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第二章

34話 お腹が痛いの

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「グリフィス様……?」
「うん――? ああ……もう朝か……」
「どうなさったんですか、こんな場所で?」

 寝室の扉の前で寝ていたのだ。ハンナが驚くのも無理はない。昨夜は扉を背にして座っていたのだが、いつの間にか横になって眠ってしまったらしい。
 見ると、身体に掛布がかかっている。どうやらクリスがかけてくれたようだ。
 `気にはしてくれたのか ‘ とほっと胸を撫で下ろす。

「あ、あの……それで、昨日はその、うまく……?」

 ハンナには昨夜`閨のあれこれ ‘ に及ぶ事を簡単に話しておいたのを思い出す。今では殆ど女性化したが、クリスがふたなりであるために、閨のことは心配らしい。グリフィスは立ち上がるとハンナに掛布を手渡した。

「途中までは上手くいっていたんだけど、俺が焦るあまりにクリスに酷い言葉を吐いてしまい、怒ったクリスに部屋を追い出されたんだ」
「まあ……」
「クリスに『昨日は俺が悪かった一週間待つ』と伝えてくれないか? それから――ハンナ、君の夜着の選択は素晴らしかった」

 そう言い置くと部屋から出て行った。クリスがそっと寝室から顔を覗かせる。

「クリス様……! 起きていらっしゃるんなら顔をお出しになればいいものを」
「だって、喧嘩をして――グリフィスには反省をしてほしかったんだもの」
「何があったか知りませんが、反省をしておいででしたよ? それに『一週間待つ』と伝えてくれと」
「グリフィスが……?」
「はい」

 あの直ぐにでも押し倒す勢いだったグリフィスが(実際には押し倒されたが)……`反省をしてくれたんだ ‘ と少し嬉しくなった。

 グリフィスはいつの間にかヘルマプロディトス国王家御用達の仕立て屋も呼び寄せてくれ、ドレスから、普段必要な物までを注文してくれる。ウエディングドレスの仮縫いや、アクエリオスのしきたりの勉強、長期滞在のためのあれこれなど日々はあっという間に過ぎていき、とうとう結婚式当日となった。

 セオドア国王陛下にエスコートをされ、赤い絨毯が敷かれた教会の中央通路を進んでいく。
 クリスの純白のドレスは銀糸や宝石が散りばめてあり、後ろの裾が長く作られていて、可愛らしいベールガールがその裾を持ち一緒に入場をした。
 開いた胸元には銀灰色の瞳と、色調が同じダイヤモンドのネックレスが煌びやかに光っている。
 窓から入ってきた陽光が、クリスのドレス姿を照らしてその優美な姿を際立たせていた。

 周りがその美しさに溜息を漏らす中、聖壇の前では白の正装姿のグリフィスが待っている。セオドアがクリスをグリフィスに引き渡し、大司教を前にして、結婚式が始まった。
 誓いの言葉を述べ、大司教が二人に夫婦の宣言をし終わると、グリフィスがクリスのヴェールをそっとめくり上げ、しっかりと唇を重ねる。

「とても綺麗だ――」

 くちづけを終えた時に、グリフィスが囁いた。

 式は街中まちなかの教会で執り行われた。普通の教会より大きいそこに、街中まちじゅうの人達が押し寄せてきて、大層賑やかな結婚式となる。
 ヘルマプロディトスの大聖堂よりも、民との距離を身近に感じられたその結婚式は、クリスのとてもいい思い出となった。
 グリフィスが妹達を呼び寄せてくれた事もクリスを感激させた要因の一つである。さすがに国王である父と、王妃である母が急に国を離れるのは無理ではあったが。
 
 そして夜……クリスが寝支度をしていると、急にお腹が痛みだした。

「ハンナ……お腹が痛いの……」
「神経性のものでしょうか? ずっと緊張をしていらしたし、この一週間休む暇もありませんでしたから……」

 ハンナが心配そうにクリスの様子を窺った。
「お薬をもらってきますね」

 ハンナが出て行ってから随分経つが戻ってこない。一過性のものだったようでお腹の痛みはもう消えている。クリスはガウンを夜着の上から羽織ると廊下に出た。

「それで、何でお前は執務室にいるんだよ……!」

 執務室では結婚式が終わった後から、グリフィスとデイヴィッドとアーネストが仕事をしていた。

「この仕事を終わらせてしまえば、明日から暫くこちらに顔を出さなくても済む。新婚だし部屋に籠もりたいからな」
「俺がやっておくからお前はもう行け。クリスが待ちくたびれるぞ」
「そうですぞ。今日は初めての夜なのですから」

 デイヴィッドがアーネストに顔を向ける。

「その言い方`初夜 ‘ より上品でいいな。ところで、アーネストはまだヘルマプロディトスに帰らなくていいのか?」
「クリス様の妹君達と帰る手筈になっております」
「あ、なーる」
「アーネスト、デイヴィッド、悪いが後は頼む」
「さっさと行け」

 ノックの音がして、返事を待たずにハンナが入ってきた。その慌て振りに尋常ではないものを感じたグリフィスが直ぐハンナに声をかける。

「どうしたハンナ?」
「ク、クリス様が、部屋から消えてしまわれて……」
「何だって?」
「お腹が痛いと仰ったので、薬を取りに部屋を出たんです。途中でお医者様のほうがいいと思い直し、宮廷侍医を呼びに行って戻ってきたら部屋の中が空っぽで……」
「手分けをして探しましょう」

 アーネストの言葉に全員で探し始める。クリスの部屋から、少し離れた位置にある二人のために用意した私室まで、城内のあらゆる場所を、手の空いている者達を総動員して探したが、見つからずに途方に暮れる。

「あと、探していない所といったら……?」

 デイヴィッドの言葉にグリフィスが指を折りながら答える。

「デイヴィッドの部屋に、アーネストの部屋に、今は使われていない俺の部屋……」

 デイヴィッドが目を細める。

「お前の部屋じゃないのか……?」
「いや、まさか――それだったら新しく用意された夫婦の私室のほうに行くだろう!? 寝起きは執務室の仮眠室だが、他は新しいその部屋を使っているし、元の俺の部屋はもう使われていないんだぞ」
「それ、クリスは知っているのか?」
「あ……」
「お前――クロノスの時に脳みそ使い切ったんじゃないのか?」

 そうだった……クリスを驚かそうと、結婚後に使う二人の私室のことは内緒にしていたのだ。クリスの部屋まで迎えに行って、そこで初めて披露をする予定だったのである。それを忘れてぎりぎりまで仕事をしていた自分の間抜けさ加減が悔やまれた。
 グリフィスは深い溜息を吐くと、今はもう使っていない自分の部屋へと足を向けた。扉を開けると中は暗くシーンとしている。

「ここでもなかったか……」

 グリフィスが呟きながら寝室への扉を開けると、クリスがベッドに横たわりスースーと安らかな寝息をたてていた。

「ここだったな――」

 デイヴィッドに肩を叩かれ、身体から力が抜けるグリフィス。

「巻き込んで悪かった。俺のせいだ」
「まあ、見つかってようございました。もう、夜中も大分過ぎておりますし、このまま解散といたしましょう。捜索している面々には、私から伝えておきます」
「ありがとう、アーネスト。恩に着る」
「俺は、アーネストと違って、がっつり恩を返してもらうからな」

 ……こいつプリシラの事を考えているな。 

 その他にも色々と世話になっているので、多少の橋渡しはしようがないかと考えながら、寝室へと向かう。久しぶりに自室で風呂に入り、夜着を着てクリスの横へと滑り込む。
 背後から腕を回すと彼女の柔らかい胸に指先が触れた。溜息をつきながら、眠る事に集中をする。

 クリスは夢の中でグリフィスにくちづけられていた。そのくちづけは深くなり、咥内を愛おしそうに探られる、息が苦しくなったところで目が覚めた。

「んん、んー!」
「鼻で息をするように教えたじゃないか」

 グリフィスが起きたことに気付いて唇を離す。クリスが怒って横を向くと、こめかみにくちづけられた。

「どうしたんだ?」
「何で昨夜はきてくれなかったの? ずっと待っていたのに――」
「それが、実はこの部屋ではないんだ」
「何が……?」
「実は、新しい二人の部屋を用意していて、そちらで君を迎える予定だったんだ。昨夜披露しようとしたら君が部屋からいなくなって、ここにいる事も思いつかなかったし、ちょっとした騒ぎになった訳だ。まあ、ぎりぎりまで仕事をして君を迎えに行くのがおそくなった俺が悪いのだけど」
「そうだったの・・・ごめんなさい。心配をかけてしまったのね」
「昨夜はお腹が痛いんじゃなかったのか? 何で部屋を出たんだ?」
「お腹が治ってもハンナが全然帰ってこないし、もう部屋に移動したほうがいいかと思ったの。貴方を待たせたら悪いから」
「そうか、俺は迎えに行くかどうかも話していなかったな――悪かった」
「ううん、しようがないもの。気にしないで」

 クリスがグリフィスの胸に頭を乗せると、いきなりくるりと形勢が逆転をして組み敷かれた。引き締まった身体の下でどぎまぎしていると、首元に顔を埋めてきて、そこから鎖骨へと唇を這わせていく。

「あ、あの、待って……!」
「待たない――」

 紅くなって抵抗するも、身体に力が入らない。
 グリフィスが胸の谷間に顔をうずめてくちづけながら、両方の尖りに指先で悪戯をするのだ。それらの刺激がクリスの身体に甘く響いてどうしても力が抜けてしまう。

「あっ…んっ…んん…やぁん……だ、だって、朝よ? もう辺りは明るいのよ……!」
「構わない。君の身体がよく見えるし」
「いやぁ……!」

 真っ赤になってうつ伏せになり、逃げようとするクリスの身体を引き戻したところで、彼女の様子がおかしい事に気がついた。

「クリス、どうした……?」

 クリスはお腹を抱えている。

「また腹が痛むのか?」

 コクンと苦しそうに頷いたので、グリフィスはガウンを羽織り宮廷侍医を呼ぶために、急いで廊下へと出た。



「月のものですな」
「……月のものということは」
「はい、生理です」

 寝室から出てきた宮廷侍医が、そう告げる。

「良かったな! これで完全に女性化したじゃないか!」

 呆然としているグリフィスはデイヴィッドにバンバンと背中を叩かれている。
 部屋にはお馴染みの面々とクリスの妹達も集まり、今まで心配をしていただけに、妊娠を告げられたような明るい騒ぎになった。

「そうか……完全に女性化したのか……」

 ほっとして、ソファに座り込んだところで`ん? という事は……‘と医師に視線を向けると、察しのよい医師がすぐに答えてくれた。

「はい、人によりますが大体10日ほど開ければ大丈夫でしょう」

 固まっているグリフィスの肩にデイヴィッドはそっと手を置いた。

「仕事しようぜ……」

 かくして否応もなく仕事に引き戻されたグリフィスは、鬼のように数ある仕事をこなすのであった。



お読み頂きありがとうございます。今回はムーンとの違いはありません。
これから、投稿できる時間に上げるので、時間が定まらなくなります。投稿も不定期になります。凄く空いたりはいたしません(初めて書くR部分に手こずっています)

 申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。m(__)m
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