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第二章

26話 『大丈夫だよ』って……

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「うぐーーーっ!!」

 合わさった唇を振りほどき、渾身の力でその腕から抜け出した。

「女性にしては力があるとは思っていたが……」
「何のこと!?」

 アレクサンダーは首を振る。

「いいや、何でもない」
 
 また手を伸ばしてきたので逃げようとしたが、易々と捕まってしまい、彼の左手で両手を背中に拘束されてしまった。
 その後は何をされるかと身構えたが、クリスの身体をただ上から眺めている。

「何をじろじろと見ているの……?」
「気付いていないのか?」 

 何のこと? と怪訝な顔をするクリスにアレクサンダーは視線で下を指し示した。その視線を追って、自分の身体を見下ろすと、ネグリジェが光の下では見事に透けて見えることが分かる。
 途端にクリスの顔が真っ赤になり、離れようと暴れだしたが両手の拘束を強くして、耳元に鼻先を擦り付けてきた。

「とても刺激的な眺めだ……」
 なだらかに盛り上がった胸の先には紅く色づく木の実が実り、口に含んで味わいたくなる。

 胸に伏せてきたアレクサンダーの顔を狙い、クリスは右足で思い切り蹴り上げようとした。ひょいと避けられて下からすくうように掴まれる。
 クリスは下着をつけていない。腿までネグリジェが捲り上がり、慌てて左足でもトライした。
 結局両足を掬われて、横抱きで運ばれるとベッドに下ろされ、上からし掛かられた。

「放して!! レイプする気なの!?」
「レイプ? まさか……最終的に君が欲しがって、縋りついてきたらレイプではなくなる」
「あり得ないわ、そんなこと!」
「それはどうかな」
 
 アレクサンダーは一瞬口角を上げたが、すぐに考え深い表情になった。

「ああ、確かに処女だから・・・でも朝まではたっぷり時間がある」

 高い襟のボタンから順に彼は外していき、やがて現れたキスマークに溜息をつく。なるべく目に入らないように、襟の高いネグリジェを用意させたのだが、結局は脱がしてしまうので同じ事だ。

「やはりまだ消えないんだな」
「これは誰がつけたの?」
「俺だ」
「嘘!」
「嘘じゃない」
                        
 アレクサンダーはいきなりクリスの首筋に顔を埋め、情熱的に貪り始める。いつの間にかボタンは外され、前をはだけられていた。

「いや……!」

 抗う為に出した手を頭の上で束ねられ、片手でシーツに縫いとめられる。

 唇はゆっくりと肌を這い、鎖骨を辿り胸の谷間へと下りていく。そこで止まると固唾を呑んで見ているクリスと視線を合わせた。

「お願いやめて……」

 彼は視線を合わせたまま、左の胸のカーブに沿って唇を這わせていき、頂点で震えるそれを口に含んだ。舌先を絡みつかせて口の中でじっくりと味わう。

「いやっ――! あ…んっ、んん……」

 右の木の実も指先で摘まれ転がすように愛撫され、余りの刺激にクリスが背を仰け反らせた。

「お願い! 止めて……!」

 感じながら涙声を上げてしまうクリスにアレクサンダーは刺激される。乳首を咥内で弄んだまま、ネグリジェの裾から手を差し込んだ。吸い付くような素肌に酔いしれ、膝から腿そして秘所へと右手を這わせていく。

 すると、いきなり声がぱたりとやんだ。
 不思議に思い顔を上げると、ぎゅっと唇を引き結び真っ赤な顔をして黙り込んでいる。最初は訳が分からなかったが、ギシギシと噛み締めているその様子に驚きの声を上げた。

「まさか――おいっ!!」

 急いで強引におとがいを掴んで口をけさせようとした。しかし凄い力で噛み締めているので、容易にはひらかない。鼻を摘んでもう一度力を入れると、息と力が続かなくなり、ぷはっとクリスは口を開けた。

「いまどき舌を噛むなんて……」

 アレクサンダーが口を開けさせて中を覗きこむ。

「血が出てる……薬を持ってくるから待っていろ」
「いらない――」
「もう無理に抱こうとしないから、扉に鍵を掛けるんじゃないぞ」

 帰って来たアレクサンダーに大人しく薬を塗ってもらうと、言われるがままに横になる。彼はそのまま明かりを消すと、約束通り部屋から出て行ってくれた。
 横向きで身体を丸めて横たわっていると、涙が頬を伝わって落ち、まるで水溜りのようにシーツを濡らしていく。抱き締めてほしいのに傍にいない人……記憶の底に沈んで思い出せない人。

 涙は後から後から溢れ出てきて、とどまることを知らないでいた。
 
 

 翌日ジェラルドを昼寝で寝かしつけると、クリスは直ぐに部屋を抜け出す。一刻も早くヘルマンに会いたい。正しくはヘルマンに似た誰かかもしれないが、今はそれでも構わなかった。彼に会えばきっとこの気持ちを落ち着かせてくれる。待ち合わせ場所へと急ぐあまり、いつもの注意を怠った。

 裏庭の木立を抜けると、ヘルマンが背中を向けて立っていた。その姿は実はグリフィスにそっくりで、思い出せないその人に会えた錯角に陥る。
 ヘルマンが気付いて振り返り、優しいほっとするような笑顔を浮かべた。

「クリス様」

 クリスは両手を広げて、ヘルマンの腕の中に飛び込む。

「ク、クリス様……!?」
「抱き締めて……! 今だけでいいから――」

 涙声のクリスに何かがあった事を察したヘルマンは黙ってクリスを抱き締めた。

「お願い。『大丈夫だよ』って言って……」
「――大丈夫だよ」

 クリスはヘルマンの胸に顔を埋める。

「『愛している』って言ってほしいの」
「クリス……愛している。この世の誰よりも、君だけを――」

 ヘルマンはその言葉に自分の思いの丈を込めて、頭を撫でながらクリスへと伝えた。華奢な身体はぴくりと動き、やがてはむせび泣きによって震え始める。

「クリス様……」

 彼女が落ち着いた頃に頬を両手で包んで上向かせ、骨ばった親指で涙を拭った。
 大人しくされるがままで、自分を頼りきっているその姿に庇護欲と愛しさが込み上げてくる。ヘルマンはそのまま顔を傾け、彼女にくちづけようとした。クリスが驚きで目を見開く。

「放して……!」

 ヘルマンの腕の中から、強引に身を振りほどいて距離を取ろうとすると、いきなり引き戻されてきつく抱き締められた。

「ヘルマン、どうしたの? ねえ、放して……」 

 抱き締められた腕の中で、胸に顔を伏せたまま話しかける。

「クリス様、愛しています……! どうか私と一緒に逃げて下さい。辛い思いをしてまでここにいる必要はありません」
「何を言っているの? 貴方には奥様がいるんでしょう?」
「おりません。それは陛下に睨まれるのを避ける為に、貴方を寄せ付けないよう先輩がついた嘘です!」
「え……?」

 クリスは突然言われて訳が分からなかったが、取り敢えずはヘルマンを落ち着かせようとした。

「ヘルマン、落ち着いて。相手は国王なのよ、逃げてもすぐに追っ手に捕まってしまうわ」
「逃がしてくれる当てがあります! それにこれがあれば……」

 ヘルマンは腰につけた革製の小物入れから、クリスに貰った紫水晶のネックレスを取り出した。

「これを売り払えば、大金が手に入ります。私も働きますし、今と同じ生活は無理でも不自由はさせません」
「それはどうかな……?」

 二人が驚いて振り向くと、身体から怒りを滲ませたアレクサンダーが立っていた。 
 
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