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森の民・ガティネ(9)

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「……む」
 そんな短い声と共に、膝上に乗せていた紀宝の頭が身じろいだ。
「起きた?」
 一條が声を掛けたが、無音だけが返ってくる。
「あれ? ミラ?」
「起きたけど何も見えん。怒りだけが湧いてくる」
「理不尽……」
「今なら変身出来るわ」
「嫌な理由だ……」
 言い合ってから、二人で軽く笑う。
「えーっと。どんな状況? ジャンヌ姉に膝枕されてるのは分かるけど」
「先に倒れたのがナミルさんだったから、一応、戦いはミラの勝ち。って言うか、殆ど立ったまま気失ってたけど」
「……そ」
「ついさっきまでエルフ、ガティネの人が治療してくれてた。ゼルフでね。それなりに完治してるっぽいけどどうだろ」
 施していた女性は手慣れたもので、短い単語を繰り返しながら継続的に傷等を治していた。
 ヴァロワ皇国とはまた異なる手法であり、一見何てこと無さそうに思えたが、そもそも術の練度が桁違いである。
 一條は勿論、アランやアルベルト、戦闘に無縁そうな商隊一同達ですら関心する程の代物だ。
 森の民と称されていた彼ら彼女らとは、根本的な感覚に差があるらしい。話に聞いていた通りであったが、見て覚える、と言うのは困難を極めるだろう。
 最も、そんなガティネの操る治療術でも、限界はあるらしいのだが。
「ん。傷とかの痛みは殆ど無いのに、気怠い感じ。まぁ、暫くしてれば平気かな。左腕なんか感覚どっか行っちゃってたのに」
「良くもまぁそんな状態でやるよ」
「褒めたって何にも出ないわよー……くそ。良い話しようとしてんのに視界遮られてて不愉快極まりないったら」
 悪態を吐きつつ、紀宝が強引に上体を起こした。
「……」
 顰めっ面をしているが、以降会話がない。
 一條から特に言う事もないので座して待っているが、視線だけは一点に集中している。
「ちっ」
「良い話とは……」
 これ見よがしの舌打ちに返しつつ、
「そういえば」
 と前置き。
「ナミルさんの方が重傷っぽいね。最後のが流石に効いたらしい。……アレはまぁ、殺したのかと私でも冷や冷やしたけど」
 苦笑いしつつ口を開けば、漸く目が合う。
 何事かを言い掛けたが、一回口を噤み、軽く一息。
「……あんなので死んで貰っちゃ困るけどね。これから教えたい事も聞きたい事も山ほどあるんだから」
 態度は、努めて平静。
 それでも、言葉の端々に楽しげな雰囲気が感じられる。
「ジャンヌ姉の時以上に育て甲斐ありそーう」
「子供かよぉ……」
「高校生ならまだ子供でしょ。……ん? 所で誕生日来たのかな私。十七?」
「だとしたら先に私が誕生日来てるけど。……でもどうかなぁ。確かこっち来て二百日位だったと思うから、十二月はまだかも?」
 今も律儀に続けている日記の日付欄。
 この世界に来てからの日数だが、確かその辺りであったように思う。
 となれば、計算すると現在は八月上旬から中旬、と言う事になる。
 最も、気温から考えれば確実に下り坂なので微妙と表現する他ないのだが。
 その上で、
――二人と仲良くなる切欠の一つだったなぁ。
 ついでに思うのは、誕生日だ。
 まるで謀ったかの様に、三人共に十二月生まれであった。
 初対面ながら共通の話題としては、十分である。
「ジャンヌ・ダルク」
「んあ……」
 急な呼び声に振り向けば、剣を二振り持ったガティネ最強の男が悠然と決戦場に居た。
「あ、終わりましたか」
 等と言うが、彼の準備ではない。
 ナミルの方だ。
 紀宝に続く様に、彼女も治療されていたのだが、遠目にも未だ意識が戻っている様子はなかった。
 それだけ、戦闘が激しかった事を示している。
 流石にその当事者らを差し置いて次へ進めるのは気が引けた為、若干開始時間は遅れていた。その所為もあってか、日が昇る内に始まったものの、二試合を経て既に傾きつつある。
「……何でうちの方はすぐ起きたんだろう」
「慣れてるからじゃないかなぁ。気絶するの」
「何で楽しそうにしてるの。って言うか慣れてるとか、え、何。こわ」
 睨まれた。
「……あぁぁ、だるだるー」
「はいはい。クタルナさん、後お願いします」
 寄りかかってくる義妹の頭を撫でながら、一條は一息に立ち上がる。
「ジャンヌ姉」
 呼ばれ、視線のみそちらへ。
「……ま、アレね。気負わずにぶん殴って来なさい」
――剣で殴れと言う事だろうか。
 等と妙な事を考えつつ、
「はいはい……」
 適当に答えながら、そのまま、アランと視線のみ合わせた。
 こちらはどちらからとも無く苦笑。
 五体満足で帰ってくるだけでも、相当に困難ではあろう。
「勝てよ」
 親友はただ一言。
「お前もプレッシャーかけて来んのかい……でも、まぁ」
 一息。
「応ともさ」
 握り拳を合わせつつ、一條は決戦の舞台へと足を踏み入れた。
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