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第二章
23話 奥さんに怒られる?
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「ヘルマン、お前ベルナルドはどうした? それに走ってきたりして、勘の鋭い陛下に気付かれたらどうするよ?」
「ベルナルド先輩はそのまま俺と警備の仕事を替わってくれました。走ったのは階段に入ってからです」
ヘルマンは立ち上がりながら先輩の問いに答えると、今度はクリスに伺いを立てた。
「どういったご用件でしょうか?」
「それは……ここでは話せないから、2人きりになれて人目に付かない場所はないかしら?」
クリスがもう一人の騎士に向かって、視線を泳がせたのを感じ取り、ヘルマンが直ぐに応じる。
「どうぞこちらへ、ご案内いたします」
もう一人の騎士も一緒に外に出たが、ヘルマンに釘を刺された。
「エットーレ先輩。クリス様は他の人間に話を聞かれたくはないんです」
(いや、お前の身が心配なんだって――)
エットーレは一旦は退いたように見せかけて、距離を置いて気付かれないよう2人の後をついて行く。
ヘルマンは執務室からは目が届かない裏庭へとクリスを導いた。
その場所は木々に囲まれているために外からは見えず、しかし中は陽光が降り注ぎ、穏やかでなんとも心が落ち着く場所である。
「素敵なところね――」
「ありがとうございます」
「声も似ているんだわ……顔立ちや骨格が似ると、同じになるのかしら……?」
「クリス様、一体誰の事を仰っているのですか?」
クリスは目を伏せると、背を向けた。
「これから話すことは誰にも言わないでほしいのだけど……」
「神に誓って誰にも言いません!!」
瞬時に返ってきた返事に、彼女が思わず顔を上げて微笑む。
「ありがとう。貴方は優しいのね」
その微笑みと言葉にヘルマンが顔を赤くすると、クリスが話し始めた。
「実は……私は記憶を失っているの」
「え……?」
「逃げる途中で強く頭を打って、それの後遺症だと医師から説明を受けたわ。アレクサンダーに教えてもらった話だと、意に沿わない婚約者がいたらしく、彼と一緒になるために駆け落ちをしたのですって。でも全然覚えていなくて、彼と過ごせば過ごすほど違和感を覚えるの。私は本当にこの人を愛していたのかって……」
そこで一旦話を切ると、クリスはヘルマンを見上げた。
「貴方を見た時にあの人だと思った。私が心の奥底でずっと探している人……人違いだったけど、もう少しで思い出せそうなの」
クリスはヘルマンに近付いて、真剣な眼差しで彼を見つめる。
「お願い――時々でいいから、また会ってもらえないかしら……?」
「ま、毎日でも会えます!! またここで、同じ時間にいかがでしょうか!?」
「本当に? 嬉しいわ。ありがとう!」
嬉しさの余りに彼の両手を握ると、ヘルマンが真っ赤になった。
「純情なのね、ごめんなさい。こんな事をしたら、貴方の奥様に怒られてしまうわね」
「え? 奥さ……」
「もちろん、お礼もさせてもらうわ! 今は自由になるお金がないから、宝石でもいいかしら?」
「いいえ、そんな物は必要ありません」
クリスがヘルマンの頬に手を当てた。
「本当に優しいのね。ありがとう――」
今にも頭の血管が切れて倒れそうなヘルマンに微笑むと『もう行かなきゃ』と言い残して去っていった。
ガサガサと茂みの中からエットーレが顔を出す。
「ヘルマン、お前あんな約束をして大丈夫か?」
しかしヘルマンの返事はない。
「ヘルマン……ヘルマン? ヘルマン!!」
エットーレに身体を揺さぶられ、やっと正気を取り戻した。
「エットーレ先輩――」
「器用な奴だな。立ったまま気を失ってたのか? それよりあんな約束をしてどうすんだよ、陛下に見つかったら殺されちまうぞ!」
「駄目じゃないですか、立ち聞きをしたら」
「そうそう、立ち聞きをしたら駄目……じゃなくて! お前の事が心配だったんだよ!」
「大丈夫です。俺はあの人のためなら……死んでも悔いはないです」
「そんな、どっかで聞いたようなセリフ――大体死んだらおしまいなんだぞ。それにクリス様はお前じゃなくて、お前を通して誰かを見ているんだろう? 思い出したらそこで終わりじゃないか」
「いいんです。あの方のお役に立てるなら」
「おい、いくら何でもそれは――」
「それに、断ったら、もう会うことができなくなる……」
少し辛そうに声に出すヘルマンに、エットーレが黙り込む。
「そうか、分かった。それならこれ以上は何も言わん。俺達もなるべく協力してやるよ」
「エットーレ先輩……! ありがとうございます。ところでクリス様に変な事を言われたんですけど」
「何だ?」
「俺が奥さんに怒られるって――彼女もいないのに、どういうことでしょう?」
「ありがとう、感謝するよ! 二日で着くとは本当に君達は腕がいい」
「散々脅しやがった癖に!! おめーはじーさんより性質が悪い!!」
「それは褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてねーよ!!」
「これが航行の権利証書と、港の利用料免除の証書だ。通達を出したから、すぐに顔パスになってこれらの書類は必要なくなるだろう」
「おお、ありがとよ」
「こちらが金貨2袋だ。ところで……もう出航するのか?」
「また捕まらないように他の港を目指すんだ」
「ほう、凄いな。疲れていないのか?」
「嫌味だよ! また捕まって、これ以上お前らに付き合わされたら堪らないからな!!」
「これ、グリフィス様に向かって何て口の聞き方を、無礼だぞ!」
「構わないさアーネスト。確かに俺達は彼らに酷い無理を強いた。なのに最良の結果を出してくれたんだ……感謝こそすれ、無礼などとはこれっぽっちも思っていないさ」
心からの感謝の笑みを浮かべたグリフィスに、エンリケがついほだされる。
「まあ――困ったことがあったら……いつでも言ってこい。力になるから‥」
「ありがとう。その言葉を決して忘れないよ」
「………」
強調して伝えた言葉を耳にした後に、あっという間に小さくなっていく帆船に向かってグリフィスが手を振ると、怒鳴り声が返ってきた。
「馬鹿やろーーー!! 二度と引き受けるか!!」
デイヴィッドが呆れ顔で近付いてくる。
「グリフィス。悪ふざけが過ぎるぞ」
「そう言うな。メルセナリオの王に会う前のちょっとしたウォーミングアップさ」
「それで、もう本番には臨めそうか?」
「ああ、準備万端だ。行こう――」
3人は何人かの騎士や兵士を従えて、メルセナリオの城を目指した。
「ベルナルド先輩はそのまま俺と警備の仕事を替わってくれました。走ったのは階段に入ってからです」
ヘルマンは立ち上がりながら先輩の問いに答えると、今度はクリスに伺いを立てた。
「どういったご用件でしょうか?」
「それは……ここでは話せないから、2人きりになれて人目に付かない場所はないかしら?」
クリスがもう一人の騎士に向かって、視線を泳がせたのを感じ取り、ヘルマンが直ぐに応じる。
「どうぞこちらへ、ご案内いたします」
もう一人の騎士も一緒に外に出たが、ヘルマンに釘を刺された。
「エットーレ先輩。クリス様は他の人間に話を聞かれたくはないんです」
(いや、お前の身が心配なんだって――)
エットーレは一旦は退いたように見せかけて、距離を置いて気付かれないよう2人の後をついて行く。
ヘルマンは執務室からは目が届かない裏庭へとクリスを導いた。
その場所は木々に囲まれているために外からは見えず、しかし中は陽光が降り注ぎ、穏やかでなんとも心が落ち着く場所である。
「素敵なところね――」
「ありがとうございます」
「声も似ているんだわ……顔立ちや骨格が似ると、同じになるのかしら……?」
「クリス様、一体誰の事を仰っているのですか?」
クリスは目を伏せると、背を向けた。
「これから話すことは誰にも言わないでほしいのだけど……」
「神に誓って誰にも言いません!!」
瞬時に返ってきた返事に、彼女が思わず顔を上げて微笑む。
「ありがとう。貴方は優しいのね」
その微笑みと言葉にヘルマンが顔を赤くすると、クリスが話し始めた。
「実は……私は記憶を失っているの」
「え……?」
「逃げる途中で強く頭を打って、それの後遺症だと医師から説明を受けたわ。アレクサンダーに教えてもらった話だと、意に沿わない婚約者がいたらしく、彼と一緒になるために駆け落ちをしたのですって。でも全然覚えていなくて、彼と過ごせば過ごすほど違和感を覚えるの。私は本当にこの人を愛していたのかって……」
そこで一旦話を切ると、クリスはヘルマンを見上げた。
「貴方を見た時にあの人だと思った。私が心の奥底でずっと探している人……人違いだったけど、もう少しで思い出せそうなの」
クリスはヘルマンに近付いて、真剣な眼差しで彼を見つめる。
「お願い――時々でいいから、また会ってもらえないかしら……?」
「ま、毎日でも会えます!! またここで、同じ時間にいかがでしょうか!?」
「本当に? 嬉しいわ。ありがとう!」
嬉しさの余りに彼の両手を握ると、ヘルマンが真っ赤になった。
「純情なのね、ごめんなさい。こんな事をしたら、貴方の奥様に怒られてしまうわね」
「え? 奥さ……」
「もちろん、お礼もさせてもらうわ! 今は自由になるお金がないから、宝石でもいいかしら?」
「いいえ、そんな物は必要ありません」
クリスがヘルマンの頬に手を当てた。
「本当に優しいのね。ありがとう――」
今にも頭の血管が切れて倒れそうなヘルマンに微笑むと『もう行かなきゃ』と言い残して去っていった。
ガサガサと茂みの中からエットーレが顔を出す。
「ヘルマン、お前あんな約束をして大丈夫か?」
しかしヘルマンの返事はない。
「ヘルマン……ヘルマン? ヘルマン!!」
エットーレに身体を揺さぶられ、やっと正気を取り戻した。
「エットーレ先輩――」
「器用な奴だな。立ったまま気を失ってたのか? それよりあんな約束をしてどうすんだよ、陛下に見つかったら殺されちまうぞ!」
「駄目じゃないですか、立ち聞きをしたら」
「そうそう、立ち聞きをしたら駄目……じゃなくて! お前の事が心配だったんだよ!」
「大丈夫です。俺はあの人のためなら……死んでも悔いはないです」
「そんな、どっかで聞いたようなセリフ――大体死んだらおしまいなんだぞ。それにクリス様はお前じゃなくて、お前を通して誰かを見ているんだろう? 思い出したらそこで終わりじゃないか」
「いいんです。あの方のお役に立てるなら」
「おい、いくら何でもそれは――」
「それに、断ったら、もう会うことができなくなる……」
少し辛そうに声に出すヘルマンに、エットーレが黙り込む。
「そうか、分かった。それならこれ以上は何も言わん。俺達もなるべく協力してやるよ」
「エットーレ先輩……! ありがとうございます。ところでクリス様に変な事を言われたんですけど」
「何だ?」
「俺が奥さんに怒られるって――彼女もいないのに、どういうことでしょう?」
「ありがとう、感謝するよ! 二日で着くとは本当に君達は腕がいい」
「散々脅しやがった癖に!! おめーはじーさんより性質が悪い!!」
「それは褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてねーよ!!」
「これが航行の権利証書と、港の利用料免除の証書だ。通達を出したから、すぐに顔パスになってこれらの書類は必要なくなるだろう」
「おお、ありがとよ」
「こちらが金貨2袋だ。ところで……もう出航するのか?」
「また捕まらないように他の港を目指すんだ」
「ほう、凄いな。疲れていないのか?」
「嫌味だよ! また捕まって、これ以上お前らに付き合わされたら堪らないからな!!」
「これ、グリフィス様に向かって何て口の聞き方を、無礼だぞ!」
「構わないさアーネスト。確かに俺達は彼らに酷い無理を強いた。なのに最良の結果を出してくれたんだ……感謝こそすれ、無礼などとはこれっぽっちも思っていないさ」
心からの感謝の笑みを浮かべたグリフィスに、エンリケがついほだされる。
「まあ――困ったことがあったら……いつでも言ってこい。力になるから‥」
「ありがとう。その言葉を決して忘れないよ」
「………」
強調して伝えた言葉を耳にした後に、あっという間に小さくなっていく帆船に向かってグリフィスが手を振ると、怒鳴り声が返ってきた。
「馬鹿やろーーー!! 二度と引き受けるか!!」
デイヴィッドが呆れ顔で近付いてくる。
「グリフィス。悪ふざけが過ぎるぞ」
「そう言うな。メルセナリオの王に会う前のちょっとしたウォーミングアップさ」
「それで、もう本番には臨めそうか?」
「ああ、準備万端だ。行こう――」
3人は何人かの騎士や兵士を従えて、メルセナリオの城を目指した。
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