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27 エリカの心臓がトクンと跳ねた

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「不服か?」

「え? いえ、」

 エリカがダニエルを見上げると、彼が手を伸ばしてきて滑らかな頬に触れた。 

 触れられた指の感触に、エリカを見つめる琥珀色の瞳に、エリカの心臓はトクンと跳ねる。

 どぎまぎして顔を逸らそうとすると、視界に赤いものが映った。

 頬に触れている掌に赤く血が滲んでいることに気づき、エリカは息を呑んで彼の手を掴む。
 
っ、」

 顔を顰めたダニエルを見て、慌ててその手を放した。

 引っ込めようとするダニエルに向かって、強く言う。

「見せて下さい――」

「何でもない」

「見せて下さい!」

 強引に手首を掴んで引き戻し、掌を広げさせる。

「これは………」

 掌には一筋の傷が入っていた。

 少し力を入れると傷口が開き、ダニエルの顔の顰め方からも、深くまで切れていることが分かった。

「手合わせ中に剣が折れて切ってしまったんだ」

「包帯は?」

「ペンが握れないので取ってしまった」

「………」

「腱は切れていないし、大したことはない」

「大しことあります……!」

「エリカ?」

 エリカは涙をぽろぽろと零した。
 
「武闘大会のための鍛錬でですか?」

 武闘大会とは一年に一回、武力を競い合う大会で、二か月後に開催される。

「――そうだ」

 ダニエルはここ何年か、剣術の部で連続優勝を成し遂げていた。

 エリカは震えながら、小さな手でダニエルの手を優しく包む。

 しかしその動作とは裏腹に、彼女の口調は厳しかった。

「なんでこんな無理をするのですか!? 仕事だって根を詰めているのに!」

「私は王子として勝たなくてはならない。皆が期待しているんだ」

「負けたっていいじゃないですか! こんな、こんな無理をして……それもっ、」

 ”女の子なのに”という言葉をエリカはぐっと飲み込んだ。

 彼女の瞳からは真珠のような涙が、ハラハラと零れ落ちていく。

「負けたっていいのに……負けたって……っ」

 嗚咽で言葉を続けられなくなり、ただしゃくり上げる。

「――っ!」

 いきなり強い力で、エリカは抱き締められた。

 頬が逞しい胸に押し付けられて、ダニエルの胸の鼓動が大きく伝わってくる。

「ダニエル…様……?」

 骨ばった手が顎を掴み、エリカは静かに上向かせられた。彼女を見つめる琥珀の瞳が黄金色に染まる。

「エリカ……」

 ダニエルが瞳を細め、顔を寄せてきた。

「遅くなりまっ……し、失礼いたしました!」

 ノックをしてワゴンを押しながら入ってきたヨハンが、慌ててワゴンごとバックする。

 気付いたエリカがすぐに呼び止めた。

「ヨハン様、慌てるとワゴンをひっくり返しますよ! 大丈夫ですからお入りになってください」

「本当に? ひぃっ!」

 こわごわ顔を上げたヨハンがエリカの後ろを見て悲鳴を上げる。

「やっぱり外にいます!」

「?」

 エリカが振り返った時には、ダニエルはいつもと同じ穏やかな表情をしていた。

「ヨハン、お茶の用意をしてくれ。腹が減った」

「か、しこまりました……!」

 ヨハンは手際よく、テーブルにカップや軽食をセットしていく。

 フルーツにケーキに色とりどりの果物に、サンドイッチまでが綺麗に並んだ。

「美味しそうですね。あ、そうだヨハン様。お願いがあるんですけど、傷の手当てのための薬箱と、新しいタイツを持ってきて頂けますか?」

「タイツですか?」

「はい、タイツです」

 この世界は中世ヨーロッパの時代に似ていて、タイツを履いている男性がいるのである。

 ヨハンは不思議そうな顔をしつつ出ていった。

 ダニエルがエリカに手を差し伸べる。

「お茶にするとしよう」
 
 彼はエリカを二人掛けのソファに座らせると、自分もその隣に腰掛けた。

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