24 / 38
6
しおりを挟む
「したくないの?」
少し苛立ちながら私が訊くと、深町尚久はやっぱり子どもみたいな顔で立ち尽くしていたけれど、やがてゆっくりと私に続いてホテルに足を踏み入れた。このホテルはいつも、水の中みたいに静かだ。深町尚久は多分、水の中では呼吸ができないタイプなのだろう。私がフロントで鍵を受け取り、エレベーターに乗り込むと、深町尚久はおそるおそる、といった感じで、それでもついてきた。狭いエレベーターの中で、これまでの男だったら大抵私の身体に触るかキスをするかしてきたものだけれど、深町尚久はじっと突っ立っていた。
三階について、エレベーターを降り、一番手前の部屋に入る。部屋の中はベージュで統一されていて、清潔なのになぜだか、そんな感じがしない。なにもかもが薄く湿って見える。電気だってしっかりついているのに、妙に薄暗い感じがするのも不思議だった。
アサヒさんだったら、こんな部屋で服を脱いだりしないだろう。そう思ったのとほとんど同時に、アサヒさんにこの部屋はひどく似合うような気もした。それは、幾分嗜虐的な気持ちで。
私はそんなことを考えながら、部屋の真ん中で服を脱いだ。痩せて骨の浮いた、自分の身体。その現実感が、いつも嫌いだった。
深町尚久は、入り口のところに立ったまま、怖れるような目で私を見ている。彼には私が狂女に見えるのかもしれない。それでもよかった。いっそ、そのほうがよかった。狂った女と寝てみればいい。その感覚も、嗜虐的だった。
「早く脱ぎなよ。ここまできて、なにもしないで帰るつもり?」
深町尚久に投げつけた言葉は、彼にちゃんと直撃したようだった。一瞬の間の後、彼が私に歩み寄ってくる。殴られるかな、と、他人ごとみたいに思ったけれど、深町尚久は私を殴りはせず、両腕で抱きしめてきた。
「俺、古谷さんのこと、好きで、」
「そんなこと聞いてないよ。」
「……でも、」
「脱いだら?」
私は深町尚久の身体を押しのけ、彼のシャツのボタンを上から外していった。彼は抵抗しなかった。私の手を見つめるその顔は、やっぱり泣き出しそうな子どもだった。それでも私には、容赦をしてやる気がなかった。抱けばいい。この女を抱いて、落ちてくればいい。そうしたら、もしかしたら私も、好きとか嫌いとか、そんな感情をいだけるようになるのかもしれない。
少し苛立ちながら私が訊くと、深町尚久はやっぱり子どもみたいな顔で立ち尽くしていたけれど、やがてゆっくりと私に続いてホテルに足を踏み入れた。このホテルはいつも、水の中みたいに静かだ。深町尚久は多分、水の中では呼吸ができないタイプなのだろう。私がフロントで鍵を受け取り、エレベーターに乗り込むと、深町尚久はおそるおそる、といった感じで、それでもついてきた。狭いエレベーターの中で、これまでの男だったら大抵私の身体に触るかキスをするかしてきたものだけれど、深町尚久はじっと突っ立っていた。
三階について、エレベーターを降り、一番手前の部屋に入る。部屋の中はベージュで統一されていて、清潔なのになぜだか、そんな感じがしない。なにもかもが薄く湿って見える。電気だってしっかりついているのに、妙に薄暗い感じがするのも不思議だった。
アサヒさんだったら、こんな部屋で服を脱いだりしないだろう。そう思ったのとほとんど同時に、アサヒさんにこの部屋はひどく似合うような気もした。それは、幾分嗜虐的な気持ちで。
私はそんなことを考えながら、部屋の真ん中で服を脱いだ。痩せて骨の浮いた、自分の身体。その現実感が、いつも嫌いだった。
深町尚久は、入り口のところに立ったまま、怖れるような目で私を見ている。彼には私が狂女に見えるのかもしれない。それでもよかった。いっそ、そのほうがよかった。狂った女と寝てみればいい。その感覚も、嗜虐的だった。
「早く脱ぎなよ。ここまできて、なにもしないで帰るつもり?」
深町尚久に投げつけた言葉は、彼にちゃんと直撃したようだった。一瞬の間の後、彼が私に歩み寄ってくる。殴られるかな、と、他人ごとみたいに思ったけれど、深町尚久は私を殴りはせず、両腕で抱きしめてきた。
「俺、古谷さんのこと、好きで、」
「そんなこと聞いてないよ。」
「……でも、」
「脱いだら?」
私は深町尚久の身体を押しのけ、彼のシャツのボタンを上から外していった。彼は抵抗しなかった。私の手を見つめるその顔は、やっぱり泣き出しそうな子どもだった。それでも私には、容赦をしてやる気がなかった。抱けばいい。この女を抱いて、落ちてくればいい。そうしたら、もしかしたら私も、好きとか嫌いとか、そんな感情をいだけるようになるのかもしれない。
10
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる