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第二章

40 無機質なグリフィス

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「グリフィス様。ご説明いただきたいのですが」
「執務室で話そう」

アーネストの求めに応じ、身を翻して先頭に立つ。
背後からグリフィスを観察しながら、デイヴィッドは考えた。
上背があり、白いシャツと黒の細身のズボンが、肩幅の広い引き締まった身体を際立たせている。

男でさえ惚れ々れするよなぁ――

頭脳明晰で精悍で整った顔立ち、女性の誘いも引く手あまただった親友が、何故ここまでクリスに固執するかと考える。クリスは確かに美しいが、それ以上の美姫とのお見合いも全て断っていたのを知っている。
クリスは男女の駆け引きにも疎いし、恋愛年齢も低いと思うのだがあのアレクサンダーさえも陥落させた。
俺には分からない女の魅力を持っているのだろうか? 執務室の話し合いでそこらへんの事も分かるかもしれない。

その執務室では革張りの二人掛けのソファに、グリフィスが一人、向い側にアーネストとデイヴィッドが二人で腰を下ろした。
アーネストが口火を切る。

「グリフィス様。早速ですが、クリス様を部屋に閉じ込めているのではありませんか?」
「それの何が悪い? 新婚だ。許されるだろう?」
「……一週間だけですよね? その後は今まで通りの暮らしに戻りますね?」

念を押すアーネストに対して答えないグリフィスに業を煮やし、デイヴィッドが口を挟む。

「何で答えないんだ? 外に出さないわけにはいかないぞ! 二週間後に二人揃って参加する式典があるし、その後にはクリス一人での公務もある」
「二人のほうは参加する。一人のほうはキャンセルだ」

事も無げに即答をするグリフィスに、デイヴィッドが苦々しい表情になった。
アーネストも眉間に皺を寄せながらも、礼儀正しい態度は崩さずに問いかける。

「理由をお聞かせ願えますか? 何故クリス様一人だといけないのですか?」
「説明をする義務などない。それに夫である俺は、クリスに対する全ての権利を有しているのだから、例え部屋に閉じ込めたとしても非難を受けるいわれはない」
「グリフィス……まさか本気で言っているのか?」

デイヴィッドが顔色を変えて立ち上がっても、グリフィスは動じない。

「自分の妻を部屋から出さないで何が悪い? 実際に外出を許可しない夫も世間にはいるし、それは権利として認められている。公務も二人一緒の時は参加するし、完全に幽閉するわけではない。そうだ……! 城の敷地内に離宮を造ろう。庭園も、川も池も造るし、普段はそこにいれば問題はない」

「いや、問題大有りだって! 大体そんな事をしたらクリスに嫌われるぞ!!」

一瞬の沈黙の後に、彼はすぐ答えた。

「殆ど俺としか接しないのだから、嫌われるなんて事はあり得ない」
「グリフィス……!」
「デイヴィッド様、お座りください」

アーネストに言われ、渋々腰を下ろすデイヴィッド。

「どうしたのですか? グリフィス様。これではアレクサンダーとやっている事が同じですぞ?」
「俺とクリスは夫婦であり、愛し合っている上での行為だ。アレクサンダーのような奴に目をつけられないよう、人前に出さないほうが彼女の為になる」
「先ほどのクリス様のあの格好は、もしや……」
「俺のシャツ一枚だけなら外に出るような真似はしないだろうと考えたのだが甘く見ていた。次の手をまた考えなくては」
「グリフィス様。クリス様の何が貴方をこのような行動に駆り立てるのですか? ご自分で今の状況を異常だとは思わないのですか?」
「彼女は……この世に二人といない清らかな精神の持ち主で、美しく、人を魅了してしまう。彼女に心酔する奴がこれ以上増えないように、人前に出してはいけないんだ」
「いくらなんでもクリスを美化しすぎじゃないか? 俺がプリシラのほうがいいと思うように、人それぞれ好みがあるんだ」
「お前は本物が何であるかが分かっていない」
「何だと……! プリシラはお前の妹でもあるんだぞ!」
「デイヴィッド様、話しが逸れております。グリフィス様、解放する気がないのなら、私をクリス様に会わせて下さい」
「駄目だ――」

 グリフィスはにべもなく却下する。
「何故ですか? クリス様は私に助けを求めておりました。ヘルマプロディトスの宰相として、会わない訳には参りません。あの部屋から連れ出さないと約束も致します」
「夫の権限を行使する。アーネスト、お前に会わす訳にはいかない」
アーネストはグリフィスの少し殺気立った様子を見て、ふと腑に落ちる顔をした。

「グリフィス様……ひょっとして私めに……」
「クリスが心配だから部屋に帰る」
返答を避けるようにグリフィスは立ち上がり、ドアへと向かう。

「えっ、おい、待てよ! グリフィス!」

慌てて引き止めようとするデイヴィッドを相手にもせず、するりとかわして部屋の外に出てしまった。足音が部屋から遠ざかっていく。

「おい、アーネスト。止めなくていいのか!?」
「今止めても無駄です。頭に血がのぼっておいでですから」
「そうだったか? 言っている事はまともじゃないけど、終始冷静だったぞ」
「あれは見かけだけです。現に私に嫉妬しておいででした」
「へ……? 俺の聞き間違いか。今、何て言った?」
「嫉妬です。クリス様が私に助けを求めたのが気に食わなかったのでしょう」
「だって、アーネストはクリスの……」
「はい、親も同様の存在です。精神的にも年齢的にも」
「これって凄く、まずい状態じゃないか」
「いや、大丈夫だとは思います。グリフィス様は賢い方です。いずれは頭に上った血も下がり、落ち着きを取り戻して間違っている事に気付くでしょう。先程も、デイヴィッド様に`そんな事をしたらクリスに嫌われるぞ ‘ と言われて、一瞬ではありますが躊躇しておいででした。いけない事をしている自覚はあるのです。しかしクリス様の為にも時間が掛かるのはまずいですな」
「その考え楽天的すぎないか? 異常だぞあいつ」

「そうね。我が愚息は確かに異常ね」
「コーネリア王妃……!」
「二人共そんなに改まらないで。ちょっとした騒ぎがあったと耳に入ったので、急いで出向いたのだけど……グリフィスはもう部屋に引き上げたのね」

コーネリアは執務室を見渡すと、付き従っていた侍女に声を掛けた。

「お茶の用意をこちらに」
「かしこまりました」

侍女が扉の向こうに姿を消し、アーネストは慌ててコーネリアにソファを勧めた。

「ありがとう」

上品にグリフィスが座っていたソファに腰を下ろす。

「どこの執務室も、飾りがなくてつまらないものね」
「次にいらっしゃる時は花でも飾っておきましょう」

コーネリアが面白そうに微笑みを浮かべた。

「そうね……もうくることはないかもしれないけど……二人共座ってちょうだい」
「はい、失礼いたします」 
「あの子は初めて心の底から欲しいと思ったものが手に入って、それが期待通り、いえ、それ以上のものだったから傍に置いておきたいの。失うのも怖いのではないかしら……?」
「……しかし、心の底からと欲しいものといえども、初めてなのですか?」
「王子という立場上、大抵の物は望まずとも手に入ったし、元々物欲がない子だったから」

コーネリアがデイヴィッドに話を振った。

「学生時代のあの子はどうだったかしら?」
「心ここにあらずというか、本気じゃないというか……勉強も適当なのにいつも首席でした。根本的に頭がいいので、授業を受ければ事足りたのだと思います。そういえば彼が何かを欲しがっている印象なんてな…い……そうだ、クリスだ……! それで俺とも親しくなったんだ。クリスの話をやたら聞かれて珍しいな、と――」

興奮するデイヴィッドにコーネリアが頷く。

「グリフィスは幼い頃から妙に大人びた子供でした。」
「大体想像がつきますな」
「1教えたら10理解してしまう程に賢く、王子としての自分に媚びへつらう人間もすぐに見抜きました。私もそうなのですが、グリフィスは人の本質を見抜く才能があるのです」

アーネストはグリフィスと同じ銀髪とアイスブルーの瞳を持ち、かつては社交界で`銀の薔薇 ‘ として呼び名を馳せたコーネリアを見つめた。

「第二王子という立場が却って良くなかったのでしょう。優秀なグリフィスを利用して、第一王子のオズワルドを追い落とそうと考えている者達も多くいたのです」
「跡目争いですか」
「ええ。しかし、グリフィスは優しくて国や民を想うオズワルドを尊敬し、慕っていました。なので話しに乗った振りをして、そういった者達を排除していったのです」
「まさか子供の頃から?」

「もちろん、最初のうちは国王や私に相談をしていましたが、すぐに自分がどう立ち回ればよいか、相手を思うように動かすにはどうすればいいかを学び、コツを掴んでいったのです。頭が良く、秀麗な容姿も持ち合わせていたので、それらを活用して人心掌握術に磨きを掛けていったのでしょう。そして磨きが掛かる程に、人に幻滅をしていったのです。大学に入った頃にはもう人生を達観してしまい、感情も滅多に表さなくなり、自分の存在意義をも見出せなくなっていました。`賢すぎるのも考え物だ ‘ と国王と二人で頭を抱え込んだものです」

ノックの音がして、侍女がお茶の用意を持って入ってきた。薔薇の香りがする紅茶を各々の前に静かに置いていき、配り終わると静かに退室をする。
コーネリアが続きを話し始めた。

「それがあの日、パーティーでクリス王女に出会った時から、人形のように無機質だったグリフィスが、まるで命を吹き込まれたかのように生き生きとし始めて……」

「何故クリス様なんですか?」

「グリフィスが表彰されると聞いて、私もあのパーティーに出席をしていていました。クリス王女は大国の姫君として招かれていたにも拘らず、それを鼻にもかけずに控えめで自然体でいましたよね?」
「はい。それがクリス様のいいところです」
「ええ。奢らない姫君というのは、なかなかいないものです。それに彼女は建前を持っていないし、誰であろうと思った事を口にし、分け隔てがありません。心根が清らかであるために、その言葉は人の心に響くことも多々あり、話す内容からも人柄が窺われます」

「高評価ですね」
デイヴィッドが、従弟を褒められて少し嬉しそうに表情を緩めた。

「`地動説 ‘ でしたかしら? 難しい話も理解できて話も合うし、容姿などもきっと好みなのでしょう。それにグリフィスはお分かりでしょうが性格に黒い部分があります」
「上に立つ者はそうでなくては……」
「ええ、そうね。でも私が言いたいのはそういう事ではなくて、それに対して、クリス王女は……」
「白いですね。真っ白な位だ」
「そう、だから益々惹かれるかと、散々人の嫌な部分を見てきたグリフィスにとってクリス王女はきっと奇跡の女性なのでしょう。三年間も辛抱強く努力をして待ち、やっと手に入れた大切な宝物を、傍に置いて誰にも見せたくないのではないかしら? 貴方の言う通り、暫くしたら熱も冷めてもう少し落ち着くとは思うのだけど」
「グリフィス様のお気持ちがよくお分かりですね」
「私も国王陛下に恋をした時に同じように感じたから」

にっこりと微笑むコーネリアに対して、アーネストは一瞬不思議そうな表情を浮かべた。

「貴方の言いたいことはよく分かるわ。優しくて国も民も愛してはいるが、上に立つ者としては少し頼りないセオドアを何故? と考えたのでしょう?」
「いいえ、そのようなことは……」
「いいのよ、本当のことですもの。私とグリフィスは似ているの。あの純真で真っ直ぐなところに参ってしまったのよ」

「でも、閉じ込められたりしたら、百年の恋も一気に冷めないでしょうか? 早くまた説得に行ったほうが……」
デイヴィッドはクリスの身も心配ではあるが、グリフィスが三年掛けて実らせた恋も壊れてほしくない。

「グリフィスは私達の話しを聞かないと思うわ。きっとクリス王女を取り上げる人間にしか思えないでしょう」
「何かお考えがありますか?」
「4日後に、ヘルマプロディトスから援軍が着きます」
「援軍?」
「ええ、こうなりそうな予感はしていたので、先に書簡を送り呼び寄せていたの。今はこちらに向かう船の中だわ」

果たして4日後の港では、グリフィスの従姉でもありクリスの侍女をしていたトリシアが下り立っていた。


お読み頂きありがとうございます。今回はムーンとお話が一緒です。
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