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森の民・ガティネ(13)
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「平気かシャラ」
「平気じゃない。くそぅ油断したぜ。って言うか二回目だよなぁこのやり取り……ヘヌカ酒には慣れたと思ってたけど。んだよ、ガティネの酒は。半端ないってアレ。聞いてないよあんなのはさぁ。度数絶対ヤバいってぇ」
ぐったりしているわりには言葉選びはいつも通りである。
最も、饒舌過ぎるきらいもある為、本調子ではなさそうだが。
「まぁ、アレはねぇ……。平気なのはルナさん他、ガティネの人達位でしょ。あ、アルベルトさんもか。御子息はそうでも無かったみたいだけど」
「基本的にうちは全滅だからね……」
惨劇には苦笑するしかない。
早朝から、一條達一行はガティネの首都、と言って良いかは微妙な所ではあるが、そちらへと案内されている最中であった。
集落、と呼んで良いかもあやふやな所から、ここまでほぼ一直線に来ている。
話によれば半日と少しもあれば到着と言う事で、もう終わりも近いと言えよう。
いつもの幌馬車にいつもの三人。
運転手は唯一元気なクタルナ・イブリッド。
後ろを付いてくる方には、ヴァルグと共にアランが死んだ状態で横たわっている。
彼も、ヘヌカ酒には慣れた様子を見せていたが、ガティネ側が用意したヘツーヴィと称される度数強めの物は流石に堪えたらしい。
――もう少し羽目外してくれても良いだろうに。
なにせ出会って此の方、余裕そうな表情や態度が大半なのである。
実際は違うのかも知れないが、であれば、こちらを慮っての対応と言えよう。
「ま、見た事ない顔が見れて面白かったけど」
そんな事を口にすれば、二人の友人が顔を見合わせた。
同時にため息。
「なに」
「いや、別に」
「いえ、別に。……馬鹿がちょっと復活した所で、改めて、どう思う? ガティネの人達。エルフ、って言っても良いけど」
「一緒に酒飲んだ仲じゃん」
「いや、私らは流儀に則って一口だけだよ」
少しばかり驚いた表情を見せた。
「俺は……なぜ……ぐいっといったん?」
「友人はちゃんと選ぼうね、って話」
紀宝も頷いている。
「俺達は……友人ではなかった……?」
顔を綻ばせた。
「んだその見た事ない顔はよぉ」
ガティネの流儀、と言うより、歓待、或いは親交の証。
ヘツーヴィ、と呼ばれる強い酒を大きめの杯に入れ、輪を作り、一人一口の回し呑みをしていく事だ。
新しく仲間を迎え入れる儀式、とも呼べるだろうか。
ともあれ、初の外交行事、と言えば聞こえは良いが、無事に熟したと言える。
無論、そこに至るまでの道を作った最大の功労者あっての話だ。
――後を任された、って事でもあるかなぁ。
思案。
その肝心たるアルベルト・ランスであるが、彼の姿は現在の一行には無い。
「私はこれを皇都へ届けねばならんからな。そちらは、アシュール・ドゥル殿達に聞きたい事もあろう。ゆっくりしてくると良い」
等と宣い、朝方、さっさと商隊を連れて行ってしまった。
薄情この上ない人物である。
「……。あー、えーと。それで、ガティネの人達について、だっけ」
「そ。一番話してたのジャンヌ姉だし」
「あー……確かに。俺もついでに聞いときたいな。この通り朝から頭回ってないし」
指で空中に円を描く親友を横目に、
「それは昨日からでしょ」
付け加えつつ、一條は苦笑。
とはいえ、二人の言い分も正しい。
たった一回寝食を共にしただけだが、この中では一番喋った方である。
寧ろ、喋りかけられた、と表現した方が良いかも知れない。
それでもガティネについて多くを聞けてはいた。
「一人は一人と格闘談義に花咲き誇ってたし……」
付いて行くには敷居が高すぎる。他の全員が、同じ感想を持ったに違いないだろう。
「もう一人は土下座の格好でブレイクダンスを……」
「そうそう。回る時のバランスが重要なんだよ。やった覚えはねぇけど……。……えマジ?」
「酔ってたからなぁ」
指摘に、紀宝へ視線を向けたが、彼女は肩を竦めるのみだ。
実際は単にアプラ達数名を巻き込んで、彼らの奏でる音に乗って幾つかの踊りを披露していただけだが。
――面白いから黙っとこ。
「それじゃあ、軽く」
と前置き。
二人が聞く体勢に入るのを見て、一條は右の人差し指を立ててから、言葉を紡ぐ。
「まず、ガティネ人はその通称、『森人』の通り、ここら一帯の森に遙か昔から住んでる種族。そして、基本的に生まれたそこで長い一生を終える」
次に、左の人差し指を立てた。
「なんだけど、彼らの中で、ある意味もう一つの種族がある。もう、見た目からして違うんだけど」
「肌の色、か」
高井坂の回答に首肯。
「と言っても、違うのは生活スタイルで、他に何かある訳じゃない。そちらの方は『旅の人』と呼ばれてる。定住せず。常に世界を歩き回ってる者達」
「んー? 住むとこ違うのに? アシュールさんにアプラさんも。後は分かんないけど。混在してるよね」
「基本的にはね。話によると、両者共にある程度の規模で、幾つかのグループが世界には存在してる。……そんな訳で、巡ってる旅の人達と、こういう森の奥に住む森の人達。時折、この二つが出会う事もあるみたいだね。で、その際、色んな情報やらをやり取りする一環で旅に出たい人、残りたい人が入れ替わるのが良くある、と。ここみたいにね」
「じゃあその旅の人の末裔って感じか。何度も来てたりするのか?」
「いや、聞く限りでは、長い歴史、かどうかはあれだけど。ここでは一度だけ。その時にアシュールの祖父達含めて、十数名残ったみたい」
「はぁ、どんだけ長生きか知らんけど。気の長い話だな」
苦笑するしかない。
少なくとも何千年かに一度の邂逅、となり得る話だ。
人間の寿命では、恐らくその場に遭遇するのも奇跡の類いである。
「恐らくはイブリッド家の人もその関係なんだろうけど。あぁ、その理由だけどね。この辺はガティネ側もさっぱりっぽい」
「戦争してんのに悠長だなほんと……」
同意を示す様に、肩を竦めた。
「そだね。でも、アシュールさんにも非はないかな。元々、国を作る前は集落が点在してる様な状況だったみたいだから。つまり、その内の一つと、当時のヴァロワの人、イブリッド家が受け持ちだったのか知らんけど、交流を持ってた」
「とすれば、ヴァロワとしては十二皇家の一つで大貴族様。ガティネ、いや、そん時は単なる森の一村人らか。いざこざがあったとしても、成程、正確に物事が伝わるとは思えないな。……辻褄は合う」
「残念ながらね」
「それも今回の件で一応、決着ついたんだし。まずはおめでとう、で良いと思うけど」
「楽観的だけど、ミラの言う事も一理あるかな。ともあれ、それに関してはもう私達の手は離れたと捉えるしかないし。後は結果をご覧じろ、ってね」
「ジャンヌ姉と私、アルベルトさん。もう商談成立でしょこんなん」
紀宝の台詞に自己主張する友人を無視して、先へ。
「そんな訳で、多少理解は出来たと思うけど、それ以上に森人達の歴史周りは中々複雑なんだよね。私の聞きたい事とか、向こう着いたら年長者に尋ねる所から始める事になりそう」
「なにそれ」
当然の疑問に苦笑しつつ、日記の書かれた紙を一枚見せた。
「森人って、人間以上に文字が身近じゃないんだよ。殆ど読めないと思って良い位」
「……なにそれ。呆れた……長命種なのに?」
「長命種なのにね。でも、なにせ歴史の生き証人が居るもんだから。書き記す、って習慣が無いのが大きすぎる」
「そっか。俺らで言えば、それこそ弥生時代位の人が存命してるって事だもんな。そりゃ後世に残すも何もあったもんじゃねぇ。実際に見てきた人から話を聞けば良い、って訳だ」
頷く。
知恵や知識は代々口頭で紡いで行けばそれで事足りたのが、森人、と言う種族である。
しかし、
「それだけ、なんだよね。ミラも言ってたでしょ。厚み、と言うべきかな。これが無いんだよ。彼らの言う歴史ってのは、『実際に見聞きした人が亡くなるまで』ってのが普通。それより過去は無かった事になる」
二人が、怪訝な表情をした。
「つまり」
真っ新の紙に、覚えてる限りの日本の歴史を綴る。
かなりうろ覚えの上、非常にざっくりとしているが、今はその程度で良しとした。
「ここからここまで生きてる人が居たとして、子供達には何があったかを当然伝える。孫が出来たら孫にも。……でも、その人が亡くなったら、もうこの時代の話は終わり」
印を付ける。
「以降は、伝わらないんだ。さっきも言ったけど、書き記す、って習慣も無い。そうだなぁ……。さながら生きる歴史書。彼らの中では、実際に見た人が居て、初めて歴史として扱われる」
「身に付けるべき知恵や知識のみ語り継ぐ、か。あぁ、でも、昨日少し話してて思ったのよ。武器の類い。あれも殆どが独学。個人で完結してて、次に残そうってのがあんまり無いのよねぇ」
言いつつ、紀宝は頭を掻いた。
「時折、実戦稽古みたいなのはするし、最近は訓練も盛んっぽいけど。一人一人で武器の扱い方とか全く違うから不思議ったら」
「それねぇ。親兄弟でも全員違う構え方するって話じゃん。……兎に角、あそこの人達とはやり合いたくないかなぁ、私は」
「柱切り倒す様な奴が良く言うよなって感じだけど。やっぱそんなにか」
「まぁ、見た目はアレだけど、実質前線基地みたいなもんでしょ、あそこは。手練れだよ全員。ヴィルオートさん、か、リアシラさんかな。一番は」
「誰だ……?」
「ヴィルオート・シャルティ・グラス。リアシラ・フィオレ」
「……誰だ?」
「目の細い顔に傷のある男性と、ミラとルツさんを治療してた巨乳の人」
得心がいった顔をする。
「最低の会話か? おい?」
低い声が聞こえ、二人同時に視線を逸らした。
「さて」
と、これ見よがしに両の掌を合わせつつ、
「後言える事なんだろう。……食事は大抵一日一回で、昨日みたく大きいのはよそ者が来た時位。大体日がな一日鍛錬したり楽器の練習してたりとかなんとか」
話題を繋げていく。
「そうかそうか。へぇ、なるほどなるほど。よくそれで腹が持つな。エルフは不思議だなぁ」
友人の視線が一度真横へ向いたが、程なくして、思い出した様な問い掛け。
「……あぁ、アレは? その、ミドルネームみたいなの。男にしか付いてないし全部女性名っぽいけど、何か意味あんの?」
紀宝にも尋ねる物言いに、彼女が逡巡。
此方と目が合ったので、首肯で答える。
「あー……まぁ、別に良いか。おまじないみたいなものよアレ。小さい時は女性の方が身体が強いと思われてて、男性も女性名を付けるの。無病息災を願ってー、ってね。成人した時に改めて男性名を貰って、名前が二つある状態になる。女性は変わらずそのまんま」
高井坂が眉根を詰めた。
「普通は名乗らないんだよ。認めた相手とか家族だけなんだ」
納得半分の、曖昧な表情を浮かべる。
が、それも一瞬。
「ミランヌとやり合ってた人は?」
当然の疑問が飛んできたが、一條は肩を竦めるのみだ。
ルツ・ナミルは間違い無く女性であるが、例外的に二つの名前を名乗っている。
それが男性名である事は分かっているものの、理由までは判然としなかった。
先に挙げた二人にもその点ははぐらかされたので、それ以上は追求していない。
「私も聞いてない。と言うか、聞いて良い雰囲気じゃ無かったし。だからこの話は一旦終わり」
ぴしゃりと締めたので、一條と高井坂も倣う。
「んじゃあついでにもう一つ。セラト。いや、センタラギスト、だっけ。それについては何か聞けたのか?」
「んー……」
言い淀んだのは、困らせる意図があった訳ではない。
「いや、アシュールさんと触り程度しか話せてないから、今言うべきかなぁ、と」
「構わんて。ジャンヌの情報整理がてら聞くだけよ」
苦笑い。
余白部分に適当な言葉を並べつつ、口を開いた。
「……分かったのは、センタラギストって種族が世界にはそれなりに居る事。恐れられてはいるけどある意味信仰の対象でもある事」
「するってぇとなにか。そいつらは神様みてぇなもんかい」
「その口調はなんだい……」
言ってから、微笑。
「まぁ、信仰と言うか、敬愛と言うか。暇潰しだろうとあの人達が武器やら音楽やら練習してんのは前述の通り。でも、じゃあ何でその二つが主かって言うと、ここにセンタラギストが関わってくる。彼らの中には、戦の権化みたいな奴らや、楽器の製作やらを追求してる様な奴まで居るらしい。気が遠くなる程昔に出会った者達がその教え、みたいなのを連綿と受け継いでいるみたい」
「あっちこっちで?」
長い一生を森の中で過ごす種と、長い一生を旅の中で過ごす種。
恐らく文化そのものから違う見た目の似た者達が、しかし、それらは共通して紡いでいる。
「さぁ、どうかな。何せそこまでの事を推理する歴史がないからね」
「とりあえず義務教育に組み込んどこう、位の軽い感じかも」
「かもね」
「元々一つ所に居たのが分派繰り返してって今に至る。長命種なら、さして問題はないか……?」
不自然極まりないが、現実としてそうである以上、遙か昔はそうであったのかも知れない。
「敬愛してるセンタラギストも場所によりけりらしいんだけどね」
「ほーん。じゃあ、その内の一柱がジャンヌ様って訳だ。かっくいい」
「そういう見方もある」
「そういう見方しかないが?」
紀宝の突っ込みにこめかみを摩る事で応えたが、友人の視線に振り向けば、
「しかし、センタラギストのジャンヌも今みたいな格好だったんかなぁ……なんともまぁ……女神か……」
等とそんな事を宣っていた。
「胸見て話すな目を見て話せ」
「最低の話だな? よし」
指を慣らす紀宝に正座の体勢で器用に後退しつつ、高井坂は咳払い。
「種族としての神が居るのは分かったけど、やっぱ名前とかあるんか。その人らは。ゼウスとかオーディン、みたいな」
「……えー、アシュールさん達の方、は、何て言ったかな。テル……テールフ……」
酒の席での聞き流しを思い返しながら、一條が右へ左へと身体を揺すっていた時だ。
「三人共、話の途中すいません。もう着くそうですよ」
クタルナの言葉に、最早出てくる様子もない思考を止める。
「オッケー。……さて、エルフの集落はどんなんかなーっと」
そんな事よりも、俄然興味のある方に意識が向くのも当然の帰結であった。
「相変わらず会議は締まらねぇ終わり方になるけど、なんなの」
「私は喉かわいたー」
紀宝のそんな声を耳に入れつつ、一條はクタルナの隣に腰を下ろしていく。
「平気じゃない。くそぅ油断したぜ。って言うか二回目だよなぁこのやり取り……ヘヌカ酒には慣れたと思ってたけど。んだよ、ガティネの酒は。半端ないってアレ。聞いてないよあんなのはさぁ。度数絶対ヤバいってぇ」
ぐったりしているわりには言葉選びはいつも通りである。
最も、饒舌過ぎるきらいもある為、本調子ではなさそうだが。
「まぁ、アレはねぇ……。平気なのはルナさん他、ガティネの人達位でしょ。あ、アルベルトさんもか。御子息はそうでも無かったみたいだけど」
「基本的にうちは全滅だからね……」
惨劇には苦笑するしかない。
早朝から、一條達一行はガティネの首都、と言って良いかは微妙な所ではあるが、そちらへと案内されている最中であった。
集落、と呼んで良いかもあやふやな所から、ここまでほぼ一直線に来ている。
話によれば半日と少しもあれば到着と言う事で、もう終わりも近いと言えよう。
いつもの幌馬車にいつもの三人。
運転手は唯一元気なクタルナ・イブリッド。
後ろを付いてくる方には、ヴァルグと共にアランが死んだ状態で横たわっている。
彼も、ヘヌカ酒には慣れた様子を見せていたが、ガティネ側が用意したヘツーヴィと称される度数強めの物は流石に堪えたらしい。
――もう少し羽目外してくれても良いだろうに。
なにせ出会って此の方、余裕そうな表情や態度が大半なのである。
実際は違うのかも知れないが、であれば、こちらを慮っての対応と言えよう。
「ま、見た事ない顔が見れて面白かったけど」
そんな事を口にすれば、二人の友人が顔を見合わせた。
同時にため息。
「なに」
「いや、別に」
「いえ、別に。……馬鹿がちょっと復活した所で、改めて、どう思う? ガティネの人達。エルフ、って言っても良いけど」
「一緒に酒飲んだ仲じゃん」
「いや、私らは流儀に則って一口だけだよ」
少しばかり驚いた表情を見せた。
「俺は……なぜ……ぐいっといったん?」
「友人はちゃんと選ぼうね、って話」
紀宝も頷いている。
「俺達は……友人ではなかった……?」
顔を綻ばせた。
「んだその見た事ない顔はよぉ」
ガティネの流儀、と言うより、歓待、或いは親交の証。
ヘツーヴィ、と呼ばれる強い酒を大きめの杯に入れ、輪を作り、一人一口の回し呑みをしていく事だ。
新しく仲間を迎え入れる儀式、とも呼べるだろうか。
ともあれ、初の外交行事、と言えば聞こえは良いが、無事に熟したと言える。
無論、そこに至るまでの道を作った最大の功労者あっての話だ。
――後を任された、って事でもあるかなぁ。
思案。
その肝心たるアルベルト・ランスであるが、彼の姿は現在の一行には無い。
「私はこれを皇都へ届けねばならんからな。そちらは、アシュール・ドゥル殿達に聞きたい事もあろう。ゆっくりしてくると良い」
等と宣い、朝方、さっさと商隊を連れて行ってしまった。
薄情この上ない人物である。
「……。あー、えーと。それで、ガティネの人達について、だっけ」
「そ。一番話してたのジャンヌ姉だし」
「あー……確かに。俺もついでに聞いときたいな。この通り朝から頭回ってないし」
指で空中に円を描く親友を横目に、
「それは昨日からでしょ」
付け加えつつ、一條は苦笑。
とはいえ、二人の言い分も正しい。
たった一回寝食を共にしただけだが、この中では一番喋った方である。
寧ろ、喋りかけられた、と表現した方が良いかも知れない。
それでもガティネについて多くを聞けてはいた。
「一人は一人と格闘談義に花咲き誇ってたし……」
付いて行くには敷居が高すぎる。他の全員が、同じ感想を持ったに違いないだろう。
「もう一人は土下座の格好でブレイクダンスを……」
「そうそう。回る時のバランスが重要なんだよ。やった覚えはねぇけど……。……えマジ?」
「酔ってたからなぁ」
指摘に、紀宝へ視線を向けたが、彼女は肩を竦めるのみだ。
実際は単にアプラ達数名を巻き込んで、彼らの奏でる音に乗って幾つかの踊りを披露していただけだが。
――面白いから黙っとこ。
「それじゃあ、軽く」
と前置き。
二人が聞く体勢に入るのを見て、一條は右の人差し指を立ててから、言葉を紡ぐ。
「まず、ガティネ人はその通称、『森人』の通り、ここら一帯の森に遙か昔から住んでる種族。そして、基本的に生まれたそこで長い一生を終える」
次に、左の人差し指を立てた。
「なんだけど、彼らの中で、ある意味もう一つの種族がある。もう、見た目からして違うんだけど」
「肌の色、か」
高井坂の回答に首肯。
「と言っても、違うのは生活スタイルで、他に何かある訳じゃない。そちらの方は『旅の人』と呼ばれてる。定住せず。常に世界を歩き回ってる者達」
「んー? 住むとこ違うのに? アシュールさんにアプラさんも。後は分かんないけど。混在してるよね」
「基本的にはね。話によると、両者共にある程度の規模で、幾つかのグループが世界には存在してる。……そんな訳で、巡ってる旅の人達と、こういう森の奥に住む森の人達。時折、この二つが出会う事もあるみたいだね。で、その際、色んな情報やらをやり取りする一環で旅に出たい人、残りたい人が入れ替わるのが良くある、と。ここみたいにね」
「じゃあその旅の人の末裔って感じか。何度も来てたりするのか?」
「いや、聞く限りでは、長い歴史、かどうかはあれだけど。ここでは一度だけ。その時にアシュールの祖父達含めて、十数名残ったみたい」
「はぁ、どんだけ長生きか知らんけど。気の長い話だな」
苦笑するしかない。
少なくとも何千年かに一度の邂逅、となり得る話だ。
人間の寿命では、恐らくその場に遭遇するのも奇跡の類いである。
「恐らくはイブリッド家の人もその関係なんだろうけど。あぁ、その理由だけどね。この辺はガティネ側もさっぱりっぽい」
「戦争してんのに悠長だなほんと……」
同意を示す様に、肩を竦めた。
「そだね。でも、アシュールさんにも非はないかな。元々、国を作る前は集落が点在してる様な状況だったみたいだから。つまり、その内の一つと、当時のヴァロワの人、イブリッド家が受け持ちだったのか知らんけど、交流を持ってた」
「とすれば、ヴァロワとしては十二皇家の一つで大貴族様。ガティネ、いや、そん時は単なる森の一村人らか。いざこざがあったとしても、成程、正確に物事が伝わるとは思えないな。……辻褄は合う」
「残念ながらね」
「それも今回の件で一応、決着ついたんだし。まずはおめでとう、で良いと思うけど」
「楽観的だけど、ミラの言う事も一理あるかな。ともあれ、それに関してはもう私達の手は離れたと捉えるしかないし。後は結果をご覧じろ、ってね」
「ジャンヌ姉と私、アルベルトさん。もう商談成立でしょこんなん」
紀宝の台詞に自己主張する友人を無視して、先へ。
「そんな訳で、多少理解は出来たと思うけど、それ以上に森人達の歴史周りは中々複雑なんだよね。私の聞きたい事とか、向こう着いたら年長者に尋ねる所から始める事になりそう」
「なにそれ」
当然の疑問に苦笑しつつ、日記の書かれた紙を一枚見せた。
「森人って、人間以上に文字が身近じゃないんだよ。殆ど読めないと思って良い位」
「……なにそれ。呆れた……長命種なのに?」
「長命種なのにね。でも、なにせ歴史の生き証人が居るもんだから。書き記す、って習慣が無いのが大きすぎる」
「そっか。俺らで言えば、それこそ弥生時代位の人が存命してるって事だもんな。そりゃ後世に残すも何もあったもんじゃねぇ。実際に見てきた人から話を聞けば良い、って訳だ」
頷く。
知恵や知識は代々口頭で紡いで行けばそれで事足りたのが、森人、と言う種族である。
しかし、
「それだけ、なんだよね。ミラも言ってたでしょ。厚み、と言うべきかな。これが無いんだよ。彼らの言う歴史ってのは、『実際に見聞きした人が亡くなるまで』ってのが普通。それより過去は無かった事になる」
二人が、怪訝な表情をした。
「つまり」
真っ新の紙に、覚えてる限りの日本の歴史を綴る。
かなりうろ覚えの上、非常にざっくりとしているが、今はその程度で良しとした。
「ここからここまで生きてる人が居たとして、子供達には何があったかを当然伝える。孫が出来たら孫にも。……でも、その人が亡くなったら、もうこの時代の話は終わり」
印を付ける。
「以降は、伝わらないんだ。さっきも言ったけど、書き記す、って習慣も無い。そうだなぁ……。さながら生きる歴史書。彼らの中では、実際に見た人が居て、初めて歴史として扱われる」
「身に付けるべき知恵や知識のみ語り継ぐ、か。あぁ、でも、昨日少し話してて思ったのよ。武器の類い。あれも殆どが独学。個人で完結してて、次に残そうってのがあんまり無いのよねぇ」
言いつつ、紀宝は頭を掻いた。
「時折、実戦稽古みたいなのはするし、最近は訓練も盛んっぽいけど。一人一人で武器の扱い方とか全く違うから不思議ったら」
「それねぇ。親兄弟でも全員違う構え方するって話じゃん。……兎に角、あそこの人達とはやり合いたくないかなぁ、私は」
「柱切り倒す様な奴が良く言うよなって感じだけど。やっぱそんなにか」
「まぁ、見た目はアレだけど、実質前線基地みたいなもんでしょ、あそこは。手練れだよ全員。ヴィルオートさん、か、リアシラさんかな。一番は」
「誰だ……?」
「ヴィルオート・シャルティ・グラス。リアシラ・フィオレ」
「……誰だ?」
「目の細い顔に傷のある男性と、ミラとルツさんを治療してた巨乳の人」
得心がいった顔をする。
「最低の会話か? おい?」
低い声が聞こえ、二人同時に視線を逸らした。
「さて」
と、これ見よがしに両の掌を合わせつつ、
「後言える事なんだろう。……食事は大抵一日一回で、昨日みたく大きいのはよそ者が来た時位。大体日がな一日鍛錬したり楽器の練習してたりとかなんとか」
話題を繋げていく。
「そうかそうか。へぇ、なるほどなるほど。よくそれで腹が持つな。エルフは不思議だなぁ」
友人の視線が一度真横へ向いたが、程なくして、思い出した様な問い掛け。
「……あぁ、アレは? その、ミドルネームみたいなの。男にしか付いてないし全部女性名っぽいけど、何か意味あんの?」
紀宝にも尋ねる物言いに、彼女が逡巡。
此方と目が合ったので、首肯で答える。
「あー……まぁ、別に良いか。おまじないみたいなものよアレ。小さい時は女性の方が身体が強いと思われてて、男性も女性名を付けるの。無病息災を願ってー、ってね。成人した時に改めて男性名を貰って、名前が二つある状態になる。女性は変わらずそのまんま」
高井坂が眉根を詰めた。
「普通は名乗らないんだよ。認めた相手とか家族だけなんだ」
納得半分の、曖昧な表情を浮かべる。
が、それも一瞬。
「ミランヌとやり合ってた人は?」
当然の疑問が飛んできたが、一條は肩を竦めるのみだ。
ルツ・ナミルは間違い無く女性であるが、例外的に二つの名前を名乗っている。
それが男性名である事は分かっているものの、理由までは判然としなかった。
先に挙げた二人にもその点ははぐらかされたので、それ以上は追求していない。
「私も聞いてない。と言うか、聞いて良い雰囲気じゃ無かったし。だからこの話は一旦終わり」
ぴしゃりと締めたので、一條と高井坂も倣う。
「んじゃあついでにもう一つ。セラト。いや、センタラギスト、だっけ。それについては何か聞けたのか?」
「んー……」
言い淀んだのは、困らせる意図があった訳ではない。
「いや、アシュールさんと触り程度しか話せてないから、今言うべきかなぁ、と」
「構わんて。ジャンヌの情報整理がてら聞くだけよ」
苦笑い。
余白部分に適当な言葉を並べつつ、口を開いた。
「……分かったのは、センタラギストって種族が世界にはそれなりに居る事。恐れられてはいるけどある意味信仰の対象でもある事」
「するってぇとなにか。そいつらは神様みてぇなもんかい」
「その口調はなんだい……」
言ってから、微笑。
「まぁ、信仰と言うか、敬愛と言うか。暇潰しだろうとあの人達が武器やら音楽やら練習してんのは前述の通り。でも、じゃあ何でその二つが主かって言うと、ここにセンタラギストが関わってくる。彼らの中には、戦の権化みたいな奴らや、楽器の製作やらを追求してる様な奴まで居るらしい。気が遠くなる程昔に出会った者達がその教え、みたいなのを連綿と受け継いでいるみたい」
「あっちこっちで?」
長い一生を森の中で過ごす種と、長い一生を旅の中で過ごす種。
恐らく文化そのものから違う見た目の似た者達が、しかし、それらは共通して紡いでいる。
「さぁ、どうかな。何せそこまでの事を推理する歴史がないからね」
「とりあえず義務教育に組み込んどこう、位の軽い感じかも」
「かもね」
「元々一つ所に居たのが分派繰り返してって今に至る。長命種なら、さして問題はないか……?」
不自然極まりないが、現実としてそうである以上、遙か昔はそうであったのかも知れない。
「敬愛してるセンタラギストも場所によりけりらしいんだけどね」
「ほーん。じゃあ、その内の一柱がジャンヌ様って訳だ。かっくいい」
「そういう見方もある」
「そういう見方しかないが?」
紀宝の突っ込みにこめかみを摩る事で応えたが、友人の視線に振り向けば、
「しかし、センタラギストのジャンヌも今みたいな格好だったんかなぁ……なんともまぁ……女神か……」
等とそんな事を宣っていた。
「胸見て話すな目を見て話せ」
「最低の話だな? よし」
指を慣らす紀宝に正座の体勢で器用に後退しつつ、高井坂は咳払い。
「種族としての神が居るのは分かったけど、やっぱ名前とかあるんか。その人らは。ゼウスとかオーディン、みたいな」
「……えー、アシュールさん達の方、は、何て言ったかな。テル……テールフ……」
酒の席での聞き流しを思い返しながら、一條が右へ左へと身体を揺すっていた時だ。
「三人共、話の途中すいません。もう着くそうですよ」
クタルナの言葉に、最早出てくる様子もない思考を止める。
「オッケー。……さて、エルフの集落はどんなんかなーっと」
そんな事よりも、俄然興味のある方に意識が向くのも当然の帰結であった。
「相変わらず会議は締まらねぇ終わり方になるけど、なんなの」
「私は喉かわいたー」
紀宝のそんな声を耳に入れつつ、一條はクタルナの隣に腰を下ろしていく。
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「さっさと殺すことだな」
そう鋭く静かに言い放った彼に待ち受けていたものは死よりも残酷で屈辱的な扱いだった。
「こ、これは。私の身体なのか…!?」
ナノマシンによる肉体改造によりアルフの身体は年端もいかない少女へと変容してしまう。
怒りに震えるアルフ。調教師と呼ばれる男はそれを見ながら言い放つ。
「お前は食事ではなく精液でしか栄養を摂取出来ない身体になったんだよ」
こうしてアルフは089という囚人番号を与えられ、雌奴隷として調教される第二の人生を歩み始めた。
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