姉弟

美里

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 そうじゃない、と、シュンは言った。そして、その先の言葉が見つけられずに沈黙した。
 電話の向こうで美沙子は笑っていた。声を立てて、さもおかしそうに。
 『恋だなんて、本気で言ってるわけ? 面白いわね、あんたは。』
 シュンはなにか言わねばならない気がして、口をぱくぱくさせた。そして結局言葉は見つからず、酸欠の金魚がもがいているだけみたいになった。
 息が苦しい。
 美沙子の言っていることを、正面から否定できるような証拠が何一つなくて。
 『あの子があんなに真っ直ぐだから、腹が立つだけ。私達はあんなふうにはいられなかったから。』
 美沙子が笑ったままの声で言う。
 『それにね、あんた、恋なんてできると思うの? 私達に。欠陥だらけの私達によ。恋なんて、そんなまともな人間の特権が、私たちの手の中にまだ残ってるとでも思ってるの?』
 思ってないよ、と、シュンは呻いた。そうするしかなかったのだ。まともな人間の特権。そう言われてしまえば、そんなものが自分に残っているとは到底思えなくて。
 『思ってないわよね。』
 ダメ押しの美沙子の言葉に、シュンはただ頷いた。見えなくったって千里眼の美沙子のことだ。シュンが頷いたことくらい電話越しでも分かっているだろう。
 「なんで、こんなことをするの?」
 辛うじて問いかけたシュンの声は、ぎすぎすとかすれて痛々しいほどだった。
 「俺が健くんを抱くことだって、こうやって美沙子に電話することだって、美沙子には分かってたはずだろう? どうしてこんなことをするんだよ。」
 俺が酸欠金魚みたいにもがいているのを見るのは楽しいか、と、美沙子を責めるみたいな言葉をシュンは口にしたけれど、声のトーンはいっそ彼女にすがっているみたいだった。
 『分からない。』
 答えた美沙子の声は、静かだった。
 『分からないけど、やらずにはいられなかったの。今だって、私、後悔してるのよ。健のことも、あんたのことも傷つけてるって。』
 美沙子の声は震えていなかった。いつもと変わらない調子だった。それでもシュンは、彼女が泣いているのかもしれない、と思った。
 「美沙子、」
 泣いてるの、と、問おうとして、言葉が喉に引っかかった。間違った同情の仕方をすると、美沙子を粉々に壊してしまうのではないかと思って。
 だから、なに、と美沙子に問い返されたシュンは、ぜんぜん違うことを言った。
 「四日後、駅まで迎えに行くから。」
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