ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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束の間(1)

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「巨大な、ロキ……」
 辛うじて絞り出した一條の台詞に、フラム・ホリマーは頷いた。
 ガティネの首都。
 アシュール・レア・ドゥルの邸宅には、今現在、一條を始めとしたヴァロワ側六名と、ガティネの主要人物ら四名が一同に顔を突き合わせていた。
 議題は言うまでも無く、

 について、である。
「正確な大きさは、遠目からなので何とも……。また、足自体は遅いものの、ウネリカへ進んでいると見られます」
 ホリマーが続けた。
 森でロキを討伐した後、一條達は即座に転進。
 途中、森人の集落の一つで夜を明かして、それからは走り通しで首都まで蜻蛉返りである。
 行きよりも休憩時間を短めに取ったりと短縮を図った結果、日が落ちきる前には辿り着いていた。
 が、そうして戻ってきた所、既にホリマーが此処へ到着していたのには流石に驚いたものである。
 緊急事態だったとはいえ、良く一人で此処へ案内されたものだと思う。
――これも、成果の一つ。と胸を張れれば良いんだけど。
 軽いため息一つ。
「姿はどういうのです? 動きが遅いとなると、人型ではない?」
「それも、まだなんとも言えません。リーンクルにて巨大なロキ出現。大群を率いてゆっくりとウネリカへ進行中。……最初の報告はそれだけです。私はそれを確認してすぐに此処へ。追加の文書も、もしかすると今この時にでも届いているかも知れませんが」
「……なら、あまり長居も出来ませんね。すぐにでもウネリカへ。……最も、此処に居る者達でどうにか出来るとは思えないですけど」
 恐らく、と言う注釈は付くが、先日の悪寒の元凶である。
 一條のみならず、多くが反応している事から見ても、二頭鰐以上の存在感はあって不思議ではない。
 言葉通り、僅か数名で戦いに赴くべきでは無いだろう。
「私とてそこまでは言いませんよ、ダルク殿。明日にもウネリカへ着くと言う事は無いでしょう。同じ文書は、恐らくグランツェにも出しているとは思います」
「ジャンヌ殿。ここは一度、グランツェへ引き返すべきかと」
「それ決めるのもアタシなんだ……。まぁ、良いけど……。じゃあ、そうしましょう。ホリマーさん、あまり心配はしてないけど、交戦は禁止して見張るだけ、と、物見の人達にも使いを改めて出して下さい。動きが無くともこれまで以上に随時報告で」
「分かりました。しかし、ダルク殿ほど勇敢な者はそう居ませんから、その心配はないでしょうな」
「そゆ事言うのはこれまでの仕返しですかね……」
 苦笑するしかない。
「ジャンヌ。こちらから何人か連れて行って欲しい。ガティネとしても、見過ごす事は出来ない事態だ」
「助かります。一人は出来ればリーンクルの物見に付いて欲しいです。……後、申し訳ないんですけど、セレエールさんにウネリカまで来て貰いたいんですが……」
「セレエールに?」
「はい。ヴァロワの鍛冶士とも連携して頂ければ、と。少しでも戦力強化になればお互いの為でしょうし……そういった技を持つ者同士なら多少は打ち解けるのも早いかなぁ、と」
 言ってから、全体的にあまり動きがない事を察知。
 思い付きをそのまま出力したのは軽々だったろうか。
「あっ、勿論、無理にとは言いませんけどっ。単なる思い付きの一つなので」
 慌てる様に追加の台詞。
「……配慮には感謝する。彼の返事次第となるが、私からも伝えておこう」
 が、アシュールの声色は幾分柔らかくなった様に思う。
 視線が合い、表情が変わらない中、続ける。
「ヴァルグ、と言ったか。あの武器以外はどれもすぐに壊してしまって、最後まで振るえていないと聞く。その辺りもあるだろう。ジャンヌに合う武器が作れれば良いだろうな」
「誰だぁーっ。いらん事言った奴ぅ!」
 等と若干奇声染みた声を発したが、皆一様に顔を背けた。
 彼とは最初の勝負をした際、両者共にではあるが剣を破壊してもいる。
 それを鑑みれば、こうなるのは時間の問題ではあったかも知れない。
「ダルク殿……」
「一本、ガティネでは一本だけですからねっ!?」
 呆れた表情を浮かべたホリマーを見て、咄嗟に妙な弁明を述べる。
 とはいえ、それも逆効果ではあったが。
「えぇと? それじゃ、俺らヴァロワ組は全員皇都へ。ガティネ組も二、三人ウネリカへ行く、って事で良いのか?」
「それで良いとも。全員が行くのは、私も許す事は出来ないのだが」
「アシュールさんが謝る事ではないですよ。あの巨人みたいなのが、また出てくるとも限らないので。ただ、そうですね。その大型ロキと決戦が決まった際には、助成して貰えればそれで構いません。……ですよね。アランさん」
「私が決める事ではないですが。ジャンヌ殿の言う通りですね」
 急に振られたアランも苦笑いに留める。
「なら、セレエールと俺と、向こうに居るヴィルオートで決まりだろう。アシーキ。お前はどうする?」
「その三人の中に入る気はしないですね。アプラに任せます」
「アシュール?」
「駄目だと言っても無駄だろうに」
 二人共に、それ以上は何も言わない。
 親友とはかくあるべきと言えよう。
 そのまま特に表情を変える事もなく、アシュールはルツと視線を数瞬合わせたのみ。
「今は三人を向かせよう」
 選定は恙なく終わった様だ。
 目は口ほどに物を言う、とはこの事かも知れないが、何とも言えない独特の空気が二人の間にはある。
――……アシーキさんは来ないのか。ちょっと残念。
 思うが、一條に決定権がある訳ではないので、こればかりは差し挟むべき所ではない。
「いったっ」
 小さく唸ったのは、勢いはそれ程でもなかったが頭に頭をぶつけられたからだ。
「……ジャンヌ姉、何その顔」
 至近距離に、美少女の顔がある。
「え、いやー、訓練方法とか色々交換し足りないなー、と思って」
 アシーキとはまだ実質数時間位しか話せていないが、お互い多くの者達へ教える立場と言う、これ以上ない共通項があった。
 しかも両者共に始めたばかりで手探りの状態である。
 無論、長い事続けている熟練者に聞くのも大事だが、慣れていない者同士で意見を出し合うのも大事だろう。
 今回は一條がガティネ側の訓練法を見聞きしたのだから、次はアシーキを伴ってヴァロワ側の訓練法を見学させるのも良いと考えたのだ。
――まぁ、これはこれで技術的にどうかと思うんだけど。
 とはいえ、鍛冶士同士を引き合わせようとしている手前、言えた義理でもないと言えよう。
「……はぁー……」
「クソデカため息」
 答えはなく、ただ紀宝の顔が離れていった。
 ついで、と言う様に、手で先を促され、一條は眉根を詰めながらもこの場の会議を締めに掛かる。
「えぇと。それじゃあ、アシュールさん。セレエールさんの所へ一緒に行って貰って。他の人達は出発の準備を各々迅速に。終わり次第、すぐにウネリカへ出立、と言う形で良い……でしょう、か……?」
 言いつつ、途中から全員の視線を集めた事に少々の後ろめたさを覚え、及び腰の様な疑問形で終わってしまった。
「リーダーなんだからもうちょっとシャキッと言っても良いと思うんだけど? ジャンヌ姉」
 隣の席から助け船が出された為、咳払いを一つ。
「じゃあすぐにウネリカ行きますっ」
「それもなんだかおかしくねぇか……?」
「そうだねっ!? 準備終わり次第向かうからっ! はいっ! 解散っ。行動っ」
 若干やけくそ気味に捲し立て、代表としての責任を全うした。
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