黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 84

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 サファイアの頭の中はフル回転をしていた。

(ブレンダンが言っている薬って、麻薬以外の何物でもないわよね?)

 ダンスの合間にさり気なくアレクセイの姿を探したが、どこにもいない。

(兄様、一体どこにいるの? この肝心な時に……!!)

 サファイアの気持ちを知ってか知らずか、ブレンダンがポロリと口にした。

「アレクセイ様も、今夜はしっぽりとお楽しみのようですしね」
「えっ、……」

(”しっぽり”って、この非常時にまさか、女性……?) 

 ここ最近、妙にアレクセイの態度に落ち着きがなく、「一体どうしたのだろう?」と姉妹でも話していたのだ。お茶会を終えて部屋に戻り扉を開けたところで、ちょうど掃除をしていた侍女達のおしゃべりが耳に入った。

 ”アレクセイ様が ’芙蓉の間‘ へ頻繁に足を運んでいる”と――

  ’芙蓉の間‘ ――それは、女性客の為に用意された最高の客室。眺めが良く、調度品も繊麗せんれいでなまじ豪奢な部屋よりも人気があり、限られた者しか滞在できない。
 ”まさかアレクセイが” とその時は気にも留めなかった。しかし、後日サファイアも、アレクセイが花束を持っていそいそと、芙蓉の間へ入って行くのを目撃してしまったのである。

(許せない~!! 女の敵! シンシア様に告げ口してやる~~~!!!)←〈単に口を滑らせてシンシア滞在を公にしてしまいそうなので、知らされていないだけ〉

「どうしました? 怖い顔をして」
「い、いえ、何でもありませんわ、ホ…ホホホ……」
「先程の話しに戻りますが、一緒に薬を試しませんか? 天国にいるような気分になれますよ」
(うへぇ……)

 サファイアは顔を顰めそうになるのを、必死にこらえる。

(虫唾が走る……でも今はそんな事を言っている場合じゃない。アレクセイ兄様の女性関係も一時置いといて、頭を働かせないと! 証拠を押さえる絶好の機会だもの)

「でも、私にはラザファムが警護でピッタリとついているし、ルイス王子も……」

 いかにも”困ったわ”という表情を浮かべると、ブレンダンが食いついてきた。彼もダメ元で聞いてきたらしく、話しに乗ってきたサファイアに、驚きながらも嬉しそうに話しを進める。

「大丈夫です……! 私にお任せ下さい。まず、サファイア様はルイス王子に……」  

 サファイアの耳元に顔を伏せるようにして、ブレンダンが企みを話す。普段、顔を近づけるゲス男がいたら、強烈な言葉とビンタを食らわすサファイアであったが、話を聞き逃すまいと必死なので、そこら辺に気付かないでいた。 
 ブレンダンの説明を真剣に聞いて頷いたところで、周囲の喧騒を感じ取る。

「何か……」
「ざわついていますね……」

 二人してざわつきの方向に目を向けた。

「ひ――っ!」

 視線で人を殺せるものなら、ブレンダンはとっくに死んでいただろう。悪鬼の如く険しい目付きで、まだ曲の途中であるのに、ルイスがダンスホールを真っ直ぐ横切ってくる。
 蛇に睨まれた蛙のように、ブレンダンはおろかサファイアまでもが、その場で動けなくなり固まった。
 観客と化した貴族達が前のめり気味になり、とうとうルイスが二人の目の前に立つ。ギロリとブレンダンを一睨みし、両手を伸ばして、サファイアを腕の中に奪い取った。

「私のパートナーを返してもらう……!」

「キャー!」っと、興奮気味の女性客達から奇声が上がる。

 ルイスはブレンダンが返事をする前に、強引にサファイアをその場から連れ去った。振り返ったサファイアに、ブレンダンがウィンクを返す。意味ありげなそのウインクは、”後で会おう”と言っていた。
 ウインクに気付いた何人かの女性客が、ドキドキする展開に、また奇声を上げている。

「ルイス、痛いわ……!」

 掴む力を緩めてくれたが離してはくれず、バルコニーに連れてこられてから、やっと解放された。月には雲が掛かっていて辺りは薄暗く、頼りはガラス戸から漏れる広間の明かりだけである。
 サファイアが掴まれていた手首を擦りながら、不機嫌にルイスを見やった。

「何でそんなに怒っているの?」
「分からないのか?」
「ダンスを踊った位で嫉妬されたら、堪らないわ」
「それだけじゃない! 奴は君にくちづけんばかりに顔を近づけていたじゃないか!」
「………え?」

 目が点になるサファイアに、しらばっくれるなとルイスが詰め寄る。

「君も嫌がらずに、あんな至近距離で!」
「確かに近かったかもしれないけど、話が聞こえなくて顔が寄っただけよ。”くちづけんばかり” はオーバーだわ」
「本気で言っているのか!? こんなに近かったんだぞ……!」

 ルイスはサファイアの肩に手をかけ、グイッと引き寄せた。

「きゃっ!」 

 サファイアの身体が倒れこみ、咄嗟にルイスの胸に両手をつく。

「いきなり、何をするのよ!」

 眉を吊り上げて、キッ、と彼を見上げると、ルイスの顔が今にも触れそうなほど近くにあった。

「あ……」
 
 サファイアが掴まれた肩をふるりと震わせて、頬を朱色に染める。その色はどんどんと広がっていき、しまいには耳まで紅く染め上げた。その愛らしいさまに心を奪われ、ルイスの怒りが収まっていく。
 冷静さが次第に戻り、一方的な怒りに恥じ入り視線を落とすと、彼女の胸元で煌いているサファイアに目が止まった。

「………つけてくれたんだね」
「え……?」

 恥かしそうに離れようとするサファイアの背に、片手を回して押しとどめた。サファイアの胸の鼓動が早鐘のように打ち始める。

「ピアスとネックレス。君の瞳と同じ色を探したんだ。とてもよく似合っている。」
「き、綺麗で……気に入っているの……」

 贈られたサファイアのネックレスに、彼女は指先でそっと触れた。ルイスはネックレスからサファイアへ視線を移し、顔を傾ける。

「君のほうが、ずっと綺麗だ――」

 サファイアは顔を近づけてきたルイスに向かって、柔らかく目を瞑る――
「サファイア……」

「ゴホッ、ゴホンッ、……」
 
 ルイスが唇を重ねあわせようとした。

「ゴホホホホホッ!」
「――ラザファム! お願いだから今は黙っていてくれ!」
「私も気持ちは、行け行けGO! なのですが、何しろ鈴なりで……」
「えっ、……」

 その言葉に振り返ると、二つあるガラス戸は思い切り開け放たれ、外まで人が溢れていた。みんなで息を潜めて、事の成り行きを見守っている。

「な、な、何なのよ!? これは~~~!!!」

 サファイアが熟れたトマトのように真っ赤になり、一瞬の内に、バッ、とルイスから離れた。くちづけを寸前で止めたラザファム目掛けて、周囲からは盛大にブーイングが上がる。
 ルイスはパニック状態のサファイアを背に隠し、今では観客と化している貴族達に向かって口を開いた。 
「皆さん、お見せするたぐいのものではありません。速やかにお引取り下さい」

 にこやかに、しかし決然として言うさまに、見物していた客達はすごすごと散っていく。しかしながら中には続きを期待して、バルコニーに残る兵達つわものたちも少なくなかった。

「飲み物を取ってこよう。ラザファム、サファイア姫についていてくれ。私が少しの間でも離れれば、もっと人が減るだろうし、喉が渇いただろう?」
「あっ、」

 立ち去りかけたルイスの上着の裾を、サファイアが掴んだ。

「ん……?」
「あ、あの……皆から守ってくれてありがとう」

 俯き加減で小さな声で言うサファイアの耳元に、ルイスが顔を寄せて呟いた。

「こんな可愛い君が見れるなら、なんて事はないさ」

 サファイアの顔がまたボンッ、と紅くなり、「キャー!」とこれまた淑女達から叫び声が上がる。

 ルイスはラザファムに再度命じる。
「ラザファム、私が戻ってくるまで頼む。離れずにぴったりと傍に付いていてくれ」
「かしこまりました」

 大股で堂々と広間に入っていくルイスの後ろ姿を、サファイアは無意識の内に目で追っていた。

「非常に残念でした……」

 背後でぼそっと言われて、サファイアは振り返る。

「ラザファム――」
「見物客さえいなければあのままキスを……。サファイア様に触れた事もないのに、一足飛びにキスしようとした罰が、ルイス様に当たったんでしょうか?」
「何を言っているの? 触れたことならダンスやエスコートで…」
「それは儀礼的なものです。私が言っているのは直接肌に、もっとこう、愛情の籠もった……ほら、この間サファイア様の頬に触れようとして、諦めて手を引っ込めたじゃないですか。あんなやつです」
「ルイスと私はお付き合いをしているわけではないのだから――。何でこんな事を貴方と話しているの? もう、この話はおしまい」

 サファイアは時々大広間の出入り口を、チラチラと見る。

「王子だから色々と話し掛けられて、時間が掛かるんですよ。ちゃんと戻ってくるから心配しなくても大丈夫です」
「べ、別に心配なんかしてないし……」 
「じゃあ、単にルイス様と離れて淋しいのですね」
「…………貴方こそ、もっと控えてちょうだい、お喋りが過ぎるわよ」
「ルイス様に傍にいるよう命じられましたし、それが正解だと思いますよ? ほらっ、」 

 ラザファムが視線で指し示した先には、サファイアから話を聞きたくて、うずうずしている令嬢達が立ち並んでいた。ラザファムが居るせいで遠巻きにしているが、居なくなったら押し寄せてくるのは目に見えている。

「傍に居るのを許すわ……」
 サファイアが溜息と共に声を吐き出した。
「ありがたき幸せ」

 からかい口調のラザファムに、わざとムッとして見せたサファイアは、視界の端にブレンダンを捉えて我に返る。先程の騒ぎですっかり、彼の事を忘れていた。

(ブレンダンの計画では、確か私がルイスに飲み物を持ってきてもらうように頼んで――これは、ルイスが自分で行ってくれたから、OK。次に、これからここで騒ぎが起きる………。そうなる前にラザファムに、頼んでおかないと)

「ラザファ……」

 いきなり目の前で酔っ払いの喧嘩が始まった。

「サファイア様、すぐに片付けますからここを動かないで下さい!」
「あっ、ラザファム話しが……!」

 ラザファムはすぐさま喧嘩を止めに入ってしまった。
 サファイアの背後で人の気配がし、伸びてきた手によって人混みに引きずり込まれる。叫び声を上げそうになったサファイアの口を、ブレンダンが右手で塞ぎ耳元で囁いた。

「サファイア様、迎えに参りました………」  
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