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聖女降臨? 編

ミラクル2 おいでませ砂漠の民

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「本当にすまなかった! 君を騙したわけじゃないんだ! その証拠に、きちんと戻ってきただろう?」

「ええ、そうですね! 別に怒ってませんよ! 怒ってませんとも!」

召喚聖女・御手洗清美は現在マッチョな虎獣にお姫様抱っこをされながら、灼熱の砂漠を猛スピードで走っていた。ただ座して我が子が死ぬのを見届けるよりはと藁にも縋るような気持ちでダメ元で行った人間の街でまさかの水を売ってもらえるという奇跡が起こったせいで、人間が獣人ほど早くは走れないことを失念したらしい。

砂漠に出たところで清美がついてきていないことに気付いたため、慌てて引き返してきたのだとか。意外と律義ね、と清美は感心しながら人生初のお姫様抱っこに当惑する。憧れがなかったわけではないが、アラサーにもなってお姫様抱っこはさすがにね、と少し気恥ずかしく感じてしまうのが社会人の悲しいところだ。

「水を売ってくれた大恩人である君を騙すなんてとんでもない! 幾ら人間相手だからって、俺達ンノカジ族はそこまで落ちぶれちゃいないさ!」

「ン?」

「ンノカジ族だ。王国民なのに聞いたことがないのか?」

「私、えーっと……外国人観光客であって、あの国の人間じゃありませんから!」

テオと名乗った虎獣人が道中語ったところによると、この辺り一帯の砂漠を治めているのはサンドリヤン王国のサンドリヤン王なる人物らしく、人間が主体のサンドリヤン王国民の他にも、ンノカジ族なる虎獣人達の部族やイガタ族なるライオン獣人達の部族、その他小規模の原住民達がこの砂漠に生息しているのだそうだ。

ところがここ十年ばかり何故か全く雨が降らない異常気象となってしまい、生活用水が枯渇。井戸も砂漠のオアシスも全て干上がってしまい、水も食料も外国からの輸入に頼らざるを得ず、次第にコップ一杯の水を命懸けで奪い合う修羅の国と化してしまったのだとか。

清美は街中で迂闊に水を飲まなくてよかった、と心底安堵した。町民達があの広場で群がってきたのはそういう理由だったのだ。下手をすればあのペットボトル一本を奪い取るために殺されていたかもしれないと思うと胆が冷える。

「もうすぐ俺達の移動集落が見えてくる頃だ!」

程なくして到着したのは、砂漠にそこそこ大きなテントが幾つも居並ぶ、いかにもキャラバンの拠点といった様子の小さな集落だった。

「テオ! 無事だったのか!」

「ああ! 今戻ったぞ!」

男も女も大人も子供も、二足歩行の虎といった風棒の虎獣人達はテオの姿を確認すると、わらわらと近寄ってきた。

「その人間の女はなんだ?」

「俺に水を売ってくれた恩人だ!」

「人間が俺達に水を?」

「信じ難いな」

「何かの罠ではないのか? 毒入りの水で俺達を一掃するつもりとか」

「ちょっとアンタ! いきなりとんでもないこと言い出すんじゃないわよ! サンドリヤン王国の人間ってのはどいつもこいつも被害妄想丸出しのバカしかいないわけ!?」

男も女も身長190cmぐらいありそうな巨躯の虎獣人達に囲まれてはさすがに委縮してしまった清美だったが、探るような敵意ある視線にさらされなおかつとんでもない難癖を付けられては黙っちゃいられない。噛み付くようにテオの腕の中から身を乗り出してきた清美に、虎達は驚いたように身構える。

「みんなよせ! 貴重な水をそんなバカげたことに使う奴がいる筈ないだろう!」

「だが人間だぞ? 人間は信用ならん!」

「そうだ! 人間はいつだって我ら獣人を見下し迫害してきた!」

「知らないわよそんなこと! 少数のバカがそうだからって人間全員がそうだと決め付けてかかるなんて偏見よ偏見!」

「なんの騒ぎだ」

清美が売られた喧嘩を買おうとテオの腕の中から飛び降りると、そこへ一際目立つ羽根飾りや装飾品を纏った筋骨隆々の虎獣人の壮年男が姿を現した。

「族長! テオ、ただいま戻りました! 彼女が俺に水を売ってくれたのです!」

「人間が、水を? 俄かには信じられんが……」

テオが頭を下げ、族長と呼んだ虎は、2mを超す長身巨躯から身長170cmぐらいの清美を見下ろす。

「ドイツもコイツも初対面で失礼しちゃうわね! ンノカジ族ってのは礼儀知らず&恩知らずのバカの集まりなのかしら!?」

「なんだと!?」

「貴様、人間の分際で!」

「我らを愚弄するか!」

サンドリヤン城での失敗から、平和的に、穏便に事を済ませようと試みた反省も、吹けば飛ぶような薄っぺらさで瞬く間にかっ飛んでいく。売られた喧嘩は買う。舐められっぱなしじゃいられない。復讐は無意味かもしれないが、アイツは復讐する奴だと周囲に知らしめることは意味があると信じる女、御手洗清美。

「みんなよせ! 頼むからここは俺の顔に免」

「どきなさい!」

清美を庇うように彼女の前に立ちはだかったテオを押しのけ、清美はズカズカと族長の前まで歩いていく。一歩も引かず睨み付けてくる人間の女に、彼は面白そうに目を細めた。

「サンドリヤン王国とはもう何十年も諍い続けてきた。この終わらぬ乾季が続き、水不足が深刻になってからは特に。我らに根付いた人間不信の根は深い」

「あっそう。だから私を疑ってるわけ? スパイかなんかじゃないかって?」

「その可能性もなくはない。お前のような騒々しい人間に工作員が務まるかは疑問が残るが。女、お前は何故テオに水を売った? 追い詰められた人間共に、そこまでの余裕はない筈だが」

「そこまで言うんだったらその水返しなさいよ! そこまで言われてアンタらにくれてやる義理はないわよ!」

これ以上コイツらの相手をしていても無駄だと振り返った清美が水の入ったボトルを奪い返そうとすると、テオは懇願するようにペットボトルを潰さぬよう握り締めたまま一歩下がった。

「頼む待ってくれ! この水はうちの子達に……言い争いをしている時間はないんだ! 早く飲ませてあげないと、本当に死んでしまう!」

「これだけ集団でボロクソに言っておきながら水は返さないっていい度胸してるわね! 何よその被害者ヅラは! 盗人猛々しいとはまさにこのことだわ!」

清美は心底腹が立ってしょうがないと言わんばかりにヒールで足元の砂を蹴り上げると、周囲の虎獣人達を見上げ一歩も臆することなく突き立てた親指を下に向けた。

「もういいわよ! アンタ達なんか大っ嫌い! 人間も獣人も、どっちも等しく性根の腐ったクソね! 自分達だけが可哀想だって被害者面しながら、誰が悪い何が悪いってよそ様に責任を押し付け合って、共倒れに勝手に滅べばいいんだわこんな国! 誰が救国の聖女になんぞなってやるもんですか!」

「どこへ行く、女」

「どこだっていいでしょ! そんなに人間が嫌いならお望み通り出てってやるわよ! そして世界中に言い触らしてやるわ! サンドリヤン王国の人間とンノカジ族の獣人ってのは滅んで当然のクソだったってね! どうせ雨が降らなくなったのだって、傲慢で性根の根腐りしたアンタ達への天罰かなんかでしょうよ!」

「待」

「汚い手で気安く触んじゃねーよ! セクハラじゃボケ!」

怒り心頭でズカズカと立ち去ろうとする清美の肩を掴もうとした手が、そこそこ固い仕事鞄の角で乱暴に叩き落される。城で一度あんまりにもあんまりな言い草に怒りが暴発し、ようやく落ち着ける居場所を見付けられるかもしれない、と期待した矢先にこの扱いでは、さすがにキレるなという方が無理だ。

そんな、酷い、悲しい、と泣き寝入りするより、ふっざけんじゃないわよ! と怒りを露わにすることができる女、御手洗清美。そんな激怒した彼女の迫力に、ンノカジ族の戦士達が気圧されるが目の前で族長の手が叩き落とされたことでざわめきが拡がっていく。。

「族長!」

「貴様族長に何をする!」

「よせ。先に非礼を働いたのはこちらだ」

族長はいきり立つ部族の者達を一喝し、清美の背中に問いかける。

「女、名は」

「テメエらみてえな恩知らずのバカ共に名乗ってやる名前なんかねえよ! ドイツもコイツも全員脱水症状で干からびて死んじまえバーカバーカ!」

「待ってくれ君!」

「だから! 触んなっつってんだろうが!」

去っていく清美の肩を掴んで引き留めようとしたテオの頬を、清美は振り向き様に盛大に引っ叩いてやった。

「二度とそのツラ私に見せるんじゃねーぞ! この嘘吐き泥棒野郎!」

酷く傷付いたような表情を浮かべる彼のことが、心底業腹だった。

   ☆★☆

砂漠の真ん中にポツンとドア。砂漠の暑さを遮断できるエアコン完備の絶対安全圏の存在はありがたいけれども、いかんせん水やお湯があっても食料がないのは困る。清美は鞄の中に入っていたガムを噛みながら、便座のフタを閉めた便器に座ってハア、と深いため息を吐いた。

この世界に来てから数時間。本当に碌なことがない。人間も獣人も、どちらも等しく身勝手なゴミだった。日本に帰りたい、と眦に浮かんだ涙を拭う。あのクソジジイ&クソババア&残業だらけのクソ職場が恋しくなる日が来るとはまさか思わなんだ。

「あのさあ、君、何やってるの?」

「うお!?」

いきなり背後から話しかけられ、慌てて立ち上がった清美の目に映るのは、鏡に映ったあの憎き銀髪糸目のイケメン神野郎ではないか。

「ちょっとアンタ! よくも人をこんなカス野郎しかいないクソみたいな地獄の異世界に放り込みやがったわね! お陰で散々よどうしてくれんのよ! え!?」

鏡の中の神様を壁ドンする聖女、御手洗清美。彼女の鬼気迫る迫力と威圧感にドン引きしながら、鏡の中の神様が一歩後ずさる。

「いや、ちょっと待ってよ。最初に僕言っただろ? イージーモードで冴えない人生一発逆転、イケメン達に囲まれてのチヤホヤスローライフの始まりだって」

「コ! レ! の! どこがよ!」

「ハア……人選ミスったかなあ?」

神様いわく。ここ十年この国で全く雨が降らなくなったのは聖女を降臨させるための下準備なのだそうだ。自分で旱(ひでり)にしておいて、自分で水の聖女を送り込むというマッチポンプ作戦にはさすがの清美もドン引きである。

「君はシャワーホースと洗面台の蛇口から幾らでもタダで水を使い放題だろう? だから水不足に苦しむこの国では間違いなく最高の救世主になる筈だったのに、なんだって王子達と喧嘩なんかしちゃったんだい?」

「だってしょうがないじゃない! いきなりなんの説明もなしに見知らぬ連中に寄ってたかってこの国を救えとか詰め寄られた挙げ句、公開処刑だなんて言われちゃ誰だって気が動転するでしょ!?」

「今からでもお城に戻って、きちんと事情を説明して保護してもらえば? きちんと役に立つところをアピールすれば、今からでも聖女認定されて手厚くもてなしてもらえるかもしれないよ?」

「絶対嫌よ! あんだけ派手に喧嘩売って飛び出したくせに、どのツラ提げて戻れってーの!? それにあんな身勝手な奴らの顔、見たくもないわ!」

「折角運命を導いて日本人の女性がいかにも好きそうな顔のいい美青年達を集めたのに……なんだって君はそう喧嘩っ早いかなあ。それでよく社会人が務まったね?」

「務まらなかったからブラック勤務だったんでしょうが! いやまあ、そこは確かに威張れるところじゃないけれども!」

どんなに劣悪な労働環境だろうと、『死にたい』よりも先に『コイツぶっ殺してえー!』が先に来る彼女は、自殺するぐらいなら職場で暴力事件を起こすことを選ぶ女である。幸いまだ一度も警察沙汰になったことはないが。そもそも! と清美は壁をドン! と殴り付ける。

「アンタが最初に水不足の国だって必要最低限の説明さえしてくれればあんなことにはならずに済んだんじゃない! なんの事前説明もなくエアコン完備のユニットバスの使い方だけ頭の中に叩き込んで放り出すなんて、無責任にも程があるでしょ!? 神様のくせに新人聖女の研修すらちゃんとできないわけ!?」

ハア、と清美はバスタブのフチに腰かけ、深々と項垂れる。

「お願いだから日本に帰して頂戴。そんで、今度はちゃんとしたいい子を聖女に選びなさいよ。」

「そうしてあげたいのは山々なんだけど、そうもいかないんだよ。元々熱中症で倒れて線路に落下した君をたまたま聖女に抜擢することで僕のところに呼んだんだから、これ以上運命を捻じ曲げるわけにはいかないの」

「……そういえば、別れ際にそんなこと言ってた気がするわね。てことは、アンタは私の命の恩人ってわけ?」

「結果的にはそうなるね。その恩人を相手にボロクソ言った気分はどうだい?」

「最悪よ。日本に帰れない、帰れても電車に轢かれて死ぬ運命? じゃあこの世界で生きていこうにも、この世界には話の通じるまともな人間がひとりもいないじゃない」

「それは、頭に血が昇った君の思い込みだよ。……とにかく、僕の説明に不備があったことは認める。お詫びに食料問題だけはなんとかしてあげるから、もう少し頑張ってみない? ね?」

ブツっとテレビが切れるみたいに鏡に映るイケメン神の顔が消え、代わりにパカっと洗面台の上に設置されていた戸棚のドアが開く。そこには電気ケトルと清美が好きだったカップ麺やインスタントの袋麺が数種類、それに使い捨ての割り箸やクッキータイプの栄養補助食品などが鎮座していた。

「……ありがとう神様」

試しにカップ麺を手に取りドアを閉める。そしてまた開けてみると、そこには先程取った筈のカップ麺が鎮座していた。なるほどコレで水・トイレ・一応は安全な寝床、そして食料問題も解決したわけだ。

電気ケトルに水を注ぎ、洗面台のコンセントにプラグを挿してお湯を沸かす。具と粉末スープの上から熱湯を注いで待つこと3分。

美味しいカップ麺の出来上がりだ。人生初の便所飯ね! 等と無理矢理テンションを上げつつ一口すすれば、散々食べ慣れたその味に涙が出そうになり、泣くもんか! 絶対に泣いてなんかやるもんか! と清美は涙を拭う。今まで生きてきた中で、一番美味しいカップ麺だった。
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