踊り子・若葉

美里

文字の大きさ
上 下
2 / 10

しおりを挟む
 ごく短い沈黙の後、オーナーは、知らん、と言った。
 「知らん。茉莉花がどこに行ったかも、今何をしているのかも、俺は知らん。」
 そのすげない言いように、若葉はさすがに鼻白んだ。でも、ここで引いては女がすたる、とばかりに、反対に身を乗り出す。
 「噂、オーナーも聞いてますよね? 茉莉花姐さんがストーカーされてたって。それ、ほんとですか?」
 するとオーナーは、今度はあっさり首を縦に振った。
 「本当だな。」
 「じゃあ、それから逃げるためにどっか行ったっていうのは?」
 「知らん。」
 「男がいて、そいつがこの近くに住んでるっていうのは?」 
 「知らん。」
 あまりにそっけないな、と、若葉は肩を落としかけた。でも、若葉でも勘付いていることはある。オーナーは、茉莉花にご執心だった。それは、端から見ていた若葉にも分かるくらい。立場上、そして彼の性格上の理由でもあるだろう、決して茉莉花を贔屓したりはしなかったけれど、それでも、茉莉花が踊るそのときだけ、オーナー室のブラインドが開くことに、若葉は気が付いていた。多分、若葉も同じように茉莉花に執心していたから分かったのだろう。
 「オーナーだって、気になってるでしょ? 茉莉花姐さんが急にいなくなったこと。姐さんはショーが好きだったから、飛んだりなんかしないよ。なにかあったんだよ、きっと。」
 知らん、と、オーナーはまた言った。ただ、今度の、知らん、には、ため息みたいな色が含まれていた。しつこい若葉にうんざりしているのかもしれないし、もしかしたら本当は茉莉花についてなにか知っていて、若葉のしつこさに折れかけているのかもしれない。若葉は後者に賭けて言葉を重ねた。
 「お願い、知ってること全部教えてください。姐さん、なにか困ったことになってるのかもしれない。」
 オーナーは、しばらく黙っていた。黙った後、傍らのデスクに手を伸ばし、メモ帳にさらさらとなにか書いてページをちぎると、若葉に寄越してきた。若葉がその紙を見ると、そこには誰かの住所が書かれている。
 「姐さん、ここにいるんですか?」
 息せき切って尋ねると、オーナーはちょっと笑って首を横に振った。
 「違う。男の住所。いなくなる前に、茉莉花はそこに行ってる。」
 「ここに?」
 「ああ。」
 「行ってきます。出番までには、戻りますから。」
 「押しかける気か?」
 「オーナーだって、その気だったんでしょ?」
 こんなの調べてるなんて。若葉が生意気に鼻に皺を寄せて言うと、オーナーは静かに苦笑した。
 「出番までには、必ず帰れよ。」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】私は官能の扉を開けてしまった

未来の小説家
恋愛
女性用風俗に初めて行った女性の物語

【R18】貧しいメイドは、身も心も天才教授に支配される

さんかく ひかる
恋愛
王立大学のメイド、レナは、毎晩、天才教授、アーキス・トレボーの教授室に、コーヒーを届ける。 そして毎晩、教授からレッスンを受けるのであった……誰にも知られてはいけないレッスンを。 神の教えに背く、禁断のレッスンを。 R18です。長編『僕は彼女としたいだけ』のヒロインが書いた異世界恋愛小説を抜き出しました。 独立しているので、この話だけでも楽しめます。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【R18】お父さんとエッチした日

ねんごろ
恋愛
「お、おい……」 「あっ、お、お父さん……」  私は深夜にディルドを使ってオナニーしているところを、お父さんに見られてしまう。  それから私はお父さんと秘密のエッチをしてしまうのだった。

よつんばい

えぼりゅういち
恋愛
おっとりして無防備な加奈さんと僕は、恋人未満の関係だ。 彼女は僕のいやらしい目線に気づかない。日々の中で僕の欲望だけが高まっていく。 ある日彼女が押し入れの中に頭を突っ込んで探し物を始めた。 揺れるお尻を見て、僕はもう限界だと思った。 淡い友情の日々は終わりを迎えた。僕は開き直って彼女に性欲をたたきつけてやるんだ……。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】禁断の絶頂

未来の小説家
恋愛
絶頂を我慢したい彼女の話

とりあえず、後ろから

ZigZag
恋愛
ほぼ、アレの描写しかないアダルト小説です。お察しください。

処理中です...