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後日談
5 やっと貴方に手が届くんだ!
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慌てて離れようとするクリスに、イーサンが優しく言った。
「泣いていいのですよ」
「イーサ……」
クリスの瞳からは涙が溢れ、イーサンの胸でさめざめと泣いた。黙って胸を貸してくれるイーサンがとてもありがたかった。ひとしきり泣いて落ち着いてきたところで、クリスは恥かしそうにイーサンの胸に手を当てて、身体を離そうとした。
「ありがとう。胸を貸してくれて」
イーサンは首を横に振りながら、まだ胸にあるクリスの手に、自分の手を重ねて掴む。
「イーサン?」
「き、気晴らしに旅行に行きませんか!?」
「えっ、それは無理…」
「クリス様をどうこうしようとは思っていません! 本当に、気晴らしに! 湖水地方に別荘を持っているんです。私だけでなく使用人もいます! 身分を隠してお忍びで訪れれば、良い気分転換になりますよ!!」
クリスが一瞬夢見るような表情をする。彼女は幼い頃から、大国の跡継ぎとして育てられてきた。いつも人に注目され、それが当たり前の生活であった。誰にも気にされない自由な生活には憧れがあり、グリフィスによって傷つけられた心からも、その一言を言わせた。
「行きたい……」
その表情と言葉に、イーサンが歓喜の声を上げる。
「任せて下さい。一週間で用意します!」
「……えっ、」
「クリス様。費用も全て私が持ちます! 楽しみにしていて下さい! それからこの事は誰にも内緒で、二人だけの秘密でお願いします!!」
「えっ、 待って! イーサン!?」
止める間もなくイーサンは歓喜に溢れた表情のまま、飛んで行ってしまった。イーサンに向けて伸ばした手が、虚しく落ちる。
「明日……行けないと、伝えなければ……」
しかし、翌日からはぱったりと、イーサンと会えなくなってしまった。執務室まで尋ねて行っても、なぜかイーサンは不在である。
「どうしよう……今日でもう、4日目……。どうにかして会って誤解を解かないと。でも接点が無いはずのイーサンを、いきなり部屋に呼びつける訳にもいかないし……」
クリスは何しろ始終注目を浴びる王子妃である。必ず誰か付き添っているし、人払いをしたらそれはそれで、”なぜ男性と二人きりに?”となるのでまずいものがある。
「アーネストに、相談してみよう」
”頭が切れて頼りになるアーネストなら、上手く対応してくれるだろう”と、部屋に来るよう、侍女のトリシアに言づけた。しかし、なかなかアーネストは現れない。
(仕事が忙しいのかしら……)
窓辺に歩み寄り庭園をぼんやりと眺めてみる。部屋に入ってくる暖かい日差しはもう秋のものだ。
コンコンとノックの音がして振り返ると、扉の下から封筒が差し込まれた。
(何?)
近づいて手に取ると、それはイーサンからの手紙であった。急いで扉を開けて廊下を確認したが、どこにも彼の姿はない。ため息を吐き、締めた扉に背中を凭せかけ、手紙を開く。
”今夜10時に、中庭の噴水前にてお待ちします。イーサン”
「イーサン……」
夜の10時・噴水前――
噴水周辺は外灯がなく、吹き出す水の音が物音を掻き消してくれて、人目を忍んで会うには絶好の場所である。
イーサンが噴水の前でそわそわしながら行ったり来たりしていると、クリスが姿を現した。
「クリス様……!」
すぐに駆け寄り、クリスの目の前で足を止める。
「いらして……下さったんですね」
嬉し気に伸ばしてきた手を、クリスがスッと避けた。イーサンが僅かに顔色を変える。
「イーサン。私は貴方と旅行には行く気はありません」
「……何故ですか? 気が変わったのですか?」
「気が変わった訳ではないわ」
「では何故!? あの冷たい暴君と、これからも共に暮らすおつもりですか? きっとあれがグリフィス様の本性なのです! それに”一緒に行きたい”と、この前も仰ったではありませんか!!」
「あれは願望が口に出ただけで、本当に行くつもりはなかったの。弁解しようにも、貴方はすぐに行ってしまったし、その後は今日まで会えなくて……」
クリスはそこで、イーサンを真っ直ぐに見据えた。
「私はグリフィスを愛しているの。例え記憶が戻らなくても……、彼から離れるつもりはないわ」
「嘘だ! あんなに苦しんでいたじゃないですか! ”願望”だという事は行きたいという事ですよね!?」
「愛しているからこそ、苦しんでいたのよ? それに伯爵家の財政状況は思わしくないと聞いているわ。貴方が費用を工面するのは、難しいのではないかしら」
「大丈夫です。資金は当てがあります。この後に、丁度その相手と会うんです」
「えっ、……?」
クリスはその言い方にきな臭さを感じる。
「どちらにしろ、無理をして作るお金なんでしょう? もうやめにしましょう。現実を見て、私は王子妃なのよ?」
「無理ではありません! やっと、……やっと貴方に手が届くんだ!!」
肩を掴んで無理やり抱き寄せようとしたイーサンを、クリスが振り払う。
「やめて!!」
振り払った拍子に、イーサンが肩に掛けていたカバンが落ちた。ガシャンという音に、顔色を変えたイーサンが慌てて膝をつき中身を取り出す。
「それは……」
イーサンが壊れていないか確認をした物は、グリフィスが試行錯誤していた、あの温泉の融雪に使う仕掛けであった。
昨夜上げた”後日談4”で、クリスがグリフィスを叩いて、『……貴方はこの国で、食べ物がどれだけ大切な物か分かっているでしょう!?……』と言うセリフがあります。
なぜこの国で大切なのかを説明している、プリシラの『アクエリオスは貧しい上に、寒冷地で作物が育たないから、パンも水分を少なめに焼いて長持ちをさせないといけないの……』というセリフを、カットしてしまっていました。orz
冒頭の、パンのやり取りなのですが、書き直しました。申し訳ありませんでした<(_ _)>
「泣いていいのですよ」
「イーサ……」
クリスの瞳からは涙が溢れ、イーサンの胸でさめざめと泣いた。黙って胸を貸してくれるイーサンがとてもありがたかった。ひとしきり泣いて落ち着いてきたところで、クリスは恥かしそうにイーサンの胸に手を当てて、身体を離そうとした。
「ありがとう。胸を貸してくれて」
イーサンは首を横に振りながら、まだ胸にあるクリスの手に、自分の手を重ねて掴む。
「イーサン?」
「き、気晴らしに旅行に行きませんか!?」
「えっ、それは無理…」
「クリス様をどうこうしようとは思っていません! 本当に、気晴らしに! 湖水地方に別荘を持っているんです。私だけでなく使用人もいます! 身分を隠してお忍びで訪れれば、良い気分転換になりますよ!!」
クリスが一瞬夢見るような表情をする。彼女は幼い頃から、大国の跡継ぎとして育てられてきた。いつも人に注目され、それが当たり前の生活であった。誰にも気にされない自由な生活には憧れがあり、グリフィスによって傷つけられた心からも、その一言を言わせた。
「行きたい……」
その表情と言葉に、イーサンが歓喜の声を上げる。
「任せて下さい。一週間で用意します!」
「……えっ、」
「クリス様。費用も全て私が持ちます! 楽しみにしていて下さい! それからこの事は誰にも内緒で、二人だけの秘密でお願いします!!」
「えっ、 待って! イーサン!?」
止める間もなくイーサンは歓喜に溢れた表情のまま、飛んで行ってしまった。イーサンに向けて伸ばした手が、虚しく落ちる。
「明日……行けないと、伝えなければ……」
しかし、翌日からはぱったりと、イーサンと会えなくなってしまった。執務室まで尋ねて行っても、なぜかイーサンは不在である。
「どうしよう……今日でもう、4日目……。どうにかして会って誤解を解かないと。でも接点が無いはずのイーサンを、いきなり部屋に呼びつける訳にもいかないし……」
クリスは何しろ始終注目を浴びる王子妃である。必ず誰か付き添っているし、人払いをしたらそれはそれで、”なぜ男性と二人きりに?”となるのでまずいものがある。
「アーネストに、相談してみよう」
”頭が切れて頼りになるアーネストなら、上手く対応してくれるだろう”と、部屋に来るよう、侍女のトリシアに言づけた。しかし、なかなかアーネストは現れない。
(仕事が忙しいのかしら……)
窓辺に歩み寄り庭園をぼんやりと眺めてみる。部屋に入ってくる暖かい日差しはもう秋のものだ。
コンコンとノックの音がして振り返ると、扉の下から封筒が差し込まれた。
(何?)
近づいて手に取ると、それはイーサンからの手紙であった。急いで扉を開けて廊下を確認したが、どこにも彼の姿はない。ため息を吐き、締めた扉に背中を凭せかけ、手紙を開く。
”今夜10時に、中庭の噴水前にてお待ちします。イーサン”
「イーサン……」
夜の10時・噴水前――
噴水周辺は外灯がなく、吹き出す水の音が物音を掻き消してくれて、人目を忍んで会うには絶好の場所である。
イーサンが噴水の前でそわそわしながら行ったり来たりしていると、クリスが姿を現した。
「クリス様……!」
すぐに駆け寄り、クリスの目の前で足を止める。
「いらして……下さったんですね」
嬉し気に伸ばしてきた手を、クリスがスッと避けた。イーサンが僅かに顔色を変える。
「イーサン。私は貴方と旅行には行く気はありません」
「……何故ですか? 気が変わったのですか?」
「気が変わった訳ではないわ」
「では何故!? あの冷たい暴君と、これからも共に暮らすおつもりですか? きっとあれがグリフィス様の本性なのです! それに”一緒に行きたい”と、この前も仰ったではありませんか!!」
「あれは願望が口に出ただけで、本当に行くつもりはなかったの。弁解しようにも、貴方はすぐに行ってしまったし、その後は今日まで会えなくて……」
クリスはそこで、イーサンを真っ直ぐに見据えた。
「私はグリフィスを愛しているの。例え記憶が戻らなくても……、彼から離れるつもりはないわ」
「嘘だ! あんなに苦しんでいたじゃないですか! ”願望”だという事は行きたいという事ですよね!?」
「愛しているからこそ、苦しんでいたのよ? それに伯爵家の財政状況は思わしくないと聞いているわ。貴方が費用を工面するのは、難しいのではないかしら」
「大丈夫です。資金は当てがあります。この後に、丁度その相手と会うんです」
「えっ、……?」
クリスはその言い方にきな臭さを感じる。
「どちらにしろ、無理をして作るお金なんでしょう? もうやめにしましょう。現実を見て、私は王子妃なのよ?」
「無理ではありません! やっと、……やっと貴方に手が届くんだ!!」
肩を掴んで無理やり抱き寄せようとしたイーサンを、クリスが振り払う。
「やめて!!」
振り払った拍子に、イーサンが肩に掛けていたカバンが落ちた。ガシャンという音に、顔色を変えたイーサンが慌てて膝をつき中身を取り出す。
「それは……」
イーサンが壊れていないか確認をした物は、グリフィスが試行錯誤していた、あの温泉の融雪に使う仕掛けであった。
昨夜上げた”後日談4”で、クリスがグリフィスを叩いて、『……貴方はこの国で、食べ物がどれだけ大切な物か分かっているでしょう!?……』と言うセリフがあります。
なぜこの国で大切なのかを説明している、プリシラの『アクエリオスは貧しい上に、寒冷地で作物が育たないから、パンも水分を少なめに焼いて長持ちをさせないといけないの……』というセリフを、カットしてしまっていました。orz
冒頭の、パンのやり取りなのですが、書き直しました。申し訳ありませんでした<(_ _)>
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