ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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森の民・ガティネ(16)

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「はぁー。今日も今日とて良い湯ー」
 隣で紀宝が、温泉に浸かったまま、身体全体を伸ばして気持ち良さげに言う。
「そだねぇ。でも明日には帰るよ。道中の修繕終わったし」
 抗議の声が聞こえてきたが、それに応えたのはルツだ。
「それに関してはありがとうございます。でも、あれさえ無ければもう少しゆっくり出来たのでは? 私達もそれ程利用しないので、気にする人も居なかったと思いますし」
「うん。気にしたのは普通に落ちた人が居るからなんですよ、ルツさん」
 釘を刺したが、当人はあまり気には留めていない様子である。
 彼女の言う様に、ガティネでもこの温泉地は、偶にしか利用されていない。
 建物全体はそれを見越して多少頑丈な作りになっているみたいだが、一條達が今も利用している温泉へと足を伸ばす先、狭い岩場の道は違う。
 人が落ちない為に掛けられたであろう柵そのものが半ばから崩れており、その役割は果たされていなかった。
 そうして、来て早々に滑落事故が発生している。
「……まぁ、無傷だったから良いかなぁ、とは思ったんですけど。一応ね。一応」
 十数メイル程を頭から落ちてそれなので、相変わらずの無敵超人振りと言った所ではあろう。
 流石に見慣れて来たアランも、殆ど反応を示さなかった辺り相当である。
「アランさんとか落ちたら大変だしねぇ」
「他の人も落ちたら洒落ならんのよ?」
 反論したが、彼女はクタルナの髪を弄るのに専念する事で無視した。
「とはいえ、たかだか三日での急拵え。利用するなら人も置いてちゃんと管理した方が良いですよ。勿体ないですし」
「考えておきます」
「アタシからもアシュールさんには頼んでおきましょうか」
 アシュール・レア・ドゥルとは、その後も良好な関係を結べている。
 とは言っても、相手はまだ始めて間も無い施政者。
 やる事は山積みで、一條もそれに対して助言が出来る立場でも無ければ知識もない。
 であるならばどうするか。
 こちらの空き時間に顔を覗いては、外へ引っ張って気晴らしに運動と言う名の模擬戦をさせるのである。
 彼はどうにも根を詰める性質なのもあり、最近は中々出てこないと聞いての行動だ。
 一応、アルベルトの名代として此処に居る一條としても、まさか殆ど会う事無く帰る訳にもいかない。
――他の森人達とも稽古はするけど、気を抜くとやっぱり全力で殴り合う事になるからなぁ。
 頷く。
 その点、無理に連れ立っているのもあって、考え事と少ない会話とを織り交ぜるアシュール相手はかなり緩くなる。
 口を動かしつつの軽い打ち合いだが、それが彼にとっても良いのか、感謝の言葉も聞けてる為、全くの悪手と言う訳ではないだろう。
 また、素の能力水準が高いので、これも一條としては、丁度良い塩梅であった。
「雑談するにも話題とかあった方が、お互い気楽だし、アタシとしても嬉しいし」
 何気ない言葉に、なにやらルツの雰囲気に剣呑さが出てきた様に思う。
「察しなさいよジャンヌ姉」
「えぇ……」
 ため息を吐かれた。
「このデカ乳天然誑し」
「口悪……」
 先日の一件から、更に遠慮が無くなってきている感が強い。
 これは、必要以上に距離が近くなった事をも意味している。
 クタルナやルツ、他、多くの女性陣達と接する雰囲気。
 が、ややもすれば、彼女らよりも上にも位置付けられるかも知れない。
――でもそろそろ怒った方が良いかも。
 思案。
 その辺りは、一條にしか出来ない事であろう。
 一行の代表であるのは理由としては弱いが、義理の姉であれば権利はある。
――と言う事にしよう。
「お姉ちゃんだって怒る時は怒るんですから、ねっ」
「そういうのは怒った時に言わないのでは……?」
 怪訝な表情で突っ込まれた。
 母親の真似であったが、やはりアレは怒ってる内に入らないらしい。
 身近な知り合いに怒りを体現する人物は稀である為、どうにも選択肢に乏しい弊害である。
 人を叱る、と言うのは一條にはまだ難しい部分だ。
「そんな事より」
 思い返している間に、話は進んでいく。
「ルツ。アシュールさんに告白とかしないの?」
「……えっ?」
 唐突な指摘に、一條の隣に居たルツが素っ頓狂な声が聞こえてきた。
 物珍しさに視線を向ければ、彼女はティオード、と呼ばれるガティネ特有の入浴用衣服の上から、胸辺りを押さえている状態で固まっている。
「あっ、いえ、何でも……。や、そうではなくて。ミランヌ、いきなり何を」
 表情にこそあまり変化は見られないが、傍目にも慌てた仕草。
「私は、別に……アシュールも、今は忙しいので……」
 しかし、三人からの視線に耐えきれなかった様で、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。
「……これまで長い事そうでしたし……急にそう言われても……」
「でもこっちには無駄な脂肪付けた上に背丈と実力も持ってるのが居るわ」
 義妹の言葉に物凄い勢いでルツが視線を持ってきた。
「人を恋路のダシにするの止めてちょうだい?」
「友人の恋は応援する派なので」
「ははは。最高にクールじゃん。お前の血は何色だ」
「赤」
 にべもなく言われたがその通りではある。
「……まぁ、でも、ガティネ人って言うか。森人は大抵、何となく一緒に居る、みたいな感じだよね」
 結婚の概念はきちんとあるのだが、どうにも曖昧なのだ。
 と言うのも、明確な決まりが無いのが大きい。
 例えば苗字。セレエールとディヴァナも、夫婦ではあるが、別姓である。
 指輪の様な、それと分かる様な物を身に付ける習慣もなく、外見からも非常に分かり難い。
 最も、この辺りはヴァロワでも殆ど同じではあるが。
「後は……やっぱかなぁ」
「こっ……!?」
 ガティネでも一番それと分かる変化と言える。
「……ミランヌはどうなのです?」
 乳白色の温泉の中に頭半分まで消えて行ったルツを見てか、クタルナが後を引き継いで話を続けた。
「私? 私は別に……。そういう相手も居ないし? 居なくても、まぁ、困らない……と、思うし?」
 紀宝にしては、かなり歯切れの悪い物言い。
「アプラは、ミランヌにかなり好意的ですけど」
 指摘に対し、肩を竦める動きしか見せなかった。
 彼の、彼女に対する近付き方は、ある意味度を超した物だ。
 先日の件も含めて。
「アレは流石に……ちょっと……」
 困った様な表情を浮かべる。
 紀宝にしては、非常に珍しい表情だ。
 以前からも男子人気があったのは当然だが、直接的な告白や、ましてや今のアプラの様に言い寄る人間は皆無であった。
 理由は推して知るべしである。
 が、やはりそれ故であろう。
 逆にあそこまで大胆に迫られる事も無かった為、かなり困惑気味な反応に終始してしまっていた。
「アプラがあそこまで迫る女性も珍しいんですよ。ミランヌは魅力的ですから、それも分かりますけど」
 復活したルツも参戦。
「そういえば彼っていつもあんな調子なの? ルツさん」
「……いえ、前も何人か女性と一緒に居た事はありますが、一人に対してのあの態度は、私が知る限り、初めてですね。なので、最初に見た時は本当に驚いたものです」
「ですって」
「冗談でしょ……」
 頭を抱えている。
「でしたら、ミランヌ。シャラはどうです? 小さい頃からの知り合いだとか」
「うーん……。あいつかぁ……いや。そうねぇ……気心は知れた仲、とは言えるけど。あぁ、うん。悪い感情は無いの。本当に。間違い無く良い奴よね」
「善人なのは間違いないな」
「だけど。なんて言うかなぁ。はっきりと感じが想像出来ない、と言うか……」
 暫く唸ったかと思えば、
「ごめん。私も上手く言えない。少なくとも今は」
 今までに無い位の真剣な声音と表情で、それだけを告げた。
「……なによ」
「いや、別に」
 思わず出た苦笑を咎められる。
「はいっ。次はジャンヌ姉っ」
「……アタシ?」
 話題を振られたが、一條もこれに関しては特に言う事はない。
「まぁ、確かに言い寄られる側なのは間違いないんだけど。アタシ自身は特には……」
「ジャンヌは皆から好かれてますしね」
「その皆にはもっと他を見て欲しい所だけど。アタシよりも上なんか結構居るでしょ」
「モテる人は大体そんな事を言うのよ」
「えぇ……」
 モテた記憶がない一條には分からない感覚である。
「胸と背丈があると好かれやすいと聞いたけど。ミランヌには」
「え。うーん……。恋と愛はその辺りかなり差があると思うし、一人と添い遂げたいなら気にしなくても良いかも……?」
 言った本人も良く分からない理論を提示しつつ、両手を頭の後ろで組んだ。
――実際、男と恋愛するなんてまだ分からないしなぁ。
 思う。
 先日は大きく出たものの、それとこれとは話が別である。
「アラスタンヒルとは親しげですけど」
「あー……それはまぁ、そうだけど……」
「イケメンで家柄も良くて腕も立って。モテない要素ないのよねぇ」
 単語を耳に入れながら、困った様な笑みを見せる金髪碧眼の人物を思い返す。
「嫌ってはないんですよね」
 ルツの台詞にも頷く他ない。
 寧ろ、嫌いになる要素が皆無であった。
 アランの本音を聞いた事は無いが、
「んー。でも、アランさんのあれは、のとはまた違う感じがする」
 夜空を見やりながら、当初から感じていた事を、今更ながら口にしていく。
「恋愛感情みたいなのじゃなくて。そうだなぁ。責任感……使命感」
 自分の中にある疑問に近いものを整理する様に。
「尊敬半分、も入ってそう。……みたいにも思う」
「必要とは思えないけど?」
 突っ込みに対して、苦笑。
「だね。良く分かんないのはアタシもそう。……だから、少なくともアタシから動く気はないかな」
 結果的に、そんな受け身染みた答えしか出せない。
「ジャンヌも、悩んだりとかするんですね」
「悩みっぱなしだっつーの」
 クタルナにそう返し、ため息一つ。
「いっそ記憶無くなれば色々楽だったかも」
「それだと辛いの私なんだけど」
「そだね。じゃあこの話も終わり。他の連中に関しては今まで通りの平行線」
「お見合いとかホリマーの息子とかも」
「親が出てくるのもそうだけど、流石にアレはなぁ……」
 前者はとりあえず保留に近い形ではあるが、後者は話に聞く所、稽古や勉学に対してかなり気合が入っているらしい。
――成長する事を願うのみだな。
 彼に関しては、恐らくはそれなりに良い線は行くだろう。
 微笑を零しつつ、
「はいっ。アタシの恋バナは終わりっ。次はクタルナさんだよ」
「えっ、私もですか?」
 眉根を若干詰めたクタルナだが、一條としては逃がす気はない。
 とはいえ、彼女の恋愛感には興味があるのも一因である。
「聞かせて欲しいなぁ。って、思うんだけど」
 追加の駄目押し。
 それに反応したのはクタルナの長髪を丁寧に梳いている紀宝で、なんとも味のある顔を見せた。
――この人自分から女子トークしてるわぁ、って書いてる。
 なので、特段一條側からは反応しないでおく。
「……えと。私は……」
 視線が宙を泳いで行き、やがて、意を決した様に一息。
「その……これまで、私は家の中だけが全てだったんです。あまり外には出ない様に、と言われてたので……」
 イブリッド家の方針、とは違うが、時代を考えれば致し方無いとは言える。
「だから、男性と接する機会もそう多くはなくて……ですね。その……」
 言い淀んだ彼女と目が合ったので、促す為にも小首を傾げた。
「あ……。兄、は……良く、父を手伝っていました。色々な事を学んで、熱心に。……。……私、は。そんな彼、を、一番に支えられたら……良いな、と、思ってます……」
 吐き出してから、やはり恥ずかしくなったらしく、顔を伏せてしまう。
 全くの新鮮過ぎる格好に、逆に一條の方が気恥ずかしくなってくる程だ。
――スーパー乙女……っ。
「ちょ、ちょっと、ジャンヌ姉。これ、今の、どうしよう……っ」
 動きを止め、岩縁を尻で滑ってきた紀宝が、小声で耳打ちしてきた。
 一條にも理由は分かる。
「待て、落ち着け。ここは異世界だ。異母兄妹ならば、ひょっとしたらワンチャンあるかも知れない。法律的な意味で」
 現代日本であれば不可能であっても、ここでなら、と思わずにいられない。
 それだけの価値はある筈である。
 つまり、
「駄目なら変えようこの国を。無理でも無茶でこじ開ける」
「道理ね、支持するわ。乙女の恋道。背中押しまくるわよ」
 二人同時に頷き、握り拳を突き合わせた。
「クタルナさん。そうと分かれば、土産物ね。何か贈り物を見繕ってかないと」
「後はなにか、着飾っていかないとね。小物? 服? 素材は間違いないし。ギャップ萌え狙いの可愛いやつかしら」
「普段とは違う格好は良いかも。いっそ髪も上げて、雰囲気から変えるのは?」
「採用。中々目端が利くじゃない。女子っぽくなってきたわね。ついでにジャンヌ姉もどう?」
「アタシは遠慮しときます」
 紀宝、クタルナだけではなく、ルツまでも不満げな表情を向けてくる。
「え、なんでよ」
「ジャンヌがするなら私もします」
「クタルナさんっ、脅迫なんてそんな事教えてないわよっ!」
「では今度付き合って貰います。アシュールと話す機会多いでしょうし」
「ルツさん意外と根に持つタイプかなっ!?」
「モテて良かったわねぇ。ジャンヌ姉……。やっぱその乳かぁっ!」
 そんな声と同時に義妹が突っ込んできた。
 立ち上がる事により、寸でで一回目を躱したが、二回目の体当たりは反応仕切れない。
「うぇっ。ちょ、ちょっと。ミラ、服の上からだってそん、待って待ってっ」
 ティオード入浴用衣服の上から組み付かれた紀宝に続いて、他の二名も狙いを定めている。
 来た。
 上手く抵抗が出来ないまま、肌が密着していく。
「うわうわっ。え、何。おっぱ、ちょ、そんな揉むなこらっ、ひゃんっ。何処触っ、っ、……もうっ!」
 掛け声と共に、四人一塊で温泉に突っ伏して行き、派手な水飛沫と音を上げた。
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