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第一章
思ったよりはいい奴(改)
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「自然豊かな風景だな」
クリスは船のデッキから身を乗り出して、周りの景色に見入っていた。お目付け役として同行しているアーネストが咳払いをする。
「クリス王女殿下。言葉遣い」
「ごめんなさい、アーネスト。以後気を付けるわ」
深緑色のドレスを身に纏い、身長は180cmで女性としては高めである。ダークブロンドの長い髪に銀灰色の瞳。顔立ちも整っており、どこか中性的なその容貌は、周りにいる者達の注目を集めた。
「アクエリオスの港までこの川を上っていけるのは、春から秋までなのよね?」
「その通りです。アクエリオスは北に位置するお国の為に、冬は川が凍って船での行き来ができなくなります。ここら辺りは凍らないので、あそこに見えるノードハーフェンが冬に唯一使える港になります。冬はノードハーフェンから馬車になるのですが道が凍り、悪路になる為に殆ど交通は途絶えるようです」
「ふ・・・ん」
あまり豊かでない国と聞いているが、冬の寒さもその一因のようだ。
「クリス王女。春とはいえこの国はまだまだ冷えます。ましてや甲板の上、どうぞこちらをお召しください」
身の回りの世話をする為に付いてきた乳母のハンナが、コートを差し出してきた。
「ありがとう」
シンプルなデザインで銀色がかった白のコートは、クリスに良く似合っている。モデルのようなクリスに周りにいた者達は思わず見惚れた。アクエリオスの港に着くと、見合い相手のグリフィス王子と妹のプリシラ王女が直々に迎えに来てくれていた。
「遠い所をようこそアクエリオスにいらっしゃいました。私が第二王子のグリフィスです。そしてこちらにいるのは妹のプリシラです」
プリシラは腰を深々と折って挨拶をした。
「お初にお目に掛かります。紹介に上がりましたプリシラです。どうぞ宜しくお願いいたします」
グリフィスは濃い銀髪にアイスブルーの瞳を持ち、容姿が整っているせいなのか、一見冷たい感じがする。
視線を合わせると、待ち望んだ獲物を目の前にしたように、一瞬彼の目が細められた。驚いて目を瞬くと、今は柔和な目をしている。
多分気のせいであるのだろう、長旅で疲れてもいる。プリシラも絵姿より美しく、それゆえか、やはり人を寄せ付けない印象だ。
「ヘルマプロディトスのクリスです。こちらこそ滞在中、宜しくお願いいたします」
簡単な挨拶を済ませ馬車に乗り、一路城への途につく。石造りの町も綺麗ではあるが、石畳が所々歪に盛り上がっていて、時々馬車が乗り上げる。グリフィスが説明をした。
「申し訳ありません。我が国はあまり豊かではない為に、職人ではなく町民達が自ら道を補修しています。素人だし間に合わせの石や材料をつかうので、うまく平らにできないのです」
「でも素晴らしいですね町民達が積極的に道を直してくれるなんて。王族の方々もとても愛されているようですし」
馬車の外には民衆が列をなし、皆それぞれに笑顔で手を振っている。
「そうです。良き民に恵まれて我々は幸せです」
(あれ?思っていたよりはいい奴かも・・・)
プリシラに視線を転じると、つん、と目を逸らされてしまった。まあ、まだ出会ったばかりだし、人となりはもう少し知り合ってみないと分からない。
町を抜けると視界が広がり、城は小高い丘の上にあった。近くに見える山々はまだ頂上付近に雪を被っている。 コートを持ってきて正解だった。クリスの感覚ではまだ冬のようだ。
門を潜ると、城の全貌が見渡せた。
「白亜のお城、とても美しいわ――」
馬車を降りる時にグリフィスが差し出した手に支えられて、エレガントに馬車を降りる。
身長も頭一つは高そうだし、並んだ時の見た目のバランスも良さそうだ。出迎えてくれた城の者達に手を振って笑顔で応える。
「今日はもうお疲れでしょう。すぐ部屋に案内をさせます。また晩餐の時にお会いしましょう」
うやうやしく、右手の甲にくちづけると、プリシラと一緒に立ち去っていった。最初の滑り出しはなかなかいい感じである。
晩餐の席ではグリフィス王子が右隣に座り、豊富な話題で楽しませてくれた。左隣はプリシラでクリスが色々と話し掛けるのだが、そっけなく『はい』と『いいえ』しか返ってこない。
ゆくゆくは姉妹になる間柄なのに、これは少しまずい状態である。
晩餐後にグリフィスが、部屋まで送ってくれようとしたが、至急の用件でと家臣が彼を呼びにきた。
「申し訳ありません。クリス王女」
「いいえ、お気になさらずに。アーネストが送ってくれますから」
クリスがにっこり微笑むと、助かりますとばかりに頷き返す。グリフィスは次にプリシラの騎士に話しかけた。
「ガストン、プリシラを部屋まで送ったら、お前もすぐに執務室に来てくれ」
「かしこまりました」
「それでしたら、アーネストと私でプリシラ王女をお送りしますが」
「え・・・プリシラ、それでもいいか・・・?」
グリフィスも騎士のガストンも少し心配そうな面持ちだ。
「ええ、大丈夫ですお兄様。ガストンも、一緒に行ってあげて」
部屋に送るだけなのに、この雰囲気はなんだろう? クリスが不思議に思って口を開く。
「ご心配なさらずとも、責任を持ってお送りしますわ」
せっかく申し出てくれているのに、失礼に当たると思い当たったようで、グリフィスがすぐに謝った。
「申し訳ありません。その・・・私は少し心配性で・・・それではよろしくお願い致します」
心配性には見えないが・・・その後をあまり深く考えずにプリシラに声を掛ける。
「さあ、プリシラ様、参りましょう」
「はい、よろしくお願い致します」
部屋へと向かう途中でプリシラの態度が落ち着きなく、そわそわとし始めた。
「あ、あの、クリス様」
「はい、どうなさいましたか?」
「この城は安全ですし、私一人で部屋まで帰れますのでここでお別れにしませんか?」
「でもプリシラ様の事はグリフィス様に頼まれたし、私に責任がありますから」
「兄様には内緒で・・・無理でしょうか?」
そんなに自分といるのが嫌なのだろうか? 少し腹が立ったのと、悪戯心が顔を出した。
「私といるのが嫌なのですか・・・? 大好きなお兄様を奪う女だから、一緒に居たくないのでしょうね・・・」
悲しそうに顔を俯ける時に`よーやるよ・・・ ‘ という顔をしたアーネストと目が合った。プリシラがそれを見て慌て始める。
「ち、違うのです! 私、この後にすぐ行かなきゃいけない所があって、私を待っているので・・・」
意外な答えに首を傾げる。待っている・・・誰が・・・?
「男性・・・ですか?」
試しに聞いてみたが、大いに外れたようだ。
「ち! 違います!!」
プリシラが真っ赤になって否定をする。
何だか孤高のプリンセスとはイメージが違うなぁ、と彼女の様子を眺めていると、気持ちを落ち着けたプリシラがおずおずと切り出した。
「クリス様は、猫がお好きですか・・・?」
「猫・・・? はい、ヘルマプロディトスでも飼っておりますが」
「良かった。それでしたら一緒においで下さい」
一階に下りて厨房に入ると、料理長が待っていた。
「プリシラ様、今日は遅かったですね・・・って、クリス王女殿下ではありませんか!!」
頭を地面に擦り付けそうな勢いに、クリスが慌てて声をかける。
「私のことは気になさらずに、いつも通りでお願いします」
「は、はい・・・では」
料理長は料理に使った残り物を、器に入れてプリシラに渡した。
「ありがとう」
プリシラが感謝の笑みを浮かべる。料理長が少し照れて頭を掻いた。
(笑うと可愛い・・・ってか笑うんだ?)
プリシラは次に城から裏庭へと出た。
クリスは船のデッキから身を乗り出して、周りの景色に見入っていた。お目付け役として同行しているアーネストが咳払いをする。
「クリス王女殿下。言葉遣い」
「ごめんなさい、アーネスト。以後気を付けるわ」
深緑色のドレスを身に纏い、身長は180cmで女性としては高めである。ダークブロンドの長い髪に銀灰色の瞳。顔立ちも整っており、どこか中性的なその容貌は、周りにいる者達の注目を集めた。
「アクエリオスの港までこの川を上っていけるのは、春から秋までなのよね?」
「その通りです。アクエリオスは北に位置するお国の為に、冬は川が凍って船での行き来ができなくなります。ここら辺りは凍らないので、あそこに見えるノードハーフェンが冬に唯一使える港になります。冬はノードハーフェンから馬車になるのですが道が凍り、悪路になる為に殆ど交通は途絶えるようです」
「ふ・・・ん」
あまり豊かでない国と聞いているが、冬の寒さもその一因のようだ。
「クリス王女。春とはいえこの国はまだまだ冷えます。ましてや甲板の上、どうぞこちらをお召しください」
身の回りの世話をする為に付いてきた乳母のハンナが、コートを差し出してきた。
「ありがとう」
シンプルなデザインで銀色がかった白のコートは、クリスに良く似合っている。モデルのようなクリスに周りにいた者達は思わず見惚れた。アクエリオスの港に着くと、見合い相手のグリフィス王子と妹のプリシラ王女が直々に迎えに来てくれていた。
「遠い所をようこそアクエリオスにいらっしゃいました。私が第二王子のグリフィスです。そしてこちらにいるのは妹のプリシラです」
プリシラは腰を深々と折って挨拶をした。
「お初にお目に掛かります。紹介に上がりましたプリシラです。どうぞ宜しくお願いいたします」
グリフィスは濃い銀髪にアイスブルーの瞳を持ち、容姿が整っているせいなのか、一見冷たい感じがする。
視線を合わせると、待ち望んだ獲物を目の前にしたように、一瞬彼の目が細められた。驚いて目を瞬くと、今は柔和な目をしている。
多分気のせいであるのだろう、長旅で疲れてもいる。プリシラも絵姿より美しく、それゆえか、やはり人を寄せ付けない印象だ。
「ヘルマプロディトスのクリスです。こちらこそ滞在中、宜しくお願いいたします」
簡単な挨拶を済ませ馬車に乗り、一路城への途につく。石造りの町も綺麗ではあるが、石畳が所々歪に盛り上がっていて、時々馬車が乗り上げる。グリフィスが説明をした。
「申し訳ありません。我が国はあまり豊かではない為に、職人ではなく町民達が自ら道を補修しています。素人だし間に合わせの石や材料をつかうので、うまく平らにできないのです」
「でも素晴らしいですね町民達が積極的に道を直してくれるなんて。王族の方々もとても愛されているようですし」
馬車の外には民衆が列をなし、皆それぞれに笑顔で手を振っている。
「そうです。良き民に恵まれて我々は幸せです」
(あれ?思っていたよりはいい奴かも・・・)
プリシラに視線を転じると、つん、と目を逸らされてしまった。まあ、まだ出会ったばかりだし、人となりはもう少し知り合ってみないと分からない。
町を抜けると視界が広がり、城は小高い丘の上にあった。近くに見える山々はまだ頂上付近に雪を被っている。 コートを持ってきて正解だった。クリスの感覚ではまだ冬のようだ。
門を潜ると、城の全貌が見渡せた。
「白亜のお城、とても美しいわ――」
馬車を降りる時にグリフィスが差し出した手に支えられて、エレガントに馬車を降りる。
身長も頭一つは高そうだし、並んだ時の見た目のバランスも良さそうだ。出迎えてくれた城の者達に手を振って笑顔で応える。
「今日はもうお疲れでしょう。すぐ部屋に案内をさせます。また晩餐の時にお会いしましょう」
うやうやしく、右手の甲にくちづけると、プリシラと一緒に立ち去っていった。最初の滑り出しはなかなかいい感じである。
晩餐の席ではグリフィス王子が右隣に座り、豊富な話題で楽しませてくれた。左隣はプリシラでクリスが色々と話し掛けるのだが、そっけなく『はい』と『いいえ』しか返ってこない。
ゆくゆくは姉妹になる間柄なのに、これは少しまずい状態である。
晩餐後にグリフィスが、部屋まで送ってくれようとしたが、至急の用件でと家臣が彼を呼びにきた。
「申し訳ありません。クリス王女」
「いいえ、お気になさらずに。アーネストが送ってくれますから」
クリスがにっこり微笑むと、助かりますとばかりに頷き返す。グリフィスは次にプリシラの騎士に話しかけた。
「ガストン、プリシラを部屋まで送ったら、お前もすぐに執務室に来てくれ」
「かしこまりました」
「それでしたら、アーネストと私でプリシラ王女をお送りしますが」
「え・・・プリシラ、それでもいいか・・・?」
グリフィスも騎士のガストンも少し心配そうな面持ちだ。
「ええ、大丈夫ですお兄様。ガストンも、一緒に行ってあげて」
部屋に送るだけなのに、この雰囲気はなんだろう? クリスが不思議に思って口を開く。
「ご心配なさらずとも、責任を持ってお送りしますわ」
せっかく申し出てくれているのに、失礼に当たると思い当たったようで、グリフィスがすぐに謝った。
「申し訳ありません。その・・・私は少し心配性で・・・それではよろしくお願い致します」
心配性には見えないが・・・その後をあまり深く考えずにプリシラに声を掛ける。
「さあ、プリシラ様、参りましょう」
「はい、よろしくお願い致します」
部屋へと向かう途中でプリシラの態度が落ち着きなく、そわそわとし始めた。
「あ、あの、クリス様」
「はい、どうなさいましたか?」
「この城は安全ですし、私一人で部屋まで帰れますのでここでお別れにしませんか?」
「でもプリシラ様の事はグリフィス様に頼まれたし、私に責任がありますから」
「兄様には内緒で・・・無理でしょうか?」
そんなに自分といるのが嫌なのだろうか? 少し腹が立ったのと、悪戯心が顔を出した。
「私といるのが嫌なのですか・・・? 大好きなお兄様を奪う女だから、一緒に居たくないのでしょうね・・・」
悲しそうに顔を俯ける時に`よーやるよ・・・ ‘ という顔をしたアーネストと目が合った。プリシラがそれを見て慌て始める。
「ち、違うのです! 私、この後にすぐ行かなきゃいけない所があって、私を待っているので・・・」
意外な答えに首を傾げる。待っている・・・誰が・・・?
「男性・・・ですか?」
試しに聞いてみたが、大いに外れたようだ。
「ち! 違います!!」
プリシラが真っ赤になって否定をする。
何だか孤高のプリンセスとはイメージが違うなぁ、と彼女の様子を眺めていると、気持ちを落ち着けたプリシラがおずおずと切り出した。
「クリス様は、猫がお好きですか・・・?」
「猫・・・? はい、ヘルマプロディトスでも飼っておりますが」
「良かった。それでしたら一緒においで下さい」
一階に下りて厨房に入ると、料理長が待っていた。
「プリシラ様、今日は遅かったですね・・・って、クリス王女殿下ではありませんか!!」
頭を地面に擦り付けそうな勢いに、クリスが慌てて声をかける。
「私のことは気になさらずに、いつも通りでお願いします」
「は、はい・・・では」
料理長は料理に使った残り物を、器に入れてプリシラに渡した。
「ありがとう」
プリシラが感謝の笑みを浮かべる。料理長が少し照れて頭を掻いた。
(笑うと可愛い・・・ってか笑うんだ?)
プリシラは次に城から裏庭へと出た。
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