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束の間(7)

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「今日も訓練の方、ご苦労様でした」
 クラウディー家の中庭。
 一條は、日が落ちつつある中、集まった戦乙女隊の隊員達を前にして、挨拶から入った。
 少々のざわつきも、それで完全に沈黙。
 それを見て、そろそろと視線を隣へと向ける。
 右隣に立つスフィ、ラトビア。
 左隣にはクタルナと紀宝も居り、関係者勢揃いと言った形だ。
 全員が無言のまま促してきた為、一條は深呼吸一つ。
「……集まって貰ったのは……此処に居る者達に伝えたい事があるからです」
 続ける。
「もう知っていると思うけど、明日、クラウディー家麾下の軍と共にアタシ達を含む戦乙女も、一先ずドワーレへ向かいます。……が、この場に居る、二百五十名には皇都に残ってもらいます」
 言葉に、数瞬の間を経て困惑の声がちらほらと上がってきた。
 それを、先を行く。
「最初に言います。これはアタシの発案で、彼女達にも協力してもらった上での人選。決して、実力が低い者を選んだ訳ではないです。……それは、貴女方にも分かっているとは思うけど」
 二百余名の頭が、思い思いに動いた。
 両隣、或いは前後。
 一段高い位置から、その様を見ていた所、中央の一人と視線が合う。
 何とも力強い眼だった。
「納得出来ません」
――だよね……。
「アルルカが戦場に行くのは兎も角、何故アタシには行くな、と言うんですか」
 アールカ・サフアイズ。
 単純な実力なら、五本の指には入るであろう人物であり、訓練でもアシーキといの一番に剣を交えていた。
 流石に及びはしなかったが、それでも、その熱意は本物であろう。
「イシュータ殿相手に、何も出来なかったからですか?」
「違います。って、実力から選んだ訳じゃない、と言ったのに」
「じゃあっ」
 先を、掌を見せる事で制しつつ、
「アールカさんが強いのは、他の人も知ってる。勿論、アタシも。でもそれ以上に、アールカさんが人に教えるのが上手いのも、皆知ってる」
 指摘に、開きかけた口が、真一文字に結ばれた。
 双子だからなのか、幼少よりお互いがお互いを教える事で上達してきたのが彼女らである。
 その点で言えば、アルルカ・サフアイズもある程度教える事には慣れていたが、判定を着けるならば、目の前の人物の方がより適任だ。
 これは、一條を含めた全員の一致する所でもある。
「ごめんね。今回のは、アタシが弱いから判断した事でもあるの」
 動揺が走った事に、果たして、喜んで良いのかは迷う点だった。
「……詳しい事は伏せてたけど、これから戦う相手は、竜です。弱い敵ではないでしょう。……他にも全容が未だに把握仕切れない程の物量……正直、今回ばかりはどうなるのかが全く読めない状況です」
 ざわめいた中、告げる。
「負けるとは言いません。けど、アタシ自身も、一つ判断を間違えば死ぬかも知れない。そんな中に、全員を送る気にはなれなかった……ごめんなさい」
 重ねた謝罪に、沈黙。
 一人を除いて。
「……なら、尚更です。少しでも人を多くして、戦いに臨めば良いじゃないですか」
 アールカの台詞に、呼応する様にして声も広がっていく。
 急造の部隊であり、実力的に厳しい者も此処には居る。
 それ自体は仕方無い事だが、しかし、それは出撃する側にも多少なり含まれては居た。
 が、その逆も然りであり、彼女の他にも数人、決戦側に回って欲しい人材も残しているのは確かである。
「そこまでっ」
 膨れて行く熱を、一言と柏手一つで沈めてしまうのは、格闘女王ならでは、だろう。
――ひょっとしたら衝撃波とか出せるのかしら……。
 等とどうでも良い事を思案しながら、義妹に苦笑いを返した。
 向き合う。
「スフィの号令があったとはいえ、アタシの為に集まってくれたんだから、気持ちはある。けどそれとは別に、任されたからこそ、を考えないといけない」
「先……?」
 視界の端から届いた疑問に、頷いた。
の話。これからも、この戦乙女を部隊として残す為に。後に続こうとする人達の為に。……今は無理でも、いつかはこのヴァロワと言う国を、その一端を担える位には、その名と力を広めて行きたいと思ってます」
 だから、
「此処に居る人達には、そんな、いつか自分達の後を追うと決意した、するかも知れない彼女達を教え、鍛え、共に学んで、繋いでいく。戦場に立つのとは違う、それでも、同じ位には重要な役目を任せたい」
 ジャンヌ・ダルクは、その功績もあり、いつでも十二皇家に入れる立場ではあろう。
 しかし、直に宣言された訳でも、それを受け入れた訳でもない為、実際には未だ危うい立ち位置である事にはそう違いは無い。
 そしてそれは、現在の所まで籍を置いており、教導する立場でもある『戦乙女』にも同じ事が言える。
 元来、ヴァロワ皇国で自分の部隊を持てるのは十二皇家にのみ限られているのが基本だ。
 一部例外が居ない事もないが。
 ともあれ、自身が正式にその地位に居ない以上、彼女達もその扱いは非常に危うい、と言う事である。
 最も、一條が即座にそれを飲むなり就くなりすれば解決するのは確かだが、現状は頭の片隅に放り投げている状態だった。
――だったら、そんなのジャンヌ・ダルクが居なくても大丈夫な位に基盤だったりを固めてしまえば良い。
 そんな考えの一つが、指導出来る存在の確保だ。
 理念や技術を次代へ伝えていければ、自ずと塊が出来る。
 塊が出来れば、後はどうとでもなるだろう。それもいずれは実力を伴ったものになれば、彼女達にとっても国にとっても悪い事では無い。
 或いは、今回の決戦である程度の戦績でも挙げてしまえば尚良いだろう。
 等と楽観出来れば問題は無かったろうが、全員が生きて帰れる保証は、残念ながら出来ない。
「アタシの我が儘なのは分かってる。でも、明日の戦乙女の為に。……お願い」
 一條の言葉を最後に、静寂が訪れた。
 同時に頭を深々と下げている為、周囲の状況は詳しく把握出来ないが、ただその時を待つ。
 数時間とも思える一瞬の後、音が一つ。
 続く様に、一つ、また一つと連鎖していく。
 止んだ。
――えぇと……。どうしよ……。
 その先は膝を折ってからの二段式土下座位しか手はないのだが、呆れて去って行った音かも知れない。
 誰かと視線を合わせる事すらままならず、一條は、とりあえず適当な数字から零へ向けて数えていく。
「いつまでそうしてる気なのか知らないけど。もう顔、上げても平気だから」
 見かねたのか、義妹からのそんな苦笑気味の台詞で、おそるおそる頭を上げる。
 黄昏時。
 視界の中、左手を胸に置いて片膝をつく姿勢を取る、二百五十名がその場に居た。
「ちゃんと理由言えば大丈夫、って言ったじゃん。心配性ねうちの姉は」
――ほっとけ。
 と、目線で訴えかけるものの、件の人物は一瞥すらくれずに見事なまでの無視。
「私もあまり心配はしていませんでしたけど」
 スフィの言葉に改めて視線を合わせていけば、此方側の者達は皆似た表情を浮かべていた。
 上に立つ者とはかくあるべし、と言えるのかも知れない。
「とりあえず今後を祈って胴上げでもしとく?」
「しません」
 力こぶを作る動作に対し、一條は即答。
 全力全開の紀宝の膂力で投げられれば、人など石ころ同然だ。
 そんな思いをするのは、此処には居ないもう一人で十分に事は足りる。
「ドウアゲ?」
「気にしないで」
 妙な面持ちの三名に対し、一條は即答。
 スフィの疑問には適当な手振りではぐらかしておく。
 軽く一息。
「……アールカ・サフアイズ。ルウナ・コジエン。ヴィナ・ルムメルト」
 通した声に、呼ばれた三人が立ち上がった。
「明日からの訓練ですが、貴女達に任せます。他の人は、三名の指示を聞くように。……お願いしますね」
 力強く頷いたのを見て、微笑。
 アールカはこの中でも最上位の実力者なのは間違い無い。
 ルウナは元々ヨーリウ家麾下の家柄出身。腕もそこそこ立つものの、戦場にこそ立った経験は無いが、あそこは元々人数を絞った精鋭部隊運用が基本だ。本来であればこちらへ回って来る様な人材ではないが、半分はローデルファー・ヨーリウの要請もある。その真意は測りかねるが、それを思えばこの判断も微妙ではあろう。
 とはいえ、他にも数名居る中でも、彼女の能力はここでこそと考えての選定だった。
 ヴィナに関しては、そもそも平民の出。下級士である。
 特段、出生に秘密や謎もない、極普通の女性。それでも、ここ五日程のアシーキを含めた実戦稽古にも食らい付いてきた根性と剣才は本物だ。物怖じもせずに周囲への配慮も出来る為、副官としては頼りになるだろう。
「それじゃあ。スフィ?」
「はい。……家の者には話を通してあります。皆の訓練場として、好きに使って構いません。戦乙女の名に恥じぬ様に」
 全員一致の応答に、とりあえずは胸を撫で下ろす。
「ジャンヌ・ダルク様。教えだけでなく、ジャンヌ・ダルク様の凄さも伝えていきますので。安心して下さい」
「一気に安心出来なくなったんだけど。それはしなくて良いから」
 この間の弓騎士と言い、どうにも人を持ち上げないと気が済まない連中である。
 碌な歴史が残らない気もしてきた。
「後なんかそれだとアタシが死んだみたいになるので勘弁してもらって……。せめて無事を祈、……願う? 位で」
 ため息混じりの台詞に首を傾げたのは、そもそも、祈る、と言う意味の単語が無い不正確さ故である。
「あー……。思うだけじゃなくて、掌を合わせて、形としてもそれを願う……みたいな……?」
 実際に見せてみたが、果たして、説明として合っているかは微妙な所だった。
「まぁ、似て非なる、ってとこね。祈願、って言葉もあるし。うーん。でもこの場合は祈る、の方が適切かも? 捧げる、奉る。神仏に対して請う意味合いは大きいし」
「実にそれっぽい事を言う……。でも、じゃあこの世界の場合は?」
 女神、と言う存在もあるにはある。が、特に崇拝されている訳でもない。
 理由も、推測する必要も無いものの、これに関しては一條からすれば善し悪しとは言える。
 自身に付けられた名前を思えばこそだ。
「んー。?」
 投げやり気味に返ってきた答えには、頭を掻く他ない。
――まぁ、興味はないだろうけど。
 思案するに留め、
「話は終わり。だけど……一つだけ。……行ってきます」
 告げた直後、再びの最敬礼に、一條は改めて苦笑を零した。
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