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44 恋のフィルタ

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「女神――、です」

 フォルカーは瞼を閉じ、片手を左胸に当てる。ガタイのいい男が陶酔している姿は、見ていて少々くるものがある。

「……………女神?」

「はい。エリカ様がいらっしゃらなかったら、私の人生は今も闇に閉ざされていたことでしょう。暖かな春の日差しのように私を照らし、救ってくださったのです」

「はぁ……具体的にはどのように?」

「人と接する時にどうすればいいか、アドバイスして下さいました。以前は女性や子供たちから怖がられていたのに、今では皆が親しみを持ち、気さくに話しかけてくれるようになったのです」

「性格がいいってことかい? 容姿は? 美しい女性なんだろう?」

「絹のように光沢のある栗色の髪に、金色の斑点が散る紫の瞳。肌もきめが細かく、山に振る清らかな新雪のようで……」
 注)恋のフィルターかかってます

「そして美しいだけではないのです。愛らしくて……正に理想の女性を具現化したような方です」

 エリカが聞いたら卒倒しそうな賛辞が、次々と出てくる。  
 
「そんな女性がこの世にいるのか? どうりであのダニエルが夢中になるはずだ……」

「わたくしとそのエリカって女性、どちらのほうが美しいかしら!?」

 ルクレツィアがフォルカーに詰め寄った。

「ぐっ、……ど、同等……かと思われます……」

 目を彷徨わせながら答えるフォルカー。

「その反応は、ルクレツィアより美しいということか!? そうなんだな!」

 オズワルドは一層興味を示し、ルクレツィアは悔しさからギリギリとハンカチを噛む。

(ルクレツィアも(見かけだけは)一級品だ。そのルクレツィアより美しく、性格もいいとは――)

 オズワルドはエリカに会いたくて堪らなくなった。
 
***翌日。朝食の席にて

「今日はフィアンセに会わせてくれるんだろう?」

「ああ、もちろんさ」

 ダニエルがにっこりと愛想よく微笑んだ。

「それまで観光してくるといい」

「ダニエル様が案内して下さるの!?」

「申し訳ないけど仕事がたまっていて同行できないんだ。代わりにフォルカーに案内させるよ」

 ルクレツィアは初め不満顔だったが、フォルカーと聞いた途端に機嫌を直す。

 エリカのアドバイスによって肩の力が抜けた彼は、たいそう魅力的であった。

***観光中 
 
「わ~、見て見てオズワルド兄さま! 木組みの家よ、可愛い♪」

「コンラート国の家々は木材で出来ているのか。珍しい……ん? 石積みの家もある」

「お気付きになりましたか。石積みの家が何軒かおきに建っております」

「……火事を防ぐためか?」

「仰る通りです。木の家から家事が出ても広範囲に燃え広がらないよう、最近は木の家を石の家で挟んで建てるようにしております」

「木の家は、他にも何か利点があるんだろう? 火事を防ぎたいだけなら全て石積みにすればいい」 

「石積みは建築に時間が掛かります。まず積める形にするために、石を割ったり削ったりしなくてはいけません。その上で100年は崩れないよう、慎重に積んでいかないといけないからです」

「石造りの家は代々受け継がれていくからな」

「はい、その点木材は加工がしやすいし、工期も短くて済みます」

「しかし木の家は手入れが大変じゃないか。代々受け継ぐこともできないし」

「土台や、一番湿気のある地下室の部分を石にして、内壁は土壁に、外壁を木の壁にします。”土”と”木”は雨などで沁み込んだ水分を自然と外に放出してくれるため、特に手入れが大変という訳ではありません。それによって家が長持ちし、これから代々受け継いでいくものと思われます」

「……それってもしかして、ダニエルのアイデアだとか?」

「はい、そうです」

「あ、そお……」 

 剣だけでなく、国政でも負けたような気がして、オズワルドは面白くない。

「さすがダニエル様だわぁ~!」

 ルクレツィアは感嘆の声を上げている。

 気を取り直して街のレストランで昼食を取り、城に戻ると……。

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