禁猟区

美里

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サクラ

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バーテンの部屋を出て、夜明けの街へ歩き出した途端、背後から声をかけられた。
 「カイリ。」
 耳に馴染んだ甘ったるいハスキーボイス。振り返れば、店の看板に腰を引っ掛けるようにしてサクラが立っていた。
 「……え? なんで?」
 なんで俺がここにいることを知っているのだ。
 驚いて言葉をなくしていると、サクラはいたずらが成功した子供みたいに屈託なく笑った。
 「昨日バーテンくんに、あんたの居場所訊いたら、知らないっていうのよ。あからさまに嘘のトーンで。だから多分、あんたはここにいるって思ったのよね。」 
 さすがはサクラ、と、俺はパチパチ拍手をしてみせた。
 「あなたの本命くんが、あなたのこと探してるわよ。部屋に行ってあげたほうがいいわ。」
 どうせまだ麻美と話もついてないんでしょ、と、サクラは軽く肩をすくめる。
 確かに麻美と話はついていない。いつ刺されてもおかしくない。
 俺の行動はなにからなにまでお見通しなのか、とちょっと悔しくなったので、俺は仕返しみたいにサクラに顎をしゃくる。
 「寝たよ。バーテンくんと。」
 するとサクラは、全く表情を替えないまま、そう、と応じた。
 「あの子は繊細ね。適当に寝て後はほっとけばいいってタイプじゃない。」
 だから重たいわ、などと言いながら、サクラは煙草に火を付ける。
 重たい。
 その意味は俺にも正直分かった。
 あのバーテンダーは、真面目すぎる。俺やサクラみたいに、ふらふらと男とも女とも寝ているようなタイプじゃない。
 だから、重たい。
 「お前も刺されるんじゃないか? バーテンくんに。」
 半分冗談、半分本気の言葉を、サクラは紫煙と一緒に笑い飛ばした。
 「別に、それならそれでいいわよ。」
 寂しい言葉だと思った。サクラはいつも、なににも執着しない。それは、自分の命にさえも。
 そうでなくては、フリーランスの売春婦なんて危険極まりない仕事を何年も続けてはいけないはずだ。
 俺の考えをすっかり読み取ったみたいに、サクラは煙草を唇の端に引っ掛けたまま皮肉に唇を歪めた。
 「あんただってそうでしょ? 麻美ちゃんにいつ刺されたって、どうでもいいくせに。」
 ただね、と、サクラが煙草を俺の口にねじ込みながら言う。
 「あんたにはバンリくんがいるでしょ。ちゃんと探してくれる人がいる。どっか、誰にも見つからないような場所で刺されるのはやめなさい。せめてちゃんと見つけられやすいとこで死んだらいいわ。」

 

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