ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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決戦(2)

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「……容態は?」
「極めて良好。ミーナちゃんや他の術使い、ガティネの人達にも見て貰った上でそれ。……意識がない事を除けば、ね」
 ミランヌが、腕を組んだまま、告げてきた。
「はぁー……。まぁ、なんだ。、いや、
 シャラはこれ見よがしに頭を掻く。
 ゴルゴダ平原。
 ロキケトー相手の最終決戦を前にして、両者足踏み状態であった。
 一條・春凪、いや、ジャンヌ・ダルクが倒れてから丸二日。
 こうしてる間に攻め込まれでもすれば、間違い無くヴァロワ、ガティネ連合の敗北は確定していた。
 が、そうなってはいない。
「私達は半日位だったけど。……はぁ。……
 台詞を耳に入れつつ、シャラはロキ側の方角を見やる。
 暗闇の向こうでも、一際目立つ黒の単眼竜が今も横たわっている筈だ。
 ジャンヌと正面から向かい合った直後。
 ほぼ同時に倒れていた。
――巻き添えで多少は吹っ飛んだっぽいけど。いや、まぁ、それは別に良いか。
 そう。問題はそこではない。
「敵側も予想外だったのは不幸中の幸いか」
 呟く。
 ロキも、親玉が突然倒れたのが衝撃であったらしく、その足は完全に停止していた。
 いや、正確に言えば、その周囲へと集まっている様でもある。
 それはそれで不気味ではあったが。
「所で一つ確認だが」
 シャラはそう前置き。
 周囲の人も注視していない事を見て、漸くの本題に入る。
、と、言って良いのかは分からんけど。一応、脳内インストールはされたんよな?」
「えぇ、まぁ。……強制的にね……」
 ミランヌが、苦々しい表情で呟いた。
「そっか。だよなぁ。俺だけじゃねぇよな流石に」
 軽口を言いつつ、頬を掻く。
「誰かに言う必要は無い、と思うわ……あいつも同じなら、言わないでしょ」
「……だな」
 ロキが人を優先的に狙う理由。
 或いは、とでも形容すべきか。
――魔力の補充、みたいなもんか。吸収、若しくは、同化かな。
 通常の生物とは一線を画すロキの手法である。
 無論、独特のものではあろう。何せ各種器官が本来の役割を果たしていないのだから。
 詰まる所、ロキにとってみれば人とは、栄養源兼数を増やす為の素材、或いは材料と言う訳であった。
 ローンヴィークやウネリカを始め、襲われた地域で通った後に遺体が残らない原因だ。
「……起きた時に、ちょっとだけ懺悔みたいなのしたわ。初めてね。でも、生きてる人間じゃないと思う事にして、それで終わり。……そしたら、せめて倒す事で償いとして、潔くはっ倒すわ。何体でも。ジャンヌ姉の為に戦うって決めたしね」
「ジャンヌの為に、か。格好良いね。俺もそれで行こう」
 二人揃って軽く笑う。
 そうしてから、
「全くよー。犬も人も寄って集って必死だ。そのまま仲良くどっかへ行ってくれれば良いのによ」
 と、多少わざとらしく宣って見せた。
「ま、人を襲わないんだったらそれでも良いけど」
「良い訳無いでしょうミラさん」
 乗ってきたミランヌに対して、悠々と、しかし若干の焦りを滲ませながらやってきたのは、傍目にも苛立ちを見せるクラウディー家のご令嬢。
 先日に比べれば、その表情も色艶が戻ってきてはいる。
「ジャンヌ姉様は、まだ」
 言葉に、ミランヌは肩を竦めるのみ。
「今はミーナちゃ……ミーナニーネさんが付き添ってくれてる」
 シャラが情報を付け加えた。
 宛がわれた個室にて、頭目は深い眠りの中である。
「こっちの感じはどうです?」
「……最悪、とは言いませんけど……。それもいつまで保つか、でしょう。まだ広まっている噂が効いている様ですね。
「ああいうしか無かったもので。もっと良い事言えたら良かったんですが」
「構いませんよ。……それよりも、お二人は平気なんですか?」
 指摘に、シャラとミランヌは揃って二の腕に筋肉を作って見せた。
「絶、好、調。ってなもんでな。不思議と」
「それね。目覚めた瞬間に身体が一段と軽くなった感じ。リミッターの一つ二つはぶっ壊れたのかも」
「頼もしい事ですね」
 笑い方の所作だけでも十分絵画になる。
「いったっ。え、何何」
 それなりの肘鉄を隣から喰らった為に出た台詞だったが、当人は視線すら合わせようとしない。
「仲が良い事で」
 ジャンヌに勝るとも劣らない微笑。
 正直、シャラとしても非常に心に刺さるものがある。
 等と口に出すのは流石に憚れたが。
「しかし、これではどちらに転ぶか分かったものではない。会議も全く進まないし、困ったものです。……本当に、起きても寝ていても皆の中心に居ますね。姉様は」
「そーよ。うちの自慢の姉なんだから。……さっき様子見に行ったらすやぴって顔してたから殴ろうかと思ったけど」
「止めたれよマジで」
 本気ではないだろうが一応制止しておく。
 しかし、彼女はわざわざ振り向いて笑みを振りまいてくる。
――しんどい。
「好き」
「はいっ!? はっ、えぇっ!?」
 珍しい、悲鳴、絶叫にも近い応えに、思わず視線を飛ばす事になった。
 ついでと言う様に、周囲からも物珍しげな反応が来る。
 バツの悪い表情を浮かべ、離脱していくミランヌ。
「どこへ行くのかね」
「ルツん所っ!」
 怒った様な声だけが返ってきた。
 クラウディーと顔を見合わせて苦笑。
「まぁ、ジャンヌのお陰、って言ったらアレかも知れないけど……ガティネ側の主戦力達は間に合って良かった」
「えぇ、本当に。それも考えての事だとしたら、流石、と褒めたい所ですけど」
 アシュール・ドゥル以下千人程の人数が、現状、ガティネの総戦力である。
 文字通りの、だ。
 人数だけでは大した事はないが、一人一人の顔、体格、雰囲気、それを見れば、とてもそんな感想は抱けないだろう。
 シャラでも分かる位には、遙かに格上の連中揃いであったし、ミランヌ他、血気盛んな連中の顔を見れば理解も容易い。
 改めて、彼ら彼女らが今現在敵で無かった事を感謝したい気分である。
 最も、そうであれば先日の時点で戦場に着いていて欲しかったものだが、向こうにも事情はあり、直近を思えば文句を言うのも憚れた。
「少しでも動きがあれば戦闘になります。……平気ですか?」
「こういう時の為の私なのです……ってな。そこはジャンヌにも任されてるんでね。いつでも来い、ってな感じです」
 軽い笑いと共に胸を叩いてみたが、正直言って、虚栄も良い所だ。
――尊敬するぜ全く。
 意識の戻らない親友を思う。
「ミラさんにも良い所を見せないとですしね」
「それはあんまし言わないで貰えると……」
 笑われたので、仕方なしに頬を掻いた。
 既に近しい人物には話も行っているが、ミランヌとの関係性の進展についてである。
 まずは目の前の問題もあるが、結果は一応、成功。
 漸くの一歩を踏み込んだのである。
――あいつはどうすんのか聞けてねぇけど。
 思案。
 此処に来るまでの間、三人で会議を開いた末に全員腹は括った。
「ロキを倒して国を救う。そしたら、この世界で生きて行く」
 紀宝・香苗はミランヌ・カドゥ・ディーとして。
 高井坂・幸喜はシャラ・ディノワとして。
 二人はまだ良いかも知れないが、一條・春凪は女性としての道を歩む事にもなる。
 その点にさしたる不安を感じないのも日頃の行いと言えよう。
 何せこの一年程で挙げた功績と好感度、行動力の高さを思えば、どこに出しても恥ずかしくない立派な女性騎士、そして、英雄である。
 幼馴染の今後は不明だが、
「ま、なんとかなるさ」
 首を傾げるクラウディーには親指を上げる事で応えとし、
「日も落ちて久しいし。俺達は俺達で出来る事をしとこう。あいつが起きた時に、笑われない様にな」
「頼もしい話です」
 シャラは、今一度、指揮所の天幕へと足を向けた。
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