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第二章

13話 ジェラルドの痛み

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 アーネストが特等室の扉を音高くノックすると、エリーゼが顔を出した。
「アレクサンダー様と話しがしたい」
「かしこまりました。どうぞお入りください」

 愛想のよい笑みを浮かべたエリーゼに、居間へと案内をされる。
「どうぞそちらへお座りください」
「いいえ、立ったままで結構です」

 言っているに奥の部屋からアレクサンダーと、宰相のダリウスが現れた。

「こんばんは。確か、お名前はアーネスト殿でしたね。ご用向きは先程私がクリス王女の唇を奪った件についてでしょうか?」

「とぼけない潔さは認めましょう! しかしながらクリス様はヘルマプロディトスの姫君なのです! 婚約者もいる身の彼女になんて事をしでかしてくれたのですか!? ショックを受けて今も涙に暮れていらっしゃいます! 例え貴方がクロノスの国王陛下だとしても、これは許されるものではありません!!」

「その通りです。大変申し訳ない事をしました。もし、クリス王女が許してくれるのなら、直ぐにでも謝りに赴きたいのですが……それが無理でも、もう二度とあのような真似はいたしません。どうぞ私のこの気持ちをお伝えください」

 アレクサンダーが真摯な態度で頭を下げるので、アーネストが怪訝な顔をした。

(いくらなんでも素直すぎる……)
 しかし、それを表情に出さずに対応をする。

「分かりました。きちんと申し伝えます。しかし、金輪際クリス様には近付かないで頂きたい」
「その約束はできかねます」
「なに!?」

 アーネストが表情を険しくさせ食ってかかろうとすると、ダリウスが間に入った。

「先程から我が主に向かっていくらなんでも無礼ではないですか!? アレクサンダー様はクロノスの国王陛下なのですぞ!」
「構わない。ダリウス、控えていろ」
「はっ、かしこまりました」

「お忘れですか? ジェラルドはクリス王女を心の底から慕っている。息子までを締め出すおつもりか? 私は極力控えていますが、やはり接触する場面は出てくるかと」
「分かりました。しかし、クリス王女には私が始終張りついている事をお忘れなく。それから貴方様には必要最低限の接触でお願いしたい」
「承知しました」

 一応こちらの言い分は通ったが、吹っ切れないような、何か胸の中にもやもやしたものが残る話し合いであった。

 アーネストが部屋に帰ってきて、ハンナが駆け寄りクリスが顔を上げる。

「クリス様、アレクサンダーには近付かないで下さい。表面上は真摯な態度を装い謝っておりましたが、彼からは何か不穏なものを感じます」
「大丈夫。頼まれても近付かないから」
「そうですな。あのスケベ大王には近付かないことです」
「スケベ大王だなんて……」

 クリスがぷっと吹き出した。

「笑う余裕がお出になりましたか?」
「ええ、私の分もアーネストが怒ってくれたお陰で……ありがとう」

 クリスが微笑んで、アーネストもハンナもほっとした表情を浮かべる。

 そう、クロノスまであと二日。それまで接触しなければいいのだわ――

 クリスはこの時、接触しないでいる事が簡単だと高をくくっていた。
 翌朝、朝食を済ませてから船首側の甲板に出ると、ジェラルドがクリスに気が付いて手を振ってきた。

「気付かない振りを――」

 アーネストに囁かれ、胸の痛みを抑えつつ気付かない振りをして、もと来た通路を引き返した。後ろをジェラルドが追ってくる。

「ジェラルド様、お待ちになって下さい」

 エリーゼが声を掛けるが、ジェラルドは諦めずに追ってくる。クリスは足を速めて、一等室に滑り込んだ。通路からジェラルドの声がする。 

「クリス、なぜ逃げるの!? なぜ、会ってくれないの!?」

 クリスは苦しくて、耳を塞いだ。エリーゼが追いついてジェラルドの肩を掴んだ。

「ジェラルド様、さあ、参りましょう。きっとクリス様は身体の具合が悪いのですよ」

「ク、クリスも――、お母様みたいに僕に会ってくれなくなるの? 僕の事が嫌いになるの……!?」

 それを聞いて、クリスはもう我慢ができなかった。アーネストが押し止めようとするのを振り切って部屋を飛び出し、ジェラルドに向かって両手を広げた。

「クリスーーー!!」

 ジェラルドが泣きながら腕の中に飛び込んできた。

「ごめんなさい! ごめんなさいね……!」

 クリス自身も涙ぐみながら、ジェラルドを抱きしめる。

「クリス様……」

 クリスはジェラルドを抱き締めたまま、近付いてきたエリーぜに視線を向けた。

「私の部屋で話したいのだけどいいかしら? それから貴方にも詳しい経緯を聞きたいのだけど」
「かしこまりました」

 クリスはジェラルドを抱っこしたままソファに座り、エリーゼにも座るように勧めた。

「ジェラルド、お母様はあなたの事をとても愛していたのよ。何故、嫌いだなんて思ったの?」

 顔を覗き込みながら、視線を合わせて優しく話しかける。

「だって、僕が傍に行こうとすると『だめ』って、言うの。ずっと優しかったのに、全然会えなくなって……」
「それは、大事なあなたに病気がうつらないように、遠ざけていたのよ。それを誰か教えてくれなかったの?」
「うん……僕……お母様が死んだ時はよく分からなかったんだ。寝ているだけで、すぐに起きて帰ってくると思っていた……それにお母様は?って聞くと、みんな怖い顔をして黙っちゃって……」
「私から説明をさせて下さい」
 エリーゼも目尻に涙を滲ませている。

「王妃様がお倒れになった時、ジェラルド様はまだ一歳を過ぎたばかりで、病気の為に遠ざけられている事を理解する事ができませんでした。そしてその後にお亡くなりになったことも」
「でも、言葉が分かるようになってからは? 誰も説明をしなかったの?」
「お亡くなりになった後に、アレクサンダー様がそれはお悲しみになって、一年ほどでしたでしょうか……王妃様の名前はおろか、それに関係する事柄を口に出すことを一切禁じられたのです。大変愛していらっしゃいましたから、思い出すのがお辛かったのでしょう。ですから多分ジェラルド様から王妃様の事を聞かれても、皆、顔を固くしていたのだと思います。それをきっと怖い顔と」
「それについては分かったわ。でも、その後は? なぜ彼はまだ誤解をしているの? 言葉がきちんと理解できるようになってからも、説明をしなかったの?」
「はい。その時には、ジェラルド様から王妃様の事について聞かれる事がなくなっていましたから、誰も、この私でさえ、そんな風に考えているなんて思ってもいませんでした」

 エリーゼの顔が後悔でいっぱいになった。

「可哀想に……」

 クリスはジェラルドの頭を撫でた。

「ジェラルド、あなたはお母様にそれは愛されていたのよ。さっきも言った通り、遠ざけたのは病気をうつさない為だし、最後まであなたのことを心配していたって」
「ほんとに……?」
「ええ、本当よ。信じられないなら、お父様に聞いてごらんなさい。こんなに可愛い子を愛さない母親なんていないわ」

 ジェラルドはクリスのドレスをギュッと掴み、ぴったりとくっついてきた。

「クリス、大好き……」
「私もジェラルドが大好きよ」

 その光景を目にして、エリーゼとハンナが泣いている。アーネストも`やはり関わってしまったか ‘ と思いながらも泣いていた。


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