上 下
33 / 94
第二章

8話 飛び込んで、助けられて(改)

しおりを挟む
 急いで船べりから川を見下ろすと、子供が溺れかけている。この時代に泳げる者はそうそういない。クリスも達者には泳げないが、子供はもう見えなくなりそうな上に、船もその位置から離れつつある。

「船を止めろ!」
「誰か泳げる者は!?」
 
 船員が来るまで待ってはいられない――!!

 クリスは意を決して、上着を脱ぎ捨てると飛び込んだ。子供のところまで泳ぎつき、必死にその体を掴む。それまで殆ど意識を失っていた子供が、ハッとして急にしがみ付いてきた。
「だめ、しがみ付いたら、泳げなくなるから!」

 溺れかけている子供には何を言っても無駄だ。益々しがみ付かれ、ただでさえ泳ぎが達者でないクリスは沈みそうになる。それでも必死に立ち泳ぎをし、子供の顔を水面上に出すようにしていたが、やがて力尽きて共に沈んでいった・・・

 グリフィス――

 脳裏にグリフィスの顔が浮かぶ。
 途端に力強い腕が身体に巻きつき、ぐんぐんと浮上し始めた。クリスは意識を失いそうな中、子供と離れてしまわないようにしっかりと抱きしめる。水面に出た時に、心からほっとして気を失った。
「君か――!」
 という言葉を聞きながら。

 目覚めたのは、一等船室の自分のベッドの上であった。

「あ……れ……?」
「クリス様ーーー!!」

 ハンナとアーネストのアップが迫る。

「――お願い、嬉しいけどちょっと離れて……という事は、私は助かったのね……?」
「そうでございますよ!! でも、本当に危ないところだったんですよ! そんなに泳げないのに、無理をなさるから~~~!!」

 ハンナの涙が止まらない。

「子供は――!?」

 慌ててベッドの上に起き上がると、アーネストが直ぐに答えてくれた。

「助かりました。あの後に子供の父親がすぐに飛び込んだのです。姿が見えなくなったクリス様とお子様を腕にして、川の中から見事に浮かび上がってきた時には、もう船上は歓声の嵐でした! 船員もその時には何人か飛び込んでおり、身体を甲板に引き上げる作業は比較的楽にできました」

「その後は……? 記憶にない……あ……」

 助かった後に、グリフィスに会ったような気がして、首を傾げた。やけに鮮明な記憶である。

「はい、お子様は引き上げている途中で自然と水を吐き出しまして、船上に引き上げた時にはもう意識を取り戻しておりました。クリス様は、甲板で父親が水を吐き出させた後に、少しだけ意識を取り戻して、呼吸も安定していたので、大丈夫だろうと……そういえば子供の父親に向かって『グリフィス』と呼びかけておりましたぞ」

「私、間違えたのね」
 クリスが頬を赤らめた。
「ようございましたな! もし人工呼吸をあの父親がしていたら、グリフィス様が出てきて殺生沙汰になるところでした」

 ガハガハ笑っているアーネストにハンナが釘を刺す。

「何言ってんの! 人口呼吸が必要になったら、アーネスト、貴方にやらせていたわよ!」

 途端にアーネストが顔色を変えた。
「本当に……! 人工呼吸をせずに済ん――いえ、助かって、本当にようございました……!」
 
 ハンナがクリスの様子をみながら、気遣わしげに伺いを立てる。

「クリス様、船長が`目覚めたらすぐにお会いしたい ‘ と仰っていて、お呼びしても大丈夫でしょうか?」
「ええ、いいわよ」

 ハンナが居間にいる従者に伝え、呼びに出たと思ったら`あなた、扉の外で待機していましたね!? ‘ という速さで船長が現れた。

「クリス様! この度は大変申し訳ございませんでした!! 船員を甲板の要所要所に配置していなかった私の落ち度です! こうなったらこの皺腹しわばらさばいてお詫びを!!」

 クリスが笑顔で答える。

「アーネスト、止めてちょうだい」
「かしこまりました――。船長、貴方が死んでも何もなりません! 現にみんな無事ではないですか!」

 アーネストに羽交い絞めにされ、船長が膝から崩れ落ちた。

「クリス様。船長は駆けつけてすぐ、川に飛び込もうとして、周りの者達に(二次災害になるからと)止められたのです。子供のことも心から心配しておいででした」
「そう……貴方は本当に良い船長なのね。それではお願い。もうお分かりだとは思うけど、船員の配置を考えて下さい。それでこの件はおしまい」
「クリス様……」

 まるで、女神を見るような目つきでクリスを見つめ、差し出した手の甲に恭しくくちづけた。何回も振り返りながら、退出していく。

「クリス様、あの子供の父親が、是非お礼を言いたいといらっしゃっていますが」

 ハンナが頬を染めて居間から入ってきた。

「どうぞ、入って頂いて……ハンナ、一体どうしたの?」 

 ハンナが小声で囁く。
「それが、とても素敵な方……いい男なのですよ……!」

 飛び跳ねるようにハンナが居間へと向かい、入れ替わりにあの大柄な男性が入ってきた。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

結婚式の前夜、花嫁に逃げられた公爵様の仮妻も楽じゃない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:57,872pt お気に入り:2,912

転生先が幻の島で人間が俺しかいないんだが何か問題ある?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

浮気症の婚約者様、あなたと結婚はできません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,285pt お気に入り:2,132

令嬢は大公に溺愛され過ぎている。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,634pt お気に入り:16,142

【R18】あなたの心を蝕ませて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:3,901

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:135,298pt お気に入り:6,931

こわれたこころ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,081pt お気に入り:4,913

処理中です...