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二章 ニジンスキーを追う人
22. ロモラ、ニジンスキーと話す
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ロモラが、汽車で追いかけをしていた時の話である。
ロンドンに向かう時、ロモラはパリからカレーに行く汽車の中で、ニジンスキーと話すチャンスがあったのだ。
ロモナが廊下に立っていると、彼のほうからたどたどしいフランス語で話しかけてきた。
「マドモアゼル、ロンドンを知っていますか」
ロモラはロンドンの学校に行ったので、よく知っていますとフランス語で答えた。
彼女はイギリスで学校を終えた後、パリで演劇を勉強していたので、英語もフランス語もネイティブのように話せるのだ。
でも、ニジンスキーはロモラのフランス語をほとんど理解できないようだった。ロモラは彼のそばにいたかったから、ひとりで話し続けながら、彼の動作をその目で追っていた。あまりしゃべりすぎて、彼の目には馬鹿に見えているかもしれないと不安だったけれど、話が切れてしまえば、彼が去ってしまうから、ロモラは話し続けた。
ニジンスキーは離れて行く時、「ボンヴォワヤージュ」、よい旅をと言ってくれた。
ロモラは部屋に戻った時、うれしすぎて半分失神していた。
「お嬢さま、どうしたのですか」
アンナがしつこく訊いてきたが、ロモラは目に焼きつけた彼の瞳と興奮を抱えたまま、カレーに着くまで一言も口をきかなかった。
カレーからロンドンまでは船で行くのである。その時、海はひどく荒れていた。ロモラは気分が悪かったから、海の空気を吸いに、部屋から出てみた。船中のだれもかれもが船酔いをしているようだった。
その時、手すりによりかかっているニジンスキーを発見した。
また会うことができたのだ。
その瞬間、ロモラは海が荒れていることも、船が揺れていることも、忘れた。
神さまが祈りに応えて、またチャンスを与えてくれたのだと思い、ロモラは彼に近づいて挨拶をした。
この時、彼はロシア語とほんの少しのフランス語で話した。ロモラはロシア語はわからないから、考えてみれば、ふたりの会話はほとんどパントマイムだった。けれど、そんなことは気がつかないくらい話が通じた。二時間という時間が飛んで、あっという間に船は港に着いてしまった。もっともっと長く乗っていたかったのに。
船室に戻ると、アンナがすごい船酔いで唸っていた。
「お嬢様、船はもう二度といやでございます」
「船酔いによく効く薬があるわよ」
ロモラが得意げに言った。
「それは何ですか、お嬢様」
「それは、プチよ」
ロモナは船酔いなどしなかったどころか、夢心地だった。
下船した後、汽車に乗り継いで、ロンドンに着いた。
ロンドン駅に着いた時、プラットホームでディアギレフが麦わら帽を振っていた。彼らは別の便で先にロンドンに到着していたのだ。ニジンスキーが汽車から飛び降りると、すぐに取り巻きが寄ってきて、彼と取り囲み、周囲に壁を作った。
ニジンスキーがロモラの姿に気がついて、帽子を振ってさよならの挨拶をした時、ディアギレフはそれに気がついてロモラの方を見た。鷹のような鋭い目をしていた。彼らは、ニジンスキーを車に乗せて、さらうようにして行ってしまった。
ロモラはどうにもならない無力感と痛いほどのさみしさを感じながら、帽子を振ってくれたニジンスキーの勇気と優しさに感動していた。
すぐにまた会いたいという思いがこみあげてきた。
「船酔いを感じなかったというロモラの気持ち、わかります」
とキリルが言った。
「そんな経験があるのかい」
「前にガラスが手に刺さってしまい、手術をしなければいけなかったのです。麻酔なしだったけど、好きな人のことを思っていたら、痛さは忘れました」
「それ、いつ?最近の話かい」
「あっ、いいえ、」
キリルの白い顔が、いや、耳まで、赤くなっていた。
ロンドンに向かう時、ロモラはパリからカレーに行く汽車の中で、ニジンスキーと話すチャンスがあったのだ。
ロモナが廊下に立っていると、彼のほうからたどたどしいフランス語で話しかけてきた。
「マドモアゼル、ロンドンを知っていますか」
ロモラはロンドンの学校に行ったので、よく知っていますとフランス語で答えた。
彼女はイギリスで学校を終えた後、パリで演劇を勉強していたので、英語もフランス語もネイティブのように話せるのだ。
でも、ニジンスキーはロモラのフランス語をほとんど理解できないようだった。ロモラは彼のそばにいたかったから、ひとりで話し続けながら、彼の動作をその目で追っていた。あまりしゃべりすぎて、彼の目には馬鹿に見えているかもしれないと不安だったけれど、話が切れてしまえば、彼が去ってしまうから、ロモラは話し続けた。
ニジンスキーは離れて行く時、「ボンヴォワヤージュ」、よい旅をと言ってくれた。
ロモラは部屋に戻った時、うれしすぎて半分失神していた。
「お嬢さま、どうしたのですか」
アンナがしつこく訊いてきたが、ロモラは目に焼きつけた彼の瞳と興奮を抱えたまま、カレーに着くまで一言も口をきかなかった。
カレーからロンドンまでは船で行くのである。その時、海はひどく荒れていた。ロモラは気分が悪かったから、海の空気を吸いに、部屋から出てみた。船中のだれもかれもが船酔いをしているようだった。
その時、手すりによりかかっているニジンスキーを発見した。
また会うことができたのだ。
その瞬間、ロモラは海が荒れていることも、船が揺れていることも、忘れた。
神さまが祈りに応えて、またチャンスを与えてくれたのだと思い、ロモラは彼に近づいて挨拶をした。
この時、彼はロシア語とほんの少しのフランス語で話した。ロモラはロシア語はわからないから、考えてみれば、ふたりの会話はほとんどパントマイムだった。けれど、そんなことは気がつかないくらい話が通じた。二時間という時間が飛んで、あっという間に船は港に着いてしまった。もっともっと長く乗っていたかったのに。
船室に戻ると、アンナがすごい船酔いで唸っていた。
「お嬢様、船はもう二度といやでございます」
「船酔いによく効く薬があるわよ」
ロモラが得意げに言った。
「それは何ですか、お嬢様」
「それは、プチよ」
ロモナは船酔いなどしなかったどころか、夢心地だった。
下船した後、汽車に乗り継いで、ロンドンに着いた。
ロンドン駅に着いた時、プラットホームでディアギレフが麦わら帽を振っていた。彼らは別の便で先にロンドンに到着していたのだ。ニジンスキーが汽車から飛び降りると、すぐに取り巻きが寄ってきて、彼と取り囲み、周囲に壁を作った。
ニジンスキーがロモラの姿に気がついて、帽子を振ってさよならの挨拶をした時、ディアギレフはそれに気がついてロモラの方を見た。鷹のような鋭い目をしていた。彼らは、ニジンスキーを車に乗せて、さらうようにして行ってしまった。
ロモラはどうにもならない無力感と痛いほどのさみしさを感じながら、帽子を振ってくれたニジンスキーの勇気と優しさに感動していた。
すぐにまた会いたいという思いがこみあげてきた。
「船酔いを感じなかったというロモラの気持ち、わかります」
とキリルが言った。
「そんな経験があるのかい」
「前にガラスが手に刺さってしまい、手術をしなければいけなかったのです。麻酔なしだったけど、好きな人のことを思っていたら、痛さは忘れました」
「それ、いつ?最近の話かい」
「あっ、いいえ、」
キリルの白い顔が、いや、耳まで、赤くなっていた。
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