観音通りにて・兄

美里

文字の大きさ
上 下
7 / 35

しおりを挟む
 「座ったら?」
 ユウがごく穏やかに言って、自分の隣を視線で示す。でも、ソラはでくの坊みたいに立ったまんま、いやいやするように首を振った。
 子供じみたことをしている。自覚はあった。でも、どうしても、おはようございます、と微笑んで、ユウの隣に座って、珈琲を飲んで、というような当たり前のことができなくて。
 ソラが、そんな自分に絶望していると、ユウは軽く微笑んで、ポケットから黒い財布を抜き取った。
 「だったらさ、ちょっと買い物行ってきてくれない? うち、まじでカップ麺しかないんだよね。ソラくらいの歳ならちゃんと朝飯食った方が良いと思うし。」
 ふらり、と、重力を感じさせない動作で立ち上がったユウが、ソラの目の前にやって来て、手の中に財布を握らせる。
 「パンと、卵と、ベーコンと、野菜は千切りになってるキャベツでいいや。好きな飲み物も買っておいで。」
 ソラは、びっくりして手の中の革製の財布に目を落とした。落とした、というよりは、引きつけられた、が正解かもしれない。だって、ソラは無一文の浮浪児で、金なんか渡したら、持ち逃げするに決まっている。財布の中には、金以外にも、なくしたり悪用されたら困る身分証明書なんかも入っているだろう。
 衝撃を受けて固まっているソラの背中に、ユウのてのひらが当てられる。そしてそのまま、玄関まで誘導された。
 「靴、まだ濡れてるから、俺のサンダル履いてっていいよ。」
 あっさりそれだけ言うと、ユウはソラにサンダルを履かせて玄関から押し出し、がちゃん、とドアを閉めた。ソラはその場に立ったまま、手の中の財布を凝視していた。
 もしかしたらこれは、手切れ金だろうか。これを持って、どこか遠くに行ってしまえという意味だろうか。多分、身分証明書やカードの類は抜いてあって。
 そう思いついて、財布の中身を確認してみる。すると、当然のようにカード入れにはクレジットカードやキャッシュカード、顔写真付きの身分証明書まできちんと並べられていた。
 なんて、無防備なんだ、あのひとは。
 ソラは財布を固く握りしめ、しばらくその場で思案に暮れた。そして結局、とっとと買い物をして帰ってくる以外に今自分がするべきことはない、と考え到り、眩しい日の下に足を踏み出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

ゆるふわメスお兄さんを寝ている間に俺のチンポに完全屈服させる話

さくた
BL
攻め:浩介(こうすけ) 奏音とは大学の先輩後輩関係 受け:奏音(かなと) 同性と付き合うのは浩介が初めて いつも以上に孕むだのなんだの言いまくってるし攻めのセリフにも♡がつく

週末とろとろ流されせっくす

辻河
BL
・社会人カップルが週末にかこつけて金曜夜からいちゃいちゃとろとろセックスする話 ・愛重めの後輩(廣瀬/ひろせ)×流されやすい先輩(出海/いずみ) ・♡喘ぎ、濁点喘ぎ、淫語、ローター責め、結腸責めの要素が含まれます。

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

スパダリショタが家庭教師のメスお兄さん先生と子作り練習する話

さくた
BL
攻め:及川稜 DS5。文武両道、とてもモテる 受け:狭山由貴 稜の家庭教師。文系。数学は苦手 受けの名前出てないことに気づいたけどまあええやろ…

手作りが食べられない男の子の話

こじらせた処女
BL
昔料理に媚薬を仕込まれ犯された経験から、コンビニ弁当などの封のしてあるご飯しか食べられなくなった高校生の話

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

処理中です...