31 / 34
2
しおりを挟む
「もう疲れたわ。出てって。当分来ないで。落ち着いたらラインするから。」
「美晴?」
「ひどいこと言いたくないの。出てって。」
タツキの真っ黒い両目が私を見つめる。本当に私しかいないんだな、と分かる、分かってしまう、正直な眼差し。誰よりもきれいな男は明らかに狼狽えていた。
「待ってよ美晴、」
「待たないよ。」
「頼むから、」
「もう聞かない。タツキのお願いは大体聞いてきたけど、もう無理。」
私はカーペットの上にだらりと寝転がっていた身体を起こし、タツキを促して部屋から追い出そうとした。すると一度は立ち上がったタツキはすとんと膝を折り、私に覆いかぶさるように全身で抱きしめてきた。
タツキの匂いがした。セフレ時代にいやになるほど身に慣れていた、柔軟剤とシャンプーと肌の香りが混ざった匂い。
「結婚して。」
つむじのあたりに落とされたそれは、愛の告白と言うよりは断崖絶壁に追い詰められた殺人犯の自白みたいだった。もうどうにも先に行くところがない瀬戸際で吐き出された台詞。
「バカ言ってる。」
身体が震えた。私はやはりタツキが好きだった。結婚したところでこいつのセックス依存症が治るわけでもないのに、それでももしかしたら、と思ってしまうくらいには。
「私と結婚したって、なにも変わらないよ。」
これまでの人生で一番、痛い言葉だった。言葉の全体に棘が生えているみたいに、喉も舌も唇も痛んだ。
「変わるから、お願い。」
私の胴体を抱え込んだタツキの腕の力が強くなる。性的な意味を含まない抱擁をこの男から受けるのははじめてだった。セックスをしなくなった時点で私とタツキには、肉体的な接触がほとんどなくなっていた。
タツキの身体を抱きしめ返したかった。そのまま二人で行けるところまで行ってしまいたかった。幸せな結婚生活なんてその先にないのは分かっているけれど、タツキを騙して自分も騙して、地獄みたいな暮らしにもつれ込んでしまいたかった。悔しいけれど私には、それを幸せと呼べる自信がある。
「タツキがじゃないよ。状況がだよ、」
それでもタツキに縋らなかったのは、ここ二年余りの忍耐の成果だと思う。我慢には慣れていた。タツキに触れられないことにも、タツキが私を選んでくれないことにも、ずっとずっと我慢しては慣れてきた。
「でも、美晴がいなかったら俺は、本当に一人だ。」
「私がいたって一人だよ。私も高宏いるけど一人だもん。」
「俺は美晴がいれば、」
「嘘。これまでだって私がいてもセフレ切れなかったでしょ。結婚してみたって一緒だよ。」
正面から私を包むタツキの身体は小刻みに震えていた。私の言葉や私の存在が。こんなにも恵まれた肉体を持つ男を震えさせているのだと思うと、そこには確かな快感があった。
「美晴?」
「ひどいこと言いたくないの。出てって。」
タツキの真っ黒い両目が私を見つめる。本当に私しかいないんだな、と分かる、分かってしまう、正直な眼差し。誰よりもきれいな男は明らかに狼狽えていた。
「待ってよ美晴、」
「待たないよ。」
「頼むから、」
「もう聞かない。タツキのお願いは大体聞いてきたけど、もう無理。」
私はカーペットの上にだらりと寝転がっていた身体を起こし、タツキを促して部屋から追い出そうとした。すると一度は立ち上がったタツキはすとんと膝を折り、私に覆いかぶさるように全身で抱きしめてきた。
タツキの匂いがした。セフレ時代にいやになるほど身に慣れていた、柔軟剤とシャンプーと肌の香りが混ざった匂い。
「結婚して。」
つむじのあたりに落とされたそれは、愛の告白と言うよりは断崖絶壁に追い詰められた殺人犯の自白みたいだった。もうどうにも先に行くところがない瀬戸際で吐き出された台詞。
「バカ言ってる。」
身体が震えた。私はやはりタツキが好きだった。結婚したところでこいつのセックス依存症が治るわけでもないのに、それでももしかしたら、と思ってしまうくらいには。
「私と結婚したって、なにも変わらないよ。」
これまでの人生で一番、痛い言葉だった。言葉の全体に棘が生えているみたいに、喉も舌も唇も痛んだ。
「変わるから、お願い。」
私の胴体を抱え込んだタツキの腕の力が強くなる。性的な意味を含まない抱擁をこの男から受けるのははじめてだった。セックスをしなくなった時点で私とタツキには、肉体的な接触がほとんどなくなっていた。
タツキの身体を抱きしめ返したかった。そのまま二人で行けるところまで行ってしまいたかった。幸せな結婚生活なんてその先にないのは分かっているけれど、タツキを騙して自分も騙して、地獄みたいな暮らしにもつれ込んでしまいたかった。悔しいけれど私には、それを幸せと呼べる自信がある。
「タツキがじゃないよ。状況がだよ、」
それでもタツキに縋らなかったのは、ここ二年余りの忍耐の成果だと思う。我慢には慣れていた。タツキに触れられないことにも、タツキが私を選んでくれないことにも、ずっとずっと我慢しては慣れてきた。
「でも、美晴がいなかったら俺は、本当に一人だ。」
「私がいたって一人だよ。私も高宏いるけど一人だもん。」
「俺は美晴がいれば、」
「嘘。これまでだって私がいてもセフレ切れなかったでしょ。結婚してみたって一緒だよ。」
正面から私を包むタツキの身体は小刻みに震えていた。私の言葉や私の存在が。こんなにも恵まれた肉体を持つ男を震えさせているのだと思うと、そこには確かな快感があった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
イケメンリーマン洗脳ハッピーメス堕ち話
ずー子
BL
モテる金髪イケメンがひょんな事から洗脳メス堕ちしちゃう話です。最初から最後までずっとヤってます。完結済の冒頭です。
Pixivで連載しようとしたのですが反応が微妙だったのでまとめてしまいました。
完全版は以下で配信してます。よろしければ!
https://www.dlsite.com/bl-touch/work/=/product_id/RJ01041614.html
出産は一番の快楽
及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。
とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。
【注意事項】
*受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。
*寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め
*倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意
*軽く出産シーン有り
*ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り
続編)
*近親相姦・母子相姦要素有り
*奇形発言注意
*カニバリズム発言有り
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる