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嵐の前(3)

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「いやー。周りが優秀だと楽が出来て良いなぁ」
 一條は馬上で、そんな軽口と共に目を細めた。
 手間取ったのかどうかは微妙な所ではあるが、兎も角、ドワーレで一応の目処を立てた上で出立してから、三日。
 ウネリカの外壁がもうそこまで見えてきた頃。
 既に多くの者達がこの地に集結しており、その異様とも呼べる活気は見ているこちらも気の引き締まるのを感じる。
「それはジャンヌ姉が色々とポンコツだからなのでは?」
「変なとこで抜けてるのは昔っからだし。今更じゃね?」
 隣を行く友人二人から辛辣な評価を頂く。
「えぇと。確かに、と言うしかない所ですけど……」
「寄って集って言うなこいつら……」
 スフィまでもが、前に乗せている紀宝に賛同した為、周囲一帯は敵だらけである。
「ま、何にせよだ。大規模魔法陣は完成間近。理論上は先の威力並にはなるんだから、それで良いんじゃねぇか?」
 からからと笑いながら、高井坂が告げた。
 文字ゼルフ学、大規模魔法陣、についてだ。
 こちらは鉄板と紫鉱石製のものとで試作。呆気ない程に成功していた。
「最初は板に文字刻んでいくとか正気か? とか思ったけど」
「地面に書いてる時も彫ってた様なものだし。板も同じかー、って思ってた時期がありました」
――……少し考えれば、わざわざ彫る必要は無いわね。
 思えば、乾いた笑いも吐いて出る。
 彼の指摘は尤もであり、
 ルッテモーラの実演も最初は物に書いていたと言うのに、である。
 ヘストパルの場合、複数回の使用を前提とした話だ。
 それらをすら失念する辺り、一條自身、相応に追い詰められていたと言われればその通りであろう。
 ともあれ、材料もかき集めたりといった準備も一日で終え、漸く此処まで辿り着いた。
「兎に角。後は、現地で板状にして、文字書いてって、掘って埋めてはいドーン。寝て待つだけだね」
 それなりの大きさになる為、紫鉱石の板は現地で精製する運びとなる。
「……ジャンヌ様……」
 前で抱かれる様に座るミーナニーネが、不安気な顔を向けてきた。
 熱気、と言うよりも、殺気に近い空気である。今の彼女には流石に荷が重い。
 一條としても、あまり慣れたくはないものではあったが。
「今更か、と言うだけならタダだけど。ミーナちゃんは暫くアタシ付きね。一応、医療術は心得あるみたいだし」
 何より、傷を付けたら後で問題が多すぎる。
「時間が惜しいから、スフィ。アタシ達はこのまま決戦の地まで向かって、準備に入るよ。野営の方とかも出来てるって話だったよね」
「えぇ。報告では。私達は他の者達と一旦ウネリカ内で顔を合わせる事になりますが」
「俺もそっち、になるかな。一応、配置箇所とか口出ししてるからなぁ。軍議とか柄じゃねぇのに」
「じゃあ、私は今度はルナの馬に便乗しよっかなー」
「ミラさんはこういうの、全然覚えないんですね……」
 スフィの珍しいため息には苦笑を返す他無い。
「ジャンヌ」
「んあ? クタルナさん?」
武器ヴァルグを置いたまま……ですけど……」
 遠慮がちに、ウネリカを指しながらの台詞。
「……」
 ウネリカを迂回しようとしていた進路を無言で変更。
「ポンコツ」
「煩いですわ」
 義妹に返してから、ヘストパル率いる職人一行に手で指示出し。
 了解した声に混じり、笑い声や色々な言葉もあるが、急な進路変更に対してのものだろう。
 僅かばかりの体温上昇を得つつも、平穏を見せながら、
「ヴァルグ拾ってから向かうから、歩きか……」
 わざとらしくぼやいてみせる。
「折角でしたら、軍議に出ますか?」
「後でどうなったかだけ教えて」
 一條としても、別に会議に出たい人間ではない。
「仕方ない人ですね」
 等と微笑する美人。
「……私と扱いが違い過ぎでは?」
 困ったものに変化した。
「まぁ、さっきも言ったけど。アタシはアタシで向こうでやる事あるし。そっちはそっちで任せる」
「分かりました。戦乙女は姉様に任せます。ラトビアも……」
「ちょい待ち」
 と、言い掛けたスフィを制する。
 揺れながらも可愛らしく小首を傾げる彼女と、何故か同調する義妹の視線を受けつつ、
「ラトビアさんもこっちで良い? ミーナちゃん乗せてかないと」
 一條は告げた。
 腕の中に居る人物は、馬に乗れるとはいえ、危なっかしいのも事実である。
 故に、こうして今の場所に居るのだ。
「ルリエも居ますし。それは構いませんが……」
 若干、戸惑う反応。
 それに新鮮さを感じながら、
「ま、姉としてはこういう時こそ背中を押してあげないと」
 視線を外した上で付け加えた台詞に、得心のいく表情を見せた。
 反対に、妙な表情を見せたのは義妹である。
「嫌なら断れば良い、でしょ?」
「ふんだ」
 苦笑。
「ラトビアさんも良いかな」
「勿論。話し合いの場も嫌いではないが、退屈でね。それに、こちらとしては前線の空気と言うものを感じて貰いたい。決戦の前に、少しは慣れて欲しいからね」
 ラトビアの視線を追う様に見れば、多少の疲れもあるが、それ以上に緊張の面持ちが濃い者達。
 無論、ミーナニーネがそうであるように、現在のウネリカの空気でもある程度は体感出来る。
 全員が全員ではないものの、大事な点だ。
――初陣、どんなだったかなぁ……。
 深く馳せなければ、思い出せない程度には昔の事の様に思う。
 その事に、再び苦笑。
「……まずは愛剣を拾ってあげますかね」
 以前とは違い、まるで今も賑わっている街であるかの如く、多くの者からの声を聞きながら、一條達を先頭としてウネリカの門を潜った。
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