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第一章

孤高のプリンセス(改)

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 グリフィスの手綱さばきは素晴らしかった。人馬一体とは正にこの事を指すのだろう。他の乗り手もなかなかの腕前ではあったが、優勝は頭一つ実力が抜け出ていたグリフィスのものとなった。
 優勝者にメダルを授与して、頬にキスをする役目は国賓のクリスに任されている。
 グリフィスの首にメダルを掛けて、屈んだその頬にキスをした。身体を離す時に耳元で囁かれる。

「貴方と私なら、きっと上手くいきます」

 後日、アクエリオスの自分の部屋で、アーネストにその事を報告した。

「いい感じではありませんか」
 アーネストが微笑んで答える。
「うん・・・そうなんだけど、こう違和感が」
「違和感ですか?」
「『上手くいきます』って言う割には、抑えている、というか一緒にいて楽なんだけど、もう老齢を迎えた夫婦のような感じがする」
「お見合いですから。却っていきなり「愛してる」ってガツガツこられるよりいいのではないですか?」
「そうなんだけど、こんな調子で子作りできるのかな?」
 アーネストが紅茶を吹き出した。

「ダイレクトにきましたね。私に言わせて頂くと、似た物同士だと思いますよ。クリス様も抑えていますし、二人並んで微笑みを浮かべて歩いている辺りも、お互い腹に一物ありそうで」
「え、そんな腹黒そう?」
「まあ、一般人は気付かないと思いますが」
「ふむ・・・気をつけよう・・・あっ、行かないと!」

 クリスが時計を見て慌てて立ち上がった。

「どういたしました?」
「プリシラにお茶に誘われてたんだ」
「プリシラ様は我が国に伝わっていた印象とは随分違う方ですよね」
「そうなんだ。まだこちらも違和感があるんだけど、親睦を深めにちょっと行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」

 時間ちょうどにプリシラの部屋をノックすると、プリシラ付きの侍女のマーサが扉を開けて私室の居間に通された。ダークブラウンを基調とした、落ち着いた雰囲気の内装である。プリシラが猫足のソファから立ち上がって出迎えてくれて、クリスが膝を折って挨拶を返す。

「こんにちは。ご招待をありがとうございます」
「こちらこそ。おいで頂きありがとうございます。どうぞそちらにお座りになって下さい」

 プリシラは若干緊張しているようで、顔が少し強張っていた。

「スコーンは私が焼いたんです。お気に召して頂けると良いのですが・・・」
「美味しそう、頂きますね」

 にっこりと微笑みを浮かべしばらく他愛もない話をしていると、プリシラの緊張も解けてきたので、頃がいいかと切り出した。

「プリシラ様。私、聞きたい事があるのですが」
「はい・・・何でしょう?」
「プリシラ様は多分、ご自分が世間で何て言われてるかを、ご存知だと思うのですが」
「はい」

「人を寄せ付けず、笑わず、冷たい・・・その上`孤高のプリンセス ‘ 。どれも、実際のプリシラ様には当てはまらないように思うのです。プリシラ様は人を思いやれる優しい方で、可愛らしくて、笑顔も素敵です。なぜ`孤高のプリンセス ‘ というキャッチフレーズを甘んじて受けているのですか? 普段通りの態度で公務に臨めばそんな印象は払拭される筈です」

「ありがとうございます。そのお言葉はとても嬉しいのですが、多分私には無理だと思います」
「そんなことは・・・」
 クリスの言葉を遮るようにプリシラが話し始めた。
「私は極度の人見知りなんです」
「人見知り?」

「はい。それだけではなく、人前だと凄い緊張してしまって、何も話せなくなるんです。できれば一日中、部屋に引き篭もっていたいくらい」
「はあ、でも慣れれば大丈夫なのでは? 私とも慣れつつありますよね」

「はい・・・でも、クリス様は私に好意を持ってくれているのが分かりますし、とても話しやすいのです。きっとお互いの相性もいいのではないでしょうか? 本来の私は王女という立場の上に、この性格が災いして友達も少なくて・・・だからこのお見合いが上手くいって、クリス様にはぜひ本当のお姉様になって頂きたいのです」

 両手を組んで、祈るような目でクリスを見ている。

「そうだったのですか・・・だからアーネストと私が部屋まで送ると言った時に、グリフィス様達は心配なさったのですね?」
「はい、きっと私が固まってしまって、何も喋らなくなると思ったからでしょう」
「でも、普段の公務の時はどうしているんですか?」
「受け答えを前もって、何パターンも用意して練習しておくんです。必要最低限しか話さないし、公務の時は必死で笑みを作る余裕がないから`愛想のないプリンセス ‘ と皆の目に映っているのだと思います。あまりに酷い時は兄達が助けてくれてますし。しかし今ではそれが目玉になってしまって・・・」

 プリシラが溜息をついた。

「私達は、それで他国からの誘いが私に掛からなくなると思っていたのです。それなのに`孤高のプリンセス ‘ なんてキャッチフレーズまでつけられて・・・。兄達より私のほうが招待されるようになってしまい・・・」

 プリシラは肩を落としている。

「もう、本当に禿げてしまいそうなくらい悩んでいるのです」

 クリスがぷっと吹き出した。

「そんなに嫌なら重要な招待以外は断ればいいのではないですか?」
「はい、最近はそうしております。ただこんな自分が兄達と比べて無能に思えて・・・」
「人はそれぞれに得手不得手があるから気にしなくていいのですよ」

 その言葉を発した途端に大きい瞳で見つめられて、クリスは一瞬どきりとした。

「クリス様、もし良かったら・・・私の寝室をご覧になって頂けますか?」
「はい・・・」 
(なぜに寝室?)

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