方も浅いし、使いっ走り相手に油断したねぇ」
「こいつ……引導を渡してやる……!」
互いにナイフを固く持ち、徐々に間合いを詰め、牽制しながらナイフでの刺し合いが始まる。
ルイスがサファイアに囁いた。
「今の内に逃げるんだ」
「分かったわ。私が肩を貸すから…」
「君一人で」
「……え?」
戸惑うサファイアを、ルイスは身体の下から出そうとする。
「さあ、早く」
「嫌よ! 一緒でなきゃ逃げないわ!」
「私はもう殆ど歩けない。一緒に逃げたらすぐに捕まってしまう」
「貴方を置いてなんていけない……!」
「ここに一緒にいても、私は刺されるだけだ。でも、君が助けを呼んできてくれれば…」
「………」
「お願いだ。私を助けると思って」
サファイアは渋々頷いた。
にわかに信じ難い理由ではあるが、ルイスの言うことは最もであったから。
彼の身体の下から這い出て立ち上がると、蛇に絡み付かれるような視線を感じ、ぞくりと身を震わせた。
折悪しく、アロイスを刺したブレンダンが、逃げ出そうとしているサファイアに目を止めたのである。
「刺された傷も深くはなかったし、俺はなんて運がいいんだろう」
ブレンダンは舌なめずりをしながら近付いてくる。顔色を変えたサファイアは、身を翻して駆け出した。
後を追おうとしたブレンダンの足に、すかさずルイスが飛びつく。ブレンダンが忌々しそうにルイスを睨んで、怒鳴り付けた。
「放せ!!死に損ない!!」
サファイアは気付いて足を止めようとしたが、瞬時にルイスが叫んだ。
「止まるな! 逃げろ!!」
「ルイス王子、放さないと本当に死にますよ?」
あざ笑いながらナイフを左右に振って見せるブレンダンに、ルイスは眼差しを強くして告げた。
「私は放さない、絶対に……!!」
その言葉を、ルイスの覚悟を聞いて、サファイアはまた走り出す。
眦から涙が滲み出てきた。
彼の気持ちを知ってしまったから――
我が身を省みずに、サファイアを助けたいというルイスの気持ちを。
「じゃあ、死ねばいい!」
耳に届いたブレンダンの言葉に息を呑み、思わず足を止めたサファイアの前を、黒い影が一陣の風のように通り過ぎた。
サファイアが振り返り目にしたものは、破壊的な力を込めた一撃。ブレンダンは蹴られた衝撃で身体が歪に曲がり、地面に叩きつけられ、ヒーヒーのたうち回っていた。
それを冷ややかな目で見下ろしていた黒髪の騎士は、鳩尾に淡々と突きを入れる。瞬く間にブレンダンは意識をなくし、辺りは静かになった――
「カイト、ルイスが……!」
サファイアの一言で、カイトは振り向きざまに屈み込み、すぐさまルイスの身体を調べ始めた。
走り寄ってきたサファイアも共に傍で屈む。カイトはルイスの上着を脱がせ、身体をそっとうつ伏せに寝かせた。
「止血用の布を……」
呟きながら、着ているシャツを裂こうと手を掛けたが、先にサファイアが自身のスカートを切り裂いていた。
「これでいい?」
「上等です」
カイトはサファイアに感嘆の目を向けて布を受け取ると、背中の傷口に強く押し当て説明をする。
「じいやを呼んでくるのでそれまで止血をお願いします。傷口に強く押し当てたままでいて下さい」
「分かったわ」
カイトは立ち上がると、デニスに先輩騎士として命令を下す。
「後の二人に応急処置を――」
「え、……何故ですか!? そんなの、納得できません!! こいつらなんか放っておけばいい! 死んでも自業自得です!!」
「――お前の言いたい事は痛いほど分かる。しかし働いた数々の悪事を白状させ、全ての罪を白日の下に晒け出さなければ」
「だけど、……」
依然として、納得できない様子のデニスに、カイトは続ける。
「こんなところで楽に死なせていいのか? 彼らに与えられる罰は、俺達が考えている以上に重いだろう。それに彼等の生死を決めるのはアレクセイ様であって、俺達ではない」
「……分かりました」
カイトの言う事は理解できるのだが、感情が納得しかね、デニスは不服顔になった。カイトはデニスの肩に手を置く。
「お前の気持ちはよく分かる。本当は俺も止めを刺してやりたいくらいだ。ただ、感情を先走らせて取り返しのつかない失敗をしないよう、気をつけなければならない。俺達騎士は特にだ――」
軽く肩を叩いて立ち去ろうとするカイトに、デニスは恥かしくなった。カイトの言った通りであるのに、自分はふてくされてしまい、あまつさえフォローを入れられて……。
「カイト先輩! あ、あの、……すいませんでした!」
カイトは足を止め、デニスに顔を向けると頷いた。
「頼んだぞ」
「はい!」
デニスは張り切り顔で、作業に取り掛かる。
踵を返し、サファイアの傍らで心配そうにしているリリアーナに、カイトは声をかけた。
「すぐに戻る。他の騎士もすぐに顔を出す筈だ。このままサファイア様の傍にいてくれ」
カイトと視線を合わせたリリアーナは、心配気な顔から一変して、ほんの僅かな間ではあるが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「分かったわ……カイト」
意味がありそうなリリアーナの表情を不思議に思いながら、カイトはその場を後にした。
「ルイス、やめて、じっとしていて……!」
「姉様、どうしたの?」
サファイアの声にリリアーナが振り返ると、うつ伏せになっていたルイスが身体を動かそうとしている。二人がかりで押さえつけようとしたが、彼は強引に横向きになってしまった。
ルイスがサファイアの顔を見上げて、安らぎを得たように言う。
「これ…で……君の顔…が…見れる……」
「話しては駄目。カイトがじいやをすぐに連れてくるから、それまでは大人しくしていて」
サファイアは横向きになったルイスの前に座り、背中に手を回して止血をしている。
「私は……幼い頃…愛されなかった」
「……?」
「両親からは愛されていたが…二人共公務で忙し…く、いつも一人ぼっちだった。愛情を持って近付いてくる人間がいても……それは邪な種類の愛情で…子供ながらに周りの大人が全員汚ならしく……見えたものだ」
「ねえ、ルイス。話しなら後で…」
「初めは君のことを、何てうるさい女だと思った」
「――でしょうね」
ルイスは吹き出して、痛さに呻く。
「ほら、黙らないと」
「君は、リリアーナ姫の為に一生懸命で、彼女の為に私を寄せ付けまいと必死で……いつも自分のことは二の次なんだ」
ルイスはサファイアを見つめる。
「段々と私は君と話すのが楽しくなっていった。やり取りの面白さはもちろん、私を言い負かそうと懸命な君が可愛くて、リリアーナ姫を守ろうとする姿が眩しくて……そして、そこまで守って貰えるリリアーナ姫が羨ましかった」
「え……」
「そうだ…私はリリアーナ姫が羨ましかった」
ルイスはまた咳き込んだ。
「黙って、後でいくらでも聞くから」
「今、話さないと……後悔をする」
「何を言って、…」
「最近思うんだ。子供の頃……君の、ような女性が…傍にいてくれたなら、私は真っ当に……育っていたんではないかと」
「ルイス……」
「正義感が強…くて……私を守って…味方になってくれる……そんな、人間が傍にいてくれたなら……きっと……」
「もう、黙って。お願い――」
彼の境遇と気持ちを思って、サファイアは胸が締め付けられた。そしてそれ以上に、息をするのも辛そうなルイスの様子が心配であった。
「過去は変えられないけれど……」
ルイスは真剣な眼差しをサファイアに注ぐ。
「愛している。こんな気持ちは初めてなんだ。プロポーズを……受けて…くれないか?」
苦しい中、途切れ途切れの言葉でサファイアにプロポーズをした。
「お、お断りします……!」
「ねえさま……?」
リリアーナは驚いた。まさかこの場で、尚もリリアーナを守ろうとしてくれているのだろうか。
肩を落とすルイスに向かって、サファイアは言い放つ。
「だから貴方は良くならなければ! 私に何回もプロポーズをするのでしょう!? 回復して、またプロポーズをしなければ!!」
一瞬呆けたルイスが、笑った。しかしそれはすぐ苦しそうな咳に変わる。
「ほら、もう、喋らないで……!」
やっと咳が治まると、ルイスはサファイアの顔を愛おしそうに見つめた。力の入らない右手を、震わせながらやっと上げ……滑らかな頬にそっと触れる。サファイアの頬に、彼の血が赤く付いた。
「やっと……やっと君に触れられた……」
嬉しそうに笑みをこぼし、緩やかに……音もなく右手が落ちる。
「え、……」
ルイスは安らかな表情で、その瞳を閉じていた。
「ルイス……?」
ただならぬ状況に、デニスが走ってきて手首の脈を確認する。顔色を変え、俯いて……やがて静かに首を振った。
「嘘よ……」
縋るようにデニスを見たが、彼は辛そうに唇を噛むだけだった。
「だって、……何度もプロポーズするって――」
溢れ出た涙は頬を伝い、ルイスの上にぽとりと落ちた。
「プロポーズするって言ったじゃない……!」
サファイアはルイスの身体に縋りつき、リリアーナやデニス、駆けつけた騎士達を見回して、同意を求めようとする。
「温かいもの! まだ、……まだ生きている! 死んでなんていない!!」
全員が押し黙る中、サファイアは悲痛な声で訴え続ける。
「死んでなんて、……いない!!」
深い哀しみに満ちた泣き声は、何時までもローズガーデンに響いていた。
***
明けましておめでとうございます! 何とも悲しいところで終わってしまい、新年のご挨拶と不釣合いですが……^_^;
今後はカイトの12章を終わらせて、ふたなりを完結させて、ふたなりの後日談(二話程の短編)を書いて、この二つとは関係ない新しいお話(短編)を書きたいと思っております。
去年は不運オンパレードで、厄年か!!(違います)と思ったほどだったので、今年は良いことがあるといいなぁ(握りこぶし)( *• ̀ω•́ )b グッ
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