ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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森の民・ガティネ(19)

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「それなりに急いでは来たけど……。大分余裕そうだねぇ」
「違うよジャンヌちゃんっ!? 良く見てっ。余裕なのは他の三人だけで俺は無いのっ! ボス助けてっ!?」
 黒犬三頭に対して、威嚇する様に剣と丸盾を突き出しながらの親友に請われ、一條はゆっくりとした動作で腕を組んだ。
 声色の割りに、不利になる立ち位置を避け、一斉に襲われる危険を減らし、常に一体からの攻撃を捌く格好。
 大きく攻撃を受ける事も無いが、逆に攻撃を深く当てる事もしない形。
 拮抗している、と表現出来るだろう。
 そして、高井坂の言う通り、他の三名。
 アラン、アプラ、アシーキらは、それぞれ多対一の戦闘を無難かつ的確に熟している。
 と言うより、ガティネの二人がロキの群れに躊躇なく突っ込んで暴れ、そこから洩れたのをアランが処理。更に余ったのが高井坂に群がっている状況だった。
――アプラさんの実力は分かってたけど。アシーキさんも教えるだけじゃない。個人技も十分張り合える。
 等と関心する他無い。
 アプラは自慢の朱槍で以て縦横無尽に駆け、基本的にその場に留まる事をしない嵐の様な戦法。
 片や、アシーキは基本的に相手の動きに反応して迎撃していく戦法。しかし、その特異な武器で淀みなく、確実な一撃必殺は、見ていて優雅とすら感じる。
――名前なんて言ったかなぁ……。興味無かったから話半分なんだよね、って言うとあいつ泣くし。
 思案していると、
「どーする? 殴り足りない私行こっか? ルナと」
 横合いからそんな声が掛かった。
 特に思う所は無かったが、眼前の戦場を読んでいると思われたらしい。
 アシュール他も、何故かこちらに視線が来ているので、一條としては眉根を詰めるに終始する。
「あぁ、いや、うん。……そだね。アタシの持ち回りになるのか」
 等と納得し、一息。
 この時期であっても、いや、だからこそなのか、もう一度位は敵も波が来そうな気配があり、ウネリカの時程ではないが、妙な感覚もある。
「波が切れそうなここで一度入れ替えを。アシュールさんとルツさん。アプラさんとアシーキさんと交代で最前列に。ミラとクタルナさんで第二列。アタシがシャラの所に」
「意図は?」
「なーんか嫌な感じがする。アタシかアシュールさんのどっちをぶつけるかで迷ったけど。任せる、ルツさん」
 呼びながら、ルツに全力で合図を送ってみたが、怪訝な表情を浮かべられた。
 一條も初めて見る顔である。
「急に恋路援護射撃下手くそ剣士かー?」
 相方からの気怠げな突っ込みを他所に、ロキの攻勢が一旦切れた。
「はいはいっ、動け動けっ! すぐにでも次は来るかもだよっ」
 言いつつ飛び出したが、既に各自指示された位置に向かっている。
――判断早くて助けるけど。良いのかなぁ。
 一振りで消滅させた黒犬をそのままに、ヴァルグを突き立てながらの仁王立ち。
 そこへ並ぶ様に立つ親友が、人懐っこい笑みを浮かべた。
「前線指揮官が板に着いてきたなぁ、お前さん」
「どっかの巨体は向いてないとか抜かしよるもんで」
「……此処にはジャンヌ・ダルクしか居ないが?」
「誰がデカ女だとーぅ」
 お互いに背筋を伸ばす。
「「互角か……?」」
 微妙な線である。
「どんぐらい?」
「前に測った時は確か百九十」
「マジか……」
 感嘆するしかないのは、前の世界よりも相当に伸びている現実を改めて見たからだ。
 もしかしたら、此処に至るまでにも伸びている可能性はあるかも知れない。
「ジャンヌ。まだ何かあるのか?」
「……少し。気になる事があって、思い違い、にはならないかと。皆さんは小休止ですね」
 アプラに告げ、アランには視線と頷きだけを交換。
 している間にも、最前線で戦闘が開始された。
「ひえぇ。アプラ達もヤバいが、あの二人も相当だぞ。おっかねぇなぁ」
「あの二人も長い付き合いですから。お互いどう動くかも分かっているのでしょう」
 代わりと言う様にアシーキが答え、装備を一旦外していく。
 見た目は前腕部を覆う朱い籠手から剣が生えている奇妙な物だが、それ故か刺突と斬撃が異様に速く、重い一撃。
 可動部が少ない為、下手すれば負担の方が大きそうではあるが、それも編成を変えた、一応の目的でもある。
「やっぱり、扱うの難しいですよね。それ……」
 言い掛けてから、ちらりと横へ視線を送りつつ、
「パター?」
「ゴルフクラブだよそれは」
 即座の突っ込み。
「……牛乳等のクリームを練り固めたもの」
「バターだよそれは」
「野球で打者の事」
「バッターだよそれは」
 打てば響くとはこの事である。
「食べ物を保存する容器」
「タッパーだよそれは」
「類型。又は文様」
「パターンだよそれは」
 楽しくなってきた。
「……二度続けると」
「甲羅に羽が……。それ以上はいけない。違う、パタ、だ」
「そうそれ」
「途中から分かってたろ。って言うか話半分じゃねぇか。泣くぞ」
 等と言うが、一連のやり取りでかなり満足げではある。
 無論、それは一條も同じだが。
「私はフォン アースキ腕の剣と呼んでいる。何処にも似た考えを持った者は居るらしいな。ヴァロワではパタ、と言うのか」
「ちょっち違いますけど。でも、まぁ、今回のが終わったら、交流を持つ事をお勧めします。人の積み重ねと想像もまた、素晴らしいものなので」
「……そうさせて貰うよ」
「そうなればミランヌと一緒にもなれるな、良い事だ」
「諦め悪いなこいつっ!?」
 高井坂が、身体毎振り向いた瞬間を狙った様に突っ込んできた二列からの撃ち漏らしを一太刀で片付けて行きながら、
「さて、遊びも終わり。シャラ。?」
 丸盾を指差した。
「あぁ……まぁ、覚えてはいるけど。出来るのか?」
 珍しく歯切れの悪い言葉。
「その検証も込みでしょ。出来るかどうかはお前次第」
 右手で器用に頭を掻いている。
 対して、苦笑。
 第二波は一波よりも多少緩いのもあるが、それでも二列目まででほぼ完璧に処理されているのは、四人の力量故、だろうか。
 アシュール達の勢いもそうだが、目覚ましいのはクタルナだ。
 貸し与えられたガティネ製の武器で以て、負けじとその力を発揮していた。
 とても今日が初陣とは思えないが、端から見てると紀宝が指示出しや援護をそつなく行っており、先の組との違いが鮮明だ。
――仲が良くて結構。
 心中で頷いていた所に、アランから声が掛けられる。
「ガティネに来てからしていたやつですね」
「そ。魔法……じゃない。文字ゼルフ学の応用、でも無いね。この場合は発展、かな」
 親友が持つ丸盾の裏には、形に沿う様にして文字が刻まれていた。
 詠唱の不得手な高井坂や他の者であっても、ある程度は自由に扱えるよう、一條が考案したものである。
 試作段階では自身の手で起動には成功しているので、今回はその最終工程とも言えた。
「上手く使えれば有効な戦略が一つ増えるし……何です?」
「いえ、ジャンヌ殿の考えには驚かされてばかりだな、と。ダルケの時もそうでした」
「はいはい。ありがとうございます。……っと、ざわついてきたか」
 肌がヒリつく様な感覚。
 同時に、殺意とは違う、しかし、纏わり付く様な視線を感じた。
「ジャンヌ姉っ!」
「任せたっ! こっちはこっちで対処する!」
 ヴァルグを構える。
 隣でシャラが、剣を収め、丸盾一つに。
「ジャンヌ。何か知らないが、随分と気に入られてるらしいな」
「えぇ、美人の辛い所です」
「自分で美人とか言うの……?」
「上手くやれれば自慢出来るぞ色男」
 言葉に、三枚目が左手の親指を上げて見せた。
「ジャンヌ殿! 上です!」
 声に全員がアランの方へ向き、即座に視線を先を追う。
「っ!」
 一本の大木の横から、顔が覗いている。
 黒い、能面にも似ただ。
――デッッ。
「デッカっ! ジャンヌさんっ、デッカくないっ!?」
「誰がデカ女だってっ!?」
「ジャンヌさんはモデル体型の高身長美人ですぅっ」
 やり取りに釣られる様にして、のっそりとそれが全身を現した。
「「ルマオークっ!?」」
 一條とアランの声が被ったが、それも無理からぬ事である。
 木の上を伝ってきた訳ではなく、それだけの身長を有したロキ。
 その割りに明確な足音もしなかったのは、奇襲を狙っていたのかも知れない。
 大きさは、モックラックの森で見た、番の種族よりも一回りは大きいと思われる。
 ではあるが、体型は似ても似つかない。
 四肢は長い上にそこそこ太いにも関わらず、身体が不釣り合いな程に細い上、顔は面長。
 歪そのものだ。
 最も、その不気味さもロキに対しては褒め言葉にもなるだろうか。
「シャラ!」
「あいよぉ! 全員俺の後ろに!」
 言い終わるよりも早く、四人が配置に着いた。
 高井坂が、深呼吸一つ。
 巨人のロキが、背丈に見合った一歩を踏み、右腕を振りかぶった。
「『外より来る驚異を防ぐは不可視の壁。使い手を護り、弾くは全開の盾。広がれ、障壁展開!』」
 詠唱が終わると同時、派手な衝撃音を響かせ、そして、
「……ふ、防、げた……?」
 弾かれ、踏鞴を踏んだのは巨人のロキ。
 流石にただの丸盾では防げないであろう物理攻撃。
 実験は成功と言って良い。
「ふ、ふへへ。最高だな……」
「キモ」
 必要以上に寄りかかってきた馬鹿を引き剥がす様に投げ捨てる。
 支えていたのは事実だが、それとこれとは話が違うだろう。
――情報さえ共有出来れば、ある程度は、かな。
 思案もそこそこに、再びの攻撃。
 今度は蹴りだ。
「よ、よしっ。このまま……っ」
 慌てて起き上がった高井坂もまた、丸盾を構え、更に前に出る。
 が、詠唱までは行かない。
「あ」
 と言う間に、巨人の蹴りを真面に受けた親友が空を飛んだ。
――基本的に一度きりって言ったろうがっ!
 この辺りはまだ改良の余地有りである。
 どう改良するかはまた後日考えるとして、だが。
「シャラ!」
 叫んだアランと、他の二人へ向けて、一條も叫んだ。
「馬鹿は無事だからっ! 気にしないでっ!」
 何も安心させる為ではない。
 器用に顔をこちらへ向けた当事者と目があったからだ。
――舌出してウィンクまでしてやがった、あんのボケっ! 舌噛み千切れっ。
 そんな文句は後でもう一度言うとして、一條は一歩を踏み込む。
「休憩終わり。総員、突撃!」
 追加で叫びながら、ヴァルグにて一番駆けを決め込んだ。
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