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森の民・ガティネ(10)
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「ふむ……良い剣、では、あるらしい」
等と、アシュールから手渡された剣をしげしげと見ては、そんな台詞を吐いた。
まず見た目からして、ヴァロワ皇国の物とは違う。
片刃で身幅が広く厚みがあり、鍔部分は丸く小さい。柄は黒いが、これは恐らくエントと言う樹木であろう。握り心地は悪くなかった。
鞘も同様に黒く、飾り気も見えない代物。
あちらは所謂、西洋直剣。
対するこちらは、巨大な包丁にも思えた。
剣自体の全長はヴァロワ皇国の物と殆ど同じながら、それよりも重みを感じる。
――名前、は、ど忘れしたから後で聞くとして。どうにも、戦闘特化な気もする。
眉根を詰めた。
「不満がないようで良かった」
「いえ。真剣で戦う事は大いに不満ですけど……」
鞘に戻しながら告げた言葉に、彼は動きを止めた。
それに一條が小首を傾げれば、ややあってから、
「戦い慣れもしていて、実に楽しそうだったと聞いていたが」
「……なるほろ。ドゥル殿はもう少し、外に目を向けた方が宜しいかと」
対して忠告気味に告げたが、あまり思う所はないらしい。
――伝言ゲームって怖いなぁ。
ため息しつつ、ちらりと、開始の為の木片を手で弄んでいる人物を見た。
が、彼としては、やはり一條よりも意中の人の方が気になるらしく、視線すら合わない。
最も、かなりの段階をすっ飛ばした告白を既にしているので、単語としては不適切ではあろう。
――まぁ、それもこれが終わってからか。
返事は貰っていない筈だが、一條としても、中々難しい所だ。
「聞きたい事がある、と、アプラが言っていたが」
「まぁ……はい」
無表情のまま、抜き身の剣を両手で握り、上へと掲げていく。
いつの間にか投げられていた木片を、一條は目の端で捉える。
三度目となる甲高い音。
試合開始の合図。
「全力で相手をしよう。終わったら、お互い気が済むまで話せば良い」
同時、ぴたり、と彼の動きが止まった。
「っ、……気が良いんだか、悪いんだか……っ」
ただ、構えを取ったのみ。
それだけで、空気が変わる。
――身体が……重い……っ!
一條は、息が詰まりそうだった。
美しささえ感じる程の、洗練された立ち姿。
完全に動き出しを失敗したが、アシュール・ドゥルは、剣を上段に構えたまま動かない。
そもそも、それを上段と表現して良いのかすら判然としなかった。
――剣が上に来るから上段だろうっ!?
彼のそれは、柄までが完全に身体で隠されている。
限界まで後方に引き絞られており、一見すると剣の構えなのかも分からなくなってくる程だ。
一歩たりとも踏み込めない威圧感。
瞬き以下の時間ですらも視界から外そうものなら、首を落とされていそうな圧迫感。
「……は、ぁ」
そんな相手に対して、構えらしい構えも出来ず、左手が、その柄を軽く握っているのみ。
鞘から刀身が出てすらいなかった。
一條は、動けない。
アシュール・ドゥルは、動かない。
永遠とも、一瞬とも取れそうな時間。
「「……」」
周囲すらも息を殺す静寂が続く中、軽く凪いだ風に乗って、一條は確かに音を聞いた。
ぎしり、と。
みしり、と。
心臓ではない。
「……?」
息遣いでもない。
刹那、全身が総毛立った。
「――――」
言葉を失う。
見開いた眼に映ったのは、目の前で腕を振るっているアシュール。
刀身が、既に落ちてきている。
――動、けっ!
動いた。
全速の後退一歩で、鼻先を掠めた程度。
「っ! ぐっ!?」
初撃を回避、した次の瞬間には、横薙ぎの二撃目。
殆ど無我夢中で剣を抜いた所へ、合わせる様な打ち合いとなる。
撃音。
流石に体勢不利であり、耐えきれずに宙を飛ばされる格好。
踏鞴を踏み、遅れて耳鳴りと痺れを伴う。
奇跡と称して差し支えない位だったが、兎も角、一條はアシュールとの最初の一合を切り抜けた。
「っ。……、あるっ。手も足も……っ」
思わず、目で四肢の確認をした程である。
無論、顔も。
幸い傷らしい傷はない。
――死んでた……っ! 今、死んでたっ!?
早鐘の如く打つ心臓。
吹き出す汗。
それらを気にも留めず、視線を外す事無く、深呼吸。
ゆらり、と立ち上がった相手は、しかし、それ以上の動きを見せてこない。
理由は不明だが、
「だよね……っ」
袖口で口元、頬を拭っていく中で、口角が上がるのを自覚する。
――何が、ヴァロワ皇国最強、だ。
一條とアシュール・ドゥルとでは実力差が天地程もあるのは分かっていた事だ。
「そうだよね……っ」
笑った。
戦闘を諦観した訳ではない。
勿論、馬鹿にする意図もなかった。
「ははっ」
それでも、アシュールが、無表情の中に困惑の色を浮かべたのを感じるが、それを他所に、左半身を突き出した、アルベルト流の構えを取った。
姿勢をそのままに、右足に力を込める。
「っ」
突き飛ばされる様にして前へ。
先のアシュール程ではないにしろ、一條としては割合綺麗な出だし。
間合いに入ると同時の片手突き。
「「っ!」」
前のめりに外への回避、からの反撃が来る。
左腕を下からの斬撃で切り飛ばす軌道。
これを、
「なん、のっ」
左脚一本の跳躍で錐揉み回転しつつ、右手に持った鞘で横合いから殴って弾いた。
「雑技団かよっ」
外野の声を耳に入れながらも着地。
止まらない。
即座に上から振ってくる一撃を左の剣でいなしながら、右の鞘で頭部への横薙ぎ。
――浅いっ。
射程距離限界の外へ避けられた。
と言うより、こちらが下手に踏み込まなかった事もあって、見切られたと表現した方が近いかも知れない。
ならば、と半歩先へ。
追撃となる返しの逆薙ぎ。
軽く腰を落とすだけで回避される。
初めて、アシュールと目線の高さが合い、視線が交差した。
今度こそ、一條は大きく一歩を踏んだ。
「っ!?」
相手が若干、目を見開いた様にも思う。
直後、打撃音、とまでは言えない音が一度。
続く周囲の喧噪は無視。
――流石に無が崩れたか。
アシュールと額を突き付けたまま、一條は暢気にそんな事を思案。
美丈夫の顔は、間近で見ても端正そのもので、これまでの者達とはまた違う逸材と言えよう。
相応の歳月を得ている筈だが、下手すればアランと同程度の歳頃にさえ感じられる。
「全力で相手をする、と言いましたね」
念押しする様に一言。
答えは無いが、構わず続けた。
「望む所です」
二人共に動きは無い。
――だからこそ、だっ。
心中で叫ぶ。
相手は、ガティネ最強の剣士、ではない。
当代随一の剣士だ。
実力差が天地程もあるのは当然である。
それでも、
「私も、私なりの戦い方で、全力を尽くします」
改めての宣戦布告。
一條の言葉に、しかし、言葉ではなく、力が込められた事で返答が来た。
一瞬押されるが、負けじと押し返す。
――笑った?
ふと感じた瞬間、額が離れ、次いで、距離も離れた。
「当然だとも」
と、言葉が降ってくる。
「あの一撃を躱されたのは初めてだ。……改めて、言おう。ヴァロワの最も強き者。私の持てる力、全てを込めて相手しよう」
ゆったりとした動き。
それは、先程見たものだ。
左手でこちらを手招く様にして、
「かかって来ると良い」
告げた。
紀宝の動作が気に入ったらしい。
或いは、彼女の試合を見て、強者としてそうするべきと判断したのか。
――意外と冗談とか好きなのかも。
等と、余計な考えを浮かべつつも顔には出さない。
「気負う必要なんかない、か……」
左手の剣はそのままに、右手は鞘を逆手持ちの、擬似的な二刀の構え。
「……行きますっ」
床を踏み抜く勢いで、挑戦者たるジャンヌ・ダルクが前に出た。
等と、アシュールから手渡された剣をしげしげと見ては、そんな台詞を吐いた。
まず見た目からして、ヴァロワ皇国の物とは違う。
片刃で身幅が広く厚みがあり、鍔部分は丸く小さい。柄は黒いが、これは恐らくエントと言う樹木であろう。握り心地は悪くなかった。
鞘も同様に黒く、飾り気も見えない代物。
あちらは所謂、西洋直剣。
対するこちらは、巨大な包丁にも思えた。
剣自体の全長はヴァロワ皇国の物と殆ど同じながら、それよりも重みを感じる。
――名前、は、ど忘れしたから後で聞くとして。どうにも、戦闘特化な気もする。
眉根を詰めた。
「不満がないようで良かった」
「いえ。真剣で戦う事は大いに不満ですけど……」
鞘に戻しながら告げた言葉に、彼は動きを止めた。
それに一條が小首を傾げれば、ややあってから、
「戦い慣れもしていて、実に楽しそうだったと聞いていたが」
「……なるほろ。ドゥル殿はもう少し、外に目を向けた方が宜しいかと」
対して忠告気味に告げたが、あまり思う所はないらしい。
――伝言ゲームって怖いなぁ。
ため息しつつ、ちらりと、開始の為の木片を手で弄んでいる人物を見た。
が、彼としては、やはり一條よりも意中の人の方が気になるらしく、視線すら合わない。
最も、かなりの段階をすっ飛ばした告白を既にしているので、単語としては不適切ではあろう。
――まぁ、それもこれが終わってからか。
返事は貰っていない筈だが、一條としても、中々難しい所だ。
「聞きたい事がある、と、アプラが言っていたが」
「まぁ……はい」
無表情のまま、抜き身の剣を両手で握り、上へと掲げていく。
いつの間にか投げられていた木片を、一條は目の端で捉える。
三度目となる甲高い音。
試合開始の合図。
「全力で相手をしよう。終わったら、お互い気が済むまで話せば良い」
同時、ぴたり、と彼の動きが止まった。
「っ、……気が良いんだか、悪いんだか……っ」
ただ、構えを取ったのみ。
それだけで、空気が変わる。
――身体が……重い……っ!
一條は、息が詰まりそうだった。
美しささえ感じる程の、洗練された立ち姿。
完全に動き出しを失敗したが、アシュール・ドゥルは、剣を上段に構えたまま動かない。
そもそも、それを上段と表現して良いのかすら判然としなかった。
――剣が上に来るから上段だろうっ!?
彼のそれは、柄までが完全に身体で隠されている。
限界まで後方に引き絞られており、一見すると剣の構えなのかも分からなくなってくる程だ。
一歩たりとも踏み込めない威圧感。
瞬き以下の時間ですらも視界から外そうものなら、首を落とされていそうな圧迫感。
「……は、ぁ」
そんな相手に対して、構えらしい構えも出来ず、左手が、その柄を軽く握っているのみ。
鞘から刀身が出てすらいなかった。
一條は、動けない。
アシュール・ドゥルは、動かない。
永遠とも、一瞬とも取れそうな時間。
「「……」」
周囲すらも息を殺す静寂が続く中、軽く凪いだ風に乗って、一條は確かに音を聞いた。
ぎしり、と。
みしり、と。
心臓ではない。
「……?」
息遣いでもない。
刹那、全身が総毛立った。
「――――」
言葉を失う。
見開いた眼に映ったのは、目の前で腕を振るっているアシュール。
刀身が、既に落ちてきている。
――動、けっ!
動いた。
全速の後退一歩で、鼻先を掠めた程度。
「っ! ぐっ!?」
初撃を回避、した次の瞬間には、横薙ぎの二撃目。
殆ど無我夢中で剣を抜いた所へ、合わせる様な打ち合いとなる。
撃音。
流石に体勢不利であり、耐えきれずに宙を飛ばされる格好。
踏鞴を踏み、遅れて耳鳴りと痺れを伴う。
奇跡と称して差し支えない位だったが、兎も角、一條はアシュールとの最初の一合を切り抜けた。
「っ。……、あるっ。手も足も……っ」
思わず、目で四肢の確認をした程である。
無論、顔も。
幸い傷らしい傷はない。
――死んでた……っ! 今、死んでたっ!?
早鐘の如く打つ心臓。
吹き出す汗。
それらを気にも留めず、視線を外す事無く、深呼吸。
ゆらり、と立ち上がった相手は、しかし、それ以上の動きを見せてこない。
理由は不明だが、
「だよね……っ」
袖口で口元、頬を拭っていく中で、口角が上がるのを自覚する。
――何が、ヴァロワ皇国最強、だ。
一條とアシュール・ドゥルとでは実力差が天地程もあるのは分かっていた事だ。
「そうだよね……っ」
笑った。
戦闘を諦観した訳ではない。
勿論、馬鹿にする意図もなかった。
「ははっ」
それでも、アシュールが、無表情の中に困惑の色を浮かべたのを感じるが、それを他所に、左半身を突き出した、アルベルト流の構えを取った。
姿勢をそのままに、右足に力を込める。
「っ」
突き飛ばされる様にして前へ。
先のアシュール程ではないにしろ、一條としては割合綺麗な出だし。
間合いに入ると同時の片手突き。
「「っ!」」
前のめりに外への回避、からの反撃が来る。
左腕を下からの斬撃で切り飛ばす軌道。
これを、
「なん、のっ」
左脚一本の跳躍で錐揉み回転しつつ、右手に持った鞘で横合いから殴って弾いた。
「雑技団かよっ」
外野の声を耳に入れながらも着地。
止まらない。
即座に上から振ってくる一撃を左の剣でいなしながら、右の鞘で頭部への横薙ぎ。
――浅いっ。
射程距離限界の外へ避けられた。
と言うより、こちらが下手に踏み込まなかった事もあって、見切られたと表現した方が近いかも知れない。
ならば、と半歩先へ。
追撃となる返しの逆薙ぎ。
軽く腰を落とすだけで回避される。
初めて、アシュールと目線の高さが合い、視線が交差した。
今度こそ、一條は大きく一歩を踏んだ。
「っ!?」
相手が若干、目を見開いた様にも思う。
直後、打撃音、とまでは言えない音が一度。
続く周囲の喧噪は無視。
――流石に無が崩れたか。
アシュールと額を突き付けたまま、一條は暢気にそんな事を思案。
美丈夫の顔は、間近で見ても端正そのもので、これまでの者達とはまた違う逸材と言えよう。
相応の歳月を得ている筈だが、下手すればアランと同程度の歳頃にさえ感じられる。
「全力で相手をする、と言いましたね」
念押しする様に一言。
答えは無いが、構わず続けた。
「望む所です」
二人共に動きは無い。
――だからこそ、だっ。
心中で叫ぶ。
相手は、ガティネ最強の剣士、ではない。
当代随一の剣士だ。
実力差が天地程もあるのは当然である。
それでも、
「私も、私なりの戦い方で、全力を尽くします」
改めての宣戦布告。
一條の言葉に、しかし、言葉ではなく、力が込められた事で返答が来た。
一瞬押されるが、負けじと押し返す。
――笑った?
ふと感じた瞬間、額が離れ、次いで、距離も離れた。
「当然だとも」
と、言葉が降ってくる。
「あの一撃を躱されたのは初めてだ。……改めて、言おう。ヴァロワの最も強き者。私の持てる力、全てを込めて相手しよう」
ゆったりとした動き。
それは、先程見たものだ。
左手でこちらを手招く様にして、
「かかって来ると良い」
告げた。
紀宝の動作が気に入ったらしい。
或いは、彼女の試合を見て、強者としてそうするべきと判断したのか。
――意外と冗談とか好きなのかも。
等と、余計な考えを浮かべつつも顔には出さない。
「気負う必要なんかない、か……」
左手の剣はそのままに、右手は鞘を逆手持ちの、擬似的な二刀の構え。
「……行きますっ」
床を踏み抜く勢いで、挑戦者たるジャンヌ・ダルクが前に出た。
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