ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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森の民・ガティネ(18)

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「ジャンヌ姉……。なんで一人だけ走ってるの?」
「ごめんなさいねぇっ!? アタシだけ武器が重くってぇっ! 後、毎回言うの止めて貰えますぅっ!? 地味に傷付くんでぇっ!!」
 一條は、若干哀れみを含んだ目を向けてくる義妹に反論した。
 何せ、担いでいるヴァルグ以外に扱う武器が無く、それ故に乗り物系に拒否される運命である。
 それでも、経験を経て多少は伸びてきた素の身体能力に、ゼルフの身体強化を組み合わせる事で、どうにか他の者達に遅れず併走出来ていた。
「いえ、それよりも、今はこちらもかなり走らせているので追い付けるとは思ってなかったのですが……」
「だって。、多分ジャンヌ姉だけだと思う。普通に凄い」
「急に褒めてくるのなんなの……。まぁ、それに関しては特に言う事もないけど、もっ」
 足場の悪い森を抜けて行く中、二人へ向けていた視線を少し落とす。
 猫に似た牙持つ四足獣。
 剣歯虎アスール
 以前に遭遇した個体より幾らか体格が良く見えるのは、人の手で丁寧に育てられた結果であろう。
 人を二人乗せ、深い森をこれだけの速度で疾駆する。
 それでいて、見た目からでも分かる確かな攻撃性能。
 それ程数は多くないと言うが、その脅威は筆舌に尽くしがたい。
 筈なのだが、紀宝にとっては少し大きい猫の様な感覚であり、最早じゃれ合う存在である。
 最初から恐怖心は無かったが、二度目ともなるとこの辺りも慣れたものであった。
「所で、話だともうそろそろの筈だけど……っ」
 愚痴ってはみたものの、なにしろ全方位が草木のみだ。
 本当に東へ向かっているのかも怪しい。
「なら、俺が先に行こう。この辺りは詳しいからな」
「おいおいおい。勝手に決めんなやっ。俺も乗っ、速度上げないで!」
 アプラと、その後ろにしがみついている高井坂が何事か言いつつ更に速度を上げた。
「アシーキ! お前もだ!」
 飛んできた声に反応して、追加で一頭と二人が追い抜いていく。
「だ、そうです。ジャンヌ殿。先に」
「はいっはい。アランさんも気を付けて。あ、それなりに頑丈だと思うけど。……壊さないでよ? それ」
 指し示したのは、彼の持つ朱槍だ。
 無論、一條お手製の一品である。
 返ってきたのは、やはり、困った様な笑み。
「アシーキさんも気を付けて下さい」
 呼び声に、彼、アシーキ・ミリア・イシュータは柔やかな笑みだけを浮かべ、
「っ!」
 後はアスールを前に進めるのみであった。
 アシュールらと同じく、ガティネの最高戦力の一人。
 一番年下であるらしいが、それでも戦闘経験は豊富。その上、最近行われる様になったと言う対人訓練は彼の発案でもあり、自身よりも全体の技術向上を目指していると言う、森人にあっては珍しい人物だ。
 また、これまで生活上の必要最低限にしか使用しなかったゼルフをより広く使う事にも尽力している様で、戦術として組み込み始めてもいると聞く。
 所謂、新しい形の森人、とも言えよう。
「甘い顔、って、きっと彼の事よね。イケメンが過ぎるわホント」
「ま、分からないでもないけど」
 義妹の指摘には、苦笑しつつの台詞で濁し、ヴァルグの柄を握る右手に少し力を込める。
――……不思議な武器。
 結局この剣に関して、ガティネでも分かった事は無く、その出自等は不明のままだ。
 いや、正確にはある。
「使われているのはゼルモアだろうが、どれ程の塊から削り出したのか……。こんな武器は見た事がない」
 と、セレエール鍛冶士曰く。
 ゼルモアとはガティネの北山でも採れる鉱物の一つで、剣身等にも使用される他、高い腐食性から、錆止めとして塗布される事も多い。
 が、ヴァルグ程の高純度の代物は通常有り得ないらしい。
 理由は聞かなくとも分かる。
 出来上がりの重量を考えると、とても現実的とは言えないだろう。
 何せ、アシュールを始めとしたガティネの人間でさえ誰も持ち上げる事が出来なかったのだから。
 ジャンヌ・ダルク以外は。
 恐らく、と言う話だが、センタラギストが関係しているのは間違い無いようではある。
 最も、それが件の女神様かどうかは議論の余地があった。
 当時を知る世代の者が居ても、直接見た者は居ないからだ。
――それはまぁ、そう。近寄るのも怖いし。
 災害同士の戦いになど、好奇心からでも近付くものではない。
 それこそ命が幾つあっても足りないのだ。
 とはいえ、得られたのはそんな程度。
 一條としてももう少し欲しかった所だが、今は堅牢、使いでのある武器として十分と言う認識で良いのかも知れない。
「っ!?」
「ジャンヌ姉っ」
「警戒っ。言われなくてもでしょうけど……っ。あっちは無視かっ?」
 併走していたルツ達、その奥を行くアシュール、クタルナの乗るアスールが、速度を落とした事で、場の全員が察した。
 制動に劣る一條だけが前を行く形になった直後、が来る。
 黒の犬。
 舌打ちしつつ、背からヴァルグを右腕一本で立ち上げていく。
 巨大過ぎる故、通常の武器みたく縦からも可能だが、基本的には横合いからズラす様に引き抜く形だ。
 当初より思っている以上に滑らかな動きをするので、技術屋達には頭が上がらない。
「っ!」
 そのまま、叩き付ける軌道で両断し、続け様飛んできていたのを時計回りの回転を加えた横薙ぎでぶった斬った。
「っ。……随分とまぁ、見ない内に、姿が人間みたくなったなぁっ、こいつっ!」
 最後の敵からの殴りは、身幅もあるヴァルグで受ける。
 尋常でない硬さを持つ剣ならではの防御方法。
「っの」
 二発目も剣身の腹で同様に受け、三発目を弾いてからその左腕を切り落とし、
「どっせいっ」
 懐に飛び込んではヴァルグを地面に突き立てて支えとし、両足の蹴りを叩き込んで吹っ飛ばした。
「ぬわあぁっ!」
 その先で、大凡、歳頃の女子とは思えない叫び声。
 ついで、派手な衝突音。
「……あっぶなぁ! 急に球放り込んでくんじゃないわよっ! アホ姉!」
 人型を空中で捕らえ、即座に勢いそのまま、言う様に弾丸の如く投げ飛ばして大木へと頭からめり込ませた義妹が喚いている。
「言ってる事とやってる事違うんだけどっ!?」
 傍目から見ても正気の沙汰ではない反応速度であり、対する正論をぶつけたが無視された。
「全くもう。……所で、先に行った方は無事だと思いますか? アシュール殿」
、平気でしょう」
 ヴァルグの鞘を突き立てながらの疑問に、信頼に満ちた声が横から返ってくる。
 ガティネに来て大体一月。
 森人、と言う種族は、大抵表情を顔にではなく、声の調子として表すものだと気付いた。
 例外や常にそうではないし、そもそも感情まで完璧に読める訳ではないのだが。
「それに。アプラ達と黒が来た方向は違うので。別の群れが居たと言う事かと」
「……なるほろ……?」
――いや、方向とか分からんが?
 心中で突っ込み。
「あー、まぁ、うちも見くびって貰っては困る連中ですし。この程度は心配してませんが」
「そうですか」
 アシュールは短く答えて、朱い鞘から自身の得物を抜いた。
 初めて見る、彼専用の、本来の武器。
 両刃で身幅のある直剣。
 形には一條も覚えがある。
――グラディウス、だよね。大きさは倍くらいあるけど。
 剣闘士の武器としても有名な一品だが、アシュールの持つそれは全長が優に一メトルは越えており、どちらかと言えば、片手半直剣にも近い範疇だ。
 実際、今も彼は両手で柄を握り込んでいる。
 しかし、その戦術を考えれば、成程、正しい武器選択ではあるだろう。
 それ以上に、自然体で立っているだけながら、一際目立つ存在感。
――心底味方で良かったと思える……。
 苦笑い。
「とはいえ、戦力を分けたままと言うのも不利ですからね。まずは合流が先かと」
「……そういう事であれば、このまま進みましょうか」
「今笑いましたよね。付き合いは短いけど、声で大体分かるんですよ」
 指摘に対して、視線が一瞬こちらへ向いたのみで、特に何も言う事無く、悠然と歩を進めた。
「天然小悪……」
「さぁ! 大切な仲間が心配なのでさっさと行きましょう! えぇ! 心配なのでぇ!」
 紀宝の言葉を遮る様に腹から声を出した。
 他に背中に突き刺さる視線も感じるが、この際反応しないでおく。
「後、ミラ以外かも知れませんがっ。人型は見た目とは違って速い上に動きに制限が無いので騙されない様に。しかも硬いから厄介ですよっ」
「前より柔かったのは強くなった証かな。でもジャンヌ姉だって楽々斬ってたけど」
「武器のお陰、って言いたいけど。褒め言葉として受け取っとく」
 お互いに口の端を僅か上げただけで切り替える。
「一応、私とアシュールさんで一人一体を相手にします。ミラ達は三人で周囲を。特にクタルナさんが初戦闘なので援護忘れずにっ」
 軽く一息を入れながら、全く歩みを止めないガティネ最強の隣へ。
 合わせる様に、相手も人型が二体。
 改めて見れば、最初に遭遇した時よりも多少は真っ当な人間体をしている。
 ただ、腕が左右で太さと長さが違っていたりするのは、より戦闘向けとでも言うつもりだろうか。
「さっきはああ言いましたけど。アシュールさん。ロキの人型との対戦は?」
「一度」
 視線を前にしたまま、歩く速度だけが少しばかり速くなる。
「一度? なるほろ。余裕そうなのも頷ける……ちなみにその時は」
 一條が言い終えるよりも先に、隣の人物は消えていた。
――下。そこから踏み込みっ!? 遠、速っ!
 一拍の後、アシュールは突き飛ばされた様な勢いで前を行っている。
 神速。
 まだ十メトル前後はある距離、足場の良いとは言えない森の中。
 瞬きする間も無く、彼の巨体は、既に目標を射程圏内に捉えている。
「っ!」
 呆気に取られる中で一歩を踏み込んだ矢先、一撃目となる逆袈裟切りが叩き込まれており、ロキの身体が二つに割れた。
 二歩目を踏んだ瞬間。
 追撃の唐竹割り。
「なるほろっ!」
 声と同時の三歩目で一條の身体はヴァルグと共に空中に。
 縦回転しつつ、
「っ!」
 人型ロキを一刀両断した。
 消滅していく敵をちらりと見やりながら、その結果が剣による違いか、実力による違いかは、斬撃を放った一條にも分からない。
――せめて何割かは、後者であって欲しいと思いたいな。
 そんな思考を巡らせつつ、勢いそのままに錐揉み回転。
 派手な炸裂音を響かせ、大木へ横に着地し、破砕音を背景にしながら、
「今度からは斬った事あるなら教えて下さいねっ!? 心配して損するのでっ!」
 そう指摘しつつ地面に降り立った。
「心配……」
「そんな感慨深げに言わなくても……。ですけど、もう少しこう、連携とかもありますのでっ」
「そういった戦い方はしてこなかったのでな」
「ですよね知ってますっ。今後が楽しみですよ……えぇ、ホントに……」
 しみじみとそんな事を告げてから、もう自分よりも前に居る剣士の後を慌てて追った。
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