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第二章

20話 秘密兵器

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 クリスは愛想よく微笑んだが、内心穏やかではなかった。この男、アレクサンダーには彼に対して恐れを抱いている事を、知られてはいけない気がする。
 ジェラルドの存在は本当に助かる。可愛い上に癒されて、その上自分を守ってもくれるのだ。
 利用しているようで申し訳ない気持ちにはなるが、暫くはアレクサンダーへの盾となって貰おう。



「じじい~本当に二日で着きやがった~~~」

 グロッキー状態の帆船の持ち主エンリケに、アーネストが間違いを正す。

「いや、正しくは二日半だがな――」
「それだって凄いわ!!」

 そう、アーネストは上手に飴(袋一杯の金貨)と鞭(殺気と短刀を首筋に突きつけ)を使い分け、見事二日半後の明け方に、アクエリオス港に入港をした。

「いや、お前さん方の船を操る腕がなかったら、この偉業は成し得なかった」
「まあ、確かにそれもあるけどよ、じいさんが手綱を取っていたからこそだ。とてもじいさんとは思えないぜ」
「だから俺はまだ男盛りの46歳! 名前はアーネストと言っているだろうが!!」
「ところで、どこに係留すればいいんだ?」
「お前、人の話を聞いとらんな……一番近い所でいい。話をつけるから」
「大丈夫かよ」

 疑い深い目をしたエンリケを尻目に、最初は`もっと端に停めろ ‘ と合図をしていた係留係が、アーネストに目を留めた。

「アーネスト殿!! どうなさったのですか!?」

 アーデル川での輸送業や港の運営は王家が担っているので、アーネストがどういった人物であるのかは知られている。

「火急の事態だ!! 至急グリフィス様にお会いしたい!」
「かしこまりました!! 許可しますので、どうぞそこにお停め下さい!」
「え……ここって、大型船用の係留場所じゃねえの?」
「我々が責任を持って、この場所に順ずる相応しい場所に移動させて頂きます! 今はお急ぎでしょうから、そこへお停め下さい!」
「相応しい場所って……じーさん何者だ……?」

 エンリケに言われて、アーネストがにやりと笑う。
 彼らと船員達は係留作業の後に下船をした。

「アーネスト殿、馬車を用意致しました」
「急ぐから馬に替えてくれ!」
「じじい、凄すぎ――って、疲れてないのかよ……?」

 アーネストは金貨が一杯詰まった袋をエンリケに手渡した。
「お陰で助かったよ。お前たちは今日、これからどうするんだ?」
「疲れたから、ホテルでも取って一休みするよ」
「そうか。また機会があったら頼む」
「いや、もう御免こうむりたい」

 アーネストは、係留係に何事かを知らせると、新たに用意をされた馬に飛び乗って城を目指した。

「じーさんのつらを被った化け物か……」 
 


 城門の警護をしていた兵士達は目を剥いた。一週間前に出発をしたアーネストがもう帰ってきたからだ。係留係が気を利かして先触れを出していたが、その先触れと殆ど同時に到着をした。
 まだ朝も早いせいで、城も動き出していない。

 先触れを任されていた者は城で働いた経験もあった為、勝手知ったる城の中、疲れを見せるアーネストを応接室で待たせると、直ぐにグリフィスの部屋へと走った。
 叩くようにノックをして、起きてきたグリフィスにアーネストが応接室で待っている旨を告げる。
 すると今度はグリフィスに、クリスの従兄で今では自分の右腕であるデイヴィッドを、起こして応接室に連れてくるよう命じられた。彼はまたすぐに走り出す。

 グリフィスは驚くほどに早く、白いシャツに黒いズボンを身に着けた姿で応接室に現れた。髪は寝乱れたままで、急いで駆けつけた様子が伺える。
 立ち上がろうとするアーネストを右手で制して、自分も向い側のソファに荒く腰を下ろす。

「それで、一体何があった――?」
「クリス様が攫われました」

 瞬間、身体を強張らせ、瞳も心痛の色を宿したが`今は自制を保たなければ ‘ と瞼を閉じて深く深呼吸をした。続いてデイヴィッドが紙とペンを持って現れ、グリフィスの隣に腰をかける。

「話を聞こう」

 アーネストが要領良く説明をしていき、要点をデイヴィッドが書き止めていく。時々グリフィスも大事なところでメモを取った。

「クロノスのアレクサンダーか……噂は聞いている。彼は俺と似たタイプだ」
「そうですね。頭の回転が速く、策士であり、大胆不敵さも併せ持ちます。先程も言いました通り、優秀な騎士三人に後を追わせているので、詳しい情報を手にするでしょう」
「アレクサンダーが強引に既成事実を迫らないか心配だ」
「そのお気持ちは分かります。しかしアレクサンダーはクリス様のお心も欲しているようなので、そうそう手出しはしないかと思われます。無理矢理キスをされた時も泣いて嫌がっておりましたし、嫌われるようなことは極力避けるかと……」
「なんだと?」

 グリフィスの不穏な声に、アーネストは自分が口を滑らせた事に気付いた。普段だったらしないであろう失態に、自分が相当疲れている事を自覚する。
 彼がペンを持ったままグググと拳を握り締めた。

「グリフィス、待て!! そのペンは高いんだ、折るなよ!」

 ボキッと鈍い音が響くと共に、怒りを押し殺した声で尋ねる。『ブラーマーのペンがあ――!』と叫んでいるデイヴィッドは無視であった。

「無理矢理キスを……?」
「はい」
 ただでさえ、クリスを奪われて怒り心頭のグリフィスに、油を注いでしまう結果となり後悔をしたが、口から出てしまったものはもう仕様がない。

「……という訳で、最後には殴って逃げ出してきたようです。酒を相手にぶちまけて瓶を投げつけたとも言っていらっしゃいました」

 クリスらしい……と、グリフィスの口角が一瞬上がった。

「ただ、グリフィス様以外の男性に唇を奪われたのは、相当ショックだったようです」
「クリスは直ぐに取り返す――」
「何か手だてはありますか?」
「まだ漠然としているが、すぐに考えを形にするつもりだ」
「分かりました。然らば仮眠を取らせて頂いてもよろしいでしょうか? この3日殆ど寝ていないのです」
「ああ、前と同じ部屋を使ってくれ。それにしても、こんなに早くよく戻ってこれたな」
「それについては秘密兵器が……」
「秘密兵器?」

 アーネストから話を聞いて、早速グリフィスは指示を出した。 

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