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第一章

グリフィスの本気と初心なクリス(改)

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 それから後はただひたすら緊張していた――

 部屋まで送ると言うグリフィスの言葉を、みなまで言わせず遮るように断ると、一目散に自分の部屋まで逃げ帰った。息を切らせて閉めたドアに寄り掛かっているクリスを、ハンナとアーネストが驚きの目で見ている。

「どうしました? クリス様」

 ハンナが心配そうに近付いてきた。

「グリフィスって最初の印象と全然違う」
「と、申しますと?」
「シュタインでキスされた」
「シュタインで?」
「いや、シュタインはどうでもいいんだけど・・・」

 クリスはどさっとソファに腰掛けると、疲れたように身を投げ出す。

「良かったですね、老齢の夫婦ではなくて。子作りできるじゃないですか」

 頬を赤らめてアーネストを軽く睨みつける。

「そうなんだけど、何か考えていたのと違うというか・・・彼は私の手には負えない気がする」
「クリス様が弱音を吐くなんて珍しい。それもたったキスだけで」
「うん・・・」
「キスはお互いの相性がある程度分かるらしいですよ」
「本当か?」
「どうでしたか? キスの味は?」
「味? 触れただけだから分からない」
「そうか、舌はまだですか」
「お前は一体何を言っている」
「これはお見合いで、話しが纏まったらその先には結婚が待っていますよね?」
「ああ」
「だからグリフィス様も、子作りできる相手か探っているのかもしれませんよ?」
「まあ・・・確かに」
「慌てて答えを出さなくても、ゆっくり考えればいいのですよ」
 
 よく考えたら、今日はあれ以上手は出されなかったし、近付いてもこなかった。慌てずともアーネストが話した通り、ゆっくり考えればいいのかもしれない。

「クリス様は、実はプリシラ様がいいのではないかと思っていたのですが」
「その言い方だと、プリシラを選んでもいいという事か?」
「もし、クリス様がプリシラ様を好きになったら、それはもう仕様がありません。男に変化してしまう訳ですから。我が国は豊かですが、アクエリオスは財政が厳しく、多少の援助を見込んでこの縁談も受けていると思われます。下衆な言い方かもしれませんが、どちらを選んでも感謝されこそすれ、文句は言われないと思いますよ」

「でも女としてここに居るんだから、プリシラを選んだ場合、ふたなりの事がばれてしまうぞ」
「そこら辺はもう、身内になる訳ですから、口をつぐんでくれると思います。先程も申しました通り、援助も致しますしね。それに、グリフィス様を選んでも、結局は子供が生まれた時にばれる訳ですから、そう固く考えることはありません」 

 どちらでもと言われても今はぴんとこない。取り敢えずグリフィスも自分と同じで、手探りでキスしたのなら安心できる。

「そうだよな、試してみたいよな・・・安心した。ハンナ、湯浴みをする。この黒く染めた髪を元に戻さないと」
「クリス様、今のは仮定の話であって、グリフィス様の本音はまだ分かりませんよ? って、クリス様、聞いてますか?」
 クリスはもうグリフィスの事は解決した気分で、湯浴みをしてさっぱりする事で頭がいっぱいだ。アーネストが溜息をつく。
「優秀な方なのだが学者肌で、人間関係を深く考えないところが心配だ」
「そうですねえ、クリス様にとって良い方向に進むと良いのですが・・・」
 アーネストと、ハンナが顔を見合わせた。

 夕食の席では昼間の外出の話で盛り上がった。プリシラは楽しそうで、夕食に同席した者達はみな驚いている。人見知りのプリシラがクリスの隣で楽しそうにしているからだ。グリフィスもいつも通りの紳士で、クリスもほっと安堵する。

 食事の後に、グリフィスが部屋まで送ってくれた。お礼を言って部屋に入ろうとしたところ、引き戻され、顎を掴まれて上向かされる。試してみるのかな? と考えて大人しく目を瞑った。

「昼と違って大人しいですね」
「だってお試しでしょう?」

 片目を開けて、グリフィスを見る。 

「お試し・・・」
 
 グリフィスが面白そうな顔をした。

「私の本気も舐められたものですね」
「え・・・?」

 今、なんて・・・

「ちょっと待って!」

 クリスが咄嗟にグリフィスの顔を押し返そうとした。一瞬身を離したグリフィスのせいで手は虚しく宙を掻き、いつの間にか両手を後ろ手に束ねられていた。 

「グ、グリフィス。近い――」

 束ねられた手はグリフィスの左手で拘束され、彼の右手はまた顎を掴んでいる。捕らえられた手を外そうともがいたが、力が強くてかなわなかった。王子としての教育も受け、自分でも鍛えていた為に力はそれなりに自信を持っている。全然外せないなんて信じられない。

「近くないとキスできませんし、試すのでしょう?」

 彼はこの状況を楽しんでいるように見えた。

「キスするにしても、この手を離してくれないかしら? 痛いの・・・」 

 クリスはしおらしそうな顔をした。別に痛くはないのだが、とにかく放してもらわなくては。

「本当に?」
「ええ、痛いの・・・」

 顔が近付いてきているのは気のせいではない筈・・・!

「じゃあ、早く済ませましょう」

 低い声で囁かれた後に、唇が重なった。

「口を開けて」

 グリフィスが僅かに顔を離して命令する。`開けるものか ‘ と睨みつけていると、クスッと笑って、首筋に顔を埋めてきた。

「――!!!」

 口を開けると彼に塞がれそうで、呻いて身を捩るだけだ。彼は顔を上げてクリスと視線を合わせた。

一言ひとことわせて頂くと、その動きは扇情的です」

 クリスが口を引き結び、顔を真っ赤にしてピタッと動きを止めると、堪えきれずに彼は笑い出した。今では両手も離れている。

「ああ、本当に君は初心うぶで、可愛い」
「初心!?」 

 そんなことを言われたのは初めてだ。笑われた上に子ども扱いをされているようで、屈辱感が込み上げてきた。

「大体お前が!」

 言葉遣いが変わってしまっているのにも気付かずに、まくしたてようとしたら、いきなり抱き寄せられくちづけられた。
 グリフィスの舌を咥内に感じて呆然とする。その様子に彼は笑みを浮かべ、舌先でクリスの弱いところを探し始めた。じっくりと口の中を探られるその感触に、呻き声が出そうになる。
 官能的なくちづけに頭が真っ白になり、足から力が抜けてしまい崩れ落ちそうになったところで、グリフィスに支えられて唇が離れた。

「今日は初心な貴方に免じてこれくらいで」

 額にキスをすると、ドアを開けて中に優しく押し込まれる。

「おやすみなさい」

 ドアを閉められた後に、へなへなとその場にへたり込む。クリスらしかぬその様子に、ハンナが心配そうに近付いてきた。

「あんなキス・・・」

 クリスは早いうちから男性にも女性にも興味が湧かなかったので、自分は聖職者の道を進むと信じていた。
 なので正直そういった関係の話しには弱い。基礎知識は一応勉強はしたが、動物は繁殖期しか交尾しないのに、人間は何故いつでもできるんだろう? などと、色気のない事ばかりを考えていた。
 キスは夫婦の挨拶程度のものだと思っていたし、あんなに性的に感じるものだったなんて――。

 おまけにグリフィスは『初心な貴方に免じてこれくらいで』と言っていた。
本当のキスはあれより凄いのだろうか? それともキス以上の事を指しているのだろうか? 経験がない自分にはよく分からない。ハンナに聞いて・・・駄目だ――恥かしくて乳母にそんな事聞けない。 

「クリス様、寝る準備を致しませんか? もう時間も遅いですし」

 座り込んだまま、ハンナを見上げる。

「そうだな・・・」

 明日また、アーネストに相談してみよう。話せば、自分の頭の中とこのもやもやした気持ちも整理できるかもしれない。

 翌朝『頭痛がする』と言って、朝食は部屋で取らせてもらう。小さめの可愛い花束が朝食と共に届けられた。

 しかもメッセージ付きで――
 `愛しいクリス 見るだけで幸せな気持ちにしてくれる貴方がいないと、この麗らかな春の日も色褪せてしまいます。早く頭痛が治りますように。 貴方のグリフィスより ‘  

「本当に頭痛がしてきた」

 クリスが青い顔をしていると、アーネストがメッセージを読んで感想を漏らした。

「朝からマメですね。でもこれくらい、恋人同士だったら普通ですよ」
「まだ恋人同士ではないのだが」
「お似合いだと思いますが・・・ところで、ご相談とは何ですか?」
 
 クリスは昨日のくだりを話した。

「それは人それぞれなので分かりませんが、グリフィス様は相当もてるようですし、覚悟はしておいたほうがいいと思います」
「それでは分からない。覚悟って?」
「グリフィス様に本気でこられたら、クリス様なんて一溜まりもないという事です。下手したら押し倒されるかもしれませんね」

「お前はそれを許すのか?」
「国王陛下はその方向を望んでいらっしゃいますから」
「これはお見合いだろう? 父上はああ言っても、断る事はできるんだろう?」
「何がご不満ですか? 頭が真っ白になって足に力が入らなかったという事は、満更ではなかったんでしょう?」

「でも、精神的な愛と、肉体的なそれって違うのではないのか!?」
「クリス様がそういう事を言うとは意外ですね。第一、二日前まで子作りがどう、とか言っていたではありませんか? あれはグリフィス様との事を指していた話ですよね。何を今更ガタガタ言っているのですか?」

「嫌な言い方だけど、今までは私が主導権を握れる人間だと思っていたんだ」
「ああ、分かります。クリス様はそういう人生を歩んできましたからねえ、マイペースで指図されるのが嫌いだし」
「それに・・・子作りも必要最低限で済むと思っていたんだが、そういう訳にはいかなそう・・・な・・・」
「ふむふむ、分かります。普通新婚さんは毎日ですが、グリフィス様だとそれ以上の気がしますね」
「新婚は毎日なのか・・・?」
「そうですよ、特に男は。草食系でない限り」
 クリスの背筋に悪寒が走った。自分は甘く見ていたかもしれない。何か手立てを考えなければ。
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