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後日談
10 指をばきばき
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しゃがれた声が聞こえてきた。
「ちょっと優しくしただけで、しな垂れかかってきた尻軽女が……」
皆がはっと動きを止め、まるで水を打ったように物音ひとつしなくなった中、陰鬱な顔のイーサンがまた口を開いた。
「思っていたよりつまらなくて、大した女ではなかったよなぁ」
「貴様、言わせておけば! 妃殿下に向かって何たる侮辱!!」
イーサンを見張っていた騎士の一人が、殴りつけようと右腕を振り上げた。
「はぁ? その腕をどうする気? まさか私を殴る気じゃないだろうね? 私はR商会と取引をしないといけない身だよ。傷をつけたら、使い物にならなくなると思うけど」
「ぐっ……、」
腹立たしそうに右腕を下ろし、騎士は鋭い目つきでイーサンを睨みつける。
「ちょっと、駄目だよイーサン! そんな事を言ったら、グリフィス様に殺されるよ!?」
同僚のよしみで傍についていたレオナルドが、慌ててイーサンに警告する。
「どうせ死ぬんだ! 麗しの妃殿下にちょっかいを出したんだぜ? 例え私がR商会と上手く取引できたとしても、ただ縛り首になるだけだ! それなら今、ここで死んでも同じじゃないか」
そこまで言って、イーサンは面白い事を思い付いたように、ニヤリと笑った。
「そうだ、それがいい! R商会を摘発できなくなるし、皆の一か月の苦労も無駄になる。どうだ、最高だろう?」
「イーサン……」
悲しそうにイーサンを見つめるレオナルドを見て、ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らし、イーサンは構わず話を続ける。
「だいたい、ヘルマプロディトス(クリスの母国)から来た春の女神だの、慈愛に満ち溢れているだの、立ち姿にスタイルもいいだの……いや、確かに肉感的で、抱き心地は最高だったな。特に胸が……」
下卑た笑いを漏らすイーサンに、グリフィスの怒りは頂点に達し、身体から殺気を漲らせた。
「下種が……」
地を這うような冷たい声が、辺り一帯の空気を震わせる。イーサンに足を向けかけたグリフィスの腕に、クリスが必死に縋り付いた。
「グリフィス、あれは悔し紛れに悪態をついているだけよ! 私は気にしないわ。やめて、ね?」
「しかし、…」
「R商会を潰すために、彼が必要なんでしょう?」
「………」
一度は足を止めたグリフィスだが……
「その女の言う事だったら何でも聞くんだな」
グリフィスがぴくっと反応をする。
「身体しか価値がない、そんな女に……ああ、だから篭絡されて、骨抜きなんだ」
「グリフィス、だめよ!」
普段は”冷徹王子”と言われるだけあって、グリフィスは滅多に腹を立てず、冷静に策を練り、上手く立ち回って結果を得る。しかし、グリフィスにとってクリスは、理性や知性を忘れさせるほどに愛しくて、大切な存在なのだ。
腹わたは煮えくり返り、クリスが止めるのも聞かずにまた歩き始めた。
「部下の敵を討ちたいのでしょう!? 今の貴方だと彼を再起不能にしてしまうわ! R商会と取引ができなくなってしまうわよ!?」
飛びつくようにして、クリスがまたグリフィスの腕に縋り付く。
「そうそう、R商会!」
イーサンは、自分に手出しできないグリフィスや、周りから注目を浴びるこの状態が楽しいらしい。
「R商会での部下の事をいつまでもうじうじと引きずって、上に立つ人間は、そんなものは切り捨てるぐらい強くないと! 美形で”知略に秀でた冷徹王子”なんて言われているくせに、グリフィス様は、ほんっと、女々しくて見掛け倒しなんだから」
「………」
さーっと辺りに冷気が立ち込めた。ざわざわと騒がしかった騎士や兵士が急に押し黙り、ある一点を見つめている。
「ん……?」
今までとは違う怒りの波動を受けて、イーサンが戸惑いながらそちらに視線を向けると……
「今、何て言ったのかしら……?」
指をばきばき鳴らしながら、クリスがイーサンに近付いてきた。
「ちょっと優しくしただけで、しな垂れかかってきた尻軽女が……」
皆がはっと動きを止め、まるで水を打ったように物音ひとつしなくなった中、陰鬱な顔のイーサンがまた口を開いた。
「思っていたよりつまらなくて、大した女ではなかったよなぁ」
「貴様、言わせておけば! 妃殿下に向かって何たる侮辱!!」
イーサンを見張っていた騎士の一人が、殴りつけようと右腕を振り上げた。
「はぁ? その腕をどうする気? まさか私を殴る気じゃないだろうね? 私はR商会と取引をしないといけない身だよ。傷をつけたら、使い物にならなくなると思うけど」
「ぐっ……、」
腹立たしそうに右腕を下ろし、騎士は鋭い目つきでイーサンを睨みつける。
「ちょっと、駄目だよイーサン! そんな事を言ったら、グリフィス様に殺されるよ!?」
同僚のよしみで傍についていたレオナルドが、慌ててイーサンに警告する。
「どうせ死ぬんだ! 麗しの妃殿下にちょっかいを出したんだぜ? 例え私がR商会と上手く取引できたとしても、ただ縛り首になるだけだ! それなら今、ここで死んでも同じじゃないか」
そこまで言って、イーサンは面白い事を思い付いたように、ニヤリと笑った。
「そうだ、それがいい! R商会を摘発できなくなるし、皆の一か月の苦労も無駄になる。どうだ、最高だろう?」
「イーサン……」
悲しそうにイーサンを見つめるレオナルドを見て、ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らし、イーサンは構わず話を続ける。
「だいたい、ヘルマプロディトス(クリスの母国)から来た春の女神だの、慈愛に満ち溢れているだの、立ち姿にスタイルもいいだの……いや、確かに肉感的で、抱き心地は最高だったな。特に胸が……」
下卑た笑いを漏らすイーサンに、グリフィスの怒りは頂点に達し、身体から殺気を漲らせた。
「下種が……」
地を這うような冷たい声が、辺り一帯の空気を震わせる。イーサンに足を向けかけたグリフィスの腕に、クリスが必死に縋り付いた。
「グリフィス、あれは悔し紛れに悪態をついているだけよ! 私は気にしないわ。やめて、ね?」
「しかし、…」
「R商会を潰すために、彼が必要なんでしょう?」
「………」
一度は足を止めたグリフィスだが……
「その女の言う事だったら何でも聞くんだな」
グリフィスがぴくっと反応をする。
「身体しか価値がない、そんな女に……ああ、だから篭絡されて、骨抜きなんだ」
「グリフィス、だめよ!」
普段は”冷徹王子”と言われるだけあって、グリフィスは滅多に腹を立てず、冷静に策を練り、上手く立ち回って結果を得る。しかし、グリフィスにとってクリスは、理性や知性を忘れさせるほどに愛しくて、大切な存在なのだ。
腹わたは煮えくり返り、クリスが止めるのも聞かずにまた歩き始めた。
「部下の敵を討ちたいのでしょう!? 今の貴方だと彼を再起不能にしてしまうわ! R商会と取引ができなくなってしまうわよ!?」
飛びつくようにして、クリスがまたグリフィスの腕に縋り付く。
「そうそう、R商会!」
イーサンは、自分に手出しできないグリフィスや、周りから注目を浴びるこの状態が楽しいらしい。
「R商会での部下の事をいつまでもうじうじと引きずって、上に立つ人間は、そんなものは切り捨てるぐらい強くないと! 美形で”知略に秀でた冷徹王子”なんて言われているくせに、グリフィス様は、ほんっと、女々しくて見掛け倒しなんだから」
「………」
さーっと辺りに冷気が立ち込めた。ざわざわと騒がしかった騎士や兵士が急に押し黙り、ある一点を見つめている。
「ん……?」
今までとは違う怒りの波動を受けて、イーサンが戸惑いながらそちらに視線を向けると……
「今、何て言ったのかしら……?」
指をばきばき鳴らしながら、クリスがイーサンに近付いてきた。
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