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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 63 「彼、熱でもあるのかしら?」
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五ヵ月後――
「わざわざ謝りに来たいだなんて、ルイス王子も殊勝な事をするのね」
「クリスティアナ姉様、油断をしては駄目! きっとまだリリアーナを狙っているのよ!」
「カイトがあれだけ釘を刺したから、それはないと思うけど……サファイア、あなたルイス王子の滞在中に、毎日花束を持ってお見舞いに行っていたって本当?」
「ふふふ……そうよ。花は黄色のカーネーションに、ガーベラに、キンセンカ」
「それって……」
「そう。黄色のカーネーションの花言葉は “ 実らない恋 ” ガーベラは “ 哀しみ・絶望 ” キンセンカは “ 別れの哀しみ ” 。それで毎日枕元で嫌味を言うの。いいストレス解消になったわ」
「大丈夫ですか? ルイス王子は執念深いので、そんな事をして根にもたれないといいのですが」
キルスティンが心配そうに口を挟んだ。彼女は今、リーフシュタインお抱えの魔導師になれるよう、修行を積んでいるところだ。
「大丈夫じゃない? 腐っても一国の王子。こんな小娘の嫌味なんて気にしていたら、やっていられないんじゃないかしら?」
「そういえばお兄様から聞いたのだけど、最近ラトヴィッジ国が見違えるようになったって」
「どういう意味? クリスティアナ姉様?」
「税金を下げて、福祉に力を入れて、交易や……とにかく国の発展の為に尽力するようになったのですって。そしてそれらを牽引しているのが、彼のルイス王子らしいわ」
「えっ、本当に? カイトの胡桃割りが効いたのかしら? ただの馬鹿王子だったのに」
「悪知恵が働くという事は、馬鹿ではなく頭がいいという事なのさ。性格の良し悪しは別としてね」
三人で振り返って背後に立ったアレクセイを見返した。
「兄様……」
「今では性格も改善したみたいだぞ?」
「嘘でしょう?」
「ほら、馬車がきた」
ラトヴィッジ王国の馬車は、前回とは打って変わって質素になり、旅に適した大きさにもなっていた。そして何故か、王族の馬車が続いて二台、車寄せに到着した。
疑問を持つ前に馬車の扉が開き、ルイス王子が颯爽と降り立つ。
「なんか身体が引き締まって、顔つきも少し精悍になっていませんか?」
キルスティンの言葉に、姉姫達がうんうんと頷く。
「リリアーナ姫!」
ルイス王子は声高らかにその名を叫び、さっとリリアーナに近付いてきた。びくりと怯えるリリアーナの前に、カイトが進み出て後ろ手に庇う。
「リリアーナ様は貴方に対して恐怖心を抱いています。むやみに近付かないで下さい」
「カイト! 君カイトだよね!!」
ルイス王子が思わず伸ばしてきた右手首を両手でガシッと掴み、素早く右脇下を潜り抜け、背中に捩じ上げながら押し付けた。
「いででええぇええええっー!!」
「私にも勝手に触れないで下さい――」
「見たか!? 見たか今の! イフリート!!」
「落ち着けサイラス。お前、カイトが12歳になってから、カイトウオッチングが半端ないぞ」
そう、カイトはあの日18歳には戻れなかった――
「中に入ってきて下さい!!」
カイトの声に、外でやきもきして待っていた面々が即座に部屋に雪崩れ込む。そこには12歳のカイトの胸に縋り付いて、泣き声を上げるリリアーナの姿があった。
フェダーがすぐ “ 時の女神 ” のもとへ向かったが “ 働き過ぎて疲れた。休みが欲しい ” と、姿をくらました後だった。お付きの者達の話しによると、定期的に繰り返される年中行事のようなものらしい。
姿をくらましている期間はその時々によって違い、三ヶ月だったり、六ヶ月だったり……一年だったり。
雷を落とされたカエレスは最初『わしに雷を落としたから罰が当たったんだ』と拗ねて動こうとしなかったが、実際に12歳になったカイトと、嘆き哀しむリリアーナを目の当たりにして、手を尽くして時の女神を探し始めた。
残念ながら未だに見つかっていないが……。
サイラスが遠い目をする。
「いやぁ、大変だったね。カイトが『自分は騎士の訓練を受けてないから、リリアーナ様付きの騎士には相応しくない』と辞退を申し出た時は」
イフリートがその時を思い出して、溜息を吐いた。
「リリアーナ様の目が涙で溶けてしまうかと思ったよ。カイトは、真面目だからな」
最後にはリリアーナが『カイト以外の騎士が付くくらいなら、修道院に入る!』とまで言い出して、機転を利かせたサイラスが『それならテストしましょう』と、リリアーナの騎士候補達とカイトを手合わせさせたのだ。
結果カイトの圧勝で、体重が軽くて身体が小さい分、関節技を使ったり、勢いや反動を利用したり、少ない力で相手の急所に矯激な力を与える術も心得ていて、申し分なくリリアーナ付きの騎士の座を勝ち取ったのである。
「最初はカイトを納得させる為の思い付きだったけど、実際手合わせをさせて良かったと思う。12歳になったカイトをそのままリリアーナ様付きの騎士に据えたら、騎士団の中に文句を言う奴はいなくても、貴族連中の中にはいるからね」
「その通りだな」
二人はルイスの腕を捩じ上げているカイトを眺めた。
「い――っ! 触れないから! 絶対に! だから放してくれ!」
カイトが放すと、ルイス王子は捻られていた腕を、さも痛そうにぶらぶらと振った。
「いや~、12歳になっても強いんだね~、参ったよ」
「王子」
「ああ、そうだ」
ルイス王子の従者が、紫のヒヤシンスの花束を持って来た。ルイスはそれを受け取ると、リリアーナに向かって差し出す。
「リリアーナ姫。貴方には本当に申し訳ない事をした。よもや私のした事を許してもらえるとは思っていないが、せめてもの償いにこの花束を、受け取ってはもらえないだろうか? 直接が嫌なら、人づてでも構わない」
カイトがリリアーナに視線を向けると、彼女はいくらかの躊躇いを見せた後、カイトに頷いて見せた。
「私が変わりに受け取らせて頂きます」
「それで充分だ。ありがとう」
ルイスが感謝の笑みを浮かべる。
「彼、熱でもあるのかしら?」
「しっ、サファイア聞こえるわよ」
その声が耳に入ったのか、ルイス王子の肩がピクッと動いた。
リリアーナが幼い頃、自分のことをリリアーナと言えずにリリィと言っていた設定があった事を、今更ながらに思い出しました。(chii様がコメントにリリィと書いて下さった時に、呼び名だけでなく、確か設定があったような……とは思っていたのですが)少しずつ書きなおしていきます。m(__)m
「わざわざ謝りに来たいだなんて、ルイス王子も殊勝な事をするのね」
「クリスティアナ姉様、油断をしては駄目! きっとまだリリアーナを狙っているのよ!」
「カイトがあれだけ釘を刺したから、それはないと思うけど……サファイア、あなたルイス王子の滞在中に、毎日花束を持ってお見舞いに行っていたって本当?」
「ふふふ……そうよ。花は黄色のカーネーションに、ガーベラに、キンセンカ」
「それって……」
「そう。黄色のカーネーションの花言葉は “ 実らない恋 ” ガーベラは “ 哀しみ・絶望 ” キンセンカは “ 別れの哀しみ ” 。それで毎日枕元で嫌味を言うの。いいストレス解消になったわ」
「大丈夫ですか? ルイス王子は執念深いので、そんな事をして根にもたれないといいのですが」
キルスティンが心配そうに口を挟んだ。彼女は今、リーフシュタインお抱えの魔導師になれるよう、修行を積んでいるところだ。
「大丈夫じゃない? 腐っても一国の王子。こんな小娘の嫌味なんて気にしていたら、やっていられないんじゃないかしら?」
「そういえばお兄様から聞いたのだけど、最近ラトヴィッジ国が見違えるようになったって」
「どういう意味? クリスティアナ姉様?」
「税金を下げて、福祉に力を入れて、交易や……とにかく国の発展の為に尽力するようになったのですって。そしてそれらを牽引しているのが、彼のルイス王子らしいわ」
「えっ、本当に? カイトの胡桃割りが効いたのかしら? ただの馬鹿王子だったのに」
「悪知恵が働くという事は、馬鹿ではなく頭がいいという事なのさ。性格の良し悪しは別としてね」
三人で振り返って背後に立ったアレクセイを見返した。
「兄様……」
「今では性格も改善したみたいだぞ?」
「嘘でしょう?」
「ほら、馬車がきた」
ラトヴィッジ王国の馬車は、前回とは打って変わって質素になり、旅に適した大きさにもなっていた。そして何故か、王族の馬車が続いて二台、車寄せに到着した。
疑問を持つ前に馬車の扉が開き、ルイス王子が颯爽と降り立つ。
「なんか身体が引き締まって、顔つきも少し精悍になっていませんか?」
キルスティンの言葉に、姉姫達がうんうんと頷く。
「リリアーナ姫!」
ルイス王子は声高らかにその名を叫び、さっとリリアーナに近付いてきた。びくりと怯えるリリアーナの前に、カイトが進み出て後ろ手に庇う。
「リリアーナ様は貴方に対して恐怖心を抱いています。むやみに近付かないで下さい」
「カイト! 君カイトだよね!!」
ルイス王子が思わず伸ばしてきた右手首を両手でガシッと掴み、素早く右脇下を潜り抜け、背中に捩じ上げながら押し付けた。
「いででええぇええええっー!!」
「私にも勝手に触れないで下さい――」
「見たか!? 見たか今の! イフリート!!」
「落ち着けサイラス。お前、カイトが12歳になってから、カイトウオッチングが半端ないぞ」
そう、カイトはあの日18歳には戻れなかった――
「中に入ってきて下さい!!」
カイトの声に、外でやきもきして待っていた面々が即座に部屋に雪崩れ込む。そこには12歳のカイトの胸に縋り付いて、泣き声を上げるリリアーナの姿があった。
フェダーがすぐ “ 時の女神 ” のもとへ向かったが “ 働き過ぎて疲れた。休みが欲しい ” と、姿をくらました後だった。お付きの者達の話しによると、定期的に繰り返される年中行事のようなものらしい。
姿をくらましている期間はその時々によって違い、三ヶ月だったり、六ヶ月だったり……一年だったり。
雷を落とされたカエレスは最初『わしに雷を落としたから罰が当たったんだ』と拗ねて動こうとしなかったが、実際に12歳になったカイトと、嘆き哀しむリリアーナを目の当たりにして、手を尽くして時の女神を探し始めた。
残念ながら未だに見つかっていないが……。
サイラスが遠い目をする。
「いやぁ、大変だったね。カイトが『自分は騎士の訓練を受けてないから、リリアーナ様付きの騎士には相応しくない』と辞退を申し出た時は」
イフリートがその時を思い出して、溜息を吐いた。
「リリアーナ様の目が涙で溶けてしまうかと思ったよ。カイトは、真面目だからな」
最後にはリリアーナが『カイト以外の騎士が付くくらいなら、修道院に入る!』とまで言い出して、機転を利かせたサイラスが『それならテストしましょう』と、リリアーナの騎士候補達とカイトを手合わせさせたのだ。
結果カイトの圧勝で、体重が軽くて身体が小さい分、関節技を使ったり、勢いや反動を利用したり、少ない力で相手の急所に矯激な力を与える術も心得ていて、申し分なくリリアーナ付きの騎士の座を勝ち取ったのである。
「最初はカイトを納得させる為の思い付きだったけど、実際手合わせをさせて良かったと思う。12歳になったカイトをそのままリリアーナ様付きの騎士に据えたら、騎士団の中に文句を言う奴はいなくても、貴族連中の中にはいるからね」
「その通りだな」
二人はルイスの腕を捩じ上げているカイトを眺めた。
「い――っ! 触れないから! 絶対に! だから放してくれ!」
カイトが放すと、ルイス王子は捻られていた腕を、さも痛そうにぶらぶらと振った。
「いや~、12歳になっても強いんだね~、参ったよ」
「王子」
「ああ、そうだ」
ルイス王子の従者が、紫のヒヤシンスの花束を持って来た。ルイスはそれを受け取ると、リリアーナに向かって差し出す。
「リリアーナ姫。貴方には本当に申し訳ない事をした。よもや私のした事を許してもらえるとは思っていないが、せめてもの償いにこの花束を、受け取ってはもらえないだろうか? 直接が嫌なら、人づてでも構わない」
カイトがリリアーナに視線を向けると、彼女はいくらかの躊躇いを見せた後、カイトに頷いて見せた。
「私が変わりに受け取らせて頂きます」
「それで充分だ。ありがとう」
ルイスが感謝の笑みを浮かべる。
「彼、熱でもあるのかしら?」
「しっ、サファイア聞こえるわよ」
その声が耳に入ったのか、ルイス王子の肩がピクッと動いた。
リリアーナが幼い頃、自分のことをリリアーナと言えずにリリィと言っていた設定があった事を、今更ながらに思い出しました。(chii様がコメントにリリィと書いて下さった時に、呼び名だけでなく、確か設定があったような……とは思っていたのですが)少しずつ書きなおしていきます。m(__)m
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