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決戦(4)
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「……あ……れ。ここ……」
はっきりとしない思考と視界をそのままに、もぞもぞと身動いだ。
瞬間だった。
「っ! つ、ぅぁ……っ」
頭を鈍器で殴られた様な衝撃。
それに耐える事数秒。
治まってきた事で、周囲の状況へと意識を向けようとした瞬間。
「ジャーヌっ!?」
叫んだ。
目の端に何かを見た気がしたからなのだが、部屋には他に誰も見られない。
深呼吸一つ。
もう一度、ゆっくりと周囲へ目配せ。
――夢。じゃないね、アレは……。……つあー……頭逝ったかと思った……。
言葉の通りの意味だったが、兎も角、声に釣られたのか、外で激しい足音一つ。
すぐに二つ。
出入り口と言うには簡素そのもの、外との境となっている布地一枚が開け放たれる。
「ジャンヌ様っ!!」
「ミーナちゃん……?」
呼び掛けに、彼女はしかし、安堵した表情を見せたかと思えば、
「よ……良かった……本当に……」
尻を地面に着けながら、すすり泣いてしまった。
「あー、うん。ごめん。心配掛けちゃったね。アタシは大丈夫。一応ね」
そう告げた後、誂えられた寝床から一息に立ち上がる。
声にならない声を出そうとするミーナニーネを制しつつ、ジャンヌは寝間着を豪快に脱ぎ捨て、丁寧に畳まれた下着へと手を伸ばす。
「……あ、ルリエさん。早いですね」
ミーナニーネを越えて、無遠慮とも言える足取りで、ロキとの最終決戦にて作戦参謀の筆頭を務める人物が来た。
その表情は、怒っている様にも、ほっとしている様にも見える。
無言で先を促されたので、ジャンヌも曖昧な表情のまま進む。
「状況は?」
「ジャンヌさんが意識を失ってから日が三度。……三日? と言うのでしたか。既に先程、戦闘開始の合図は挙がっています」
「三日……」
告げられた言葉を口の中で反芻し、
「また遅刻か。大目玉だねこれは」
苦々しい表情を作る。
「黒竜。いや、単眼竜、とでも呼ぶか。戦闘開始も遅れたんだよね?」
「ジャンヌさんと同じ頃、倒れた、と聞いてます。……詰まり」
「アタシが目覚めた。って事は向こうも目覚めた。だから、か。ま、色々と察する所ではあるけれど」
隊服を着込む。
――その他、考察は走りながらするとしてー。……いつもと雰囲気が違うね……。
思案。
基本が白なのはそうだが、袖口等に赤も見受けられる。
更に言えば、今回は長衣もあるから余計にそう見えるかも知れない。
より厚手に仕立てられたそれは、簡易の防刃服でもある。無論、値段は釣り上がる為、こういう事でもない限り着用する事は稀であった。
続いて、薄紫色の長髪を簡易的に纏め上げ、周囲へ目配せ。
「武器、はー……向こうか」
軽いため息。
恐らくは戦場に突き立っている筈である。
形が形だけに、墓標と言われても文句は言えないが、そもそも、あの形状にした人物は不明だ。
少なくともジャーヌはこれっぽっちも関わっていない。
「ジャンヌ様っ。これをっ」
心中を乾いた笑いで満たしている間に、ミーナニーネが抱えてきたのはエントの朱槍。
ジャンヌが手ずから制作した代物である。
「持っていって良かったのに」
ヴァロワの槍使いを思い、すぐに切り替えた。
「馬を。武器の準備が出来たらすぐに向かいます。戦場の状況は、流石に分かんないもんね」
指摘に、ルリエが目を伏せたのを見て察するしかない。
ならば、後は現地で確認するだけだ。
「いえ。それと、馬の方ですが、外に用意してあります。……けど、白毛馬しか残っておらず、申し訳ありません」
「うーん。アタシとしては寧ろ残ってるだけ有り難いんで」
苦笑。
ルリエの言う馬の毛色。これは基本、黒が最上級の扱いとされている。
黒、白、赤、と段階分けされ、それ以外は一律で下だ。
「それに、白の方が映えるしね」
立場上、ジャンヌは十二皇家の当主と殆ど同格とされていれば、黒が望ましいのはその通りではあるが、だからと言って贅沢は言うまい。
ヴァロワでは他にも色で区分分けする際はこの配置が一般的なのだが、特に理由が判然とせず、昔からの習わし、との事であった。
これまでも深くは考えてこなかったものの、
――今なら識ってる。ジャーヌが言ってた、竜族の体色だ。
即ち、黒竜、白竜、赤竜。
竜とは人語を解する存在を指し、ディーガとは詰まる所、種族名である。
そして、センタラギストに並ぶ、或いはその上を行く超種族達。
夢の中で見た景色。
或いは、追体験の様な形で得られた知識。
ロキと繋がった事で知った世界。
様々が脳内を駆け巡っている。
「全く、恐れ入るよ。センタラギスト様は」
そんな最強種・黒竜を単騎で屠ったジャーヌの凄さは、正直舌を巻く。
今のジャンヌからしても、遙か雲の上の存在であった。
「気にしないで。こっちの話」
二人にはそう言いつつ、ジャンヌは壁に掲げられた自身を模した御旗を手に取る。
手際良く改造。
朱槍に括り付けていき、颯爽と歩みを進める。
「それは?」
「ちょっとした舞台装置みたいな……まぁ、遅刻してるし。いっその事派手に登場した方が良いかもとね」
それ以上に拳骨の一つ二つ落とされても文句は言えない立場ではある。
ならば、だ。
「よし。それじゃあ行ってくるね。ルリエさん、後で再会しましょう。ミーナちゃんは、出番これからだろうから、しっかりね」
ルリエには軽く頭を下げ、ミーナニーネには頭を撫で回す事で挨拶とした。
そのまま、一息で騎乗。
「っ」
最初は軽く、しかし、すぐに速度を上げていく。
「何かのゲームであったなぁ。向かう先で無双でも出来れば良いんだけど……」
等と、殆ど人気の無い本陣を走らせながらの感慨は一言で済ませ、後は思考するに留める。
――お互いに彼女の力を分け合った関係。で、私がロキに狙われる理由。
ジャンヌ自身の異常なまでの身体能力だ。
二分割、とまではいかないまでも、それで現状の力なのは、センタラギストであるジャーヌの強力さ故だろう。
無論、ロキとしては絶対に手に入れたい力である。ともすれば、単純に進化する為の餌、と言えるかも知れない。
例えば、初手で一つ歯車が噛み合っていなければ、ひょっとしたら、運命は違っていたろう。
弱体化に貢献したとはいえ、その補填とでも言う様に犠牲者が増えた事もまた、逸らしようの無い事実ではある。
――……後は結果的に、二人を巻き込んだ形になっちゃった、のかな。
自身にその大半が宿ったのは誰の目にも明らかではあるが、ミランヌとシャラの二名に関しては、ジャンヌから更に力を分けた、と言う表現が近い。
それ故、一段劣る能力値なのである。
最も、基本値が常人とは思えないミランヌに関しては、どうにもその限りではないらしいが。
そして、力の一部には彼女が討ち果たした黒竜の力も混じっているらしく、純度としてはロキ側に、こちらはシャラが大半を受け持った形だ。あの異様な防御性能も、言われて見れば納得するしかない。
単眼竜・ロキケトー。
親玉が似た姿を取ったのも、それが遠因だろう。
――片目、と言うか、一つ目なのは、彼女との戦闘を意識してる……のかな。そこまで意識とか知能とかが残ってる訳でも無さそうだけど。
思いつつ、記憶を手繰り寄せるのは壮絶と言える決闘の様。
三百、いや、四百メトルはあろうかと言う黒竜。
右目は潰れ、左翼と右足は根元から消失し、胴体には数え切れない裂傷と穴の数。
方や、人と変わらぬ背恰好の女性。
ジャーヌは、薄紫色の腰まである長髪をそのままに、身体の表皮が岩の様にも、鉱石の様にも見える硬質的な代物で覆われていた。
肩部分から無くなっている右腕、溶けた様な左手と、こちらも全身が傷だらけ。
一見どちらが勝者だか分からない程の状態で相対する両者。
「わっ、っと。ととっ……あっぶな。落ちるかと思った……」
武者震いの様な形で馬に振動が伝わった結果、若干暴れたのである。
着く前に無様を晒す所だ。
宥めつつ一息を入れ、ジャンヌは指揮所の天幕を越えた。
既に決戦は始まっているものの、人は居る。
主に治療士達。後はヨーリウ麾下の予備兵を始めとして、各隊から為る指揮所守備隊の面々だ。
本来ならば、ルリエも此処に残っているべきであったのが、こちらの都合で引き抜いた形になっている。
すぐに戻ってはくるだろうが、申し訳無さも改めて思う。
そんな彼ら彼女らは皆一様に、颯爽と白馬で駆けるこちらへ視線を向け、安堵の表情を浮かべる。
掛ける言葉は思い浮かばず、ただ、御旗を軽く掲げるのみだが、それで十分と言う顔だった。
――全く。
面映ゆさを得つつ、一つ速度を上げる。
直後に、撃音が轟く。
「何事っ!?」
意識と視線を近付いてきた戦場に向ける。
濛々と立ち上がる煙が見えた。
「私が着く前に全滅とか無しにしてよっ!?」
叫びつつ更に速度を上げる。
もう戦場の最後方は目の前だ。
――全くっ! 何が異世界召喚ですかっ。
「まだ本当の感謝も言えてないってのにっ」
愚痴ってから、苦々しい思いと共に飲んだ。
そうしてる間にも近付いてくる背中に、無意識的に声を荒げる。
「ウッドストック殿っ!!」
「っ!? ダルク殿っ!?」
驚きの声と表情。
続く様に、周囲へ広がっていく。
今は無視した。
が、ウッドストックの様相を見て、少しばかりの反省をしてから、
「ごめんなさい! 話と説教は後で! ホボスをお願いしますっ!」
緩めながら乗り捨てる格好で白毛馬を置いて、ジャンヌは両足に力を込める。
「っ!」
一息で身体を吹っ飛ばして先へ。
こちらの姿を見て、道を譲り、声で指示されるがまま、進む。
理由は分かっている。
「……っ。せぇー、っの!」
ぽっかりと開けた場所。
そこに突き立った愛剣を縦回転しながら掴み、引き抜きつつ、そのまま、上空へと弓なりに放り投げた。
着地して、更に走る。
そこで、味方の陣形が、昏倒する前とは些か異なる事に気付いた。
「ジャンヌ殿っ!?」
「遅れちゃったけどっ! 任せてっ!」
アランが中央、それも後方列に居るからである。
だが、それもジャンヌは一旦素通りして先へ進む。
一歩に力を込めた。
御旗を括った朱槍持つ手にも。
敵の大将は攻撃態勢に入る寸前。
「一発ぶちかまして来い! 遅刻魔めっ!」
脇を抜けて行く瞬間にそんな親友の声を聞き、ジャンヌは左手で合図を送り、
「っ!」
飛んだ。
ただの跳躍。
それでも、飛距離は十メトル前後はある。
ほんの僅かな浮遊感の後、空中でヴァルグを受領し、慣性のまま落下。
黒の軍勢の眼前へ狙いを付け、いよいよ地面が迫る。
「『届け届け、我が声よ。風よ風よ、この広い地、戦場に集う者達全てへ私の言葉を伝えよ』」
詠唱を終えた直後。
「っ!?」
回転による遠心力を追加し、両軍が激突する最前へ、大剣を豪快に叩き付けた。
衝撃音と破砕音が重奏を奏でる。
同時に地が撓み、波の様に広がって爆発した。
はっきりとしない思考と視界をそのままに、もぞもぞと身動いだ。
瞬間だった。
「っ! つ、ぅぁ……っ」
頭を鈍器で殴られた様な衝撃。
それに耐える事数秒。
治まってきた事で、周囲の状況へと意識を向けようとした瞬間。
「ジャーヌっ!?」
叫んだ。
目の端に何かを見た気がしたからなのだが、部屋には他に誰も見られない。
深呼吸一つ。
もう一度、ゆっくりと周囲へ目配せ。
――夢。じゃないね、アレは……。……つあー……頭逝ったかと思った……。
言葉の通りの意味だったが、兎も角、声に釣られたのか、外で激しい足音一つ。
すぐに二つ。
出入り口と言うには簡素そのもの、外との境となっている布地一枚が開け放たれる。
「ジャンヌ様っ!!」
「ミーナちゃん……?」
呼び掛けに、彼女はしかし、安堵した表情を見せたかと思えば、
「よ……良かった……本当に……」
尻を地面に着けながら、すすり泣いてしまった。
「あー、うん。ごめん。心配掛けちゃったね。アタシは大丈夫。一応ね」
そう告げた後、誂えられた寝床から一息に立ち上がる。
声にならない声を出そうとするミーナニーネを制しつつ、ジャンヌは寝間着を豪快に脱ぎ捨て、丁寧に畳まれた下着へと手を伸ばす。
「……あ、ルリエさん。早いですね」
ミーナニーネを越えて、無遠慮とも言える足取りで、ロキとの最終決戦にて作戦参謀の筆頭を務める人物が来た。
その表情は、怒っている様にも、ほっとしている様にも見える。
無言で先を促されたので、ジャンヌも曖昧な表情のまま進む。
「状況は?」
「ジャンヌさんが意識を失ってから日が三度。……三日? と言うのでしたか。既に先程、戦闘開始の合図は挙がっています」
「三日……」
告げられた言葉を口の中で反芻し、
「また遅刻か。大目玉だねこれは」
苦々しい表情を作る。
「黒竜。いや、単眼竜、とでも呼ぶか。戦闘開始も遅れたんだよね?」
「ジャンヌさんと同じ頃、倒れた、と聞いてます。……詰まり」
「アタシが目覚めた。って事は向こうも目覚めた。だから、か。ま、色々と察する所ではあるけれど」
隊服を着込む。
――その他、考察は走りながらするとしてー。……いつもと雰囲気が違うね……。
思案。
基本が白なのはそうだが、袖口等に赤も見受けられる。
更に言えば、今回は長衣もあるから余計にそう見えるかも知れない。
より厚手に仕立てられたそれは、簡易の防刃服でもある。無論、値段は釣り上がる為、こういう事でもない限り着用する事は稀であった。
続いて、薄紫色の長髪を簡易的に纏め上げ、周囲へ目配せ。
「武器、はー……向こうか」
軽いため息。
恐らくは戦場に突き立っている筈である。
形が形だけに、墓標と言われても文句は言えないが、そもそも、あの形状にした人物は不明だ。
少なくともジャーヌはこれっぽっちも関わっていない。
「ジャンヌ様っ。これをっ」
心中を乾いた笑いで満たしている間に、ミーナニーネが抱えてきたのはエントの朱槍。
ジャンヌが手ずから制作した代物である。
「持っていって良かったのに」
ヴァロワの槍使いを思い、すぐに切り替えた。
「馬を。武器の準備が出来たらすぐに向かいます。戦場の状況は、流石に分かんないもんね」
指摘に、ルリエが目を伏せたのを見て察するしかない。
ならば、後は現地で確認するだけだ。
「いえ。それと、馬の方ですが、外に用意してあります。……けど、白毛馬しか残っておらず、申し訳ありません」
「うーん。アタシとしては寧ろ残ってるだけ有り難いんで」
苦笑。
ルリエの言う馬の毛色。これは基本、黒が最上級の扱いとされている。
黒、白、赤、と段階分けされ、それ以外は一律で下だ。
「それに、白の方が映えるしね」
立場上、ジャンヌは十二皇家の当主と殆ど同格とされていれば、黒が望ましいのはその通りではあるが、だからと言って贅沢は言うまい。
ヴァロワでは他にも色で区分分けする際はこの配置が一般的なのだが、特に理由が判然とせず、昔からの習わし、との事であった。
これまでも深くは考えてこなかったものの、
――今なら識ってる。ジャーヌが言ってた、竜族の体色だ。
即ち、黒竜、白竜、赤竜。
竜とは人語を解する存在を指し、ディーガとは詰まる所、種族名である。
そして、センタラギストに並ぶ、或いはその上を行く超種族達。
夢の中で見た景色。
或いは、追体験の様な形で得られた知識。
ロキと繋がった事で知った世界。
様々が脳内を駆け巡っている。
「全く、恐れ入るよ。センタラギスト様は」
そんな最強種・黒竜を単騎で屠ったジャーヌの凄さは、正直舌を巻く。
今のジャンヌからしても、遙か雲の上の存在であった。
「気にしないで。こっちの話」
二人にはそう言いつつ、ジャンヌは壁に掲げられた自身を模した御旗を手に取る。
手際良く改造。
朱槍に括り付けていき、颯爽と歩みを進める。
「それは?」
「ちょっとした舞台装置みたいな……まぁ、遅刻してるし。いっその事派手に登場した方が良いかもとね」
それ以上に拳骨の一つ二つ落とされても文句は言えない立場ではある。
ならば、だ。
「よし。それじゃあ行ってくるね。ルリエさん、後で再会しましょう。ミーナちゃんは、出番これからだろうから、しっかりね」
ルリエには軽く頭を下げ、ミーナニーネには頭を撫で回す事で挨拶とした。
そのまま、一息で騎乗。
「っ」
最初は軽く、しかし、すぐに速度を上げていく。
「何かのゲームであったなぁ。向かう先で無双でも出来れば良いんだけど……」
等と、殆ど人気の無い本陣を走らせながらの感慨は一言で済ませ、後は思考するに留める。
――お互いに彼女の力を分け合った関係。で、私がロキに狙われる理由。
ジャンヌ自身の異常なまでの身体能力だ。
二分割、とまではいかないまでも、それで現状の力なのは、センタラギストであるジャーヌの強力さ故だろう。
無論、ロキとしては絶対に手に入れたい力である。ともすれば、単純に進化する為の餌、と言えるかも知れない。
例えば、初手で一つ歯車が噛み合っていなければ、ひょっとしたら、運命は違っていたろう。
弱体化に貢献したとはいえ、その補填とでも言う様に犠牲者が増えた事もまた、逸らしようの無い事実ではある。
――……後は結果的に、二人を巻き込んだ形になっちゃった、のかな。
自身にその大半が宿ったのは誰の目にも明らかではあるが、ミランヌとシャラの二名に関しては、ジャンヌから更に力を分けた、と言う表現が近い。
それ故、一段劣る能力値なのである。
最も、基本値が常人とは思えないミランヌに関しては、どうにもその限りではないらしいが。
そして、力の一部には彼女が討ち果たした黒竜の力も混じっているらしく、純度としてはロキ側に、こちらはシャラが大半を受け持った形だ。あの異様な防御性能も、言われて見れば納得するしかない。
単眼竜・ロキケトー。
親玉が似た姿を取ったのも、それが遠因だろう。
――片目、と言うか、一つ目なのは、彼女との戦闘を意識してる……のかな。そこまで意識とか知能とかが残ってる訳でも無さそうだけど。
思いつつ、記憶を手繰り寄せるのは壮絶と言える決闘の様。
三百、いや、四百メトルはあろうかと言う黒竜。
右目は潰れ、左翼と右足は根元から消失し、胴体には数え切れない裂傷と穴の数。
方や、人と変わらぬ背恰好の女性。
ジャーヌは、薄紫色の腰まである長髪をそのままに、身体の表皮が岩の様にも、鉱石の様にも見える硬質的な代物で覆われていた。
肩部分から無くなっている右腕、溶けた様な左手と、こちらも全身が傷だらけ。
一見どちらが勝者だか分からない程の状態で相対する両者。
「わっ、っと。ととっ……あっぶな。落ちるかと思った……」
武者震いの様な形で馬に振動が伝わった結果、若干暴れたのである。
着く前に無様を晒す所だ。
宥めつつ一息を入れ、ジャンヌは指揮所の天幕を越えた。
既に決戦は始まっているものの、人は居る。
主に治療士達。後はヨーリウ麾下の予備兵を始めとして、各隊から為る指揮所守備隊の面々だ。
本来ならば、ルリエも此処に残っているべきであったのが、こちらの都合で引き抜いた形になっている。
すぐに戻ってはくるだろうが、申し訳無さも改めて思う。
そんな彼ら彼女らは皆一様に、颯爽と白馬で駆けるこちらへ視線を向け、安堵の表情を浮かべる。
掛ける言葉は思い浮かばず、ただ、御旗を軽く掲げるのみだが、それで十分と言う顔だった。
――全く。
面映ゆさを得つつ、一つ速度を上げる。
直後に、撃音が轟く。
「何事っ!?」
意識と視線を近付いてきた戦場に向ける。
濛々と立ち上がる煙が見えた。
「私が着く前に全滅とか無しにしてよっ!?」
叫びつつ更に速度を上げる。
もう戦場の最後方は目の前だ。
――全くっ! 何が異世界召喚ですかっ。
「まだ本当の感謝も言えてないってのにっ」
愚痴ってから、苦々しい思いと共に飲んだ。
そうしてる間にも近付いてくる背中に、無意識的に声を荒げる。
「ウッドストック殿っ!!」
「っ!? ダルク殿っ!?」
驚きの声と表情。
続く様に、周囲へ広がっていく。
今は無視した。
が、ウッドストックの様相を見て、少しばかりの反省をしてから、
「ごめんなさい! 話と説教は後で! ホボスをお願いしますっ!」
緩めながら乗り捨てる格好で白毛馬を置いて、ジャンヌは両足に力を込める。
「っ!」
一息で身体を吹っ飛ばして先へ。
こちらの姿を見て、道を譲り、声で指示されるがまま、進む。
理由は分かっている。
「……っ。せぇー、っの!」
ぽっかりと開けた場所。
そこに突き立った愛剣を縦回転しながら掴み、引き抜きつつ、そのまま、上空へと弓なりに放り投げた。
着地して、更に走る。
そこで、味方の陣形が、昏倒する前とは些か異なる事に気付いた。
「ジャンヌ殿っ!?」
「遅れちゃったけどっ! 任せてっ!」
アランが中央、それも後方列に居るからである。
だが、それもジャンヌは一旦素通りして先へ進む。
一歩に力を込めた。
御旗を括った朱槍持つ手にも。
敵の大将は攻撃態勢に入る寸前。
「一発ぶちかまして来い! 遅刻魔めっ!」
脇を抜けて行く瞬間にそんな親友の声を聞き、ジャンヌは左手で合図を送り、
「っ!」
飛んだ。
ただの跳躍。
それでも、飛距離は十メトル前後はある。
ほんの僅かな浮遊感の後、空中でヴァルグを受領し、慣性のまま落下。
黒の軍勢の眼前へ狙いを付け、いよいよ地面が迫る。
「『届け届け、我が声よ。風よ風よ、この広い地、戦場に集う者達全てへ私の言葉を伝えよ』」
詠唱を終えた直後。
「っ!?」
回転による遠心力を追加し、両軍が激突する最前へ、大剣を豪快に叩き付けた。
衝撃音と破砕音が重奏を奏でる。
同時に地が撓み、波の様に広がって爆発した。
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