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森の民・ガティネ(11)
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「「っ!!」」
一際大きい金属音。
それを合図とするかの如く、一條とアシュールは互いに距離を離した。
――五。いや、六、かな。
一合を終え、心中で数えたのは、自身が勘で避けてると言って良い様な、相手の攻撃数である。
あらゆる角度からあらゆる速度で飛んでくる連撃。
正直、追い縋っている状況が最早一條には不可思議であった。
――何が違うのかすら分かんない。強いなぁ……っ。
既に打ち合っている回数は、両の手を優に超えている。
それでいて尚、一條では攻防における相手との違いが理解出来ていない。
寧ろ、これまでの経験が無ければ、そんな相手との力量差すら把握しきれてはいなかったろう。
その点だけが、一條を突き動かすに足る理由であった。
「武術は見て覚えろ、なんてどいつもこいつも言うけど……。出来れば苦労はしないっての……っ」
そんな独り言に呼応して、ほぼ同時の踏み込み。
剣戟の音が再開した。
息つく間もなく三度激突。
「っ!」
「くっ、のっ」
突きからの流れる様な斬り付け。
それも、喉や手首を正確に、そして綺麗になぞる攻撃だ。
当然、いずれも急所であり、判断が遅れれば即致命傷。どころか、死もあり得る。
どうにか薄皮一枚で回避出来てはいるが、それだけ。
一度攻勢に立たれれば、手も足も出ない、とはこの事で、詰まる所、先手を取れなければ防衛に意識を集中せざるを得ないのが現状であった。
「っ!?」
上手くいなした直後の疑似二刀連撃も、数撃入れるのがやっとであり、その上、殆どが余裕を持って迎えられている。
――様に見えてくれればまだ気も楽なんだけどっ!
心中で舌打ちしつつ、右脛と顔面への上下段同時攻撃。
左の大振りを上に出す事で視界を遮りながら、鞘で突く様な形での物。
「ちっ」
思わず舌打ちが出た。
上段が極めて冷静に対処された事に、ではない。
お互いに視線を向ける事無く下段が空振りに終わったからだ。
繋げていく。
突き上げる格好となる右の片手突き。
だが、上半身を後ろへ捻る様にして回避、どころではなく、身体全体を低空で縦回転させ、
「っ!?」
勢いのまま下から上へと突き抜ける斬撃一回。
「ぶなぁ!」
響いた撃音に、後方へ引きつつ受けた剣が無事かを確認する程だ。
が、それも一瞬。
「なんっだよっ、もうっ。貴方もそっち側ですかっ」
悪態を吐かずにはいられない。
なにせ、今見せられた動きは緒戦で一條自身がやった物に酷似しているからだ。
一目見ただけで、である。
だからと言ってそれを可能とするには、相応の体術に自信が無ければならないだろうが、アシュール・ドゥル程の人物であれば問題にすらならないかも知れない。
「厄介っ」
ついでに吐き捨てつつ、一條は着地狩りの為に前へ出る。
手始めに左の一撃。
隙が少なく、相手の沈み込む動作に合わせた下から伸び上がる軌道。
「っ!」
外へ弾かれた。
次いで伸びてきた突きは、右の鞘でやり返す様に弾き、一旦お互いが距離を取る。
――油断も隙もありゃあしないんだからっ。
思うが、これは先の一條自身の行動が原因であるので、八つ当たりだ。
「……ふぅ」
軽い一息と共に首を左右へ二度振ってみせる。
若干息が上がってきているのが傍目からでも分かりそうなこちらと違い、相変わらず、アシュールは殆ど表情の変化が見られない。
試合開始から相応の時間が経っている為、多少息に乱れも見えてはいる。が、それだけだ。
ガティネ人と言うのがそうなのかは、判然としない所ではある。
――さて。疲れも見えてきて、頭も冴えてきた頃でしょ。私も。
二人の距離が一歩、縮まった。
――私なりの戦い方、か。
啖呵を切ってはみたが、笑うしかない。
一條は未だ、そういう類いすら霧の中である。
とはいえ、だ。
「やりたい様にやるのも、戦術と言えばそうかも……っ」
二歩を詰めてきた相手と武器がかちあった。
「でしょうっ!?」
口の端を上げ、アシュールも釣られる様に似た表情を作る。
「「っ!!」」
一條は、半歩後退。
アシュールの追撃を、左手の鞘で迎え撃った。
一。
二。
三。
四。
五。
六。
一息遅れて、七。これを大きく弾く。
その全てを、鞘で剣の腹を横から叩く事で軌道を反らした。
「むっ」
これには、流石にアシュールも唸るらしい。
或いは、武器が変わっている事に対してだろうか。
「ここだよっ!」
声と同時、一條の右足が天を差した。
踵に当たる感触で、正解を手繰り寄せた事を実感。
――なにせ今はこんな身体なのでっ!
踵落とし。
「インザソード!」
叩き込む、と言うより、突き入れる、と表現すべき攻撃。
アシュールの最初の一撃にも引けを取らないだろう速度で打ち込まれる杭打ち機。
「っ、おっ」
彼の判断は、迎撃か回避かで一瞬遅れた様にも見えたが、
「一歩及ばず、か……っ」
恐ろしいまでの反射速度で後退していた。
お陰で、一條の剣は半分以上が床に埋まっている。
そこにアシュールの身体のいずこかでもあれば、この試合もそこで終わっていたろう。
「惜しいっ」
「そっ……かなぁっ!?」
こちら側の外野は特にいつも通りであるが、逆側の外野からは一人分の笑い声が聞こえてきた。
言わずもがなであるが、実に楽しそうである。
それらには特に反応せず、床から剣を一息で抜きつつ、
「ふっ」
攻勢に出た。
鞘で押し込む様な打撃から、打ち合い三回。
からの、独楽の如く一回転。
しなる左の上段は受け止められたが、両腕を使わせたのなら御の字と言えよう。
「っ!?」
アシュールが、困惑した表情と共に片膝をついた。
一條が、滑り込ませた左脚で膝裏を蹴り上げたからだが、無論、そこで終わりにはしない。
そのまま相手の左膝に右足を置いて、
「っ!」
跳躍。
後方へ向かって身体を捻り、縦回転しつつの右鞘。
「浅いかっ!」
すれ違い様の打撃は左肩を掠めた程度。
だが、一條としては漸く届いた一撃である。
「ぐっ、うぅ!」
しかし、そんな戦果に喜ぶ間も無く、高速で振り向いて飛んできた斬撃を受け、大きく後退を余儀なくされた。
――ホントに人間か、って、私が言える立場じゃあ無いかっ!
「んなろっ」
着地を狩る様に降ってきた一撃を弾く。
攻守交代だ。
「「っ!」」
斬り込んでくる一撃が重いのは変わらない。
それでも、身体全体を使って飛ばしていき、足取り軽く、縦横無尽に動いて行く。
狭い闘技場を走り回る。
短い跳躍や滑る様に駆け回る。
剣戟音。
お互いに間合いへ入った瞬間、申し合わせたと思える程同時に斬り結ぶ。
何度目かの後、一條は不意に背中へ当たる物に気付いた。
「コーナーだっ、ジャンヌ!」
親友の声が無くとも分かってる。
真正面。
逃げ道を塞ぐ形で、アシュールが既に踏み込んで来ている。
「ボクシングなら絶体絶命だけどねっ!」
言うが早いか、一回転。
「っ!?」
両手持ちに切り替えながら、追加の一回転を加えれば、
――威力は倍でドンッ。
背後にあった柱を両断した。
人が抱える程には大きくなく、高さも三メトルあるかどうか。色も通常の物と同じ。
であるならば、多少の無茶を通せば問題はない。
「なー、訳あるかぁぁぁっ!?」
親友による絶叫に近い突っ込みを当然の如く無視。
そして、倒れ行く柱と一條へ向け、最早アシュールの歩みは止められない。
ダメ押し気味に、柱を蹴り飛ばしに掛かり、
「でぇい!」
掛け声と共に実行した。
一際大きい金属音。
それを合図とするかの如く、一條とアシュールは互いに距離を離した。
――五。いや、六、かな。
一合を終え、心中で数えたのは、自身が勘で避けてると言って良い様な、相手の攻撃数である。
あらゆる角度からあらゆる速度で飛んでくる連撃。
正直、追い縋っている状況が最早一條には不可思議であった。
――何が違うのかすら分かんない。強いなぁ……っ。
既に打ち合っている回数は、両の手を優に超えている。
それでいて尚、一條では攻防における相手との違いが理解出来ていない。
寧ろ、これまでの経験が無ければ、そんな相手との力量差すら把握しきれてはいなかったろう。
その点だけが、一條を突き動かすに足る理由であった。
「武術は見て覚えろ、なんてどいつもこいつも言うけど……。出来れば苦労はしないっての……っ」
そんな独り言に呼応して、ほぼ同時の踏み込み。
剣戟の音が再開した。
息つく間もなく三度激突。
「っ!」
「くっ、のっ」
突きからの流れる様な斬り付け。
それも、喉や手首を正確に、そして綺麗になぞる攻撃だ。
当然、いずれも急所であり、判断が遅れれば即致命傷。どころか、死もあり得る。
どうにか薄皮一枚で回避出来てはいるが、それだけ。
一度攻勢に立たれれば、手も足も出ない、とはこの事で、詰まる所、先手を取れなければ防衛に意識を集中せざるを得ないのが現状であった。
「っ!?」
上手くいなした直後の疑似二刀連撃も、数撃入れるのがやっとであり、その上、殆どが余裕を持って迎えられている。
――様に見えてくれればまだ気も楽なんだけどっ!
心中で舌打ちしつつ、右脛と顔面への上下段同時攻撃。
左の大振りを上に出す事で視界を遮りながら、鞘で突く様な形での物。
「ちっ」
思わず舌打ちが出た。
上段が極めて冷静に対処された事に、ではない。
お互いに視線を向ける事無く下段が空振りに終わったからだ。
繋げていく。
突き上げる格好となる右の片手突き。
だが、上半身を後ろへ捻る様にして回避、どころではなく、身体全体を低空で縦回転させ、
「っ!?」
勢いのまま下から上へと突き抜ける斬撃一回。
「ぶなぁ!」
響いた撃音に、後方へ引きつつ受けた剣が無事かを確認する程だ。
が、それも一瞬。
「なんっだよっ、もうっ。貴方もそっち側ですかっ」
悪態を吐かずにはいられない。
なにせ、今見せられた動きは緒戦で一條自身がやった物に酷似しているからだ。
一目見ただけで、である。
だからと言ってそれを可能とするには、相応の体術に自信が無ければならないだろうが、アシュール・ドゥル程の人物であれば問題にすらならないかも知れない。
「厄介っ」
ついでに吐き捨てつつ、一條は着地狩りの為に前へ出る。
手始めに左の一撃。
隙が少なく、相手の沈み込む動作に合わせた下から伸び上がる軌道。
「っ!」
外へ弾かれた。
次いで伸びてきた突きは、右の鞘でやり返す様に弾き、一旦お互いが距離を取る。
――油断も隙もありゃあしないんだからっ。
思うが、これは先の一條自身の行動が原因であるので、八つ当たりだ。
「……ふぅ」
軽い一息と共に首を左右へ二度振ってみせる。
若干息が上がってきているのが傍目からでも分かりそうなこちらと違い、相変わらず、アシュールは殆ど表情の変化が見られない。
試合開始から相応の時間が経っている為、多少息に乱れも見えてはいる。が、それだけだ。
ガティネ人と言うのがそうなのかは、判然としない所ではある。
――さて。疲れも見えてきて、頭も冴えてきた頃でしょ。私も。
二人の距離が一歩、縮まった。
――私なりの戦い方、か。
啖呵を切ってはみたが、笑うしかない。
一條は未だ、そういう類いすら霧の中である。
とはいえ、だ。
「やりたい様にやるのも、戦術と言えばそうかも……っ」
二歩を詰めてきた相手と武器がかちあった。
「でしょうっ!?」
口の端を上げ、アシュールも釣られる様に似た表情を作る。
「「っ!!」」
一條は、半歩後退。
アシュールの追撃を、左手の鞘で迎え撃った。
一。
二。
三。
四。
五。
六。
一息遅れて、七。これを大きく弾く。
その全てを、鞘で剣の腹を横から叩く事で軌道を反らした。
「むっ」
これには、流石にアシュールも唸るらしい。
或いは、武器が変わっている事に対してだろうか。
「ここだよっ!」
声と同時、一條の右足が天を差した。
踵に当たる感触で、正解を手繰り寄せた事を実感。
――なにせ今はこんな身体なのでっ!
踵落とし。
「インザソード!」
叩き込む、と言うより、突き入れる、と表現すべき攻撃。
アシュールの最初の一撃にも引けを取らないだろう速度で打ち込まれる杭打ち機。
「っ、おっ」
彼の判断は、迎撃か回避かで一瞬遅れた様にも見えたが、
「一歩及ばず、か……っ」
恐ろしいまでの反射速度で後退していた。
お陰で、一條の剣は半分以上が床に埋まっている。
そこにアシュールの身体のいずこかでもあれば、この試合もそこで終わっていたろう。
「惜しいっ」
「そっ……かなぁっ!?」
こちら側の外野は特にいつも通りであるが、逆側の外野からは一人分の笑い声が聞こえてきた。
言わずもがなであるが、実に楽しそうである。
それらには特に反応せず、床から剣を一息で抜きつつ、
「ふっ」
攻勢に出た。
鞘で押し込む様な打撃から、打ち合い三回。
からの、独楽の如く一回転。
しなる左の上段は受け止められたが、両腕を使わせたのなら御の字と言えよう。
「っ!?」
アシュールが、困惑した表情と共に片膝をついた。
一條が、滑り込ませた左脚で膝裏を蹴り上げたからだが、無論、そこで終わりにはしない。
そのまま相手の左膝に右足を置いて、
「っ!」
跳躍。
後方へ向かって身体を捻り、縦回転しつつの右鞘。
「浅いかっ!」
すれ違い様の打撃は左肩を掠めた程度。
だが、一條としては漸く届いた一撃である。
「ぐっ、うぅ!」
しかし、そんな戦果に喜ぶ間も無く、高速で振り向いて飛んできた斬撃を受け、大きく後退を余儀なくされた。
――ホントに人間か、って、私が言える立場じゃあ無いかっ!
「んなろっ」
着地を狩る様に降ってきた一撃を弾く。
攻守交代だ。
「「っ!」」
斬り込んでくる一撃が重いのは変わらない。
それでも、身体全体を使って飛ばしていき、足取り軽く、縦横無尽に動いて行く。
狭い闘技場を走り回る。
短い跳躍や滑る様に駆け回る。
剣戟音。
お互いに間合いへ入った瞬間、申し合わせたと思える程同時に斬り結ぶ。
何度目かの後、一條は不意に背中へ当たる物に気付いた。
「コーナーだっ、ジャンヌ!」
親友の声が無くとも分かってる。
真正面。
逃げ道を塞ぐ形で、アシュールが既に踏み込んで来ている。
「ボクシングなら絶体絶命だけどねっ!」
言うが早いか、一回転。
「っ!?」
両手持ちに切り替えながら、追加の一回転を加えれば、
――威力は倍でドンッ。
背後にあった柱を両断した。
人が抱える程には大きくなく、高さも三メトルあるかどうか。色も通常の物と同じ。
であるならば、多少の無茶を通せば問題はない。
「なー、訳あるかぁぁぁっ!?」
親友による絶叫に近い突っ込みを当然の如く無視。
そして、倒れ行く柱と一條へ向け、最早アシュールの歩みは止められない。
ダメ押し気味に、柱を蹴り飛ばしに掛かり、
「でぇい!」
掛け声と共に実行した。
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