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第一章

傍にいてほしい(改)

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 グリフィス王子の背後は黒山の人だかりだ。

「グリフィス王子、これ以上は出航時間を延ばせません」

 先程挨拶あいさつにきた船長があせり顔で訴えている。

「分かった。すぐに終わらせる」

 グリフィスは扉を閉めると、クリスの目の前まで歩いてきて、ひじを掴んで無理矢理立たせた。

「時間がない。下船しよう」
「私は降りません」

 クリスが掴まれた手を振り払う。

「自分の足で降りるのと、肩にかつがれるのとではどちらがいい?」
「に、荷物をまとめなくては」
「必要最低限だけ持ってくれ。時間がないから後はこのままにして、次の港でこちらに戻ってくる船に積み替える」

「私は降りませんから!!」
「それが答えか――」

 グリフィスがかがんで、クリスを抱え上げようとした。

「歩きます! 歩きます、自分の足で!」
「それは良かった」

 グリフィスがにっこりとした。ハンナがコートをクリスに手渡し、反対の手には小さい鞄を持っている。アーネストも、二人共、短い時間にグリフィスの言葉通りにまとめたようだ。
 廊下に出ると、乗船客でいっぱいになっていた。好奇心いっぱいの顔が並んでいる。グリフィスが声を張り上げる。

「皆さん申し訳ありません。が婚約者との単なる痴話ちわげんかです」

 クリスが仰天顔ぎょうてんがおでグリフィスを見上げると、いきなり唇を奪われた。周りからは歓声が上がり、出航が遅れて不満顔だった乗客も今では笑顔ではやし立てている。

「違う・・・!」
 
 唇が離れたので、否定しようとすると、また有無を言わさずにふさがれた。骨ばった手で後頭部を固定され、逃げる舌を絡め取られ、見るからに濃厚なくちづけに周りの騒ぎも最高潮になる。くたりとなったクリスにグリフィスが耳元で囁いた。

「これ以上見世物みせものになりたくなかったら、大人しくついてくるんだ」

 クリスがにらみつけると、子猫が爪を立てたくらいに感じたようで、微笑んで目尻にキスをされてしまった。

 かなわない――

 もう疲れたし・・・大人しくついていこう。しかし今のキス、二人の仲を宣伝してしまって、彼は大丈夫なのだろうか・・・?
船を降りると、黒塗りで二頭立ての馬車が用意してあった。すぐに乗り込んで城へと向かう。

「今日は夜にお帰りの予定だったのでは?」

 クリスがぶすっと問いかける。

「君が突然国に帰ると言い出すから、プリシラが心配してね。早馬で知らせてくれたんだ。これも見つけて持たせてくれたよ」 

 クリスが目を見開いた。その手にあるのは、あのグリフィス宛の手紙だ。しまった・・・こんなの置いてくるんじゃなかった。

「これを読んだ時に大体合点だいたいがてんはいったのだが・・・城に帰って二人きりになったら詳しく説明してもらえるかな?」

 手紙をひらひらと振ってみせる。

「二人きりはちょっと・・・」

 ハンナとアーネストに助けを求めると、二人共揃って目を逸らす。
(裏切り者――)
 クリスが恨めしそうに二人へ視線を注いでいる間に、馬車が城に着いてしまった。国王と王妃とプリシラが出迎えてくれた。

 グリフィスは馬車を降りるなり、クリスをその腕に抱き上げる。

「下ろしてください、皆が見ています!」
「抵抗されそうだから、このほうがいい。母上――」
「何かしら?」
「簡単に取れる食事を用意して、私の部屋に持ってくるよう手配して下さい。その後は人払いをお願いします」
「分かったわ」

 国王がオロオロしている。

「コーネリア、分かったなどと言って、お預かりしている姫様なのだから、私達も間に入ったほうがいいのではないか・・・?」
「一度言い出したら聞かないグリフィスが承知する筈ないではありませんか。結婚式を早目に挙げてしまえば、子供の産み月も気にならないわ」

 グリフィスは王妃に似たんだな、と横抱きにされたまま考えていたら・・・今、何をおっしゃいました・・・? 結婚式? 産み月・・・?

「アーネスト! ハンナ! 助けて!」
 助けを必死に求めたが

「クリス様、頑張って」
 二人でガッツポーズを決めている。お前たちは一体誰の味方だ――?

「さて、行こうか?」
「『行こうか?』じゃない~~~!!」
 クリスの悲鳴も虚しく、グリフィスの部屋に連れて行かれた。

 部屋で下ろされたので、グリフィスから一番遠い位置まで後ずさる。
「あ・・・そこのドアを開けたら寝室だけど」
「え?」
 慌てて場所を変えると、グリフィスが口を押さえてクスクスと笑っている。

「取り敢えず、ソファに座って話をしよう。安心して、まだ何もしないから」
「まだって・・・」
「先にする?」
「お話でお願いします――」

 そこでノックの音がしたので、グリフィスが応対に出た。二言三言交わした後に、ワゴンを押して戻ってくる。食事や飲み物をグリフィス自身がサーブ(給仕)しようとしたので、クリスが代わると申し出た。グリフィスが何だか疲れて見えたからだ。

「疲れてる?」
「ああ、商談を無理矢理終わらせて、夜通し馬を走らせたから」
「そうだったの・・・少し、眠ったら?」
「寝たら逃げるだろう?」
「逃げられないわ。みんな貴方の味方なんですもの」

 グリフィスがクスリと笑った。
「確かにそうだな」

「それに、話も聞きたいし」
「ああ・・・」
 グリフィスは立ち上がると、クリスに手を差し伸べた。

「一緒に寝ないか・・・? 何もしないから、寝るだけだ。傍にいてほしい」
 クリスはその手に自分の手を重ねた。



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