黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 39  天使の衣装を着てごらん?

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カイトはふとキルスティンのドレス姿を見て言った。
「馬に乗るには難しそうだな」
彼女が自分のドレスを見下ろし一撫ですると、女性騎士のようなズボン姿になる。

「お見事。失礼するよ」
彼女のウエスト掴むとひょいと馬に乗せ、自分は前に跨った。
「飛ばすから捕まっていて」
「はい」

少しだけ頬を赤らめ、カイトの腰に腕を回してギュッとしがみつく。カイトは手綱を握り馬を走らせ始めた。

***

「可愛いね~リリアーナ姫。間近で見ると、ほんっと可愛さが増すね!」

対面に座る上機嫌のルイス王子に対し、オーガスタの隣のリリアーナは押し黙り、顔を伏せて端に身を寄せている。

「ルイス王子、最初からあの半端なハーフエルフのキルスティンなんか使わずに、私にだけ頼めば良かったのに」

プライドの高いオーガスタは`自分一人では結果を出せなかった ‘ と言われているようで気分が悪い。

「もちろん君の能力の高さは重々承知しているさ。でも、アレクセイやリーフシュタインの騎士達は優秀だし、カイトも君一人だったら手強かったんじゃないか? キルスティンがいい目くらましになってくれただろう?」
「そんなことないわよ……!」

と言いつつも、カイトは時々自分をじっと観察している時があった。何か見透かされているようなあの視線は確かに怖かったし、今日も結界を破られそうに……いや、結局は破られた――

「まあ、私は払う物さえ払ってくれれば文句はないけど……」
「もちろん、きちんと払わせてもらうよ。それも上乗せしてね」

ルイスはウインクをすると、またリリアーナに向き直った。

「さて、道中は長いし……僕はとてもいい物を持ってきたんだよ。フェネル伯爵令嬢のパーティーで見かけた時の可愛らしさが忘れられなくて……」

彼は目を瞑って夢見るように思い返した後に、真っ白な箱からこれまた純白の天使の衣装を取り出した。

「じゃ~ん、可愛いだろう!? きっと似合うよ。国一番の仕立て屋に作らせたんだ」

リリアーナはそれでも顔を上げない。
「ほら、着て見せて…」
リリアーナはいやいやをして、一層端に身を寄せる。

「ほら、身体にあてがうだけでもいいから」
「いや!」
ルイスが衣装を持って伸ばした手をリリアーナはぱんっ、と払った。天使の衣装は床に落ち、靴の泥で少し汚れてしまう。

「あっ――」
リリアーナはよくない雰囲気を感じ取って益々身を縮こませた。ルイスの表情が見る見る強張っていく。

「ふ~ん……それなら、それで構わないけどね……」
彼は口元だけ笑みを浮かべて、リリアーナに手を伸ばしてきた。

***

「カ、カイト様……馬を急がせすぎでは……?」
「何か言ったか――!?」
「馬を急がせすぎではと、言ったんです~~~!!」

景色はあっという間に後方へと流れ、振り落とされないようにしがみついているのがやっとだ。
「喋ると舌を噛むぞ!!」

キルスティンはすぐに口を噤んだ。
(気が急いてしまうからしようがないか……でもまあ、良い乗り手だわ、バランス良く乗りこなしているし、柔軟な腰と弾力のある足首を持っている。だからこそ、これだけスピードが出せるのね)

カーブを曲がったところで前方に馬車を捉えた。カイトは両手を手綱から放す。
「カイト! 何を!?」
もはや`様 ‘ までつけてはいられない。
彼は矢を番えて、次から次へと護衛の騎士に当てていく。
追手の襲来を馬車に伝えようとしていた最後の騎士を射抜き、あっという間に全員を片付けてしまった。

「護衛兵が少ないわ」
「大勢で出たら目立つから、あとの者達は城に置いてきたんだろう。追っ手がかかるとは考えずに」

カイトは次に馬車を目掛けて射た。矢は馬車の手前で何かに当たって撥ね返る。

「結界ね」
「ああ。解除できるか?」
「できるわ! 少し時間は掛かるけど……」

その時、馬車から泣き叫ぶリリアーナの泣き声が聞こえてきた。
「いやっ!! やだー! カイトー!!」

カイトの顎の線がぐっと怒りで引き締まる。
「キルスティン、君のバランス感覚は優れているようだが、もし馬から落ちたら……」
「え……? ああ、大丈夫。空中浮遊できるから」
「それでは遠慮なく――」
「はい?」

カイトはスピードを上げて馬車に追いつき馬と並走させると、いきなり結界目掛けて蹴りつけた。
「えー!?」

それがなかなかの衝撃で、火花も大きく散っている。

(結界に蹴りを入れる人なんて、初めて見た……)
呆然とした後に、はっと我に返る。
「カイト! 大丈夫!? 足に負担は!?」

見るとズボンが焼け焦げていた。
「駄目! これ以上蹴ったら駄目です!! ドラゴンの守護を受けているんでしょう!? 何か力はつかえないんですか!」
「無理だ! あの力は大きすぎて馬車を潰してしまう! 特に今は頭に血が昇っていて、力を制御する自信がない!!」
「でも足が! 急いで結界を解きますから!」

それには構わずまた蹴りつける。折しも山道から少し開けた場所に出た。もうすぐ村があるようである。道幅も広くなり、地形も比較的平坦になった。
キルスティンはほっとする。

狭い山道で無理をしていたので、下手したら馬車が谷底に落ちたり、事故に繋がると思っていたのだ。しかしカイトもそれを考慮して今まで手加減をしていたようで、蹴る力が一段と強くなった。

「カイト!! やめて!」
きっと足も火傷を負ったようになっているはずだ。腰にしがみつきながら叫ぶが、彼は全然聞いてはくれない。

四度目で全体にひびが入り、五度目で結界が破れた。ぱらぱらと砕け散り、視界が幾分明るくなる。しかし彼の右膝から下のズボンは焼け落ちて、足も痛々しい状態になっている。

カイトは直ぐまた矢を番え、御者に向けて放った。左肩に矢が刺さり、御者は痛みで身体を縮める。
「馬車を止めろ!! 次は心臓を射抜く――!!」

御者は矢に射抜かれる恐怖より、カイトの迫力に負けて馬車を止めると直ぐに降りて逃げ出した。
カイトは馬から下り、馬車に近付くと扉に回し蹴りを入れる。

「つ――っ!!」

馬車自体にも結界が張られていたようで、衝撃にカイトは声を上げる。しかし扉が物の見事にへこみ、結界もお陰で破れたようだ。

「カイト、中にはリリアーナ様がいるから蹴ったら駄目です――!」
激昂して我を忘れているカイトに向かって、キルスティンが注意をした。彼もすぐに気付いたようで、彼女に背中を向けたまま、右手を軽く上げて了解の意を示す。
カイトは自分を落ち着かせるように、深く深呼吸をしたあと顔を上げた。
おもむろに馬車の窓枠に手を掛けると、そのままべりっと引き剥がすように扉を外してしまった。
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