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66 胸の痛みは増すばかり

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 ダニエルは今まで通りに、玄関まで送ってくれる。

 馬車の小窓から振り返ると、ぽつんと立つダニエルが見えた。

 馬車が見えなくなるまで、ずっと立ってこちらを見ていた。

***
 
 表面上は平穏な日々が戻ってきた。

 エリカお手製のランチを二人で取り、のどかな時間を過ごす。

 以前と違うのは、一緒に過ごす昼の時間が短くなったことと、ダニエルがエリカに触れなくなったこと。

 少し離れた位置で、落ち着いた面持ちで、いつも静かにエリカを見ている。

「さぁ、もう仕事に戻らなくては」

 ダニエルが立ち上がって、エリカに手を差し出す。

 馬車まで送っていく時間だ。
 
 殆ど言葉を交わさずに、二人して玄関へと向かう。

 馬車の前でダニエルが口を開いた。

「エリカ」

「はい」

 嫌な予感がして、エリカは不安な面持ちでダニエルを見上げる。

「これからはもっと忙しくなる。武闘大会が終わるまで……会うのを控えよう」

「忙しいなら、しようがないですね」

 同意しながらも、エリカの胸は痛んだ。

 昨日ラファエルから、”ダニエルとオズワルドが二人きりで晩餐を取った”と聞いた。”終始、和やかだったから、もう心配することはありませんよ”と彼は親切心で教えてくれた。

(正しいルートを辿り始めたのね……)

 エリカルートを抜け出て、オズワルドルートへと。

 そのせいで、急速にエリカへの関心を失いつつあるのだろう。

 ホッとして喜ぶべきなのに、胸の痛みは増すばかりだ。

 堪えきれなくなり、つい尋ねてしまう。

「ダニエル」

「ん……?」

「わたし、大会が終わってからも、来て……いいの?」

 ”大会が終わっても、貴方といていいの?”と聞く勇気はなかった。”もう終わりにしよう”と言われてしまいそうな気がしたからだ。

 息をひそめて、祈るような思いで答えを待つ……。
 
 ダニエルがエリカの顎を、指先で摘んだ。

 上向かされたエリカに、身を屈めたダニエルが顔を寄せてくる。

 胸を高鳴らせつつ瞳を閉じたが、ダニエルの唇は、額に冷たく触れただけだった。

 それはまるで別れの挨拶のようで……離れていく唇に、つれなく身体を離すダニエルに、エリカは泣きそうになる。

「もちろんだ。君が来てくれなくては……誰が俺に注意をして、休ませるんだ?」

(本当に、そう思っている……?)

 涙が滲みそうになるのを堪え、無理に笑みを浮かべて話した。

「次に会うのは、武闘大会当日?」

「ああ、そうだ」

「くれぐれも無理はなさらないでね?」

 ダニエルが微笑む。

「気を付けよう」

 エリカの涙が溢れそうになる。

「――っ、」 

 急いでスカートを摘み、頭を下げて誤魔化した。

「これで失礼いたします……」

 エリカは馬車に乗り、ラファエルと幾人かの騎士が護衛について、馬車が走り始めた。

「エリカ様。ダニエル様は本当にお忙しいのです。武闘大会で優勝するために、剣術の鍛錬の時間もまた増やしましたし……」

 ラファエルが慰めの言葉をかけてくれたが、エリカの心は晴れなかった。


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