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第二章
7話 可愛い男の子(改)
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「クリス様、ドレスはどれになさいますか?」
「襟が高くて、首がすっぽり隠れるやつ」
「……残念ながら、そういったドレスはございません。レースのストールで首から胸元までを隠しましょう」
「男性用の服だったら隠れるやつがあるけど……」
「船長のご招待に、男装はまずいですよ。さあ、もう機嫌を直して、グリフィス様も悪気があってしたわけでは……」
クリスがちろっと横目で見る。
「え、と……悪気ではなく、企み……?」
却ってグリフィスの立場が悪くなると考え、ハンナは咳払いで誤魔化した。
「と、とにかく心配なんですよ。一ヶ月も離れるから。いいではありませんか! 愛されている証拠です」
その時ノックもなしに、扉が開いた。
「お父様!!」
満面の笑みのその男の子は、すぐに間違いに気付き、不安そうに顔色を変えた。クリスが近寄って両手を伸ばすと、大人しく抱き上げられる。
茶色の瞳と同色の髪の毛が、フワフワと少しカールしていてとても可愛らしい。歳は4,5歳といったところだろうか?
「こんばんは。お部屋を間違えたのね?」
「うん……僕……ごめんなさい」
「いいのよ謝らなくても。でも、きちんと謝ることができるのね? 凄いわ、偉いのね。」
男の子が嬉しそうに顔をほころばせると、じっとクリスを見つめた。
「お姉さんとても綺麗……」
クリスも顔をほころばせる。
「ありがとう、嬉しいわ」
男の子がほっぺをぐっと突き出した。
「チュッとしてもいいよ」
今まで黙っていたアーネストが思わず吹き出した。
「これはこれは……グリフィス様に強敵が現れましたな」
クリスがチュッとキスをすると、照れながらも嬉しそうに腕の中で跳ねている。
「まあ、可愛い! お名前は……?」
「ぼく、ジェラルド」
「私はクリス。よろしくね」
その時、ドアの外でジェラルドを呼ぶ声が聞こえた。
「お父様だ!」
クリスが床に下ろすと、あっという間にすっ飛んで行ってしまった。扉を開けて閉めるときに、大柄な体格の男性と一瞬、目が合った。
「特等室の人かしら?」
「そうですな。このフロアはここ一等室と、特等室しかありませんから」
(そういえばグリフィスが特等室を押さえたかったのにできなかった、と言っていたっけ……)
「お父様!」
「ジェラルド! 心配したぞ。乳母のエリーゼが`船内探検の途中で見失った ‘ と騒ぐから、総出でお前のことを探していたんだ」
父親はジェラルドを抱き上げると、片腕に乗せる。
「ごめんなさい……」
ジェラルドはしょぼんとした後に、すぐに笑顔になった。
「僕ね! 凄い綺麗な女性に会ったの」
「立ち直りが早いな。亡くなったお母さんよりもか――?」
指先で鼻を突いて笑顔で尋ねる父親に、ジェラルドは口ごもった。
「う……ん……同じくらい綺麗……」
「お前がそう言うなんて珍しいな。いつも絶対にお母さんなのに……扉の向こうでこちらを見ていた美人のことか?」
「見た!? 綺麗でしょう? それに優しいんだよ!」
「ああ……」
一瞬目にしただけではあるが、確かに印象的な瞳をしていた。
「今日はアクエリオス観光で疲れただろう? 夕食は部屋に運んでもらうから」
「うん! それがいい」
クリスはシンプルで落ち着いたエメラルドグリーンのドレスに、首から胸元はストールで覆い隠し、髪の毛も美しく結い上げ、船長との夕食に望んだ。
舞台では有名な弦楽四重奏団が音楽を奏で、最高の料理に舌鼓を打つ。
「以前は食事時の演奏はなかったように記憶しているのだけど」
「はい、ございませんでした。ただ導入する予定は前からありまして、今回クリス様が乗船なさるので、その予定が早まったのです」
船長がにこやかに答える。
「何か不都合や、ご希望がありましたら、何なりとお申し付け下さい。グリフィス様にくれぐれも粗相がないようにと言いつかっております。もし、何かありましたら私の首が飛んでしまいますので」
「ご冗談を……」と返して二人で笑ったが、船長の目は冗談を言っているようには見えなかった。この定期航路の権利と、船もアクエリオス所有のものだ。オーナーの一人で王家の一員でもあるグリフィスには逆らえないのだろう。
(グリフィスったら……)
自分を大事に扱ってくれるのは嬉しいが、他のお客と同じ扱いでいいのに。考えを巡らしている内にある事を思いついた。
「それならば、私マストに登ってみたいです」
「マストに……確かに眺めはいいですが、ドレスでは……」
「大丈夫。ご存知かと思いますが、私、男性の服も持っていますから」
「そういうことであれば、一人補佐を付ければ大丈夫でしょう。早速明日にでもいかがですか?」
「それでお願いします。ありがとう――」
微笑みを返し夜は更けていく。
翌日は風も強くなく、そよぐ程度で快晴の中、クリスは男性の服を身に着け甲板に出た。
「胸にわざわざさらしを巻いてまで、マストになんか登らなくてもいいではありませんか。大事な身体なのに」
「だってハンナ、巻かないともう、服が入らないんですもの。それに前はもっと乱暴な事をしても怒らなかったのに」
「前は男性に変化すると思っておりましたから、傷も勲章のうちかと……しかし今は嫁ぎ先も決まっているのですよ」
「大丈夫! 補佐を付けてくれるし、運動神経はいいほうだもの」
「そうではございますが……」
「それにしても、何だか騒がしいわね」
クリスが人垣ができている場所に近付くと『子供が落ちた!』と耳に入って来た。
「襟が高くて、首がすっぽり隠れるやつ」
「……残念ながら、そういったドレスはございません。レースのストールで首から胸元までを隠しましょう」
「男性用の服だったら隠れるやつがあるけど……」
「船長のご招待に、男装はまずいですよ。さあ、もう機嫌を直して、グリフィス様も悪気があってしたわけでは……」
クリスがちろっと横目で見る。
「え、と……悪気ではなく、企み……?」
却ってグリフィスの立場が悪くなると考え、ハンナは咳払いで誤魔化した。
「と、とにかく心配なんですよ。一ヶ月も離れるから。いいではありませんか! 愛されている証拠です」
その時ノックもなしに、扉が開いた。
「お父様!!」
満面の笑みのその男の子は、すぐに間違いに気付き、不安そうに顔色を変えた。クリスが近寄って両手を伸ばすと、大人しく抱き上げられる。
茶色の瞳と同色の髪の毛が、フワフワと少しカールしていてとても可愛らしい。歳は4,5歳といったところだろうか?
「こんばんは。お部屋を間違えたのね?」
「うん……僕……ごめんなさい」
「いいのよ謝らなくても。でも、きちんと謝ることができるのね? 凄いわ、偉いのね。」
男の子が嬉しそうに顔をほころばせると、じっとクリスを見つめた。
「お姉さんとても綺麗……」
クリスも顔をほころばせる。
「ありがとう、嬉しいわ」
男の子がほっぺをぐっと突き出した。
「チュッとしてもいいよ」
今まで黙っていたアーネストが思わず吹き出した。
「これはこれは……グリフィス様に強敵が現れましたな」
クリスがチュッとキスをすると、照れながらも嬉しそうに腕の中で跳ねている。
「まあ、可愛い! お名前は……?」
「ぼく、ジェラルド」
「私はクリス。よろしくね」
その時、ドアの外でジェラルドを呼ぶ声が聞こえた。
「お父様だ!」
クリスが床に下ろすと、あっという間にすっ飛んで行ってしまった。扉を開けて閉めるときに、大柄な体格の男性と一瞬、目が合った。
「特等室の人かしら?」
「そうですな。このフロアはここ一等室と、特等室しかありませんから」
(そういえばグリフィスが特等室を押さえたかったのにできなかった、と言っていたっけ……)
「お父様!」
「ジェラルド! 心配したぞ。乳母のエリーゼが`船内探検の途中で見失った ‘ と騒ぐから、総出でお前のことを探していたんだ」
父親はジェラルドを抱き上げると、片腕に乗せる。
「ごめんなさい……」
ジェラルドはしょぼんとした後に、すぐに笑顔になった。
「僕ね! 凄い綺麗な女性に会ったの」
「立ち直りが早いな。亡くなったお母さんよりもか――?」
指先で鼻を突いて笑顔で尋ねる父親に、ジェラルドは口ごもった。
「う……ん……同じくらい綺麗……」
「お前がそう言うなんて珍しいな。いつも絶対にお母さんなのに……扉の向こうでこちらを見ていた美人のことか?」
「見た!? 綺麗でしょう? それに優しいんだよ!」
「ああ……」
一瞬目にしただけではあるが、確かに印象的な瞳をしていた。
「今日はアクエリオス観光で疲れただろう? 夕食は部屋に運んでもらうから」
「うん! それがいい」
クリスはシンプルで落ち着いたエメラルドグリーンのドレスに、首から胸元はストールで覆い隠し、髪の毛も美しく結い上げ、船長との夕食に望んだ。
舞台では有名な弦楽四重奏団が音楽を奏で、最高の料理に舌鼓を打つ。
「以前は食事時の演奏はなかったように記憶しているのだけど」
「はい、ございませんでした。ただ導入する予定は前からありまして、今回クリス様が乗船なさるので、その予定が早まったのです」
船長がにこやかに答える。
「何か不都合や、ご希望がありましたら、何なりとお申し付け下さい。グリフィス様にくれぐれも粗相がないようにと言いつかっております。もし、何かありましたら私の首が飛んでしまいますので」
「ご冗談を……」と返して二人で笑ったが、船長の目は冗談を言っているようには見えなかった。この定期航路の権利と、船もアクエリオス所有のものだ。オーナーの一人で王家の一員でもあるグリフィスには逆らえないのだろう。
(グリフィスったら……)
自分を大事に扱ってくれるのは嬉しいが、他のお客と同じ扱いでいいのに。考えを巡らしている内にある事を思いついた。
「それならば、私マストに登ってみたいです」
「マストに……確かに眺めはいいですが、ドレスでは……」
「大丈夫。ご存知かと思いますが、私、男性の服も持っていますから」
「そういうことであれば、一人補佐を付ければ大丈夫でしょう。早速明日にでもいかがですか?」
「それでお願いします。ありがとう――」
微笑みを返し夜は更けていく。
翌日は風も強くなく、そよぐ程度で快晴の中、クリスは男性の服を身に着け甲板に出た。
「胸にわざわざさらしを巻いてまで、マストになんか登らなくてもいいではありませんか。大事な身体なのに」
「だってハンナ、巻かないともう、服が入らないんですもの。それに前はもっと乱暴な事をしても怒らなかったのに」
「前は男性に変化すると思っておりましたから、傷も勲章のうちかと……しかし今は嫁ぎ先も決まっているのですよ」
「大丈夫! 補佐を付けてくれるし、運動神経はいいほうだもの」
「そうではございますが……」
「それにしても、何だか騒がしいわね」
クリスが人垣ができている場所に近付くと『子供が落ちた!』と耳に入って来た。
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