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39 終われば解放される

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「は? 嘘だろ?」

「本当だ。ちょっとした王妃様のお遊びだったんじゃないかな。幼い頃はドレスを着て、時々パーティーに参加していらっしゃったんだ」

「俺の初恋~~~!」

「そういえば、あんまり可愛らしいので画家がスケッチした物があるぞ。油絵も随分と出回ってうちも一点所蔵していたんだが、王子が必死の形相で集め回って、うちのも没収されてしまったんだ。女装した自分の絵がよほど嫌だったんだろう」

 バーナードがチェストの引き出しに手を突っ込んで、ごそごそと探し回る。

「スケッチはここに隠しておいたから……ほらこれだ」

 大きな封筒を取り出して、テーブルの上で中身を開けると、中から何枚かのスケッチ画が滑り出てきた。

「そうこの子だ! まさかダニエル様だったなんて……」

 スケッチ画を手にとってショックを受けているフィリップの横から、母が覗き込む。

「まぁ、本当に天使みたいね」

「私にも見せて」

 母からスケッチ画を渡される。

「本当ね可愛らしい……」

 エリカがまじまじとスケッチ画を見つめる。
 
「なんて…愛らしいのかしら……」

 涙がポタッとスケッチ画に落ちた。

「おい、エリカどうした?」

「え?」

 兄に言われてやっと気づく。

 ――涙が溢れていることに。

「ああ、ごめんなさい……!」

 涙を止めようとしたが叶わずに、ポタポタとスケッチ画に落ちていく。

「濡れても平気だから落ち着きなさい。それに心配しなくてもダニエル様は男性だから大丈夫だぞ?」

「全く、あなたがつまらない冗談を言うからですよ」

 父がすまなそうに眉尻を下げて、母のお説教が始まる。

 エリカが無理に微笑んだ。

「大丈夫よ、疲れてるだけなの。わたし先に休むわ……」

 居間から出ていくエリカの背中を、三人は心配そうに見送った。

「お嬢様。ホットミルクはこちらでよろしいですか? よく眠れるようにブランデーを垂らしました」

「ええ、ありがとう」

 ベッドサイドテーブルにミルクを置いて、侍女は心配そうに振り返りながら部屋を出ていった。

 エリカはベッドに座って、真鍮のカップを両手で包み持つ。

 王妃はダニエルが幼い頃、女の子であるにも拘らず、ドレスが着れないことをたいそう不憫に思っていた。なので時々ダニエラとして、愛らしいドレスを着せて、こっそりパーティーに参加させていたのだ。

 しかし”類まれなる美少女がいる”と話題を呼び、”どこの誰だ”と注目され始め、ドレス姿は封印される。  

 ダニエルが必死の形相で回収したのも、ばれたら終わりだと思ったからだろう。

 画家がこぞって描いた油絵やスケッチは、ダニエルの執務室にある小部屋に厳重に保管されているはずだ。

 もう二度と着ることができない自分のドレス姿を、いつでも手に取って眺められるように、しかし他者の目に決しては触れないように――

 エリカは涙を拭った。
 
(……私はもうダニエルのことを好きになっていたのだわ――)

 気持ちを落ち着かせるように、ホットミルクを一口飲んだ。

(ダニエルの幸せのためにも諦めないと)

 悪魔が耳元で囁いた。

 ”なぜ諦める? 女性同士でも幸せになれるのに”

(そうだわ、このまま知らんふりしていれば、ダニエルとずっと一緒にいられる。ゲームのエリカルートでは、エリカが妊娠した振りをしてこっそり養子を迎え入れて、ダニエルは女性である事をずっとひた隠しに隠して……)

 嘘を重ねなければいけないルートにエリカは気が滅入ってきた。ふいに正規ルートのエピローグシーンが頭に浮かぶ。

 男性の攻略相手と結ばれたダニエルが、ダニエルに似た男の子と女の子に抱きつかれるシーン。
 
 幸せそうに微笑むダニエルの肩を、優しく抱き寄せる攻略相手。

(ダニエルが子供を産む幸せを、私が奪ってはいけない……)

 武闘大会と隣国からの訪問、それさえ終われば解放されるはずだ。

 終わる頃にはダニエルも攻略相手と結ばれているだろう。

 早く…、早く時が過ぎてしまえばいいのに………
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